6-15 騙し合い?
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。九歳。
鷹千代……緋凰の従兄。
瑳矢丸……緋凰の世話役。真瀬馬の若君。
平助……鷹千代付きの荒小姓。
松丸……西国の北隣にある国の国衆、鶯鳴家の長男。九歳くらい。
岩踏兵五郎宗秋……御神野家の臣下。武将の一人
武人らしくキリッとたくましく引き締めている顔に、バランスよく配置されている切れ長の目がじっと目の前の女を見つめている……。
「ふふっ。そんなに見つめられてもねぇ」
目線の先にあるその色っぽくて美しい女が、妖艶にも感じられる仕草で片側の髪をゆっくりと耳にかけていた。
向かいで見つめている岩踏兵五郎は、片腕をどこぞの塀に立てかけてもたれている身体を、もう少し前へ傾けて微笑む。
「仕方がないだろう。こんなにいい女を見ないで俺のこの目は一体何を見ていろと? ましてや素通りなどできぬさ」
「あれまあ、ずいぶんと達者なお口だこと……。そんな慣れた口ぶりではどれだけの女に同じことを言ってきたのかしらねぇ」
「……この世のものとは思えぬ美しい女にしか言わねぇ。お前さんのようにな」
そう言って女の肩にそっと手を置いている……。
一生懸命に女を口説いている岩踏の少し離れた後ろでは、下から平助、鷹千代、瑳矢丸が好奇心丸出しの顔で塀の角から頭だけを串団子のように連ねて出し、こっそり見学していた。
「すげぇぜ。あんなセリフ、真顔でよく言えるな。これあの女、落ちますね」
「え〜? あの女の人、絶対に声かけに慣れていそうだよ。僕は振られると思うな」
「あの感じから判断するのは難しいですね。どちらもこう言うのに慣れている様子ですから。どちらが勝つか、見ものです」
どきどきしている三人のだいぶ後ろの方では、木陰で休憩している松丸が羨ましそうにしている。
「……僕も見にいきたいな〜」
「断じて! 若様にはまだまだ早うございます」
隣の爺やがぴしゃりと言う近くで、楯木五郎座はもう他人のフリをしていた。
「あっ!」
岩踏が女の頬に手を置いたので、覗き見している三人の男子はおぉ! と身を乗り出さんばかりに色めき立った。
「よし! これはいける!」
「むぅ! 女の人もまんざらではない顔してる!」
「え? あれで落ちるの?」
期待に満ち満ちた目で、三人が岩踏の勝利を確信した。
すると——。
「とっくりせ〜んせっ♡」
突然、全ての場の雰囲気をぶち壊して緋凰が岩踏の腰にバッとしがみついてきたのだった。
「だあぁ! も〜〜」
思いもよらない結末に、塀の角の三人はずっこけてしまう。
急な緋凰の出現に目が点になって呆然とした岩踏と女だったが……。
「……ずいぶんと可愛らしくて美しい先約がいたもの。わたしでは太刀打ちできないわねぇ」
「いや……これは」
慌てて言い訳をしようとした岩踏だったが、興醒めした女はじゃあね、とめんどくさそうに手を振って去っていってしまったのだった。
女が角を曲がって見えなくなると、しがみついていた身体を離して、緋凰はにしし、と笑いながら岩踏を見上げた。
岩踏は口を尖らせ、頭をかきながらため息をついている。
「お前なぁ〜。師匠のいいところを邪魔するんじゃねぇ」
「だってとっくり先生の奥さま達に(正室+側室)『浮気しないようにして』ってお願いされたんだもん」
「……余計な事を」
もう一度ため息をついた岩踏は、腕を組むと緋凰に向き合った。
「いいか、凰姫。今のはな〜、決して浮気ではない」
「そうなの?」
「そうだ。今の女は見ていて妙なところがあった。だから俺は怪しい者ではないか確認しようとしていたのだ」
「え⁉︎ そうなんだ! すごい、とっくり先生!」
真顔で説明をする岩踏の言葉を鵜呑みにしている緋凰の肩へ、ガシッと手が掴んだ。
振り向くと、いつの間にか塀の角にいた三人が目の前に来ている。
「だまされるな、緋凰。そんなわけないから」
「あ、瑳矢丸。え? そうなの?」
「そうですよ。ふっつ〜に口説いてただけですって。ねえ、鷹千代さま」
「そ、そうだね」
平助の同意に、岩踏の言葉を半分信じてしまった鷹千代はぎこちなく笑う。
だまされた〜っと笑いながら、緋凰はふと思い出した事を口にした。
「も〜。とっくり先生ってば、だめだね〜。あ、そういえば。さっきね、向こうに芝居小屋が立ってたよ。それでね、呼び込みの人が近くのおじさんにね、夜にあるお芝居って話していたんだよ。なんだろね〜。わたしも見にいきたいな」
「だめだめだめーーーーーーーー‼︎」
その言葉を聞いて、瑳矢丸が真っ青になって止めてくる。
「あのような所、いっちゃだめだ‼︎」
「ん? 瑳矢丸はそれ、知っているの?」
「ぐ……えっと……見たことはないけど……」
青くなっている顔に今度は赤みがさしてきた瑳矢丸を見て、緋凰が首を傾げていると。
「行くなら私がお供、いたしましょう」
「行くんじゃねぇーーーー‼︎」
お年頃の平助と、
「あんなの、大した事ないぞ」
「いらん事言わないで下さい‼︎」
大人の世界に精通している岩踏へ、瑳矢丸が盛大に喚き出している。
そしてそれを塀の角まできて見ていた松丸が、
「なんだろう、楽しそう! 僕も〜」
走り出そうとしたのを、松丸の爺やが真顔になってがっしりと腕を掴んで止めたのであった。
「若君には、まだまだ早うございます」
松丸より反対にある道の角では、去って行ったと思われた女が壁に身体をくっつけてわずかに顔を角から出し、その緋凰達の様子を伺っていた。
しばらくすると……、フッと笑って今度こそ女は壁を離れてどこかへ行ってしまう。
そしてその女を、緋凰付きである忍びの男が木の陰から見ていたのであった。
——今の時代、どいつもこいつも間者を放しまくっているからな〜。さて、あの女はどうかな?
女の後ろ姿を見送った後に、緋凰達を目で確認した忍びの男は、思わずククッと笑ってしまう。
岩踏の言った事が本当かどうかは、誰にも分からない——。
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