6-12 松丸は褒め上手
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。九歳。
鷹千代……緋凰の従兄。
瑳矢丸……緋凰の世話役。真瀬馬家の若君。
松丸……西国の北隣にある国の領地を治めている国衆、鶯鳴家の若君。緋凰の友達。
楯木五郎座……護衛頭。
樒堂禅右衛門……樒堂家の隠居老人。同盟の為の使者として同行している。
笹野甚兵衛……禅右衛門の従者。
日が傾き始めているようで、曇り空から透けて見えていた陽の光が弱くなってきている。
北の国境にある山城の麓にある小さな町に到着した緋凰達一行は、笹野甚兵衛に明日の面会の取り付けをさせる為に領主の館へ走らせてから、今夜の宿にする旅籠(食事付きの宿)の前まで来ていた。
「お疲れさま〜」
馬の手綱を取っていた緋凰はかぶっていた笠を背中へ引っ掛けると、いつも自分がされているように、馬上の瑳矢丸を降ろす為に手を差し出す。
「あぁ……うん」
恥ずかしいやらなんやらの思いで、瑳矢丸は差し出された手をそっと掴んで馬から降りた。
隣では、楯木五郎座が同じようにそっと樒堂禅右衛門を馬から降ろしている。
「今日は他にもう一組、大人数のお客が来るからだいぶ部屋が狭くなりますけど、よろしいでしょうか?」
店の主人である男が禅右衛門に伺いを立て、やむおえまいと承諾している声が聞こえてきた。
「この宿に決まりだね。じゃあ馬を入れてくるよ」
緋凰がそう言って歩き出そうとしたのを、瑳矢丸が繋いだままの手を引っ張って慌てて止めた。
「緋凰がそこまでしなくてもいいから。俺が行くって」
「大丈夫! だって今はわたしが瑳矢丸のお世話をするんだもん」
「いやいや、護衛ってだけで世話まではしなくてもいいんだって!」
「え〜、いいじゃん。瑳矢丸のお世話とかやってみたい〜」
「もう、やめてくれ……」
渋い顔を作っている瑳矢丸を見て、緋凰がアハアハと面白がって笑っていると——。
どこからか馬の足音とたくさんの人の足音が聞こえてきた。
緋凰が音の方へ顔を向けると、瑳矢丸も、反対隣にいる鷹千代達もつられて顔を向けている。
すると、遠くから七、八人程の人の塊が馬を一頭引いて歩いてくるのが皆の目にとまった。
そしてその馬上には、九歳くらいの若君であろう身なりの良い男の子が笠をかぶって乗っているのも見える。
「あ、さっき言ってたもう一組のお客かな。 ……ん? あれ?」
「どうした?」
笑っていた緋凰の顔が一瞬にして訝しげになったのを見て、瑳矢丸が不審に思って問いかけた。
どんどん近づいてくる一団に目を細めながら、緋凰はうなるように答える。
「あの馬に乗っている子。な〜んか見たことあるような気がする……」
「え? そうなの? 知ってる子?」
緋凰の言葉に、鷹千代達も思わず同じように目を細めてじ〜っと眺めてしまう。
だいぶ近くまで来たところで、馬上の男の子は前方で自分に注がれている視線に気がついてビクッと驚いたそぶりを見せた。
ところが。
その中の緋凰を見つけた瞬間にあっと驚きの声をあげたので、思わずその一団がピタリと歩みを止めたのだった。
「あれ? どうしたんだろ」
今度は不思議そうに緋凰が見つめていると、馬上の男の子が慌ててかぶっていた笠を外している。
するとそこから、優しげで美しくも、懐かしい顔が現れたのであった。
「——松丸⁉︎」
「緋凰‼︎」
同時に叫んでドキンと胸を弾ませた緋凰はまさかの人物に驚いて立ちすくんだが、松丸が急いで馬を降りたのをみて無意識に走り出していた。
松丸も満面の笑みで緋凰の元へ走ってくる。
「松丸だぁ‼︎」
「ひおーう‼︎」
たどり着いた二人は、その勢いのままガシッとしっかり抱き合ったのだった。
その光景を驚いた顔で見ている平助が、同じく目を見開いている鷹千代へ自然と尋ねている。
「え? 誰ですか、あれ。凰姫様とすんごい仲良くないですか?」
「えっと、『松丸』って言ってたから、前に山で一緒に修行していたって子じゃなかったかな? ねえ、瑳矢丸——」
確認しようと鷹千代が反対隣に目をむけると——。
スン……と無表情な顔をしているが、琥珀色の瞳をギラギラ光らせて静かに怒気をまとっている瑳矢丸がいる。
「えぇ⁉︎ 瑳矢丸? どうしたの?」
またもや驚きで顔を引きつらせている鷹千代の隣から、ひょこっと顔を覗かせた平助がその様子をみて、
「おやおや、瑳矢丸さまってば、ヤキモチをやいておられるのですかぁ〜」
からかい口調で言ってみた所、ぎぎ……と顔を向けた瑳矢丸が、
「……違います」
目から壮絶な殺気を放ってきたので、
「はい、そうですね。違いましたね、うん」
慌ててまた、鷹千代の陰にヒュッと隠れたのであった。
——全く、若虎といい、あの三人は仲が良すぎないか?
