Pastoral Days 2
大坊達がハト教の敷地内で穏やかな生活を送っている間。変化していく彼の感情を汲むことなど出来るはずもなく、エスポワール戦隊構成員達は自らが抱える不満の解消に対して正直に行動していた。
人々を脅かす『悪』の排除。その適用範囲は徐々に広がりつつあり、犯罪者はもちろん。学校や教育施設などに居る『いじめっ子』等の存在。或いは、会社等に存在するパワハラやブラック労働を強制する上司。そう言った者達に対する制裁は靄は制動の利かないレベルに達していた。
「世界には悪が溢れているぞ!俺達の戦いに終わりはない!!」
「そうだ! 俺達はエスポワール戦隊なんだ!!」
勿論、その無法に対して警察や自衛隊も出動して暴徒達が何人も逮捕されていたが。彼らを煽動するエスポワール戦隊の正式な構成員達は未だに捕まえられずにいた。
と言うのも、前時代的な装備ではヒーローガジェットを装備した構成員を捕獲するにはあまりにも力不足だった。ここに来て『皇』が武力を持たないという文言が、自身の首を絞めつけていた。
「駄目だ。これ以上、自衛隊員や警察官。そして、一般市民に被害を出す訳にはいかない。次世代スーツの配備は出来ないのか?」
「駄目です。諸外国の反応はもちろん、国内の嫌ヒーロー感情。更には、野党の議員が中心に殺されている事もあって。彼らは与党の手先と考えている者達も少なくはありません」
予算削減の槍玉として『ヒーロー支援金』の削除を謳っていた議員の多くが粛清されたこともあり、世間では彼らの行動は与党議員によって操作されているという陰謀論が罷り通っていた。無論、ヒーロー達の活動の被害は与党にも出ているのだが。そんな事を一般市民や被害に遭った者達の縁者が理解する訳も無かった。
「どうした物か」
対立勢力が排除される事は必ずしも喜ばしいという訳ではなく。『皇』の治安が乱されている以上、それに対処せずにいては彼らの手腕が疑われる。答えの出ない問いに対して頭を突き合わせていると、不意に会議室の扉が開いた。
そこにいたのは皇の人間では無かった。それ所か、人間ですらなかった。黒いコートを羽織り、その頭部は白銀のシャレコウベであり、黒く窪んだ眼窩には青白い光が伴っていた。
「皇の中心人物達が。雁首揃えて困っているじゃないか」
「だ、誰だ!?」
「俺の名前は『フェルナンド』。南米で麻薬組織のトップをやっている。そして、お前達がかつて『ジャ・アーク』と呼んでいた組織の幹部『ガイ・アーク』の部下だった男だ」
「何だと。という事は、まさか私達を!」
周囲のSP達が一斉に構えたが、フェルナンドは危害を加えるつもりはない。と言わんばかりに両手を上げていた。
「慌てるなよ。今の所、俺達の敵は一緒な筈だ。法律と平和憲法で雁字搦めにされて、『エスポワール戦隊』に対抗できなくて困っているんだろう?」
「だからと言って。貴様らのような犯罪組織に用はない!」
それは清廉潔白さを訴えるというよりも。術数権謀が渦巻く政治の世界で生きて来た者達にとって、反社会組織に借りを作ることがどれだけのリスクを負う事かという事が分かっていた故の一喝だった。
「じゃあ。アンタらはあのエスポワール戦隊に対抗できんのか? コスプレ野郎共は未だしも。正式な構成員や上級構成員達には、警察や自衛隊の装備じゃとても歯が立たないだろ?」
動揺を見せまいと議員は押し黙ったが、それが暗に肯定を意味しているという事に他ならない。その反応を見たフェルナンドは、くぐもった笑い声を上げた。
「皮肉なもんだよな。自分達を脅かす存在を撃退する為に作った組織が、今度は矛先を自分達に向けているんだからよ」
「こんなはずじゃなかった。我々は彼らに恩給を与えて、このまま飼いならすつもりだったと言うのに……」
「それだけの恩恵を預かるのにふさわしい活躍をしたのにな。何も知らない民衆は無責任で無恥な善意に溢れてやがる」
