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飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第五章 恋心って調略できるもの? 〜恋愛攻防戦編〜
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おまけの巻4後/ 羅天の霹靂

読んでくださり、ありがとうございます。

○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。この国のお姫様。

 御神野みかみの ゆうしん 閃珠せんじゅ……緋凰の祖父。この国の大殿。

 御神野みかみの ごうしん 天珠てんじゅ……緋凰の叔父。煌珠の妹の夫。武将の一人

 美紗羅みさら……天珠の妻。閃珠の娘。

 美鶴みつる……緋凰の従姉。天珠の長女

 真瀬馬ませば 包之介ほうのすけ 元桐もとぎり……閃珠の元小姓。家臣。

 外ではしとしとと小雨こさめが降り続いている中。


 とある屋敷の廊下を、一人の男が歩いている。


 その縦にも横にも大きなムキムキの筋肉を持つ身体を、のしのしと進ませながら首をかしげげていた。



 ——急な呼び出しとは何だろか。父上のご様子が尋常じんじょうではないとの事だが……。俺、なんかしたっけ?


 ここ最近での自身の行動には思い当たる所が一つも無い。


 ——もしかして、だ〜いぶ出世ができた事をお褒めくださるとか。う〜む、いやもうだいぶ前の話だし……。


 最後に出世できた時の手柄てがらを思い出すと、今でもきもが冷えてくる。


 ——あれはもう死んだと覚悟したな。一瞬、三途さんずの川みえちゃったし……。生きてて良かった〜。


 男があれこれと考えているうちに父親の部屋に到着したので、ふすまの前でひざを折って声をかけてみた。


 「失礼致します。豪二郎ごじろう、参りました」

 「……入るがいい」


 中から開かれたふすまを抜けると、入れ違いに父の小姓こしょうが全員外へ出て行ってしまった。


 その様子を不審ふしんに思いながらあらためて部屋の中へ目を移すと、父の亥三郎いざぶろうが熊のようなごつい顔をけわしくさせながら、とこじくを眺めているのを見つけたのである。


 ——うわっ! 何かすっげー怒ってない? 顔、やっばぁ〜。


 そして息子には分かった。


 亥三郎いざぶろうはもはや、相手を血祭ちまつりにあげたいほどの怒りをたたえている。


 そして、その相手は確実に自身であるという事を。



 ——来なきゃよかったぁーー‼︎



 顔を引きつらせながらそうは思っても、逃げられるわけも無い。


 やむなく意を決した豪二郎ごじろうは、腹に力を入れて気を引き締めると、ふすまを閉めて慎重しんちょうに父の後ろへ進んだ。


 「…………」


 呼んだ相手が来たというのに、亥三郎いざぶろう依然いぜんとこを向いたまま動かない。


 しばしの間、互いにそのままの状態でいたのだが、めた空気に耐えかねて、豪二郎ごじろうは恐る恐る亥三郎いざぶろうの背中に声をかけた。


 「父上。えっと……私をお呼びだそうで……」

 「…………そこへなおれ」

 「は、はい」


 豪二郎ごじろうが慌ててその場に正座をした所でやはり前を向いたまま、亥三郎いざぶろうが低い声で問いかけてきた。


 「お前は——」


 ごくりと豪二郎ごじろうつばを飲んで緊張する。


 「おのれがモテると……思うか?」


 「…………へ?」


 亥三郎いざぶろうの思いもよらない質問に、豪二郎ごじろうはキョトンとするが……。


 父はもはや殺気をまとっているように感じる為、


 ——妙な話ではあるが、返事を間違えればられる気がするぅ。


 豪二郎ごじろう丁寧ていねいに答えを返した。


 「そう……ですね。まあ、私はこんな姿なりですし、女なぞ見た目で怖がってしまいますから……。あっ! でも、練兵場れんぺいばの女には、かっこい〜って言われるんでモテてるかな〜、あとまあ、野郎共やろうどもには人気があるそうで——」


