10.亀千代vsおたね 挑発合戦
読んでくださり、ありがとうございます。
至らぬ点も多いかと思いますが、
皆さまに楽しんで頂けるよう、がんばります!
それから夏も終わり、秋が過ぎ、冬を迎えた頃。
緋凰は、一つ歳を重ねて五歳になっていた。
ーー ーー
「亀兄上が二の丸御殿に行くなんて、珍し〜よね」
城の敷地内を二の丸御殿に向かって歩きながら、鷹千代は外套を胸の前で合わせて、寒そうな顔で隣の亀千代を見上げた。
「別に、二の丸の書庫に行くだけだ」
亀千代はそう言うが、鷹千代にはもうそれが建前であり、緋凰の様子を見に行くのだと分かっていた。
今朝、緋凰の身体のアザがだいぶ酷くなっていた事、祖父の閃珠が二日前に旅に出ていた事を伝えた瞬間、亀千代は二の丸御殿に向かっていったからだ。
この後すぐに大事な用事があるのにも関わらず……だ。
「暮れの忙しい時にふらふら旅に出てんじゃねぇよ。クソッ……」
ぶつぶつと文句を言いながら、亀千代の歩みが速まっていく。
「まってよー」
鷹千代は一生懸命についていくのだった。
ーー ーー
「……は? 何だそれ?」
亀千代は露骨に訝しげな顔を向けた。
「ですから姫様は、またお休みになられたのです」
突然の亀千代達の訪問に対応したおたねは、すました顔で言ってのける。
「んなわけねーだろ、こんな刻によぉ」
そう言って玄関を上がって緋凰の部屋に行こうとした亀千代の前を、おたねはまわり込んでふさいだ。
「駄目ですよ。お小さいとは言え、女の子の寝ている部屋に入るなど……。礼儀にかないませぬよ」
この物言いと態度に、ついに亀千代の怒りに火がついた。
「そうだな。凰姫はあんな小っこくても、美人で可愛いから心配だよな」
隣の鷹千代が驚いて見上げる。
普段はちんちくりんだの、しょうもないだのけなしている緋凰を、亀千代がめちゃくちゃ褒めた。
本人に聞かせてやりたかったと鷹千代は思う。
「お前みたいな醜女じゃ、伯父上(煌珠)どころか誰にも相手にされないからって、ひがむなよ」
片手を腰に置いて挑発する亀千代に、おたねは目を細めた。
容姿には自信があるようなので、なかなか効いたようだ。
だが乗っては来なかった。
「……仕方ありませんね。姫様を起こしてまいりますので、しばしこちらでお待ちくださいまし」
そう言って奥に消えていくおたねを、亀千代はずっと睨みつけていたのだった。
緋凰の部屋まで来ると、さっと襖を開けておたねは中に入る。
すると、部屋の隅でうつ伏せに倒れている緋凰を見つけた。
襖をしっかり閉じてから、緋凰のそばまでくると、肩をつかんで大きくゆする。
「凰姫、口の悪いお坊ちゃん達が来たわよ。早く起きなさいよ」
最近ではもう名前に『様』すらつけず、全く敬語も使わなくなった。
なかなか起きない緋凰に苛立ったおたねが、叩いて起こそうと思った瞬間——。
バッと起き上がった緋凰はそのままパンチを繰り出した!
その拳をパシッと難なく受け止めると、おたねは反対の手でガッと緋凰の口元をつかんでふさぐ。
そして拳の離れた手で、緋凰の腕を思い切りつねり上げた。
「んぐっ‼︎」
(痛ぁ‼︎)
緋凰を痛めつけた直後、ふと部屋の外に気配を感じたおたねは、パッとその場から離れる。
襖がバッと開いて、亀千代が急いで入ってきた時には、何事もなかったかのようにおたねは緋凰の少し離れた所で、すまして控えていた。
「まったく、はしたない。お口も物腰も礼儀もなっておりませぬ事……」
フッと笑ってそう言うと、おたねは立ち上がって部屋を出てゆく。
「調子に乗るなよ、くそババアが。殺すぞ」
すれ違いざま亀千代が脅しをかけるが、おたねはやはり、すました顔で去っていった。
「凰姫! 大丈夫なの⁈」
わずかに遅れて、鷹千代が部屋に走り込んできたのを見て、緋凰はハハッと悔しそうに笑った。
「ふいうち作戦、失敗したぁ。痛かった〜」
もう、体罰に慣れてしまっていると感じた亀千代はしゃがみこむと、緋凰が押さえている腕の袖を上げて確認してみる。
腕には古いアザと、真新しいアザが痛々しくついていた。
「鷹! ヤバいと思ったら俺らんトコ逃げてこいって伝えろと言っただろう‼︎」
鷹千代が怒鳴られたので、驚いた緋凰は慌てて弁解に割って入る。
「聞いた! 聞いたよ‼︎ だけど、大丈夫だったから……」
「何が大丈夫だ! おい、今から俺らの屋敷に行くぞ。来い!」
怒りで声が震えそうになりながら、亀千代は立ち上がった。
だが緋凰は驚いて首をぶんぶん横に振って抵抗する。
「ええ⁈ いまから? 今日はだめ! 午後に銀河がお琴教えてくれるの」
「そんなもん! 別の日にしろ!」
「やだやだ! すっごい楽しみにしていたんだもん‼︎」
「クソどーでもいいわ! 早くしろ‼︎」
亀千代が焦りと怒りでつい怒鳴り込んでしまうので、とうとう緋凰は泣き出してしまった。
それを見てどうしていいか分からなくなった亀千代は、
「もう! まじで知らねーからな‼︎ バカ野郎‼︎」
そう言って部屋を出て帰っていってしまった。
鷹千代はどうしようかオロオロと迷ってはいたが、この後の用事はどうしても外せない。
「凰姫、明日また来るから。明日はぜったいうちの屋敷に来てよ、ね?」
緋凰は袖で涙を拭きながら、うんうんとうなずいた。
「じゃあ、用事があるから行くね。また明日」
「うん、ありがとう。また明日ね」
互いに手を振ると、鷹千代は何度も心配そうに振り向いてから帰っていった。
後に緋凰は、この時亀千代達についていかなかった事を、激しく後悔する事になる……。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
間違った表記等は、その都度直していく所存です。
皆さまのご意見、ご感想が頂けたら嬉しく思います。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!




