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飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第五章 恋心って調略できるもの? 〜恋愛攻防戦編〜
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おまけの巻4前/ 光明の煌星《きらぼし》

読んでくださり、ありがとうございます。

○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。この国のお姫様。

 鈴星すずほ……緋凰の母。

 御神野みかみの りつしん 煌珠こうじゅ……緋凰の父。

 御神野みかみの ゆうしん 閃珠せんじゅ……緋凰の祖父。

 美紗羅みさら……緋凰の叔母。煌珠の妹。

 美鶴みつる……緋凰の従姉。美紗羅の娘。

 

 その小さなお姫様は、ぱっちりとしたひとみを大きく開いて立ちすくんでいた。


 目の前では、陽の光に照らされた瑠璃色のひとみが、美しく輝いている。


 「……ちがうのか?」


 クチナシが甘く香る屋敷の庭で、九歳くらいの若君が足元に転がってきてひろった、あざやかな花の模様が入っている朱色のまりを、不思議そうな顔で差し出していた。


 「あ……ありがと……ございます」


 小さなお姫様は、そっと両手を出してまりを受け取った。


 それを見届けると、若君はきびすを返して行ってしまったのだった。


 小さなお姫様はしばらくの間、ぼんやりとしたまま動けないでいると、


 「おぅい、鈴星すずほ〜。なにやってんだ?」


 急に目の前で手のひらが上下にひらひらと現れたので我に帰った。


 「あれ? 兄上」


 「あのさぁ。お前、このあたりで若君を見かけなかったか?」


 「若様?」


 「ほら、さっきご到着された御神野みかみのの若君だよ」


 ハッとなった。


 「ん? どした?」


 急に黙り込んだ妹に、兄は首をかしげると……。


 鈴星すずほがパッと笑顔を向けた。


 「兄上! 私! その若様のお嫁さんになる‼︎」


 「…………」


 突然の宣言せんげんに目を丸くした兄は、ほおを桃色に染めて大興奮している妹の両肩にポンと手を置いてにっこり笑ったのだった。


 「……お前じゃ無理だ」

 「えぇ⁉︎ どうして⁈ 兄上のいじわるぅ‼︎」

 

 

 ーー ーー

 「ねえねえ叔母上おばうえ。私の死んじゃった父上ってどんな人なの〜?」


 「え?」


 自身の部屋で、めいっ子である三歳の緋凰ひおうと、娘の美鶴みつるともにほのぼのと生花いけばなをしている美紗羅みさらは、驚いた顔で花を剣山けんざんに刺そうとしていた手を止めた。


 「ま、待って緋凰ひおう! あなたのお母上様は、もうおかくれあそばしているけど、お父上様はご健在けんざいなのよ」


 「生きてるの? でもわたし、いっかいも見たことないけど。どんなひと〜?」


 興味津々の目で聞いてくる緋凰ひおうに、美紗羅みさらは考える。


 ——ここできちんと話してあげないと……。兄上(緋凰ひおうの父、煌珠こうじゅ)が嫌われないようにしなくては。


 煌珠こうじゅめるべく、美紗羅みさらは彼の良い所を内心で素早く探した。


 「そうね……えっと……。思ったことが顔に出ないから、何を考えているのか分からないお人ねぇ……」


 「え〜。へんなひと〜」


 けらけらと笑う緋凰ひおうに、美紗羅みさらは間違えた! とあせってしまう。


 「でもね、あなたのお父上様は、海よりも深い考えで、山のてっぺんより高い所から物事を見ているすごい人なの! だから、思っている事を理解できる人がなかなかいないのよ」