 ハハハと笑いながら、最後には冗談で締めくくろうとすると——。


 「うぬぼれるんじゃねぇーーーー‼︎このガキゃぁーー‼︎」


 「のぉぉぉーーーー⁉︎」


 突然、怒り顔で振り向きながら怒号どごうを浴びせてきた亥三郎いざぶろうに、豪二郎ごじろうは魂が消し飛ぶ思いで驚愕きょうがくした。


 「誰が! お前みたいな獅子ししくまりゅうを混ぜ合わせたような怪物を! お姫様が気に入るというのだぁ‼︎」


 「ちょっ……おしずまりを! 父上! 誰もお姫様とは言っておりませぬ! え? 怪物とかひどっ……一体、どうなされたのです? 私が何をしたと?」


 今にも殴りかかってきそうな勢いに負けじと、豪二郎ごじろうは青い顔をしながら必死で問いかける。


 亥三郎いざぶろうは肩で息をしながら必死で感情をしずめると、押し出すような声で話し出した。


 「……今朝けさ方、殿との(閃珠せんじゅ)が急に屋敷へひょっこりお出ましになったのだ」


 「まあ、殿はよくフラフラお出かけなされて、皆に怒られてますね。遠くまで、よく来てくださいましたな」


 「そんな事、今はどうでもいい。……その殿がだな——」


 険しい顔で息を詰めてくる亥三郎いざぶろうに、二人しかいない部屋中で緊張感が走る。


 「お前を! 紗羅さら姫様の婿むこにと! 所望しょもうされたのだぁ‼︎」



 「…………へ?」



 豪二郎ごじろうは……再びキョトンとした。


 一瞬、何を言われているのか理解できなかった。


 紗羅さら姫こと美紗羅みさらは、この国のお殿様である閃珠せんじゅ愛娘まなむすめであり、国で一番と言われているくらい美しくて気の強いお姫様。


 それを……デカくてゴツい姿の自分の——。



 「…………なっ、なんですとぉーーーーーー⁉︎」



 ようやく事の重大さに気がついた豪二郎ごじろうは、目ん玉が飛び出さん勢いで仰天ぎょうてんした。


 「じょっ、冗談がすぎますぞ! 父上! いくら何でもあり得ませぬ‼︎」


 「冗談でこのような事が言えるかっ! 何故だ! 他にいい男などこの国にはひしめいておるのに、何故お前なのだ⁉︎」


 焦るあまり、右に左に歩きまわっている亥三郎いざぶろうはハタと最悪な理由を思いついてわなわなと震えた。


 「そう言えばお前、少し前から姫様に武術を指南しているとか何とか聞いたぞ」

 「あ、はい、まぁ……殿のご命令でやむなくですが……」

 「まさか……まさか、その時に……姫様をてご——」


 「そんなわきゃねぇだろうがぁーーーー‼︎」


 とんでもない父の発言で、ついに豪二郎ごじろう獅子ししのようにえた。


 「じゃあ何故なぜだぁーー⁈ 殿は何故なにゆえお前のような化け物のごとくデカい男に、あの美しい姫をめあわせせてくださるというのだ⁈」


 「知らないですよ! そんな! てか、化け物ってぇ! やめてくれ‼︎」


 「うるさい‼︎ 俺よりデカく育ちやがって‼︎ なにが十九歳だ! めし、食い過ぎだ‼︎ このっ——」


 「今それ関係ねぇし‼︎」


 混乱のあまり、なぜか殴りかかってきた亥三郎いざぶろうこぶしけながら、豪二郎ごじろうも我を忘れてわめき散らす。


 ついに取っ組み合いになった二人の激しい問答もんどうは、しばらく続いたのであった。

 

 

 ーー ーー

 「せっかく久々に家族へ顔を見せに行ったのに、また鳴朝城へトンボ帰りとは……何か大事があったのか?」


 亥三郎いざぶろうの領地から帰っている途中の農道にある木の根元に腰を下ろして、握り飯をほおばりながら、一緒に地元へ戻っていた同郷の友人である八兵衛はちべえが尋ねてきた。


