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ヘンシン 1


 大坊達がハト教に潜り込むよりも前の話。剣狼を事務所に泊めた翌日、黒田は若頭の豊島に取り次ぎ、彼の仔細と経緯を説明していた。


「以上が。コイツの経緯です」

「普通ならテメェらを殴り飛ばす所だが、ヒーローなんて物が公然と活動していやがる以上。信じるしかねぇんだろうな」


 鼻頭に浮かぶ真一文字の傷痕に、眉間に深く刻み込まれた皺。ドスの利いた声と隠しもしない威圧感はカタギの人間とは一線を画すものであり、黒田の後ろで中田が緊張している様子が見えた。


「俺には行くアテがない。今更、一般人にも混じれはしない」

「見た目は殆どガキだが、お前らはコイツに助けられたってのか?」

「アッハイ。そりゃ凄かったんですよ。スーツを装備して、ガジェットを振り回している連中を一瞬でバラバラにしちまったんです!」


 緊張している事もあって、中田が大仰に話していたが、内容に誇張は無かった。彼自身も話している内容に現実味が無いのを自覚していたのか、殴られる覚悟をしていたが、拳が飛んでくることはなかった。


「おい。テメェ、ウチに入るってのがどういうことか分かってんのか? 今の御時勢、指詰めてでも抜ける奴の方が多いってのによ」

「俺はアイツらと戦うために生まれた。アイツらと戦えるのなら、何処にでも身を置いてやる」


 息も詰まる様な空間の中で剣狼は平然と言い返した。自分達の兄貴分である豊島に対する物言いに黒田も黙り、中田に至っては緊張のあまり笑いそうになっていた。暫し、その無言が続いた後。事務所の扉が開いた。

 スーツを着こなし、髪をオールバックに整えた品の良い男だった。彼の背後には、カバン持ちの少女がピタリとくっ付いていた。豊島達は直ぐに立ち上がり、姿勢を正した後。頭を下げた。


「染井の親父。お疲れ様です」

「おぅ、豊島。コイツが黒田達の話していた男か」


 ソファで向き合っている剣狼に視線をやった。壮年の男性は、豊島や黒田の様な恵体では無かったが、自分を値踏みする眼光の鋭さに、剣狼は思わず『ジャ・アーク』の幹部達を想起した。


「(只者じゃない)」

「お前さん。『エスポワール戦隊』と敵対しているんだってな。どうして、そいつらを倒したいと思っている?」

「それが俺の生まれた理由だからだ。他の生き方は考えてはいない」

「テメェ! 親父に向かって、その口の利き方は何だ!」


 豊島の空気を震わす一喝に、黒田は冷や汗を流し、中田は少しばかり股間を湿らせた。至近距離でソレを受けた剣狼には、微塵たりとも驚いた様子は無かった。


「肝っ玉は大した奴だな。良いだろう、ウチで預かりにしてやる」

「良いんですか?」

「構わねぇ。今は入るよりも抜けるか、死ぬかの方が多いんだ。それに黒田と中田を助けてくれたんだろう? だったら、こっちも面倒見る位はしねぇと面子が廃る」

「助かる。礼を言う」

「そんなに畏まらなくても良い。お前、住む所とかはるのか?」

「いや、無い。今までは橋の下とかで暮らしていたが」


 その割には、不思議と彼からは異臭などはせず、小汚さも見当たらなかった。不思議に思いはしたものの。ヒーローと言う規格外の存在を前にしては些事と思い、気にしないことにした。


「そう言う事なら、ウチを使え。芳野(よしの)、部屋は余っていただろう? 面倒を見てやれ」

「あ、はい! 分かりました!」

「豊島。行くぞ」

「それじゃあ。親父。向かうとしましょうか」


 短く返事を返すと。染井と豊島は立ち上がり、事務所から出ていった。彼らが去った後、中田は大きく溜息をついた。


「寿命が縮んだ! 絶対に縮んだ!」

「何故だ?」

「お前のせいだよ!? 豊島の兄貴と染井の親父に対する横柄な口の利き方をしている間! 俺は生きた心地がしなかったんだぞ!?」

「やめろ、中田。染井の親っさんがそんな事でキレる器じゃねぇって事は知っているだろ?」

「いや。分かってんだけれど。それでもな?」

「あの。中田さん。こう言うのは気が引けるんですけれど。トイレ、行かなくて大丈夫ですか?」


 芳野はチラリと、中田のズボン。特に股間当たりの色が変わっているのを見て、。婉曲的に注意を促した所で、彼は急いでトイレに駆け込んだ。


「何やってんだアイツ?」

「あまり触れてやるな。芳野のお嬢さん、親父と豊島の兄貴が忙しそうでしたが、何かあったんですか?」

「私も詳しくは聞いていないんですけれど。なんでも、本部の方で何かがあったそうです」

「……ひょっとして。ハジかれたのかもしれませんね」

「弾く?」

「お前にも分かるように言うと。殺された。って事だよ。今や、『皇』中では毎日のように暴力沙汰が起きているから、一々報道もされていねぇ」


 黒田がテレビを付けた。ニュースでは連日のように『エスポワール戦隊』の活動が流され、CMは公共広告機構の物が多くなっていた。

 ドキュメンタリーやバラエティ等の番組も殆どが自粛され、お通夜の様にニュースばかりが流れていた。


「嫌ですね。少しでも不快に映る表現があれば、何をされるか分かった物ではありませんから」

「今や流せるものはアニメ位ってか」


 テレビを消してネットで検索を掛けた所で、低俗なニュースサイトが蔓延るばかりで、人々が世の流れを知るのは難しくなっていた。


「奇妙な話だな。皆を守るための活動が、皆を窮屈にしているなんて」

「世の中の『悪』に一々反応していたら、そう言う世界がやって来るんだよ。人間ってままならねぇだろ?」


 黒田に言われて。剣狼はふと考えてみた。もしも『ジャ・アーク』が世界を牛耳っていたらどうなっていたのか?