そう言いながら、フェルナンドはコートの下からケースを取り出した。それを机の上に置き、SP達に向けて開けるように促した。その中に入っていた物を見て、議員達は息を呑んだ。
「こ、これは」
「変身ガジェットだよ」
それはエスポワール戦隊が使っていた物より小型であり、腰に巻く物ではなく、腕に巻いて使う物だという事が予想出来た。
「馬鹿な。海外に技術流出をさせる様な真似は……」
「これは俺達が開発した物だ。なんせ、俺達のボスは『ガイ・アーク』様だったからな。戦闘員を作る技術を応用したんだよ」
「これを私達に見せた。という事は…」
「自分達じゃ生産する訳にはいかないんだろ? だったら、俺達がこれを流してやるよ」
「だ、だが。我々がこれを使う訳にはいかない」
ヒーローに対抗できるかもしれないが、国の司法や軍がこれらを使えば。結局、自分達が開発して使うのと何ら変わりない。
「アンタらに頼みたいのは、伝手を紹介して欲しいんだよ。ヒーロー共に壊滅させられた反社会勢力。アンタらがお知合いじゃない訳がないだろ?」
フェルナンドの指摘は図星でもあり、誰もが言わずにいたが。正攻法では、ヒーロー達は止められない。ならば、毒を以て毒を制する、彼の提案は幾らか魅力的な物の様にも思えた。しかし、腑に落ちないことがあった。
「お前の目的は何だ?」
「それもあるが。一番の目的は『復讐』だよ。俺からボスと妻を奪った『ヒーロー』に対するな」
今までの飄々としていた声は鳴りを潜め、地獄の底から響く様な声色に議員達は身震いした。議員達は顔を見合わせながら、フェルナンドを含めて、この緊急事態に対する悪魔の提案を承諾するかを議論し始めた。
~~
大坊と七海は教団の生活に溶け込んでいた。穏やかで緩慢な時が流れる中での生活を経て、何時しか彼らの表情からは険が消えていた。
「リーダー。スイカを取って来てだってさ」
「はいよ」
「大坊の兄ちゃん! お願いねー!」
「おぅ。あっと言う間に取って来てやるからな」
大きなあくびをした後。川で冷やしているスイカを取りに行く為に腰を上げた。子供達から急かされたので、軽いジョークを交えて応えながら。教えて貰った場所へと向かう。
「……あ」
件の場所へと向かうと、顔周りに痣を作っている少女が居た。彼女は冷やしていたスイカを割って一心不乱に貪っていたが、大坊達の方を見ると怯えた様に距離を取った。そんな彼女に彼は優しく声を掛けた。
「別に食っていても良いよ」
「え?」
「流された事にしておくから」
スイカの方へと近付くと。大坊は少女を観察した。同年代の少女よりも明らかに痩せこけており、シャツの隙間からは火傷痕や青痣が見えた。
誰がこんな酷いことをしたか分からないが、久しく忘れていた感情が湧き上がった。大坊の表情が豹変したのを見て、七海が声を上げた。
「良かったら一緒について来る?」
「……うん」
見れば、彼女は素足であり、歩いた小石の上には血の跡が付いていた。それを見た七海が自らの靴を差し出した。
「コレ。使って」
「いいの?」
少し戸惑いながら、七海から渡された靴を履いた。その場を去ろうとした所で、こちらに駆け寄って来る人間がいる事に気付いた。遠目から見ても、ハト教の人間ではないことが分かった。
「佳織。アンタ、何逃げてんのよ」
「親御さんですか? だったら、話が聞きたいんですけれど。なんで、この子はこんな傷だらけなんですか?」
「カオリは少し鈍臭いんです。ですから、よく転んだり怪我をする事が多くてね。少しでも健康に体を動かす楽しさを知って欲しくて、自然の多い場所に来ていたんですよ」
「その割には煙草を押し付けた跡の様な物もあったんですが。それに彼女は痩せすぎている。ご飯、ちゃんと食べさせていますか?」
七海にアイコンタクトを取ると。彼女は佳織と呼ばれた少女を連れて、急いで去っていた。母親と思しき女性は、忌々しく彼のことを睨みつけていた。
「どういうつもりですか? 誘拐ですか? 警察呼びますよ?」
「呼べよ。アンタも聴取を受けるだろうがな」
