おまけの巻4後/ 羅天の霹靂
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。
御神野 勇ノ進 閃珠……緋凰の祖父。この国の大殿。
御神野 豪ノ進 天珠……緋凰の叔父。煌珠の妹の夫。武将の一人
美紗羅……天珠の妻。閃珠の娘。
美鶴……緋凰の従姉。天珠の長女
真瀬馬 包之介 元桐……閃珠の元小姓。家臣。
外ではしとしとと小雨が降り続いている中。
とある屋敷の廊下を、一人の男が歩いている。
その縦にも横にも大きなムキムキの筋肉を持つ身体を、のしのしと進ませながら首を傾げていた。
——急な呼び出しとは何だろか。父上のご様子が尋常ではないとの事だが……。俺、なんかしたっけ?
ここ最近での自身の行動には思い当たる所が一つも無い。
——もしかして、だ〜いぶ出世ができた事をお褒めくださるとか。う〜む、いやもうだいぶ前の話だし……。
最後に出世できた時の手柄を思い出すと、今でも肝が冷えてくる。
——あれはもう死んだと覚悟したな。一瞬、三途の川みえちゃったし……。生きてて良かった〜。
男があれこれと考えているうちに父親の部屋に到着したので、襖の前で膝を折って声をかけてみた。
「失礼致します。豪二郎、参りました」
「……入るがいい」
中から開かれた襖を抜けると、入れ違いに父の小姓が全員外へ出て行ってしまった。
その様子を不審に思いながら改めて部屋の中へ目を移すと、父の亥三郎が熊のようなごつい顔を険しくさせながら、床の間の掛け軸を眺めているのを見つけたのである。
——うわっ! 何かすっげー怒ってない? 顔、やっばぁ〜。
そして息子には分かった。
亥三郎はもはや、相手を血祭りにあげたい程の怒りをたたえている。
そして、その相手は確実に自身であるという事を。
——来なきゃよかったぁーー‼︎
顔を引きつらせながらそうは思っても、逃げられるわけも無い。
やむなく意を決した豪二郎は、腹に力を入れて気を引き締めると、襖を閉めて慎重に父の後ろへ進んだ。
「…………」
呼んだ相手が来たというのに、亥三郎は依然、床の間を向いたまま動かない。
しばしの間、互いにそのままの状態でいたのだが、張り詰めた空気に耐えかねて、豪二郎は恐る恐る亥三郎の背中に声をかけた。
「父上。えっと……私をお呼びだそうで……」
「…………そこへなおれ」
「は、はい」
豪二郎が慌ててその場に正座をした所でやはり前を向いたまま、亥三郎が低い声で問いかけてきた。
「お前は——」
ごくりと豪二郎が唾を飲んで緊張する。
「おのれがモテると……思うか?」
「…………へ?」
亥三郎の思いもよらない質問に、豪二郎はキョトンとするが……。
父はもはや殺気をまとっているように感じる為、
——妙な話ではあるが、返事を間違えれば殺られる気がするぅ。
豪二郎は丁寧に答えを返した。
「そう……ですね。まあ、私はこんな姿ですし、女なぞ見た目で怖がってしまいますから……。あっ! でも、練兵場の女には、かっこい〜って言われるんでモテてるかな〜、あとまあ、野郎共には人気があるそうで——」
ハハハと笑いながら、最後には冗談で締めくくろうとすると——。
「うぬぼれるんじゃねぇーーーー‼︎このガキゃぁーー‼︎」
「のぉぉぉーーーー⁉︎」
突然、怒り顔で振り向きながら怒号を浴びせてきた亥三郎に、豪二郎は魂が消し飛ぶ思いで驚愕した。
「誰が! お前みたいな獅子と熊と龍を混ぜ合わせたような怪物を! お姫様が気に入るというのだぁ‼︎」
「ちょっ……お鎮まりを! 父上! 誰もお姫様とは言っておりませぬ! え? 怪物とかひどっ……一体、どうなされたのです? 私が何をしたと?」
今にも殴りかかってきそうな勢いに負けじと、豪二郎は青い顔をしながら必死で問いかける。
