5-28 急な変更には柔軟な対応を
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○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。八歳
御神野 月ノ進 鳳珠……緋凰の実兄。若殿
御神野 勇ノ進 閃珠……緋凰の祖父。大殿。
真瀬馬 包之介 元桐……瑳矢丸の祖父。閃珠の世話役の元重臣。
真瀬馬 輝薙之介 澄桐……瑳矢丸の兄。
瑳矢丸……緋凰の世話役。十歳くらい。
若虎……西国の清滝家の家臣、旗守家の嫡男。十歳くらい。
あとでね〜っと手を振って瑳矢丸と走って行った緋凰を見送ると、若虎は踵を返して客殿への門をくぐった。
すると突然、片腕を掴まれる。
「え? 父上」
見上げた若虎へ声をかける事もなく、旗守虎太兵衛はそのまま掴んだ腕を引っ張っていくと、今しがた若虎が入ってきた門をくぐって外に出た。
塀伝いにしばし歩いていくと、人目につきにくい場所でようやく旗守は手を離して口を開いたのだった。
「どうだった〜? 凰姫様とのお散歩は?」
人に聞かれてはいけない話があるのだろうか、若虎は不思議に思いながら父の顔を見上げて、先ほどの感想を話し始める。
「あ、はい。こちらの城下にある町は大きくて珍しいものも多く、楽しかったです。この城もまた見た事のない工夫が至る所にあり、学ぶものが多く——」
「そうか。して、凰姫様はどのようであった……かな?」
半ば話を遮るように、旗守は畳みかけて質問をした。
「……我が国で別れてからまだ半年足らずなので、お変わりなくお元気であられました」
「ふんふん。それで、お前は……凰姫様をどのように……思ってる?」
若干、聞きにくそうな顔で旗守は若虎の心情を確かめてくる。
——ああ。猛次郎様がおっしゃっていた緋凰を国へ迎える話の事か。
質問の意図を素早く察した若虎は、今の考えを丁寧に伝える。
「賊との戦いで改めて、凰姫様の武術の腕がいかに優れておられるか、感服致しました。それに……。実は町でこんな事が——」
緋凰が町で男の子達にからかわれていた時の話をすると、旗守は興味深げな顔で腕を組んだ。
若虎は記憶を呼び起こしながら続ける。
「酷くからかわれても冷静に返しておられました。以前、父上がおっしゃった通り、凰姫様は武将になる素質がよくお有りだと感じます。本人は嬉しくないかもしれませんが」
あの夏の山で、緋凰が話していた驚きの事実が思い浮かんだ。
『私ね〜、武術は得意だけど好きじゃないんだ〜』
『どう言う事だ⁉︎』
つい笑ってしまいそうになるのを堪えると、若虎はもう一つ、忘れずに報告する。
「あと先ほど偶然、この城のお殿様にお会いしました」
「そうか。それがなぁ、あのお殿様! わざわざお一人でだぞ。客殿まで足をお運びになり、俺に会いに来てくださったのだ、『娘が世話になった』ってよ! そんでもって、なんつーか……カッコいいな〜あのお方。お顔は姫様と大殿様に瓜二つ、いや三つだったし〜」
腕を組んだまま空を見上げた旗守が、愉快そうに笑った。
「本当によくお顔が似ておりまして、私も驚きました。ただその時に……」
つられて笑いながら若虎は、緋凰と煌珠のやりとりを思い出している。
『——賊をそのまま殲滅してこれば——』
——そうだ、緋凰に賊から『身を守れ』ではなく、賊を『殲滅』しろと言っていた。と言う事は……。
「凰姫様は姫君なのですが、『護身』以上の技術を与えられているように見受けられました」
「……やはりそうだろうな」