 少し離れた別の木の根元では、二人の従者ものんびりと握り飯を食べている。


 ずっと降り続いていた雨はやんでいたが、空にはまだ黒い雲がかかっていた。



 「…………ああ」



 険しい顔で返事をした豪二郎ごじろうに、八兵衛はちべえは飯を飲み込みながら、自身も真顔になってもう一度問いかけてきた。


 「その様子は尋常じんじょうじゃないな。……いくさか?」

 「……いや、もっと……やべぇな」

 「何⁈ この世にいくさよりやべぇのがあるんか?」


 巨漢きょかん仲間である八兵衛はちべえは、その大きな身体をムキっとさせて緊張した。


 豪二郎ごじろううつむいたまま答える。


 「下手へたこいたら……一族全員の首が空をう」

 「何だと⁈ とんでもねぇ事態じゃねぇか⁈ 大丈夫か?」


 目をいた八兵衛はちべえの最後の問いには答えず、豪二郎ごじろうはのそりと立ち上がって何の気なしに歩き出した。


 ——そりゃ、俺の方はいい。それどころか、実はず〜っと前から姫様の事はしたっているし。だけどなぁ、叶わぬ恋だとハナから思っていて……。


 道の真ん中に大きく水溜みずたまりができている。その端まできてしゃがむと、水面みなもに自身の顔を映してしげしげと眺めてみた。


 ——むぅ……。ほんっとごっつい顔だよな〜俺。なぜ殿は俺になぞ姫様を?


 たしかに閃珠せんじゅは自身の武術の腕を買ってくれて、たまにみずか指南しなんをしたりと、目をかけてくれている事もあるが。


 ——運良く出世も叶ったから、身分的にはギリギリ良しとしても……。紗羅さら姫様なら刀之介とうのすけ殿の方がよほど似合っているんじゃないかなぁ……。


 昔一緒に、煌珠こうじゅの荒小姓をしていた真瀬馬ませば刀之介とうのすけ端正たんせいで美しい顔を思い出すと、ますます気持ちが沈んでくる。


 「お〜い、おっちゃん! 何してるんだぁ」

 「お、おっさん⁈」


 はっとすると、いつの間にかとなりに四、五歳くらいでまあまあ身なりの良い男の子がちょこんと座って、不思議な顔で豪二郎ごじろうを見つめていた。


 「……なあ、俺っていくつに見える?」

 「う〜んと、でかいから五十っさい!」

 「おっさん通り越している⁈」


 ちょっと傷ついた豪二郎ごじろうは、その幼子おさなごの顔をじっと観察してみる。


 するどい目の形ではあるがととのっており、小さいながらも鼻筋がよく通っていてぷっくりとしたほおが愛らしい。


 「……ぼうず、なかなか良い顔してるじゃないか」

 「へへ〜ん。おれ、女にもってもてなんだぞ〜」


 「うらっ! やまっ! すぃーーーー‼︎」


 幼子おさなごを全力でうらやんだ豪二郎ごじろうは、ため息をついてまた水溜みずたまりに視線を戻す。


 すると、にわかに道の向こうが騒がしくなり、叫び声が聞こえてきた。


 「危ないぞーーーー‼︎ 『走り野郎』だぁーー‼︎」


 あっとなった幼子おさなごが立ち上がる。


 「おっちゃん! ヤバい! 馬が突っ込んでくる‼︎」


 次第にどどどーーっと音が響いてくると、向こうからどろを跳ね上げながら勢いよく馬が駆けてきた。


 「どけどけぇーーーー‼︎ 邪魔する奴ぁ吹っ飛ばしてくれるっ‼︎」


 馬上の男はゲラゲラ笑いながら通行人を威嚇いかくしていた。


 「おっちゃん! 早く、横に‼︎」


 幼子おさなごはしゃがんでいる豪二郎ごじろうの着物を懸命けんめいに引っ張るが、この巨体は全く動かない。


 ——せめて俺の顔がもう少し刀之介とうのすけ殿のように美しければ、姫様もれてくれたかな?


