6-9 瑳矢丸の護衛、再び
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。九歳。
御神野 律ノ進 煌珠……緋凰の父。お殿様
鷹千代……緋凰の従兄。
瑳矢丸……緋凰の世話役。真瀬馬の若君。
岩踏兵五郎宗秋……臣下。武将の一人
楯木五郎座……護衛頭。
水時新衛門円慶……緋凰の武術の訓練相手。元僧侶。
「凰! そんなんじゃ右脇に隙ができる! 瑳矢! 踏み込みが甘い! 鷹! 後ろにも気を向けろ!」
雑木林の中にある道で、腕を組んで立ちながら檄を飛ばす岩踏兵五郎に、
「なめくさりやがってゴルアァ!」
と言いながら一人の賊が鎌を振り上げて襲いかかってきた。
その男に見向きもしない岩踏の近くへ、水時新衛門がパッと現れると——。
槍を振るってあっさりと盗賊を吹っ飛ばしたのだった。
さらにその近くを、楯木五郎座が向かってくる敵をガシッと掴んではポイポイ子供達のいる方へ投げている。
岩踏と楯木が見ている先では……。
緋凰(九歳)、瑳矢丸(十一歳くらい)、鷹千代(十歳くらい)、平助(十二歳くらい)の四人が、各々の武器を懸命に振り回しながら盗賊と戦っているのであった。
「……あ〜終わった〜」
やがて、てんでバラバラに逃げていった賊たちを見送ると、緋凰はブフーッと息をついた。
その横では、肩で息をしながら刀をおさめた瑳矢丸が、手ぬぐいで汗を拭きながら面倒くさそうな顔を向けている。
「なあ。旅って初めてだけど、こんな賊に襲われまくるものなのか? 城下町を出てからどれだけ来るんだよ……」
「う〜ん……。どうだったかな。でも今回はやたら多いと思うよ」
「それは、身なりも悪くなく小っさいあなた方がわんさか居るからですよ。今は子供など高く売れますからね」
質問に答えていた緋凰の横に、新衛門がそう言いながら歩いてきた。
まだあがった息も落ち着かないまま、汗を拭きながら鷹千代も平助を伴って小走りに緋凰達の近くまでくると、その会話に驚いた声を出す。
「え⁈ 子供ってそんなに値段が高いの?」
「そうそう! すごいんだよ〜。わたしなんて金のいっぱい入った大袋が三つ分だったよ!」
「……さすがにその値段は姫様の瑠璃で増してあるかと」
このお姫様は攫われた事があるのかと、新衛門は内心で驚愕した。
息の落ち着いた平助が瑳矢丸をまじまじと眺める。
「じゃあ、瑳矢丸殿もヤバいっスね。綺麗すぎるし目が金金だし」
「ほんとだね! もう、瑳矢丸がお金だね」
「え! 瑳矢丸はお金なんだ」
「いやもう……どういう事だ? それ」
鷹千代と緋凰が口々に訳のわからない事を言ってくるので、瑳矢丸は何とも言えない顔でぼやいた。
その様子を見た緋凰は、
「でも、大丈夫! わたしがちゃんと瑳矢丸を守ってあげるから!」
そう言って胸を張り、
「そうそう、今は僕たちが『瑳矢丸の護衛』だもん!」
こう言って身分の高い若君である鷹千代は、同じくお姫様である緋凰と顔を見合わせて、ね〜、と笑っている。
「あぁもぅ! やめて下さいよ、護衛とか‼︎」
いつもは逆の立場でもあるので、嫌そうな顔で悲鳴をあげた瑳矢丸へ平助が、
「それでは真瀬馬の若君様。馬へどうぞ」
真顔を作ってうやうやしくふざけてくるので、二人は小突き合いになってしまう。
そんな子供達の様子を見ながら、岩踏は頭をかいて呆れた声で呟いたのだった。
「やれやれ。これじゃ、仕事ではなくただの遠足だな……」
ーー ーー
話は前日に遡る——。
夏の真っ盛りで太陽がギラギラと眩しい昼下がり。
二の丸御殿の自室にて、小袖に髪も下ろしてちゃんとお姫様の格好でいる緋凰は、遊びに来ていた従兄の鷹千代の前で、手のひらに乗っている小さな小さな箱をパカリと開いた。
すると——。
「のうわっ! ちょ、これは……」
鷹千代が、小箱に入っていた緋凰のお手製である練香の匂いを聞いた(お香は『嗅ぐ』ではなく『聞く』と言う)途端にのけ反ったので、隣で座っている平助もそれに興味を向けた。
「え? そんなにヤバいんですか? 私も聞いてみても?」
どうぞ〜と緋凰に差し出された練香の匂いが鼻に入った途端、やはり平助も目をくわっと開いてのけ反り、笑い出した。
「姫様! これはキッツいですよ〜。魔除けどころか神様もぶっ飛びです」
「え〜? そんなにヤバいの? おかしいな、奈由桜おばちゃん(瑳矢丸の母で緋凰の遠戚)に聞いた通りにお香を調合したのになぁ〜」
むぅっと口を尖らせて、緋凰は手の中の練香の丸薬を見つめていると……。
「失礼致します、凰姫様。与太郎にございます。殿がお呼びです」
開け放たれた襖の向こうで、緋凰の父である煌珠の荒小姓が声をかけてきたので、部屋にいる三人がそちらの方を見た。
「あっ! ちょうど良かった、与太郎さん。入って入って〜」
