表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飛凰《ひおう》の姫君〜武将になんてなりたくない!〜  作者: 木村友香里
第五章 恋心って調略できるもの? 〜恋愛攻防戦編〜
105/239

5-23 久遠の恋着

読んでくださり、ありがとうございます。

○この回の主な登場人物○

 御神野みかみの 緋凰ひおう(通称 凰姫おうひめ)……主人公。この国のお姫様。八歳。

 御神野みかみの つきしん 鳳珠ほうじゅ……緋凰の実兄。若殿

 御神野みかみの ゆうしん 閃珠せんじゅ……緋凰の祖父

 御神野みかみの じんしん 玄珠げんじゅ……緋凰の従兄。

 真瀬馬ませば 包之介ほうのすけ 元桐もとぎり……この国の元重臣。隠居して二の丸御殿の料理人及び、閃珠の世話役を再度担っている。

 瑳矢丸さやまる……緋凰の世話役。包之介の孫。

 岩踏いわぶみ兵五郎ひょうごろう宗秋むねあき……臣下。武将の一人


 次の日。


 空には朝焼けの赤色と晴れた水色とが溶け合い、美しくすが々しくみ渡っている。


 鳴朝城の二の丸御殿、鳳珠ほうじゅの居室にて突如とつじょ、笑い声が響いた。


 「はっはっは——。さすがわしの可愛い孫、やりよるなぁ。緋凰ひおうはなかなか堅固けんごな城じゃわい」


 ごろんと横になりながら片腕を立てて頭を支え、閃珠せんじゅはさも愉快ゆかいそうにしている。


 「お祖父様、笑い事ではありませんよ」


 隣に座り、たしなんだ鳳珠ほうじゅの向かいに、瑳矢丸さやまるうつむいて座っていた。


 「申し訳ありません。まさか凰姫おうひめ様がそのようなお考えをお持ちだとは夢にも思わず……早く若殿へご相談に上がるべきでした」


 ぼそぼそと謝っていると、ますます瑳矢丸さやまるは落ち込んできてしまう。


 笑いを止めても、にやにやと顔がゆるんでいる閃珠せんじゅつぶやくように言った。


 「全く困った子じゃなぁ。自分のおっと側室そくしつを持たせんなどと……。男にはいろ〜んな事情があるのに、そんなけしからん考えは直してやらねば」


 「それでは、お祖父様も側室を置いてくださるのですね。あ、まずはせい後添のちぞいい(後妻)からですか?」


 鳳珠ほうじゅ不敵ふてきな笑みで放つ言葉に、閃珠せんじゅはぎくりとする。


 「いやわし、もうジジイだし〜モテないも〜ん。誰も嫌がって来ぬだろうに」


 これまでに、いろんな人から耳にタコが出来るほど進言しんげんされてきた事でもあり、ごろんと顔を天井に向けて常套句じょうとうくを並べ始めたが——。


 鳳珠ほうじゅはニコリと笑う。


 「では喜んできてくれる方なればよろしいのですね。大丈夫、お祖父様は今でも女人にょにんに人気がありますよ。それに、どこそこの城のお殿様など、六十を超えていなさるのに後添のちぞいをおむかえなさってお子をさずかっておりますゆえ、お祖父様など、まだまだう〜んとお若い」



 ヒクッと閃珠せんじゅの顔が引きつる。


 「……いやいやいや——。おぉ、そうじゃ! 嫁などもろうて、旅ができなくなってはいかんな〜」


 「なれば、ともに旅をする方を探しましょう。お祖父様のお世話をしてくださる方を」


 「わしの世話は元桐もとぎり(包之介ほうのすけ)がするから、間に合ってるし〜」


 「そこが問題なのです。本来ならば包之介ほうのすけ殿は、とても世話役の身分などではありません。ゆえにきちんと——」


 実はそこを本題にしていた鳳珠ほうじゅ語気ごきが、いよいよ強まってきた時。


 「失礼致します。朝餉あさげの支度が整いました」


 噂をすれば影がさす。

 包之介ほうのすけが廊下から声をかけてきた。


 「お、おぉ、めしじゃメシ!」


 すかさず閃珠せんじゅは起き上がると、そそくさと部屋を出ていってしまった。


 のがした事で鳳珠ほうじゅはため息をつき、廊下でかしこまったままでいる包之介ほうのすけを見やる。


 「……お祖父様を甘やかしてしまっては、ずっと離してもらえませんよ」


 このタイミングで廊下から声をかけたのだと、鳳珠ほうじゅさっしていた。


 「かまいませぬ。もう大殿のお世話は趣味しゅみの一つにござります」


 にこりと笑って冗談を言った包之介ほうのすけの後に、瑳矢丸さやまるが前から思っていた疑問を口にした。


 「あの……。なぜ大殿は——あと殿も、ずっとお一人の身でいらっしゃるのでしょうか?」


 子である鳳珠ほうじゅに聞くのはいささか軽薄けいはくであっただろうかと、少し後悔する。


 そんな瑳矢丸さやまるに向き直った鳳珠ほうじゅは、


 「さあ……。忘れたく……ないのだろうか」


 そのまま開いているふすまの奥にある庭へ目を向けてぼんやりとつぶやいた。


 何を、とは言わないが、それぞれの亡き妻の事であろうと瑳矢丸さやまるは思う。


 しばしの後、伏目ふしめがちに聞いていた包之介ほうのすけが、声を上げた。


 「申し上げます、若殿。この瑳矢丸さやまるについてご相談致そうだんいたしき事が——」


 言い終わらぬうちに、鳳珠ほうじゅが片手を上げて続きを制する。


 「緋凰ひおうとの事ならば、もう別の手を考えている」


 え? と瑳矢丸さやまるは驚いた顔をし、包之介ほうのすけは続きを聞くために口を閉ざした。


 「ようは、緋凰ひおう若虎わかとらにこれ以上、関心かんしんを持たなければよいのだ。二人が友人のままで、親密しんみつにならぬように気をくばれば、瑳矢丸さやまるれさせる必要もないであろう」