 「おっちゃん! きちゃうぅ‼︎」


 考え込んでいる豪二郎ごじろうは、全然気が付かない。

 轟音ごうおんを立てながら、馬がだいぶ近くまで走ってきていた。


 八兵衛はちべえと従者達は、何でもない顔で座ったまま握り飯を食べつつ、こちらを見ている。


 ——刀之介とうのすけ殿って、何であんな端正たんせいな顔してんだ? ずるいなぁ〜。


 ついに馬がすぐそばまで駆け込んで来る。



 「おっちゃーーーーん‼︎ ぐぬぅーーーー‼︎」



 幼子おさなごが赤い顔で精一杯、豪二郎ごじろうの着物を引っ張った。


 だが、とうとう馬が——!



 「ん?」


 すると、急に顔を上げた豪二郎ごじろうがスクっと立ち上がったので、幼子おさなごがすてんと後ろに倒れた。


 「どけやぁ! もう死ね‼︎」


 馬上のヤバい男が笑いながら叫ぶ中、豪二郎ごじろう幼子おさなごを背に馬の正面に立ちふさがると——。



 「ふん‼︎」



 衝突しょうとつする寸前すんぜんに馬の顔についているくつわを素早くつかみ、そのまま片手で力任ちからまかせに引き倒した。


 「のぅわぁーーーー‼︎」


 とんでもない怪力かいりきで馬が横倒よこだおしになり、その勢いで馬上から男が吹っ飛ばされると横にあった土手を転がり落ちていき、そのまま田んぼにブッ刺さったのだった。



 ——あぁ……なぜ俺は刀之介とうのすけ殿じゃないんだ……。



 八兵衛はちべえや従者、周りの通行人達の拍手はくしゅをあびながらも、豪二郎ごじろうは空を見上げて打ちひしがれている。


 その時、黒い雲の切れ目から太陽の光が筋状に差し込み、スポットライトの様にきらきらと豪二郎ごじろうを照らし出したので、八兵衛はちべえ達は面白すぎると必死に笑いをこらえた。


 「すげぇ……」


 後ろで幼子おさなごは目を丸くして見ているのであった。

 

 

 ーー ーー

 豪二郎ごじろう達の乗った馬が去っていくのを、幼子おさなごは突っ立ったまま見つめていた。


 すると、


 「若! よかった、こちらでしたか」


 その幼子おさなごやくが慌てて走り込んできた。


 「もう、勝手に一人で行ってしまわないで下さい‼︎ そんな事するならもう外には——」

 「——けぇ」

 「え? ……どう、されました?」


 ぼんやりと前を向いたままつぶや幼子おさなごに、守り役が不思議に思ってとんとん肩を叩いてみる。


 はっと我に帰った幼子おさなごは、


 「かっっっけぇーーーー‼︎ よし! 決めた‼︎ 俺もいつかああなるぞ‼︎ ムキムキだぁ〜‼︎」


 そう雄叫おたけびをあげると、一目散に駆けていくのであった。


 のちにこの幼子おさなごは、このくに屈指くっしのムキムキ武将になり、最強の称号しょうごうを持つ男に成長した。


 その名を『岩踏いわぶみ兵五郎ひょうごろう宗秋むねあき』という。

 

 