 悪は跋扈していたかもしれないが、人々がどうなるかは考えても居なかった。そんな事を考えていると、トイレから中田が出て来た。


「ふぃ~。すみませんねぇ、芳野お嬢さん。みっともない所を見せてしまって」

「フフフ。豊島さん、ちょっと怖いですからね。今でもビックリしちゃいますし」

「いい加減、お前も慣れろよ」

「それは後々から慣れるから良いとして。おい、ケン! お前、芳野の御嬢さんと同じ屋根の下で過ごすんだってな!!」


 先程までの委縮し切った姿は何処にか。彼は剣狼の肩に腕を乗せると耳打ちをし始めた。


「そうだが。どうかしたのか?」

「良いか? お嬢はな。染井の親っさんの一人娘なんだ。手出したら、豊島の兄貴の下から全員に的に掛けられる事を覚悟しろよ。いや、お前なら返り討ちにしちゃいそうだけれど」

「今更、女子供に手を出す理由がない」

「え? じゃあ、男の方が良いとか?」

「俺は『エスポワール戦隊』の奴ら以外に興味がない」


 中田が声量を絞ったとしても、剣狼が全く空気を読まずにそのままの声量で話す為、会話は筒抜だった。余計なお節介を焼いている所に黒田は頭を抱え、芳野は小さく笑っていた。


「おい、中田。馬鹿な事を言っているんじゃねぇぞ」

「いや。分かって無さそうだから。俺が兄貴として注意してやらねぇと! 俺のことは中田の兄貴って呼べよ!」

「ナカタノアニキ?」

「なんか、思ったイントネーションと違うな。良いか? 中田の、兄貴だ」

「本当に何やってんだお前……」


 中田の力説とは裏腹に、剣狼の頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。理由の分からない発声練習を何度か繰り返した後、満足行く回答が得られたのか。中田は、鼻息を鳴らしていた。


「中田の兄貴は、いつもこうなのか?」

「はい。楽しい人でしょう? あ、申し遅れました。私『染井芳野(そめいよしの)』と申します。ケンさん、これからよろしくお願いします」


 セミストレートの黒髪をわずかに揺らしながら、彼女は微笑んで見せた。豊島の様な威圧感も、染井の様な鋭さも無いが、不思議と印象に残った。剣狼もそれに挨拶を返すと、口論する二人を傍目に情報収集の為にあれやこれやと質問をしていた。


「黒田から色々と聞いているが。ここの集団は一体何なんだ?」

「『染井組』って言われる直系団体ですね。何の仕事をしているかは、黒田さんの方が詳しいと思いますけれど」

「説明を聞いたが良く分からなかった。『キリトリ』とか取り立てとか」

「今は、どの活動も殆ど出来ていないですけれどね。組員さん達もどんどん抜けて行っていますし」

「抜けた奴は無事で居られるのか?」

「連絡の取りようがなくなるので何ともですが。この間、組員だった方が殺されたという報せはありました」

「赦す気はないという事か」


 どうあっても『悪』は殲滅する気であるらしい。対抗心と闘争心を燃やす様に、口角を釣り上げた彼を見ながら芳野は言う。


「強いんですね。私なんて、毎日ビクビクしているのに」

「別にお前は悪事を働いていないんだから。心配する必要は無いだろう?」

「そんなの分からないですよ。関係者だからって、そう言う風に見られる事はありますし。昔からそうだったし……」


 途端に、先程までの御淑やかさは鳴りを潜め陰鬱な空気が漂った。剣狼にはそうなった理由が良く分からなかったので、そのまま話をつづけた。


「そんな物、気にするな。エスポワール戦隊の奴らが難癖付けてきたら。俺がぶっ潰してやる」

「フフッ。そう言う事なら、頼りにさせて貰いましょうか」


 それは何処か他人事の様な呟きだった。やがて、黒田と中田の口論も終わり、時刻も昼時に差し掛かった辺りで、別の組員達が入って来たのを見て。ソファから立ち上がった。


「よし。交代の時間だ。俺達は自分のアパートに帰るが。ケン、お嬢に粗相のないようにな」

「分かった」

「出来るなら、俺もケンみたいに部屋住みで様子見に行きてぇ位なんだが」

「部屋住みなんて。昔のお父さんの話で位しか聞きませんよ」

「法律で雁字搦めな上に。エスポワール戦隊がいるからな。それじゃ、お嬢を頼むぜ」


 去って行く二人を見送りながら。残された剣狼と芳野の二人は歩き出した。キョロキョロと自信なさげに周囲に気を配る芳野と。他者からの視線をまったく気にしない剣狼との二人組は、多少の関心は引いたが。

 誰もが我関せずという積極的無関心に徹していた事もあって、彼らは特に絡まれたりすることもトラブルに遭遇することも無く。道中でヒーローのコスプレをした者達を見たりもしたが、染井宅へと向けて歩いて行った。


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