 鳳珠ほうじゅ瑳矢丸さやまるへ、ゆったりと微笑んだ。


 「そう……ですね! きっと、そちらのほうがたやすいはずです!」


 ほっと胸を撫で下ろしたのと同時に、心の底で一抹いちまつの寂しさに似た感情がにじみ出たが、気にめないで瑳矢丸さやまるも笑った。


 包之介ほうのすけはわずかに思案げな顔を見せたが、もう口をはさもうとはしない。


 庭では、近くから迷い込んできた桜の花びら達がゆったりと風に遊んでいるのであった。

 

 

 ーー ーー

 細く続いている農道で玄珠げんじゅを先頭に、りすぐりの武者を乗せた馬が、十騎じゅっきほど土煙を上げながらけている。


 その後ろを、瑳矢丸さやまると二人乗りをしている緋凰ひおうが追いかけ、さらにその後ろを閃珠せんじゅ包之介ほうのすけをそれぞれに乗せた馬が二頭、付いていた。


 最近、緋凰ひおうおおかみと戦った山の付近ふきんで、どこからか流れてきた武士崩れのぞくどもが近くの村をおびやかしている。


 といった情報が入ったため玄珠げんじゅが先立ってあね達を迎えに行くと、煌珠こうじゅに願い出たのを聞いた緋凰ひおうが、自分も行くと言い出した。


 情報が正しければ、ほぼ確実に戦闘せんとうとなる。


 鳳珠ほうじゅは必死に止めたが、


 『け、美鶴みつるを守れ』


 と煌珠こうじゅ緋凰ひおうに命じてしまったのと、閃珠せんじゅ包之介ほうのすけが護衛に付くと言うので、歯ぎしりしながらやむなく送り出したのであった。


 情報のあった村の中ほどで、玄珠げんじゅが馬の足をゆるめながら、あたりを注意深く見回してみる。


 後続の岩踏いわぶみも速度を合わせて、村をながめまわし、あごでてふむ、とひとりごちた。


 「今のところ、静かですな。しかし、たしかに荒らされている所も見られるので、まあ、どっかに(ぞくが)りますな」


 斜め後ろで岩踏いわぶみ警戒けいかいうながしたので、玄珠けんじゅはこくりとうなずいて先へ進み出す。


 村を抜けて山のすそにあたる道を進んでいくと、桜の木が三本くらい立っている場所に小川を見つけて、玄珠げんじゅはゆっくりと馬を止めた。


 「休憩きゅうけいかな? 馬に水あげなきゃ」


 緋凰ひおうの予想通りで、皆が馬から降りていく。


 瑳矢丸さやまるに馬をまかせて、緋凰ひおうは慣れたそぶりでぴょんっと飛び降りると、桜の木の下へ走り寄って花にそっと触れてみる。


 「この子は白色しろいろが強いね〜。可愛い♡」


 もっとよく見たくて、笠を頭から外して緋凰ひおうは桜を見上げていると、そこに玄珠げんじゅが歩み寄ってきた。


 「……相変わらず、花が好きなのだな」


 「もちろんだよ! だってこんなに——」


 緋凰ひおう玄珠げんじゅを見上げた時、サッと通り抜けた風が、満開を過ぎた桜の枝を大きくゆらす。


 辺り一面、無数の花びらが一斉いっせいに散って、花吹雪となった。


 陽の光をちらちらと返しながら舞っているその美しい自然の光景に、その場の全員がしばし息をのんでっていた。


 「……きれい」


 うっとりと眺めている緋凰ひおうを見ると、玄珠げんじゅは頭の真上へ、縦にも横にも大きいがっしりとした身体を伸ばして、えだ先の桜の花を一輪摘いちりんつんだ。


 一度それを緋凰ひおうに見せると、瑠璃色の髪を束ねている元結もとゆいへ差し込んだのだった。


 「あ、……似合う?」


 嬉しくなって笑いながらたずねる緋凰ひおうへ、


 「ああ、お前は花がよく似合う」


 強面こわもて玄珠げんじゅは、瑠璃色のひとみで優しくんで返している。


 そんな二人の様子を見ているまわりでは、


 「ほれ。玄珠げんじゅってば、わしに似てカッコいいじゃろ〜」


 閃珠せんじゅが孫自慢(自分含む)を始め、


 「やるじゃねぇか。あれ、今度、茶店のねえさんにやってみよっかな〜」


 岩踏いわぶみがニヤニヤしていると——、


 嫁にやれよ、と隣の武人が腕を小突こづくので、お前にやってやろう、と落ちている花を拾って耳にかけてやった為、やめろと小突き合いになり、ほかの武人達がドッと笑い出した。


 川辺かわべで馬を世話している瑳矢丸さやまるは、


 ——くっ、なんと言う(恋愛の)技術にそれを言う度胸どきょう! カッコいいな、じんしん(玄珠げんじゅ)様。勉強になる。


 真面目にまなんでいたのであった。


ここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