 ーー ーー

 鳴朝城の城下町にて八兵衛はちべえと別れ、豪二郎ごじろうが馬をひきながら従者と二人で歩いていると、通行人と行き交う途中でふと、見知った顔が目のはしに入った。


 「なっ、殿ぉ⁈」


 よく見ると、なんとお殿様である閃珠せんじゅが、一人でお店の前の床几しょうぎ台に腰掛こしかけて饅頭まんじゅうをもぐもぐっている。


 豪二郎ごじろうは従者に馬を預けると、急いで閃珠せんじゅの前に駆け寄ってひざまずいた。


 「よぉ、お前か。聞いたか?」


 饅頭まんじゅうほおふくらませながら問いかけてくる閃珠せんじゅに、豪二郎ごじろうは大きな身体をちぢこませ、地にひたいをこすらんばかりに頭を下げた。


 「はい、聞きおよびましてございます。あの、その事についてお尋ねいたしたく——」


 その言葉にぴくりと反応した閃珠せんじゅがスッと目を細める。


 「何を聞くんだ? まさかてめぇ、俺の可愛かわいすぎる娘が気に入らぬとでも言うのか?」


 「めっっっっそうもございません‼︎ 幸せすぎて死にそうですぅーーーー‼︎」


 ザッと顔から血の気が引いた豪二郎ごじろうが悲鳴に似た声をあげた時……。


 「あ〜。ゆうしん(閃珠せんじゅ)さまぁ〜♡」


 遠くから女の呼ぶ声が飛んできた。


 二人が振り向くと、向こうで着飾った女が三人ほどいてこちらへ手を振っている。


 「お、ひさしいな〜。元気にしていたか〜?」


 腰を上げてにこにこしながら閃珠せんじゅは女達の方へ向かって歩き出した。


 ——あぁ、殿になぜ俺なのか聞きそびれちゃったな。


 困り顔で豪二郎ごじろうが見ていると突然、斜め横からあらわれてガッと閃珠せんじゅ首根くびねっこをつかんだ者がいた。


 「無礼者! 誰——」


 驚いた閃珠せんじゅが首を後ろに回して見ると、


 「うげぇ! 元桐もとぎり⁉︎」


 領地の視察しさつを終えてたまたま通りかかった真瀬馬ませば包之介ほうのすけ元桐もとぎりが、怒りのあまり琥珀こはく色の瞳を光らせてすごい形相ぎょうそうで立っていた。


 「何故あなた様がこちらに? 今日、報告があって登城とじょういたすので城にるようにお伝えしたはずですが?」


 「いや、なに、ちょこ〜っと息抜きをしていただけで……」


 「貴方あなた様は仕事より息抜きの方が多すぎです。さあ、戻りますよ」


 「はぁ⁈ 待て! あとちょっと遊んでから——」


 「まずは仕事をするように」


 包之介ほうのすけは嫌がる閃珠せんじゅを自身の従者達の待つ所へズルズルと引きずっていって無理やり馬の背にしがみつかせると、ひらりと馬上の人となり、あっという間に馬を走らせ連れ去っていったのだった。


 一連の場面を見ていた豪二郎ごじろうは、


 ——あの殿とのが……義父ちちになるのか。


 ちょっと不安になってしまっているのであった。

 

 

 ーー ーー

 ぱちんと切られたフジバカマの花が、花籠はなかごにそっと置かれる。


 空では黒い雲が去って青空が広がり、切れ長で形の良いひとみの美しい横顔を陽の光につやめかせながら、鳴朝城の二の丸にある屋敷の庭で花をんでいる美紗羅みさらを、少し離れた場所に立っている豪二郎ごじろうが、ぽ〜っとしながらながめていた。