大坊が女性を詰問していると、少し離れた場所から人相の悪い男がやって来た。彼は咥えていた煙草をポイ捨てして踏み消した。
「おい、何だソイツ?」
「コイツちょっと頭がおかしいのよ。佳織を出せって言ったら、訳の分からない事を言って来てね…」
「何? 誘拐犯って訳? 困るなぁ、そう言うの」
男は近寄って来ると、何の警告もなく彼の顔面に殴り掛かったが、容易くそれは受け止められた。同時に大坊の額に青筋が浮かび上がり、その目は獲物を狙う獰猛な狩人のそれに変貌していた。
「俺。話し合いがしたいんだけれどなぁ」
「テメェ、離せや!!」
言われた通り。その拳を離すと、男は近くにあった石を拾い上げて、殴り掛かって来た。その攻撃にいよいよ殺意を感じ取ると、ガジェットが反応して大坊の体を包み込んだ。
黒色のスーツが彼を包み込み、久方に起動したスーツ内の機能は瞬く間に、彼に戦場の勘を取り戻させていた
「……俺の正体を知ったな?」
「コイツ! ニュースに出ていた…」
『ブラック』へと変身した彼が繰り出した正拳は、驚嘆していた男の頭部を打ち砕いていた。内容物が周囲に飛び散り、体が崩れ落ちるのを見ていた女は悲鳴を上げて、腰を抜かしていた。
「ア、アンタ! こんなことが赦されるとでも思っているの!?」
「先にやって来たのは、そっちだろ? それを言うなら、アンタらがあの子にして来た事についてはどうなんだ」
「佳織の事……? 私、変な事は何もしていない! 私だって、親からそうやって育てられたのよ! だから、そうやって育てるのが正しいんでしょう!?」
振り上げた拳が一瞬止まった。目の前に居るのは、子供を虐待する悪人ではないのか? 倒さなければならない敵ではないのか? ただ、環境が生み出した被害者と加害者の側面を併せ持つだけの人間では無いのか? そんな考えが過る。
「(コイツも誰かに被害に遭わされてきたという事か?)」
「それに。何よ、そのコスチューム。アンタ、ヒーローでも気取っている訳? 私に同じ目に遭わせていた奴には何もしてくれなかった癖に、私の事は助けてくれなかった癖に! 私が同じことをすれば殺すって訳!?」
その言葉には、只ならぬ怨嗟が込められていた。自分を悪党に仕立て上げた人間に何も裁きが下されぬ事、自分が辛い境遇に居た時には何もしてくれなかった事。自分が悪党になった時には容赦なく裁くのかと。
「(そうだ。ジャ・アークは滅びていないんだ)」
自分がこんな所で安寧を貪っている間も、世間や社会には悪が跋扈し続けているのだと。自分達の幸せばかりを追い続けていては、全てを忘れていては。このような悪が悪を生み出す連鎖が繰り広げられてしまうのだと。彼の心の奥で萎えていた使命感に炎が灯るのを感じた。
「や、やめ」
「俺はヒーローだ! 悪は……許さん!!」
後退る女性を取り出したソードで真っ二つにした。美しい自然が拡がる山中にぶちまけられた醜い臓物は、まるで今の彼の心に拡がるシミの様な物だった。
その場に佇んでいると、背後から七海が姿を現した。佳織が居ない所を見るに、恐らくは皆の所に届けてくれたのだろうと判断した。
「リーダー?」
「この世はさ。きっと、醜いだけじゃない。このハト教の人達みたいに優しく美しい人達も居る。でも、そう言った人達を傷付ける悪意も確かに存在しているんだ」
「そう」
「明日。俺はここを発つ。七海、お前はここにずっといても良いんだぞ?」
「私はリーダーについていくよ。何処までも」
「そうか。じゃあ、この死体の処理を手伝ってくれ」
二つの死体をガジェットで念入りに処理をすると、二人はこの生活の中で通いなれた道を戻りつつ、もう帰って来る事は無いだろうという予感と共に、橘や皆が待っている場所へと向かった。
「兄ちゃん! 七海姉ちゃん! お帰り! アレ? スイカは?」
「ハハハ。流されちまったよ。佳織ちゃんは?」
「今、診て貰っているんだってさ。あの子は一体?」
「仲良くしてやってくれ。それだけ言っておくよ」
それまでは、もう少しだけこの優しい空間に留まっていたいと思っていた。