6-16 大丈夫、一緒だよ
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。九歳。
鷹千代……緋凰の従兄。十歳くらい。
瑳矢丸……緋凰の世話役。真瀬馬の若君。十一歳くらい。
松丸……西国の北隣にある国の国衆、鶯鳴家の嫡子。九歳くらい。
夕立から続いていた雨音がほとんどなくなって、時々どこかで蛙の声が響いている夜が訪れていた。
灯明の炎が静かに灯っている三畳ほどの貴賓室で今夜もまた緋凰達四人は、ぎっちぎちで寝ようとしている。
壁側で荷物を丸めて作った枕にぽすんと頭をおさめて寝転がった松丸が、隣へ片手を差し出した。
「緋凰、はい」
「あ、待って」
作業のスピードを早めた緋凰は、ドサっと枕に頭を置いて腹に道中合羽をかけると、そっと顔の前に差し出された手を片手で繋いだ。
えへへ、と笑い合う二人を見た瑳矢丸は、もうどうしようもないといった顔をしながら、緋凰の反対隣に寝転んでいた。
灯明が作り出すわずかな薄闇の中、緋凰の方へ顔を向けたまま松丸は楽しそうに話をする。
「緋凰の国の人は面白い人ばかりだね。岩踏殿なんてとっても豪快だし、あ、新衛門殿なんてあの商人との値切り交渉! すごかったよね、お見事だった〜」
「松丸の国の人だって面白かったよ、あの鶯鳴家の従者の人達」
答えている緋凰の頭の上で、鷹千代も会話に加わった。
「そうそう、さっきのどっちがお酒をたくさん飲めるかの競争で、まさか岩踏先生が負けちゃうなんて思わなかったよ。あの人すっごいね」
「そうなんだ。大人しくて寡黙な人なんだけど、どれだけ飲んでも長さんは父上ですら酔ってる所を見た事がないって言っていてね——」
この事を聞きつけ、また今夜も夜遊びに出られて万が一にでも面倒な事に巻き込まれてくるのを恐れた楯木五郎座が、さりげなくけしかけてうまい具合に岩踏を酔い潰しておいたのであった。
楽しく会話が進んでいると、天井を向いた松丸が繋いでいる手をキュッと握り、
「……このまま、明日がこなけばいいのに」
ぽそりとつぶやいた。
灯明の明かりは弱いので表情までははっきりと見えないのだが、心配になった緋凰は眉を寄せる。
「どうしたの? 明日の交渉に緊張しているの?」
先程、この国境をおさめている杭打権大夫が居館に戻ったので明日、樒堂家から順に会うと杭打の使者が言ってきたのだった。
「うん、それもあるけど……。明日には緋凰とお別れしなくちゃいけないから。国に帰ったらまた、夜も眠れない……」
松丸は仰向けにしていた身体を、ゆっくりと緋凰の方へ向ける。
「ずっと……ずっと緋凰の隣にいたい……」
「松丸……」
緋凰もまた、繋がれている手をキュッと握り返して身体を松丸の方へ向けた。
向かい合ってしばし沈黙が流れたが、小さく息をついた松丸が弱々しく再度つぶやいた。
「情けないよね、僕。これでも鶯鳴家の嫡子なのに……」
「そんなわけないよ! 誰だって命が狙われているってなったら怖いよ!」
間髪入れずに言った緋凰は、もう片方の手を出してしっかりと松丸の片手を包み込んだ。
「じゃあさ、わたし、このまま松丸と一緒に松丸のお家へついていくよ!」
薄闇でも分かるくらい、松丸が目を丸くして驚いているのが見える。
「え……で、でも……。緋凰は自分のお兄さんを守らなくていいの?」
「だって松丸のこと、ほっとけないもん。それにわたし、松丸の気持ちだって分かるもん。前に山で話したでしょ? 昔、わたしにはすっっごいムカつく子守がついていたってやつ」
この言葉に鷹千代が寝たままぴくりと反応する。
御神野の者たちはいまだにおたねを許してはいない。
無意識に鷹千代は奥歯をグッと噛みしめていた。
緋凰は松丸の瞳があるあたりをじっと見つめて言う。
「まだ小っさすぎてわたしは『死ぬ』とか言う意味も分かってなかったけど、おたねが殴ってきたりするのが痛くて辛くて、それと悔しかったりムカついたりで、あの時は毎日が眠れなかったよ。松丸がそんな思いをしているなんていやだ! だから、松丸が安心出来るまで一緒にいるよ。ついでに悪いやつなんかぶっ飛ばしてやろうよ!」
「緋凰……」
嬉しさと安心感が胸に広がってきた松丸は、もう片方の手を繋がれている緋凰の手に重ねて額をコツンと寄せた。
「本当に……本当に、緋凰は強いね。……いいな……」
松丸の言葉に、緋凰は不思議な顔をする。
「松丸ったら何を言っているの? も〜、山で一緒に修行したのをわすれちゃった? 松丸だって私と若虎と同じで——」
松丸はハッと顔を上げた。
暗くてあまり見えないが、その繋がれた手の向こうでは緋凰が微笑んでいるのに間違いないと思った。
「——うん!」
松丸の目に涙が浮かんできた時、寝転んでいる緋凰の後ろから頭の影がひょこっとのぞいてきた。
「……ちなみに私も緋凰と共について行きますので」
「え⁉︎ 瑳矢丸殿も一緒にきてくれるの?」
「もちろん。それに緋凰だけでは、何をしでかすか分かりませんし」
「ちょっと、どういう意味?」
瑳矢丸の言葉に緋凰が突っ込みをいれていると、松丸達の頭の上に寝転がっている鷹千代もこちらに身体を向けてくる。
「え〜? じゃあ僕もついて行きたいな。それに、松丸様の国を見てみたい」
「鷹千代殿もきてくれるの?」
「じゃあ、明日の交渉が終わったら楯木様達に相談しよう。ダメだって言われてもわたしだけは絶対についていくから安心してね、松丸」
「いや、私も付いていますので」
「ずるいな〜。僕だってついてくもん」
「へへ……みんな来てくれるとうれしいな」
袖で涙を拭いた松丸の心には、もう不安が消えていたのであった。
その後、他愛もない会話を楽しんでから鷹千代が灯明を吹き消したので、それぞれに仰向けになって目を閉じてゆく。
そしてやはり瑳矢丸は……そっと緋凰の片手を繋いだ。
(心配性だな〜。今朝は松丸の手は離れちゃっていたけど、瑳矢丸の手は離れていなかったね。寝ていても瑳矢丸は真面目だ〜)
暗闇の中で思わず笑みをこぼしながら、今夜もまた緋凰は左右に松丸と瑳矢丸の手を繋いで眠りについたのであった。
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