 胸の前でギュッと両手を組んで、美紗羅みさら緋凰ひおう力説りきせつした。


 「すごい人なの⁉︎」

 「そうよ、それにこの国のお殿様なのですよ」

 「え〜⁈ 父上ってえらい人なの⁈ すっご〜い!」


 尊敬そんけい眼差まなざしで目をキラキラさせている緋凰ひおうを見て、美紗羅みさらはうまくいったと胸をなでおろしている。


 その二人の様子を見て、いろいろな記憶がよみがえってきた美鶴みつるは、


 「そんな伯父上(煌珠こうじゅ)を伯母上(鈴星すずほ)はとっても大好きだったのよ」


 そう言って緋凰ひおうへにっこり笑いかけた。


 「そうなの? そんなに母上は父上が大好きだったの?」

 「それはもう……。お母上様はお父上様のお嫁さんになりたくて、とても頑張ったのよ」


 あきれてしまう程、煌珠こうじゅ一途いちずであった生前の鈴星すずほを思い出して、美紗羅みさらは微笑みを見せる。


 「じゃあ父上もずっと前から母上が大好きだったの?」


 笑顔で問いかける緋凰ひおうに、返事に詰まった美紗羅みさらは首をかたむけながら記憶を探ってみた。


 「えっと……そうねぇ。あの人はいつからあの方を気に入っておられたのかしら……。でもあのときにはもう……」


 「あのときって⁈」


 恋のおはなし大好きな緋凰ひおう美鶴みつるが、きらきらした目でどーんとめ寄ってくるので、美紗羅みさらは懸命に記憶をたどりながらはなしを始めるのであった。

 

 

 ーー ーー

 鳴朝城の二の丸にある屋敷の自室じしつで、若君である煌珠こうじゅが書に目を通していると、


 「やっほ〜。俺の可愛い無愛想ぶあいそう子狐こぎつねちゃ〜ん。元気?」


 開け放たれたふすまの向こうから、閃珠せんじゅが突然ひょこっと現れた。


 「……用がないなら消えろ」


 「お前はほんっと、口が悪すぎるな。父親に向かって言う言葉か? もっと俺を尊敬そんけいしろ、お殿様だぞ」


 「うるせー」


 こちらを見向きもしないで答える反抗期の長い息子に閃珠せんじゅはため息をつくが、めげずに用件を切り出した。


 「ふふ〜ん。喜べ! 今日はいい話を持ってきてやったぞ」

 「……嫌な予感しかしねぇな」


 「なんと! お前に可愛いお嫁さんを決めてきてやったぞ」


 「…………あっそ」

 「えぇ⁉︎ 反応はんのううすっ!」


 煌珠こうじゅの全くの予想外な反応に、閃珠せんじゅはたじろいでしまう。


 「……てっきり『勝手に決めるな』っつって怒ると思ったんだがなぁ」


 やはりこちらへ振り向きもせず、煌珠こうじゅは淡々とべた。


 「今の世は婚姻こんいんなど家同士のつながり。政略でするものだ。相手は自身で選べるものではなく親である貴方あなたが決めるものだし、俺の邪魔にならなければ誰でもいい」


 ふぅ、と閃珠せんじゅはため息をつく。


 「やれやれ、可愛かわいげのない事を。お前は誰か気に入っている女はいないのか? 側室そくしつは自分で選べるものだし」


 煌珠こうじゅがピタリと止まった。


 「……側室そくしつ? 正室せいしつを決めてきたのではないのか?」


 やっとこちらに顔を向けた息子に、閃珠せんじゅはヘラっと笑う。


 「いや、まだ正室せいしつはどこにしようか迷っているからとりあえず側室そくしつでも〜と思って。だってお前も、もうハタチになっちゃったからさぁ」


 「ならばことわれ!」


 「えぇ⁉︎ 誰でもいいんじゃないんかい!」


 急な心変わりに驚愕きょうがくした閃珠せんじゅを睨みつけながら、煌珠こうじゅは怒鳴りつけた。


 「側室そくしつなどいらん! 女など一人いれば十分だ。正室せいしつだけを決めてこい!」


 「でももう決めちゃったし。別段、お前の言うように、御神野みかみの家にとって良い話でもあるからさ」


 「……どこの家の者だ?」


 おっ、となった閃珠せんじゅはニヤリと笑う。


 「それはだなぁ……。ナ、イ、ショ♡」


 「殺すぞ」


 「物騒ぶっそうだな、おい! 何でお前はそう冗談が通じないんだ? もぉ、すぐに分かる。側室ではあるがまぁ、ちょっとした祝言しゅうげんの席を設けるからな」


 「いつだ?」


 「今日このあと


 ポカンと口を開けた直後、


 「……貴方はどうしてそんなに阿呆あほうなのだ‼︎ きゅうすぎるだろ!」


 とうとうブチ切れた煌珠こうじゅを見て、


 「じゃあよろしく〜」


 そう言うなり、目にも止まらぬ早さで閃珠せんじゅは逃げていったのであった。

 