 ——あ〜。ほんとに綺麗だよなぁ。気の強い人ではあるけど、あのような方が俺みたいな怪物の嫁なんて……。殿に命じられて仕方なくだよな。


 そんな美紗羅みさらの心情を思うと、豪二郎ごじろうは気の毒な気持ちになってくる。


 暗い顔で立ち尽くしていると、向こうで美紗羅みさら侍女じじょがこちらに気づいた。


 ぼそぼそと美紗羅みさらに声をかけた侍女じじょは、やがて豪二郎ごじろうの所まで歩いてくると、


 「どうぞ姫様のおそばへ……」


 そう言って頭を下げて行ってしまったのだった。


 ——きっと怒ってるよな。顔など見たくないなんて言われたら……俺、泣きそう。


 重い足取りで美紗羅みさらの横までくると、豪二郎ごじろうひざまずいた。


 花を摘む手を止めない美紗羅みさらはさみの音が、ぱちんぱちんと響いている。


 どう声をかけるべきか分からず、豪二郎ごじろうは黙ってしまった。


 「……どうしたの?」


 切り取った花を無表情で見つめながら、先に美紗羅みさらが声をかけた。


 ややあって、豪二郎ごじろうは重い口を開く。


 「はい、あの……姫様におかれましては——」

 「挨拶はいらないわ」

 「……えと、その……姫様は……私との事を殿とのからお聞き致しておりますでしょうか?」

 「ええ……もちろん、知っているわ」

 「…………」


 こちらを向かず、花を見つめたまま抑揚よくようのない声で美紗羅みさらは答えている。


 ——やばい……。これ、嫌がってるよなぁ……。


 豪二郎ごじろうは目を閉じると、両手をついて頭を下げた。


 「誠に……申し訳ございません。まさか殿とのが、私のような者を姫様のお相手にさせるとは思いもよらず……」


 「それで?」


 花のくきを指先でくるくる回しながら、美紗羅みさらは少し苛立いらだった声を出した。


 顔を下げたままゴツい身体を小さくして、豪二郎ごじろうは冷や汗を流しながら話を続ける。


 「私からも、何とか殿とのを説得いたしますゆえ、ご心配には及びませぬ」


 「…………そう。貴方あなたは私を嫁にしたくないと言う事ね」


 「⁉︎」


 美紗羅みさらの発言に驚いて、豪二郎ごじろうはガバッと顔をあげた。


 「ちが——違います‼︎ 私ではなくて——」

 「もう結構よ! 下がりなさい!」


 最後まで言わせないで、美紗羅みさらは花を握り締めながらサッと背を向けてしまう。


 その態度に全身の血の気が引いてしまった豪二郎ごじろうが、


 「違うのです! どうか話を聞いて——」


 大慌てで美紗羅みさらの前に回り込んだのだが……。



 どきりとした。



 とっさに顔をそむけた美紗羅みさらの目に光るものが見えたのである。


 ——え……え? なっ、泣いてる⁈


 そう思った瞬間に、胸がまってしまって豪二郎ごじろうは声が出せない。


 向こうを向いたまま、美紗羅みさらは震える声で話し始めた。


 「父の……せいではない……の」


 「え?」


 「私が……お願いしたの……豪二郎ごじろうのお嫁になりたいって……」


 「え、ええ⁈ な、どう、して——?」


 思ってもみない告白に、何がどうなっているのか頭が追いつかない豪二郎ごじろうは、どんどんのどがからからになっていく。


 スッとそでで涙をぬぐうと、まゆを寄せて振り向いた美紗羅みさら豪二郎ごじろうへ、



 「貴方あなたが! 好きだからよ‼︎」



 怒鳴りつけるように言い放ったのだった。



 ——なにぃーーーーーーーーーー‼︎‼︎



 ガツンと殴られたような衝撃が豪二郎ごじろうを襲い、言葉を返したくても口がぱくぱく動くだけで声が出ない。


 早く何か言葉をかけようと焦るが、驚きのあまり頭が真っ白になってしまって考えがまとまらなかった。


 そのうちに、美紗羅みさらが話を進めてしまう。


 「でも、無理強むりじいはしないわ。貴方あなたにはたくさん良くしてもらったから幸せになってほし——」


 「待て‼︎ 待ってくれ! 違うんだ‼︎」


 ひゅっと肝が冷えた豪二郎ごじろうはとっさに立ち上がり、バッと美紗羅みさらの両腕をつかんでしまった。


 ——うぉぉ! 無礼な事をした!