顔を戻した旗守の笑顔が消える。
若虎も真面目な顔に戻すと、ややためらいを見せたが、思い切った表情で顔を上げると、旗守の目を真っ直ぐに見た。
「父上。私は凰姫様を私の——その……、旗守家に是非、お迎え致したいです!」
驚く事も、臆する気配も見せず、旗守は静かに息子の言葉を受け止める。
「『旗守家に』——か」
「……なんです?」
「別に〜」
とぼけた顔の旗守に若虎は、緋凰を自分の嫁に、と言えなかった事を見透かされたように感じて、恥ずかしさのあまり目を逸らして伺った。
「あの……父上のご意見はいかがなもので?」
「……今度の件に関して前もっての意見、俺は言わない」
「何故ですか?」
表情を消している旗守の言葉に、若虎は驚いて再度目線を合わす。
一国の姫君をお迎えするなど、とんでもない一大事。
特に婚姻に至っては、一族の命運がかかるもの。
旗守家の惣領(一族を指揮する者)である虎太兵衛の意見なくして、勝手など出来ようとは思えない。
大いに戸惑っている若虎に、旗守は微笑みを見せた。
「凰姫様との事は、お前が自由に決めて良い。俺は、いずれかによるお前の『決断』を受け入れるだけだ。ま、助けがいるなら動いてやっから〜」
最後にはいつものようにおどけた口調で言い終わると、旗守は若虎の横を通り、背中を見せて片手をふりふり、客殿の門へ歩いて行く。
——反対もしなければ、かと言って積極的ではない……。なんだ? 父上は一体どうしたのだろう。
心に不安がよぎっていったが、緋凰を旗守家に迎えても良いと言う返事をもらったも同然だ。
——とにかく、本人に話さないと。さて、どうやって緋凰を口説こうかな?
若虎は胸を弾ませながら、旗守の後を追いかけて行ったのであった。
ーー ーー
一方で、二の丸御殿に帰りついた緋凰が宴会に行く身支度を始めるので、瑳矢丸が自分も部屋に下がろうとしていた所、祖父である包之介に捕まり、庭の人目につきにくい所へ連れてこられていた。
「お祖父様。あの、どうなされましたか?」
包之介の雰囲気が尋常ではない。
瑳矢丸が不安になりながら顔を上げると、向かい合っている包之介が大きく息をついて口を開いた。
「瑳矢丸、殿の命を遂行しなさい。今からでも凰姫様を……とにかく口説くのだ」
「——えぇ⁉︎ な、何故ですか⁉︎ そこまでしなくても、邪魔ができれば良いのではなかったのですか⁈」
祖父の急な心変わりに、瑳矢丸は思わず大声で反論してしまう。
包之介は瑳矢丸の口にそっと手を置いて静かにさせた。
「私の認識が甘かった。凰姫様と若虎の仲は、単純な邪魔で終われる段階ではもうない。それと——」
先の賊との戦いを思い出しながら、苦しげな顔で包之介は続ける。
「凰姫様の瑠璃があそこまで人に影響を及ぼしてしまうものだとは、思っていなかった。私は幼き頃から湧ノ進(閃珠)様の瞳の瑠璃を見ているから、よほど慣れていたせいで気づけないでいた……」
「何を……ですか?」
切羽詰まってくる口調で、どんどん瑳矢丸の心に不安が広がってゆく。
「よいか、瑳矢丸。凰姫様の瑠璃は人への影響力が強く、利用価値が高すぎるのだ。力ある者が瑠璃を扱えば人心を惑わし、国すら滅ぼせる。悪き者の手に渡れば……凰姫様がどのように酷い使われようをされてしまうものか分からない」
「そんな‼︎ そんな事——」
瑳矢丸は信じられない思いで瞠目してしまった。
包之介はぐっと目を閉じて声を絞り出す。
「だからこそ、歴代の『瑠璃姫』達は決して人目に触れぬように育てられ、最後には帝の元へ送られていたのだ。私でも、かつて都におられた『瑠璃姫』様のお姿を拝見させて頂ける事はなかった。それに——」