 

 ーー ーー

 逃げた閃珠せんじゅと入れ違いに来た小姓こしょう達に支度をさせられた煌珠こうじゅは、仕方なしに宴会場に向かうべく屋敷をあとにした。


 春の暖かい陽気とはうらはらに、足取りを重くしながら歩いていると、目の前をハラハラと桜の花びらがいくつか通り過ぎていく。


 ふと足を止めて桜の木を見上げると、頭に浮かんでくる顔があった。


 ——しまったな、予定外だ。……あいつは怒るだろうか? それとも……悲しむ?


 桜を見上げてはいても、目の焦点しょうてんは合っていなかった。


 「仕方のない事だ……」


 ぽつりとつぶやいた煌珠こうじゅは前を向くと、今度は足早に歩いていく。


 ほどなくして、宴会を行う建物にたどり着くと、無言で外門をくぐった。


 玄関の先まで進んだところで、後ろがにわかに騒がしくなったので振り向いてみると……。


 女物の駕籠かごが門の外側に到着しているのを見た。


 ——相手が来たのか。


 せっかくだから顔を見ておこうと、煌珠こうじゅは足を止めて片手を腰に、駕籠かごの方を向いて観察し始めた。


 ひかえめに着飾った女が、侍女じじょに手を引かれてゆっくりと出てくる。


 上がった顔を見るとおっとりと優しげな顔立ちで、今日の穏やかな春の似合うような美しさがあった。


 ——容姿ようし抜群ばつぐん。立ちいにも品がある。さすがジジイ(閃珠せんじゅ)が即決そっけつで決めるだけあるな——ん? コケたぞ。トロいのか?