 一瞬で我にかえると急いで手を離した豪二郎ごじろうは、勢いよく片膝かたひざをついて美紗羅みさらの目の前でひざまずくと顔を上げた。


 「ご無礼を! しかし、違うのです‼︎ 誤解をしておりました! 姫様はこの婚姻こんいんのぞんでおられないと……。私とて無理強いはしたくなかったのです! 姫様の事は、ずっと、ずっと前からひそかにおしたいしておりましたゆえ!」


 豪二郎ごじろうは……もう、迷わなかった。


 驚いたまま固まってしまっている美紗羅みさらの片手を、片膝かたひざひざまずいたまま豪二郎ごじろうはそっと取り、目を真っ直ぐに見つめると——。


 「どうか、私を姫様の伴侶はんりょに。必ず……必ず幸せにいたします! 紗羅さら姫様を——私は、とても好きなのです」


 そう、求婚きゅうこんしたのである。


 「……ほんと?」


 「はい。私はもう生涯しょうがい貴方あなた様以外の者をめとりはいたしません」


 「……そうなの?」


 「はい」


 「…………」


 力強くうなずいている豪二郎ごじろうをじっと見つめた美紗羅みさらは、



 「…………嬉しい」



 そう言って……


 顔を真っ赤にめて、目に涙を浮かべながら——



 笑った。



 ——うわぁーーーー‼︎ 可愛かわいすぎるぅーー‼︎



 どうにもこらえる事ができず、豪二郎ごじろうは立ち上がりざま美紗羅みさらをぎゅっと抱きしめてしまうのであった。



 こうして美紗羅みさら婚礼こんれいげて婿むこに入った豪二郎ごじろうは、名を『御神野みかみのごうしん天珠てんじゅ』とあらため、御神野みかみの家にはまた一人、側室そくしつは別にいらない派が増えたのであった。

 

 

 ーー ーー

 「ねえねえ、叔母上おばうえは? どうやって叔父上おじうえのお嫁さんになったの〜?」


 自分の両親のなれ初めを聞き終わった緋凰ひおうたずねられて、生花を剣山けんざんに刺そうとした手を、美紗羅みさらは再び止めた。


 「わ、私? それは……その……」

 「え〜、聞きたい! 教えて〜母上〜」


 隣にいる美鶴みつるも目を輝かせてせがんでくる。


 「ええっと……ね……」


 まさか、自分が泣いてお願いしたなどと恥ずかしすぎて言えない美紗羅みさらは、何とか誤魔化ごまかそうと必死で考えている。



 「…………忘れたわ!」



 「ええ⁈」

 「嘘でしょ⁈」


 驚く緋凰ひおう美鶴みつるへ、ぎこちなく笑顔を見せていた美紗羅みさらが、何気なく部屋の外へ目を向けて……固まった。


 「あれ?」

 「どうしたの? 母上」


 その様子を見て変に思った二人も縁側えんがわの方へ目を向けてみると……。


 「え〜? 忘れちゃったの〜?」


 開け放たれたふすまの向こうで、横から上半身だけをのぞかせた天珠てんじゅが渋い顔でこちらを見ていた。


 「あ、いえ、忘れたわけでは……」


 このまま夫にねられると面倒な事になると思った美紗羅みさらが慌てていると、


 「やっぱり覚えているの?」

 美鶴みつるが言い、


 「おしえて、おしえて〜」

 緋凰ひおうそでを引いてくる。


 「あ〜……そうそう、私は花をもう少しんでこようかしら」


 顔を赤くしながらそう言うと、美紗羅みさらは急に立ち上がってそそくさと部屋を出ていってしまった。


 その後ろ姿を天珠てんじゅがにこにこしながら見送っていると、部屋の中から美鶴みつる緋凰ひおうが呼びかけてくる。


 「ねえ、父上は覚えておられるのでしょう」

 「おしえてよぉ〜、叔父上おじうえ〜」


 「しょうがないなぁ〜。それが、結構大変だったんだぞ。ある日突然、親父おやじに呼ばれてだなぁ——」


 美鶴みつるの向かいに座り、緋凰ひおうひざに乗せると、天珠てんじゅは語り始めたのであった。




ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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