そう呼ばれて与太郎は不思議な顔つきで部屋に入ると、立ち上がって駆けてきた緋凰に練香をずいっと差し出された。
「父上にあげるお香を作ったんだけど、どうかな?」
「そうですか。では失礼して——うっ! ……これは、ちょっと殿のお好みではないかも……」
この時、与太郎はふと主である煌珠の言葉を思い出した。
『あいつ(緋凰)は武術以外で取り立てた才能が見つからねぇ』
との事を。
「やっぱり? じゃあやめとこう。……そういえば瑳矢丸も先に呼ばれていたっけ。すぐ行きます」
気づかわしげな顔になっている与太郎に、緋凰は苦笑いを返して答えたのだが。
「あ、今日は男装で来るように仰せです」
「え〜? じゃあ、武術関係だぁ〜」
与太郎の言葉に、今度はため息をついた緋凰を見ながら、部屋に居る鷹千代は平助に目線を送ると部屋の出口まで二人で歩いて行く。
「じゃあ凰姫。僕は若殿のお部屋に行ってみるよ」
「うん。終わったら一緒に叔父上のお屋敷に行こうね」
今日は鷹千代の父であり、叔父である天珠の屋敷に宿泊予定の為、そう言って緋凰は鷹千代を見送ると、急いで着替えを済ませて与太郎について行ったのであった。
ーー ーー
「え〜? 『また』わたし、瑳矢丸の護衛をするのですか?」
本丸御殿にある謁見の間の中央で正座をしている緋凰は、向かいの上座に座っている父の煌珠へ不思議な顔を見せた。
緋凰の右後ろでは、瑳矢丸が何故こうなる? と言った顔で座っており、左後ろには楯木五郎座が何故お姫様が護衛の護衛をするの? と言いたげな顔で控えて座っていた。
煌珠はいつもの通りに無表情で説明を始める。
「北との国境を治めている樒堂家が、北に隣接する領地を治めている国衆との同盟交渉の手助けを真瀬馬家へ求めてきた」
「瑳矢丸のお家へ?」
「お前は知らぬが、かつて元桐殿(包之介)の側室に樒堂家の娘がいた事で、真瀬馬家と樒堂家には少なからず縁がある。その娘は早くに亡くなっている事や元桐殿との子は成さなかったようだから、もうだいぶ薄い縁ではあるが」
「ふ〜ん。そうなんだ」
向かい合わせで聞いている緋凰も、つられて無表情になってきた。
そのまま煌珠は淡々と話を進める。
「使者が来たのは今朝なのだが、折悪く今、真瀬馬の家には元桐殿と忠桐(刀之介)が仕事で居ない。そこで真瀬馬の家宰(家中の仕事を取り仕切る者)が急ぎのようだとこちらに報告へ来たのだ。何でも、権威のある真瀬馬家とのつながりを向こうに示したいから、『若君でもよい』ので真瀬馬の家の者を遣わせて欲しいと言われて困っていると」
「へぇ〜。でも、それは弓炯之介さん(真瀬馬家の嫡子)じゃなくていいんですか?」
「あやつまで留守にさせる訳にはいかない。しかし北にある国との同盟はこの国にとってもかなり重要なものであるゆえ、瑳矢丸を行かせる事にした。俺が真瀬馬の家の事に口を出す以上は、なんとしても瑳矢丸を守らねばならぬ。故にお前が瑳矢丸を護衛しろ」
「な〜んだ。そうゆうことならいいよ!」
「それから、旅のついでに各々の領地の経済がどのような状況にあるか調べてこい」
「それはヤダ! やり方がよく分からないし、めんどくさいもん」
「何だと?」
二人のやり取りを黙って聞いている瑳矢丸と五郎座はギョッとしてハラハラする。
——この殿によくわがままが言えるな。と。
ふんと息を吐いた煌珠は、じっと緋凰を見つめて考える素ぶりを見せた。
「……まあ良い。そうだな……とりあえずお前に仕事の駄賃として小遣いをやろう」
「え?」
「せっかく旅に出るのだから、それでその土地の珍しい布を買うなり、美味いものでも食って楽しんでくるといい」
「ええ⁉︎ そんな事してもいいの?」
「ああ。……そうだ、もし『薫皮』売りを見かけたら、今はいくらくらいでどれだけ売れているものなのか聞いておいてくれ」
「いいよ〜! それくらいお安いご用でっす! やったぁ〜‼︎」
『薫皮』とは鎧の材料によく使われるものであり、その売れ行きを調べるとは戦が起きるかどうかの判断にもつながる事を、緋凰は分かっていない。
そして、現地で緋凰が何をどのように買ったかを後で聞くことによって、その土地の経済状況も推察できるものなので、自ずと調べてくるようなものである。
——娘の扱い、完璧だ‼︎
呆気にとられた瑳矢丸と五郎座は、諸手を挙げて喜んでいる緋凰を見ながら、内心で煌珠に感服するのであった。
その後、戻ってきた緋凰からこの話を聞いた鷹千代が、自分もついていって旅をしたいと、父の天珠へ盛大に駄々をこねた。
そこで、仕方なく護衛に岩踏兵五郎と水時新衛門も追加して、煌珠は娘たちを北の国境へ派遣したのであった。
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