 小さな段差でつまづいて派手に転んでしまった女の周りで、侍女がオロオロしている。


 息をついた煌珠こうじゅは、歩み寄っていくと女の前に立ち、スッと手を差し伸べた。


 突然顔の前にきた手に、女は不思議そうな顔をみせて見上げると、目が合った煌珠こうじゅに恥ずかしそうに笑って、


 「ありがとうございます」


 そう言って、差し出された手を取ろうとした——。



 「えい!」



 突然、横から手刀が振り下ろされたかと思うと、煌珠こうじゅの手をしたたかに打つ。


 さらに次の瞬間、どーーんと後ろに吹っ飛ばされた煌珠こうじゅは尻もちをつきそうになってしまった。


 「はぁ⁈」


 驚いて前をよく見ると、転んだ女を別の女が優しく立たせている最中であった。


 「何をする⁈」


 腹を立てて怒鳴りつけたが、バッと振り向いた手前の女の顔を見て、煌珠こうじゅは再び驚いた。


 「す、鈴星すずほ⁈」


 この場の誰よりも着飾った姿の美しい鈴星すずほが、穏やかな形の目元に涙を溜めると、ズンズン歩いてきて煌珠こうじゅへ詰め寄ってきた。


 「駄目! 今日だけは絶対に! 明日からはちゃんと何も言わないから、お願いです! 今日だけは……他の人を見ないで……」


 鈴星すずほの瞳から、ぽろぽろとあふれ出てきた涙の理由がさっぱり分からず、煌珠こうじゅにしては珍しく、オロオロと狼狽うほたえ出した。


 「いや……な、何のはなし——」

 「どうされたの⁈」


 今度は後ろから涼やかな女の声が響いて煌珠こうじゅが焦ったまま振り向くと、妹の美紗羅みさらが玄関から急いで出てくるのをみた。


 「え? なぜ泣いてるの? ……兄上! どうしてこのような日に鈴星すずほを泣かせるの! ひどいじゃないの‼︎」


 鈴星すずほの涙をそっと手巾しゅきんぬぐいながらブチ切れてくる美紗羅みさらに怒りで反論しかけたが、煌珠こうじゅは一度素早く深呼吸をし、つとめて冷静に返した。


 「待て。勘違いをするな。おそらく俺は何も知らない。さっき屋敷で父上にここへ来るよう呼ばれただけだ。一応、側室がどうとか簡単に聞いてはいるが」


 「え? ……このような大事を……今、聞いた……? ならば、もしかして兄上は……お相手が誰だかご存知ないの? まさか……」


 信じられない思いであっけにとられた美紗羅みさらだったが、あの父(閃珠せんじゅ)なら驚かそうなどと言ってやりかねないと、だんだん顔が引きつってくる。


 すると、二人の会話を聞いて涙を止めた鈴星すずほが顔をととのえ、きちんと煌珠こうじゅへ向き合うと、落ち着いた声で話をした。


 「りつしん様……。今日は私が、あなた様の側室として迎えていただける日なのです」


 「何⁈ お前が、側室で⁈」


 しまった、と煌珠こうじゅは内心で動揺した。


 なぜならばそのじつ鈴星すずほを自身の正室にする為に煌珠こうじゅは裏でいろいろと手を回していたのだった。


 ——横やりが入ったのか、それとも……。


 チラリと鈴星すずほの後ろにいる女へ目を移すと、美紗羅みさらへ問いかけてみる。


 「あの者は?」


 「あら? 兄上は前にお会いした事があるのでは? 奈由桜なゆささんよ。みやこ方の御神野のお方で」


 「…………」


 全然覚えていなかった。


 どうやら奈由桜なゆさを自身の相手と間違えたのだとさっした美紗羅みさらは、煌珠こうじゅの耳元でこそっと補足ほそくくわえた。


 「……こんど刀之介とうのすけ殿とお見合いになるの」

 「……そっちか」


 以前に自身の荒小姓であったあの端正たんせいな顔立ちの刀之介とうのすけが頭に浮かぶと、似合っていると納得した。


 ——だとしたら……。恐らくあのジジイは俺の心を見透みすかしている。となると……。


 煌珠こうじゅ鈴星すずほを正室に望んでいるのを分かっている上で、側室として先手を打ったとなると、閃珠せんじゅとしては正室は別の者が良いと反対しているのだ。


 先ほどの父の姿が思い出される。


 『もっと俺を尊敬しろ』


 ——もちろん、嫌というほど尊敬してやっているさ。


 閃珠せんじゅはひょうきん者で表向きはよくヘラヘラとしまりのない顔をしているが……食えない男である。


 だからこそ、敬意けいいひょうしていつも呼んでやるのだ。



 『タヌキじじい』と。



 ギリっと歯ぎしりをした煌珠こうじゅは、向かいで心配そうな顔をしている鈴星すずほの手を取ると、そのままぐいぐい引っ張って門をくぐって外へ出ていってしまった。


 「兄上! どこへ行くの⁈」


 美紗羅みさらが慌てて声をかけたが、返事は返ってこなかったのであった。

 

 

 ーー ーー

 宴会場から少し離れた所に伸びている立派な赤松の木の下で、背を向けて考え込んでいる煌珠こうじゅの後ろで鈴星すずほは静かに、根気よく、邪魔をしないように立っていた。


 鈴星すずほ煌珠こうじゅが自身を正室に望んでいる事を知らない。


 だがあの日、幼い時に出会って一目惚れをしてから、ずっと煌珠こうじゅをよく見ている。


 ゆえに、このように無表情で動かない時は、とにかくそっとしておくのが一番なのを鈴星すずほは分かっていた。



 ……ふと、煌珠こうじゅが動いた。



 ゆっくりと……こちらを向いてくる。



 いつも以上に真剣な顔の煌珠こうじゅに、鈴星すずほの胸がキュッと緊張した。


 静かな声で、煌珠こうじゅが問いかける。



 「……本当にお前の願いは、俺の妻になる事なのか?」



 鈴星すずほは、当たり前のように微笑んでうなずく。



 「はい。生涯、りつしん様のおそばにいる事が、私のただ一つの願いです」



 「……なれば——」



 煌珠こうじゅ鈴星すずほの前に片手を差し出した。



 「その願い、かなえてやる。今からお前は……俺の妻だ」



 ドキリと大きく胸が弾み、ハッとした鈴星すずほは、一瞬だけ胸の前で手のひらをギュッと握ると、



 「はい‼︎」



 嬉しさのあまり、満面の笑顔で煌珠こうじゅの胸に飛び込んでいった。


 「……まずは手を取るものだ。いきなり飛び込んでくるな。子供じゃあるまい」


 そうあきれて言うも、煌珠こうじゅは微笑みながらしっかりと、想いととも鈴星すずほを受け止めているのであった。

 