次第にイライラが瑳矢丸の顔に滲み出始めた頃、向こうで話をしていた緋凰が松丸の手を引いて笑顔で走ってきた。
「鷹ちー! 松丸だよ! 松丸がいたよ! びっくりだよ‼︎ ——あっ、松丸。この人が従兄の鷹千代兄さんなんだよ、素敵でしょ」
ふいに紹介されて居住いを正した鷹千代を松丸はじっと見つめると、
「かっこよくて知的な雰囲気のおにいさんだね! 初めまして、松丸と言います」
ふわりと笑いかけた。
「おにいさん……かっこいい……」
松丸の言葉と笑顔にキュンとした鷹千代は、
「初めまして、緋凰の従兄である鷹千代です。松丸様も実に美しくていらっしゃる。山での修行で緋凰がお世話になったそうですね。礼を申し上げます」
しゃんと背筋を伸ばしてキリッとした顔で挨拶を返している。
——鷹千代様は下に妹はいても弟がいないから、男の子の『おにいさん』って言葉に弱いんだよな。しかもこの松丸さん、蓉姫様に雰囲気が似ているな。
平助はなんとなく鷹千代の想い人である愛らしい芙蓉を思い出していた。
次に緋凰はそっと瑳矢丸の腕に片手を添えた。
「松丸! この人が瑳矢丸——さまだよ! 今は事情があってわたしが瑳矢丸のお小姓さんなんだ」
最後はぼそぼそとその事情を緋凰は耳打ちする。
——こそこそするなっての。
若干、口を尖らせている瑳矢丸へ向かうと松丸は思い切り目を見開いた。
「うわぁ! 本当に美しい人だぁ! かっこいい! さすが緋凰の(礼儀作法の)先生だね、とっても頼もしそうでいいなぁ〜」
「かっこいい……頼もしい……」
頬を少し赤くしてきらきらと羨望の眼差しで見つめてくる松丸が愛らしくて、
「でしょ? 瑳矢丸は武術だって強いんだよ! わたしの自慢の人なんだぁ〜」
「強い……自慢……」
にこにこと誇らしげに笑っている緋凰の言葉に嬉しさが込み上げてきた瑳矢丸は、こほんと軽く咳払いをすると、
「初めまして、瑳矢丸と申します。松丸様は優しげで素敵なお方ですね」
姿勢を正し、微笑んで挨拶をした。
「へへ、ありがとぉ」
はにかみながら無垢な笑顔をかえした松丸に、
「緋凰がお世話になりましたそうで……、ありがとうございます」
そう言って笑っている瑳矢丸は、完全に毒気を抜かれてしまっているのであった。
近くでその様子を見ている岩踏兵五郎達は、
——うちの若君二人が、どこぞの若君に籠絡されちまった!
と、あっけにとられていたのだった。
緋凰の紹介が終わった事で、今度は松丸が後ろに来ていた十歳くらいの男の子を引っ張ってきた。
「緋凰、この人が僕の世話役の彦二郎だよ。前に話したけど、緋凰に性格がよく似ているんだ」
「え〜そうなんだ! よろしく、彦二郎さん」
にこにこ笑っている緋凰につられて、彦二郎も笑いながら挨拶をしかけた。
「よろしくです、お姫——」
「わあああああ‼︎」
事情を知らない彦二郎からうっかり緋凰の身分が出そうになって、松丸と緋凰が瞬時にその口を手でふさいだ。
(しまった! 禅右衛門さん達にバレちゃった⁉︎)
緋凰が後ろを振り向こうとした時。
「禅右衛門様! 大変です」
領主の館へ行っていた笹野甚兵衛が血相を変えて走り込んできた。
同時に、松丸の一行にも人が駆け込んでいた。
「どうしたのだ?」
冷静に問いかける禅右衛門に甚兵衛が息を整えながら報告した。
「それが……。領主の杭打権大夫様が急な用事で出掛けていて明後日まで戻らないとの事」
「何⁈」
眉を寄せて険しい顔をした禅右衛門に、近くで聞いていた楯木五郎座が首を傾げて問いかけた。
「失礼を。お会いする方がお留守などとはよくある事。一日二日、待つだけの事が何かしらの大事になるのでしょうか?」
「ああ、いえ、その……。ご隠居様の体調を考えると待つという事が……心配でありまして……」
「良い、甚兵衛」
五郎座の問いかけに目を泳がしながら答えていた甚兵衛を、禅右衛門は制した。
「皆様にはご迷惑をお掛け致しますが、杭打様がお戻りになるまでここに留まることに致します。よろしいでしょうか?」
そう五郎座に話しているこの会話が聞こえた松丸が、緋凰へ意外なそうな顔を向けてきた。
「え? 緋凰も杭打権大夫様の所に行くの?」
「ん? そうだけど……」
「一緒だね! 僕たちも杭打様の所へ行くんだよ!」
「え⁉︎ そうなんだ! じゃあさ、待ってる間、一緒に遊べるね!」
「ほんとだ! そうしよう!」
そうして緋凰と松丸は大喜びで手を取り合ってやったやったとぴょんぴょん飛び跳ねると、なぜか彦二郎も一緒に円になってくるくると回り始めた。
——子供らしい子供の似た者同士⁉︎
岩踏達が仲良き事だと見ている中、禅右衛門と甚兵衛は緋凰と松丸を見て、わずかに顔を険しくさせている。
その禅右衛門達の様子を、鷹千代と瑳矢丸は見逃さなかったのだった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




