5-23 久遠の恋着
読んでくださり、ありがとうございます。
○この回の主な登場人物○
御神野 緋凰(通称 凰姫)……主人公。この国のお姫様。八歳。
御神野 月ノ進 鳳珠……緋凰の実兄。若殿
御神野 勇ノ進 閃珠……緋凰の祖父
御神野 迅ノ進 玄珠……緋凰の従兄。
真瀬馬 包之介 元桐……この国の元重臣。隠居して二の丸御殿の料理人及び、閃珠の世話役を再度担っている。
瑳矢丸……緋凰の世話役。包之介の孫。
岩踏兵五郎宗秋……臣下。武将の一人
次の日。
空には朝焼けの赤色と晴れた水色とが溶け合い、美しく清々しく澄み渡っている。
鳴朝城の二の丸御殿、鳳珠の居室にて突如、笑い声が響いた。
「はっはっは——。さすがわしの可愛い孫、やりよるなぁ。緋凰はなかなか堅固な城じゃわい」
ごろんと横になりながら片腕を立てて頭を支え、閃珠はさも愉快そうにしている。
「お祖父様、笑い事ではありませんよ」
隣に座り、たしなんだ鳳珠の向かいに、瑳矢丸も俯いて座っていた。
「申し訳ありません。まさか凰姫様がそのようなお考えをお持ちだとは夢にも思わず……早く若殿へご相談に上がるべきでした」
ぼそぼそと謝っていると、ますます瑳矢丸は落ち込んできてしまう。
笑いを止めても、にやにやと顔がゆるんでいる閃珠が呟くように言った。
「全く困った子じゃなぁ。自分の夫に側室を持たせんなどと……。男にはいろ〜んな事情があるのに、そんなけしからん考えは直してやらねば」
「それでは、お祖父様も側室を置いてくださるのですね。あ、まずは正の後添い(後妻)からですか?」
鳳珠が不敵な笑みで放つ言葉に、閃珠はぎくりとする。
「いやわし、もうジジイだし〜モテないも〜ん。誰も嫌がって来ぬだろうに」
これまでに、いろんな人から耳にタコが出来るほど進言されてきた事でもあり、ごろんと顔を天井に向けて常套句を並べ始めたが——。
鳳珠はニコリと笑う。
「では喜んできてくれる方なればよろしいのですね。大丈夫、お祖父様は今でも女人に人気がありますよ。それに、どこそこの城のお殿様など、六十を超えていなさるのに後添いをお迎えなさってお子を授かっておりますゆえ、お祖父様など、まだまだう〜んとお若い」
ヒクッと閃珠の顔が引きつる。
「……いやいやいや——。おぉ、そうじゃ! 嫁などもろうて、旅ができなくなってはいかんな〜」
「なれば、共に旅をする方を探しましょう。お祖父様のお世話をしてくださる方を」
「わしの世話は元桐(包之介)がするから、間に合ってるし〜」
「そこが問題なのです。本来ならば包之介殿は、とても世話役の身分などではありません。ゆえにきちんと——」
実はそこを本題にしていた鳳珠の語気が、いよいよ強まってきた時。
「失礼致します。朝餉の支度が整いました」
噂をすれば影がさす。
包之介が廊下から声をかけてきた。
「お、おぉ、飯じゃメシ!」
すかさず閃珠は起き上がると、そそくさと部屋を出ていってしまった。
逃した事で鳳珠はため息をつき、廊下でかしこまったままでいる包之介を見やる。
「……お祖父様を甘やかしてしまっては、ずっと離してもらえませんよ」
このタイミングで廊下から声をかけたのだと、鳳珠は察していた。
「構いませぬ。もう大殿のお世話は趣味の一つにござります」
にこりと笑って冗談を言った包之介の後に、瑳矢丸が前から思っていた疑問を口にした。
「あの……。なぜ大殿は——あと殿も、ずっとお一人の身でいらっしゃるのでしょうか?」
子である鳳珠に聞くのはいささか軽薄であっただろうかと、少し後悔する。
そんな瑳矢丸に向き直った鳳珠は、
「さあ……。忘れたく……ないのだろうか」
そのまま開いている襖の奥にある庭へ目を向けてぼんやりと呟いた。
何を、とは言わないが、それぞれの亡き妻の事であろうと瑳矢丸は思う。
しばしの後、伏目がちに聞いていた包之介が、声を上げた。
「申し上げます、若殿。この瑳矢丸についてご相談致しき事が——」
言い終わらぬうちに、鳳珠が片手を上げて続きを制する。
「緋凰との事ならば、もう別の手を考えている」