「それに?」
瑳矢丸は続きを待ったが、包之介は眉間にしわを寄せて言葉を切ったまま、動かなくなってしまった。
……しばらくすると。
「とにかく、この四日間。お前は作法の指導は忘れて、ひたすら凰姫様に優しい態度で臨みなさい」
包之介はゆっくりと目を開くと、有無も言わずにそう命じた。
だが、瑳矢丸は狼狽えてしまう。
「でも、その……、事が終わった後に、凰姫様との関係が壊れてしまっては——」
「後の事は我々が上手く始末をつける。だから、何も心配しなくてよい。今はただ、全力で凰姫様に好かれるのだ」
「は……い……」
それでもまだ戸惑っている瑳矢丸の肩をゆっくり押しながら、包之介は共に歩き出す。
そして、向かった先の閃珠の部屋では……。
「これじゃこれ! 珠(嫁)が一番お気に入りでちっこい時の煌珠によく着せていたやつ〜。お前にも着せていたなぁ」
「あ、懐かしい。それなど瑳矢丸によく似合いそうですね」
閃珠や鳳珠達が、部屋いっぱいに衣装や小物を広げてあれやこれやと吟味をしていた。
その中に、瑳矢丸は思わぬ人物を見て驚く。
「輝薙兄上⁈」
「お、来たか?」
持っていた小物を一旦元の場所に戻して、輝薙之介は部屋の入り口まで歩いて来た。
「なぜ、ここに兄上が?」
包之介の隣で目を見張って立っている瑳矢丸の頬をにょ〜んと伸ばしながら、輝薙之介はかったるそうに言う。
「お前がトロいから、俺がなかなか家に帰してもらえないんだろうが、おい」
煌珠がやたらにだらだらと、どうでもいい命令を下してくるので、どうやら自分は弟のサポートに呼ばれていたのであろうと察したのであった。
「おや? でもこれの方が目立って面白いんでないかい? おう、瑳矢丸! これなんてどうだぁ〜」
そう言って部屋の中の閃珠が、ビラっとド派手な柄と色合いの着物を持って披露してくる。
——あ、あんなの恥ずかしくて着れないーー‼︎
思わず後ずさりをした瑳矢丸の肩を、輝薙之介がガシッと掴む。
「逃げるな、情けねぇ」
「け、けど——あ、そうだ!」
瑳矢丸は土壇場で突然ひらめいた事を、急いで提案した。
「もういっそ、凰姫様に事情をお話して、注意を促した方がいいのではありませんか?」
輝薙之介は盛大にため息をつくと、
「お前はほんと、子供だな。そんな事をすれば火に油を注ぐようなもの。こういうのは周りが反対すればする程、本人達の想いが燃え上がってしまうん——だっ」
バチンとデコピンをくらわした。
「痛った! しかし——」
なおも食い下がろうとする瑳矢丸に、輝薙之介は呆れた顔を見せる。
「阿呆が。凰姫様が思い余って、駆け落ちでもしたらどうするのだ?」
「まさか、そんな——」
「瑳矢丸」
今度は横から低い声が降ってきたので、瑳矢丸が恐る恐る顔を上げると……。
「良いから、早くしなさい」
——ひぃぃ! お祖父様がぁ‼︎
琥珀色の目を光らせている包之介が、戦さ場で指揮をとばす大将の顔と雰囲気になっている。
「さあ、来い!」
輝薙之介が腕を引っ張って部屋に引きずり込むので、
「嫌だぁーー‼︎ せめて、無地がいい‼︎」
シンプルな装いが好みの瑳矢丸が、懸命に駄々をこねだす。
「何じゃ、お前も煌珠と(着物の好みが)一緒か。つまらんな〜。柄物も良いぞ〜」
閃珠は性格そのままに、派手好きである。
こうして、部屋の男達の作戦会議は白熱していったのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




