12.亀千代少年の推理、そして誤算
読んでくださり、ありがとうございます。
至らぬ点も多いかと思いますが、
皆さまに楽しんで頂けるよう、がんばります!
天珠の屋敷——。
「だあぁ! もうダメだ! マジで集中できてねぇ」
今日の予定をなんとか全て終わらせた亀千代は、自室に帰りつくなりゴロンと畳に横たわった。
「亀千代様、お召し替えが済んでおりません。外着がシワになります」
近くで冷静に、自身の荒小姓の男が注意してくる。
「だまれ」
「今少し言葉使いを……」
「あーもぅ! これやるから向こう行ってろ‼︎」
寝転んだまま風呂敷から蜜柑を一つ取ると、亀千代はそれをぶん投げてよこす。
荒小姓の男はパシッと受け取ると、それをまじまじと見つめた。
「……私、もう十五なんですけどね」
自身よりずっと年下の主が、小さな子供扱いしてきた事にため息をついて部屋を出ようとすると、ふと視界に白いものがちらついたので、意識をよく向けてみる……。
「あ、やはり雪になりましたよ。鷹千代様も今夜は星が見えなくてがっかりなさいますねぇ」
気を引くように言って男はチラリと見るが、眉間にシワを寄せて、別の蜜柑を天井に投げながらキャッチボールをしている、行儀の悪さ甚だしい亀千代を確認すると、もうそっとしておく事に決めた。
向こうにおりますと男が行ってしまうと、蜜柑を投げながら改めて、緋凰の問題を考え始めた。
——おかしい……。ただの小競り合いじゃないのか?
蜜柑が天井付近と亀千代を行ったり来たり……。
——しかしあのアザ。
この夏、緋凰の身体に点々とついていたアザが、どうにも気になって仕方がない。
多少数はあったが、アザ自体は小さかったのと色も薄かった事から、たいしたものではないように見えた。
そんな事で静観していたのだが、予想に反してちっとも事が解決しない上に、今朝はアザも酷くなっている。
——それこそ、星みたいにアザが——。
ふと頭の中でピッと何かが繋がった感覚がして、手が止まった。
天井から戻ってきた蜜柑が、顔面にベチッと着地するとコロコロ転がっていってしまう。
だが、亀千代はそのままの体勢で動かない……。
途端にハッと気がついた。
——位置だ! アザの場所、全部急所じゃねぇか⁉︎
ハハっと頼りなくではあるが、笑っていた緋凰の顔が浮かんだ。
「めっちゃ痛えだろうが! 何笑ってんだよ! クソッ」
片手で顔を覆う。
緋凰のアザを見て、痛そうと言った鷹千代の顔が頭をよぎった。
——鷹千代は気づいた……のか?
おそらく明確に分かったのではない。
幼子ならではの直感力。
だからなのか、あの日から鷹千代は頻繁に二の丸御殿に通っている。
亀千代は、自身が忙しい身である事と、祖父の閃珠がいる事で大丈夫だろうと、鷹千代の報告を聞くだけで良しとしていた。
てっきり鳳珠の方に会いに行っているものだとばかり思ってもいたのだ。
無意識に亀千代は下唇を噛む。
——じゃあ、あいつ(おたね)はただ者じゃなく、武術の訓練受けてるヤツか⁈
この亀千代の推理は当たっている。
おたねは、緋凰の母親が煌珠に嫁いだ時についた、侍女を兼ねた護衛の一人だった。
戦にも参加していた経歴を持つ。
——まずい! 抜かったか⁈
ガバッと跳ね起きたのとほぼ同時に、鷹千代が部屋に駆け込んできた。
「兄上! ぼく今から二の丸御殿に行ってくる! 今日もうずっと胸が気持ち悪いの。なんか凰姫にすんごい会いたいの。連れてくる!」
早口でそう報告して背を向けた弟の腕を、亀千代は慌てて持つ。
「待て! 俺が行く。雪降ってるし、お前はここにいろ」
振り向いた鷹千代の目に涙が溜まっていた。
「もう、父上に言おうよ。凰姫、死んじゃったりしないよね?」
ヒュッと肝が冷えた亀千代は、不安を振り払うかのように鷹千代に怒鳴りかけたが——。
「凰姫が死ぬだと⁈」
突然割って入った大声に、二人の身体がビクッと硬直した。
見ると、玄珠が部屋に入って来る。
「迅兄上(玄珠)!」
鷹千代がガバッと長兄に抱きついた。
「何だ? 何の話をしている⁈」
弟の頭をなでてやりながら、玄珠は厳しい顔で問いかける。
鷹千代はしがみついたまま、亀千代の方を向いて目で訴える。
二人を見て小さく息を吐くと、亀千代は鷹千代に、話せとうなずいて見せた。
「兄上、あのね——」
ことの次第を聞いているうちに、玄珠の顔がみるみる険しくなってゆく。
そしてとうとうブチ切れた。
「亀千代‼︎ お前何やっているんだ! どうしてすぐに凰姫を助けない⁉︎」
予想通りの兄の反応に、苦い顔をしながら亀千代も言い訳をする。
「凰姫も人の上に立つ者だし、この先こんな事いくらでもあるだろうから、自分で解決する練習になると……」
玄珠は盛大にため息をついた。
とりあえず、緋凰を見捨てていた訳ではなかった事には安堵した。
しかし……。
「今しなければいけない事か⁈ 亀、たしかにお前は人より賢い所がある。だがそれ故に人というものを侮りすぎている! どうしてその女が間違ってでも、凰姫を殺さないと断じる事ができるのだ⁈」
それは今しがた、亀千代も思い至った事なので目をそらす。
「どうして凰姫が辛さに耐えかねて自死すると思わない⁈」
これには全く思い至らなかった。
スッと背筋に冷たいものを感じて、亀千代は息が詰まる。
「あ、アイツはそんなに弱くない‼︎」
亀千代は叫ぶが、語尾が震えていた。
「お前ならそうだろうよ! 自分と他人の強さが一緒だと思うな‼︎」
そう怒鳴りつけ、これ以上の問答は刻が惜しい、と玄珠は背を向けて走り出そうとした。
その足がフッと止まる。
父の天珠が部屋の入り口いっぱいに塞がっているかのように、ずーんと立っていたからだ。
——やべっ!
ギョッとした亀千代は、素早く窓から逃げようとしたが——。
「亀千代‼︎‼︎」
雷鳴のような怒鳴り声に、身体がビタッと硬直した。
息子がまたヤバい事をしでかしたか、と思った天珠は、
「お前、俺から逃げられんの?」
と脅しをかけるように尋ねてみる。
「あー……くそぉ……」
目を瞑って天を仰ぐと、亀千代は観念したのだった……。
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これからも、どうぞよろしくお願い致します。