え? と瑳矢丸は驚いた顔をし、包之介は続きを聞くために口を閉ざした。
「要は、緋凰が若虎にこれ以上、関心を持たなければよいのだ。二人が友人のままで、親密にならぬように気を配れば、瑳矢丸に惚れさせる必要もないであろう」
鳳珠が瑳矢丸へ、ゆったりと微笑んだ。
「そう……ですね! きっと、そちらの方がたやすい筈です!」
ほっと胸を撫で下ろしたのと同時に、心の底で一抹の寂しさに似た感情が滲み出たが、気に留めないで瑳矢丸も笑った。
包之介はわずかに思案げな顔を見せたが、もう口を挟もうとはしない。
庭では、近くから迷い込んできた桜の花びら達がゆったりと風に遊んでいるのであった。
ーー ーー
細く続いている農道で玄珠を先頭に、選りすぐりの武者を乗せた馬が、十騎ほど土煙を上げながら駆けている。
その後ろを、瑳矢丸と二人乗りをしている緋凰が追いかけ、さらにその後ろを閃珠と包之介をそれぞれに乗せた馬が二頭、付いていた。
最近、緋凰が狼と戦った山の付近で、どこからか流れてきた武士崩れの賊どもが近くの村を脅かしている。
といった情報が入った為、玄珠が先立って姉達を迎えに行くと、煌珠に願い出たのを聞いた緋凰が、自分も行くと言い出した。
情報が正しければ、ほぼ確実に戦闘となる。
鳳珠は必死に止めたが、
『行け、美鶴を守れ』
と煌珠が緋凰に命じてしまったのと、閃珠と包之介が護衛に付くと言うので、歯ぎしりしながらやむなく送り出したのであった。
情報のあった村の中ほどで、玄珠が馬の足を緩めながら、辺りを注意深く見回してみる。
後続の岩踏も速度を合わせて、村を眺めまわし、顎を撫でてふむ、と独りごちた。
「今のところ、静かですな。しかし、確かに荒らされている所も見られるので、まあ、どっかに(賊が)居りますな」
斜め後ろで岩踏が警戒を促したので、玄珠はこくりと頷いて先へ進み出す。
村を抜けて山の裾にあたる道を進んでいくと、桜の木が三本くらい立っている場所に小川を見つけて、玄珠はゆっくりと馬を止めた。
「休憩かな? 馬に水あげなきゃ」
緋凰の予想通りで、皆が馬から降りていく。
瑳矢丸に馬を任せて、緋凰は慣れたそぶりでぴょんっと飛び降りると、桜の木の下へ走り寄って花にそっと触れてみる。
「この子は白色が強いね〜。可愛い♡」
もっとよく見たくて、笠を頭から外して緋凰は桜を見上げていると、そこに玄珠が歩み寄ってきた。
「……相変わらず、花が好きなのだな」
「もちろんだよ! だってこんなに——」
緋凰が玄珠を見上げた時、サッと通り抜けた風が、満開を過ぎた桜の枝を大きくゆらす。
辺り一面、無数の花びらが一斉に散って、花吹雪となった。
陽の光をちらちらと返しながら舞っているその美しい自然の光景に、その場の全員がしばし息をのんで魅入っていた。
「……きれい」
うっとりと眺めている緋凰を見ると、玄珠は頭の真上へ、縦にも横にも大きいがっしりとした身体を伸ばして、枝先の桜の花を一輪摘んだ。
一度それを緋凰に見せると、瑠璃色の髪を束ねている元結へ差し込んだのだった。
「あ、……似合う?」
嬉しくなって笑いながら尋ねる緋凰へ、
「ああ、お前は花がよく似合う」
強面の玄珠は、瑠璃色の瞳で優しく笑んで返している。
そんな二人の様子を見ている周りでは、
「ほれ。玄珠ってば、わしに似てカッコいいじゃろ〜」
閃珠が孫自慢(自分含む)を始め、
「やるじゃねぇか。あれ、今度、茶店の姐さんにやってみよっかな〜」
岩踏がニヤニヤしていると——、
嫁にやれよ、と隣の武人が腕を小突くので、お前にやってやろう、と落ちている花を拾って耳にかけてやった為、やめろと小突き合いになり、他の武人達がドッと笑い出した。
川辺で馬を世話している瑳矢丸は、
——くっ、なんと言う(恋愛の)技術にそれを言う度胸! カッコいいな、迅ノ進(玄珠)様。勉強になる。
真面目に学んでいたのであった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