亥三郎は肩で息をしながら必死で感情を鎮めると、押し出すような声で話し出した。
「……今朝方、殿(閃珠)が急に屋敷へひょっこりお出ましになったのだ」
「まあ、殿はよくフラフラお出かけなされて、皆に怒られてますね。遠くまで、よく来てくださいましたな」
「そんな事、今はどうでもいい。……その殿がだな——」
険しい顔で息を詰めてくる亥三郎に、二人しかいない部屋中で緊張感が走る。
「お前を! 紗羅姫様の婿にと! 所望されたのだぁ‼︎」
「…………へ?」
豪二郎は……再びキョトンとした。
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
紗羅姫こと美紗羅は、この国のお殿様である閃珠の愛娘であり、国で一番と言われているくらい美しくて気の強いお姫様。
それを……デカくてゴツい姿の自分の——。
「…………なっ、なんですとぉーーーーーー⁉︎」
ようやく事の重大さに気がついた豪二郎は、目ん玉が飛び出さん勢いで仰天した。
「じょっ、冗談がすぎますぞ! 父上! いくら何でもあり得ませぬ‼︎」
「冗談でこのような事が言えるかっ! 何故だ! 他にいい男などこの国にはひしめいておるのに、何故お前なのだ⁉︎」
焦るあまり、右に左に歩きまわっている亥三郎はハタと最悪な理由を思いついてわなわなと震えた。
「そう言えばお前、少し前から姫様に武術を指南しているとか何とか聞いたぞ」
「あ、はい、まぁ……殿のご命令でやむなくですが……」
「まさか……まさか、その時に……姫様をてご——」
「そんなわきゃねぇだろうがぁーーーー‼︎」
とんでもない父の発言で、ついに豪二郎は獅子のように吼えた。
「じゃあ何故だぁーー⁈ 殿は何故お前のような化け物のごとくデカい男に、あの美しい姫を娶せてくださるというのだ⁈」
「知らないですよ! そんな! てか、化け物ってぇ! やめてくれ‼︎」
「うるさい‼︎ 俺よりデカく育ちやがって‼︎ なにが十九歳だ! 飯、食い過ぎだ‼︎ このっ——」
「今それ関係ねぇし‼︎」
混乱のあまり、なぜか殴りかかってきた亥三郎の拳を避けながら、豪二郎も我を忘れて喚き散らす。
ついに取っ組み合いになった二人の激しい問答は、しばらく続いたのであった。
ーー ーー
「せっかく久々に家族へ顔を見せに行ったのに、また鳴朝城へトンボ帰りとは……何か大事があったのか?」
亥三郎の領地から帰っている途中の農道にある木の根元に腰を下ろして、握り飯をほおばりながら、一緒に地元へ戻っていた同郷の友人である八兵衛が尋ねてきた。
少し離れた別の木の根元では、二人の従者ものんびりと握り飯を食べている。
ずっと降り続いていた雨はやんでいたが、空にはまだ黒い雲がかかっていた。
「…………ああ」
険しい顔で返事をした豪二郎に、八兵衛は飯を飲み込みながら、自身も真顔になってもう一度問いかけてきた。
「その様子は尋常じゃないな。……戦さか?」
「……いや、もっと……やべぇな」
「何⁈ この世に戦さよりやべぇのがあるんか?」
巨漢仲間である八兵衛は、その大きな身体をムキっとさせて緊張した。
豪二郎は俯いたまま答える。
「下手こいたら……一族全員の首が空を舞う」
「何だと⁈ とんでもねぇ事態じゃねぇか⁈ 大丈夫か?」
目を剥いた八兵衛の最後の問いには答えず、豪二郎はのそりと立ち上がって何の気なしに歩き出した。
——そりゃ、俺の方はいい。それどころか、実はず〜っと前から姫様の事は慕っているし。だけどなぁ、叶わぬ恋だとハナから思っていて……。
道の真ん中に大きく水溜まりができている。その端まできてしゃがむと、水面に自身の顔を映してしげしげと眺めてみた。
——むぅ……。ほんっとごっつい顔だよな〜俺。なぜ殿は俺になぞ姫様を?