 

 ーー ーー

 広間では、賑やかに宴会が進んでいる。


 主役である煌珠こうじゅの隣に鈴星すずほが座り、両脇りょうわきには閃珠せんじゅやその妻であるたま鈴星すずほの親である菜夜月なやづき冴之丞さえのじょう冬峰ふゆみねなどが談笑していた。


 ふとさかずきを置いた冴之丞さえのじょうが、煌珠こうじゅの前へ進み出てきてひざをつく。


 「このたびは我が娘、鈴星すずほを若殿(煌珠こうじゅ)におむかえ頂きまして、この上なく喜ばしい限りです。またこのような場をもうけてくださり、恐悦至極きょうえつしごくに存じます」


 頭を下げた冴之丞さえのじょうと共に、席で座ってこちらを向いた鈴星すずほの兄である雪之丞ゆきのじょうも、礼を取っている。


 煌珠こうじゅは笑った。


 「なに、こちらこそ『顔合わせ』にここまでにぎやかにして頂けるとは恐縮にございます」


 「え? ……顔合わせ……?」


 側室として迎える為の宴会だと思っていた冴之丞さえのじょうは、これはいわゆる『結納ゆいのう』(正室せいしつとして迎え入れる前段階)だと言われて、何の事か分からずはげしく狼狽ろうばいした。


 その様子を見た周りの者達の談笑もピタリと止まり、反対にざわざわと戸惑とまどいの雰囲気が流れてくる。


 閃珠せんじゅに嫌な予感が走った。


 そして、冴之丞さえのじょうの目をまっすぐに見据みすえて、煌珠こうじゅは高らかに言い放ったのだった。



 「私、御神野みかみのりつしん煌珠こうじゅは、菜夜月なやづき冴之丞さえのじょう冬峰ふゆみね殿の御息女ごそくじょ鈴星すずほ殿を『正室せいしつ』としておむかいたす」



 「ええ⁈」



 寝耳ねみみに水の言葉に度肝どぎもを抜かれた冴之丞さえのじょう菜夜月なやづきの一族は、言葉を失って茫然ぼうぜんとしてしまった。


 「待て、こう——」


 焦った閃珠せんじゅが腰を浮かせた時。


 煌珠こうじゅの最終手段が発動した。


 パッと片袖かたそでつかまれた閃珠せんじゅが振り向くと……。


 「まあ。良かったですわね、あなた。わたくしも嬉しいです」


 あのたまが。


 閃珠せんじゅの愛してやまない最愛の妻が。



 笑っている!



 極上の笑顔で——。


 ——な。何ぃ‼︎ たまが笑っているだとぉーー‼︎ しかも、こんな人前で!


 たまは普段から滅多めったに笑顔が出ない人である。


 その為、


 ——御前ごぜん様がお笑いになってるぅーー!初めて見たぁ‼︎


 と、その場にいる全員がたまの笑顔に釘付くぎづけとなってしまった。


 「そうか、そうか、嬉しいか。そりゃあ良かったなぁ」


 この笑顔を見るために生きていると言っても過言かごんではない閃珠せんじゅは、もはや何もかもがどうでも良くなり、にこにこと笑いながらたまの手を取ると、喜んでその笑顔をながめ始める。


 見事、煌珠こうじゅは母を味方につけてこの嫁とり交戦に勝利を収めたのであった。



 

 晴れ晴れと澄み渡る青空に、クチナシの香が華やかに匂う初夏の吉日。


 たがいに笑顔を見せながら、改めて煌珠こうじゅ鈴星すずほの婚礼の儀が無事におこなわれている。


 あの日、庭で願った小さなお姫様の大きな想いが、かなった瞬間なのであった。




ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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