たしかに閃珠は自身の武術の腕を買ってくれて、たまに自ら指南をしたりと、目をかけてくれている事もあるが。
——運良く出世も叶ったから、身分的にはギリギリ良しとしても……。紗羅姫様なら刀之介殿の方がよほど似合っているんじゃないかなぁ……。
昔一緒に、煌珠の荒小姓をしていた真瀬馬刀之介の端正で美しい顔を思い出すと、ますます気持ちが沈んでくる。
「お〜い、おっちゃん! 何してるんだぁ」
「お、おっさん⁈」
はっとすると、いつの間にか隣に四、五歳くらいでまあまあ身なりの良い男の子がちょこんと座って、不思議な顔で豪二郎を見つめていた。
「……なあ、俺っていくつに見える?」
「う〜んと、でかいから五十っさい!」
「おっさん通り越している⁈」
ちょっと傷ついた豪二郎は、その幼子の顔をじっと観察してみる。
鋭い目の形ではあるが整っており、小さいながらも鼻筋がよく通っていてぷっくりとした頬が愛らしい。
「……ぼうず、なかなか良い顔してるじゃないか」
「へへ〜ん。おれ、女にもってもてなんだぞ〜」
「うらっ! やまっ! すぃーーーー‼︎」
幼子を全力で羨んだ豪二郎は、ため息をついてまた水溜まりに視線を戻す。
すると、にわかに道の向こうが騒がしくなり、叫び声が聞こえてきた。
「危ないぞーーーー‼︎ 『走り野郎』だぁーー‼︎」
あっとなった幼子が立ち上がる。
「おっちゃん! ヤバい! 馬が突っ込んでくる‼︎」
次第にどどどーーっと音が響いてくると、向こうから泥を跳ね上げながら勢いよく馬が駆けてきた。
「どけどけぇーーーー‼︎ 邪魔する奴ぁ吹っ飛ばしてくれるっ‼︎」
馬上の男はゲラゲラ笑いながら通行人を威嚇していた。
「おっちゃん! 早く、横に‼︎」
幼子はしゃがんでいる豪二郎の着物を懸命に引っ張るが、この巨体は全く動かない。
——せめて俺の顔がもう少し刀之介殿のように美しければ、姫様も惚れてくれたかな?
「おっちゃん! きちゃうぅ‼︎」
考え込んでいる豪二郎は、全然気が付かない。
轟音を立てながら、馬がだいぶ近くまで走ってきていた。
八兵衛と従者達は、何でもない顔で座ったまま握り飯を食べつつ、こちらを見ている。
——刀之介殿って、何であんな端正な顔してんだ? ずるいなぁ〜。
ついに馬がすぐそばまで駆け込んで来る。
「おっちゃーーーーん‼︎ ぐぬぅーーーー‼︎」
幼子が赤い顔で精一杯、豪二郎の着物を引っ張った。
だが、とうとう馬が——!
「ん?」
すると、急に顔を上げた豪二郎がスクっと立ち上がったので、幼子がすてんと後ろに倒れた。
「どけやぁ! もう死ね‼︎」
馬上のヤバい男が笑いながら叫ぶ中、豪二郎は幼子を背に馬の正面に立ち塞がると——。
「ふん‼︎」
衝突する寸前に馬の顔についている轡を素早く掴み、そのまま片手で力任せに引き倒した。
「のぅわぁーーーー‼︎」
とんでもない怪力で馬が横倒しになり、その勢いで馬上から男が吹っ飛ばされると横にあった土手を転がり落ちていき、そのまま田んぼにブッ刺さったのだった。
——あぁ……なぜ俺は刀之介殿じゃないんだ……。
八兵衛や従者、周りの通行人達の拍手をあびながらも、豪二郎は空を見上げて打ちひしがれている。
その時、黒い雲の切れ目から太陽の光が筋状に差し込み、スポットライトの様にきらきらと豪二郎を照らし出したので、八兵衛達は面白すぎると必死に笑いを堪えた。
「すげぇ……」
後ろで幼子は目を丸くして見ているのであった。
ーー ーー
豪二郎達の乗った馬が去っていくのを、幼子は突っ立ったまま見つめていた。
すると、
「若! よかった、こちらでしたか」
その幼子の守り役が慌てて走り込んできた。
「もう、勝手に一人で行ってしまわないで下さい‼︎ そんな事するならもう外には——」
「——けぇ」
「え? ……どう、されました?」
ぼんやりと前を向いたまま呟く幼子に、守り役が不思議に思ってとんとん肩を叩いてみる。
はっと我に帰った幼子は、
「かっっっけぇーーーー‼︎ よし! 決めた‼︎ 俺もいつかああなるぞ‼︎ ムキムキだぁ〜‼︎」
そう雄叫びをあげると、一目散に駆けていくのであった。
後にこの幼子は、この国屈指のムキムキ武将になり、最強の称号を持つ男に成長した。
その名を『岩踏兵五郎宗秋』という。
ーー ーー
鳴朝城の城下町にて八兵衛と別れ、豪二郎が馬をひきながら従者と二人で歩いていると、通行人と行き交う途中でふと、見知った顔が目の端に入った。
「なっ、殿ぉ⁈」
よく見ると、なんとお殿様である閃珠が、一人でお店の前の床几台に腰掛けて饅頭をもぐもぐ食っている。
豪二郎は従者に馬を預けると、急いで閃珠の前に駆け寄って跪いた。
「よぉ、お前か。聞いたか?」
饅頭で頬を膨らませながら問いかけてくる閃珠に、豪二郎は大きな身体を縮こませ、地に額をこすらんばかりに頭を下げた。
「はい、聞き及びましてございます。あの、その事についてお尋ねいたしたく——」
その言葉にぴくりと反応した閃珠がスッと目を細める。
「何を聞くんだ? まさかてめぇ、俺の可愛すぎる娘が気に入らぬとでも言うのか?」
「めっっっっそうもございません‼︎ 幸せすぎて死にそうですぅーーーー‼︎」
ザッと顔から血の気が引いた豪二郎が悲鳴に似た声をあげた時……。
「あ〜。湧ノ進(閃珠)さまぁ〜♡」
遠くから女の呼ぶ声が飛んできた。
二人が振り向くと、向こうで着飾った女が三人ほどいてこちらへ手を振っている。
「お、久しいな〜。元気にしていたか〜?」
腰を上げてにこにこしながら閃珠は女達の方へ向かって歩き出した。
——あぁ、殿になぜ俺なのか聞きそびれちゃったな。
困り顔で豪二郎が見ていると突然、斜め横から現れてガッと閃珠の首根っこを掴んだ者がいた。
「無礼者! 誰——」
驚いた閃珠が首を後ろに回して見ると、
「うげぇ! 元桐⁉︎」
領地の視察を終えてたまたま通りかかった真瀬馬包之介元桐が、怒りのあまり琥珀色の瞳を光らせてすごい形相で立っていた。
「何故あなた様がこちらに? 今日、報告があって登城致すので城に居るようにお伝えしたはずですが?」
「いや、なに、ちょこ〜っと息抜きをしていただけで……」
「貴方様は仕事より息抜きの方が多すぎです。さあ、戻りますよ」
「はぁ⁈ 待て! あとちょっと遊んでから——」
「まずは仕事をするように」
包之介は嫌がる閃珠を自身の従者達の待つ所へズルズルと引きずっていって無理やり馬の背にしがみつかせると、ひらりと馬上の人となり、あっという間に馬を走らせ連れ去っていったのだった。
一連の場面を見ていた豪二郎は、
——あの殿が……義父になるのか。
ちょっと不安になってしまっているのであった。
ーー ーー
ぱちんと切られたフジバカマの花が、花籠にそっと置かれる。
空では黒い雲が去って青空が広がり、切れ長で形の良い瞳の美しい横顔を陽の光に艶めかせながら、鳴朝城の二の丸にある屋敷の庭で花を摘んでいる美紗羅を、少し離れた場所に立っている豪二郎が、ぽ〜っとしながら眺めていた。
——あ〜。ほんとに綺麗だよなぁ。気の強い人ではあるけど、あのような方が俺みたいな怪物の嫁なんて……。殿に命じられて仕方なくだよな。
そんな美紗羅の心情を思うと、豪二郎は気の毒な気持ちになってくる。
暗い顔で立ち尽くしていると、向こうで美紗羅の侍女がこちらに気づいた。
ぼそぼそと美紗羅に声をかけた侍女は、やがて豪二郎の所まで歩いてくると、
「どうぞ姫様のお側へ……」
そう言って頭を下げて行ってしまったのだった。
——きっと怒ってるよな。顔など見たくないなんて言われたら……俺、泣きそう。
重い足取りで美紗羅の横までくると、豪二郎は跪いた。
花を摘む手を止めない美紗羅の鋏の音が、ぱちんぱちんと響いている。
どう声をかけるべきか分からず、豪二郎は黙ってしまった。
「……どうしたの?」
切り取った花を無表情で見つめながら、先に美紗羅が声をかけた。
ややあって、豪二郎は重い口を開く。
「はい、あの……姫様におかれましては——」
「挨拶はいらないわ」
「……えと、その……姫様は……私との事を殿からお聞き致しておりますでしょうか?」
「ええ……もちろん、知っているわ」
「…………」
こちらを向かず、花を見つめたまま抑揚のない声で美紗羅は答えている。
——やばい……。これ、嫌がってるよなぁ……。
豪二郎は目を閉じると、両手をついて頭を下げた。
「誠に……申し訳ございません。まさか殿が、私のような者を姫様のお相手にさせるとは思いもよらず……」
「それで?」
花の茎を指先でくるくる回しながら、美紗羅は少し苛立った声を出した。
顔を下げたままゴツい身体を小さくして、豪二郎は冷や汗を流しながら話を続ける。
「私からも、何とか殿を説得いたしますゆえ、ご心配には及びませぬ」
「…………そう。貴方は私を嫁にしたくないと言う事ね」
「⁉︎」
美紗羅の発言に驚いて、豪二郎はガバッと顔をあげた。
「ちが——違います‼︎ 私ではなくて——」
「もう結構よ! 下がりなさい!」
最後まで言わせないで、美紗羅は花を握り締めながらサッと背を向けてしまう。
その態度に全身の血の気が引いてしまった豪二郎が、
「違うのです! どうか話を聞いて——」
大慌てで美紗羅の前に回り込んだのだが……。
どきりとした。
とっさに顔を背けた美紗羅の目に光るものが見えたのである。
——え……え? なっ、泣いてる⁈
そう思った瞬間に、胸が詰まってしまって豪二郎は声が出せない。
向こうを向いたまま、美紗羅は震える声で話し始めた。
「父の……せいではない……の」
「え?」
「私が……お願いしたの……豪二郎のお嫁になりたいって……」
「え、ええ⁈ な、どう、して——?」
思ってもみない告白に、何がどうなっているのか頭が追いつかない豪二郎は、どんどん喉がからからになっていく。
スッと袖で涙を拭うと、眉を寄せて振り向いた美紗羅は豪二郎へ、
「貴方が! 好きだからよ‼︎」
怒鳴りつけるように言い放ったのだった。
——なにぃーーーーーーーーーー‼︎‼︎
ガツンと殴られたような衝撃が豪二郎を襲い、言葉を返したくても口がぱくぱく動くだけで声が出ない。
早く何か言葉をかけようと焦るが、驚きのあまり頭が真っ白になってしまって考えがまとまらなかった。
そのうちに、美紗羅が話を進めてしまう。
「でも、無理強いはしないわ。貴方にはたくさん良くしてもらったから幸せになってほし——」
「待て‼︎ 待ってくれ! 違うんだ‼︎」
ひゅっと肝が冷えた豪二郎はとっさに立ち上がり、バッと美紗羅の両腕を掴んでしまった。
——うぉぉ! 無礼な事をした!
一瞬で我にかえると急いで手を離した豪二郎は、勢いよく片膝をついて美紗羅の目の前で跪くと顔を上げた。
「ご無礼を! しかし、違うのです‼︎ 誤解をしておりました! 姫様はこの婚姻を望んでおられないと……。私とて無理強いはしたくなかったのです! 姫様の事は、ずっと、ずっと前から密かにお慕いしておりましたゆえ!」
豪二郎は……もう、迷わなかった。
驚いたまま固まってしまっている美紗羅の片手を、片膝で跪いたまま豪二郎はそっと取り、目を真っ直ぐに見つめると——。
「どうか、私を姫様の伴侶に。必ず……必ず幸せにいたします! 紗羅姫様を——私は、とても好きなのです」
そう、求婚したのである。
「……ほんと?」
「はい。私はもう生涯、貴方様以外の者を娶りはいたしません」
「……そうなの?」
「はい」
「…………」
力強く頷いている豪二郎をじっと見つめた美紗羅は、
「…………嬉しい」
そう言って……
顔を真っ赤に染めて、目に涙を浮かべながら——
笑った。
——うわぁーーーー‼︎ 可愛すぎるぅーー‼︎
どうにも堪える事ができず、豪二郎は立ち上がりざま美紗羅をぎゅっと抱きしめてしまうのであった。
こうして美紗羅と婚礼を挙げて婿に入った豪二郎は、名を『御神野豪ノ進天珠』と改め、御神野家にはまた一人、側室は別にいらない派が増えたのであった。
ーー ーー
「ねえねえ、叔母上は? どうやって叔父上のお嫁さんになったの〜?」
自分の両親のなれ初めを聞き終わった緋凰に尋ねられて、生花を剣山に刺そうとした手を、美紗羅は再び止めた。
「わ、私? それは……その……」
「え〜、聞きたい! 教えて〜母上〜」
隣にいる美鶴も目を輝かせてせがんでくる。
「ええっと……ね……」
まさか、自分が泣いてお願いしたなどと恥ずかしすぎて言えない美紗羅は、何とか誤魔化そうと必死で考えている。
「…………忘れたわ!」
「ええ⁈」
「嘘でしょ⁈」
驚く緋凰と美鶴へ、ぎこちなく笑顔を見せていた美紗羅が、何気なく部屋の外へ目を向けて……固まった。
「あれ?」
「どうしたの? 母上」
その様子を見て変に思った二人も縁側の方へ目を向けてみると……。
「え〜? 忘れちゃったの〜?」
開け放たれた襖の向こうで、横から上半身だけを覗かせた天珠が渋い顔でこちらを見ていた。
「あ、いえ、忘れたわけでは……」
このまま夫に拗ねられると面倒な事になると思った美紗羅が慌てていると、
「やっぱり覚えているの?」
美鶴が言い、
「おしえて、おしえて〜」
緋凰が袖を引いてくる。
「あ〜……そうそう、私は花をもう少し摘んでこようかしら」
顔を赤くしながらそう言うと、美紗羅は急に立ち上がってそそくさと部屋を出ていってしまった。
その後ろ姿を天珠がにこにこしながら見送っていると、部屋の中から美鶴と緋凰が呼びかけてくる。
「ねえ、父上は覚えておられるのでしょう」
「おしえてよぉ〜、叔父上〜」
「しょうがないなぁ〜。それが、結構大変だったんだぞ。ある日突然、親父に呼ばれてだなぁ——」
美鶴の向かいに座り、緋凰を膝に乗せると、天珠は語り始めたのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




