セクト・ファイターズ 3
閑静な住宅街。そこに住まう人々は頭を悩ましていた。多くの者達は学区も同じで、家族ぐるみで良好な関係を築いている者達も多くいる中。ただ一つ、明確な異物が存在していた。
早朝にも関わらず大音量で音楽を流しながら、家はゴミが溢れ返り、異臭を放っていた。家主である老人もまた、汚らしい恰好で叫び声を上げながら汚物を周囲の家へと投げつけていた。
「この集団ストーカー共め! 私はお前らに負けないぞ!!」
これは恒常的に続いており、警察からも注意を受けているが、一向に改善する兆しも見えず、家族へ危害を加えられることを恐れて、引っ越す者達も居た。
周辺住民は恐怖に耐える日々を送っていたが、終わりは唐突に訪れた。普段は見ないバンが現れたかと思うと、表に出て奇声を上げていた老人を跳ね飛ばした。車の中から出て来た者達は、老人に猿轡を噛ませて手錠をかけて拘束した。
「なんじゃ、お前らは!!」
「黙れよ、老害」
その頭を掴んで地面に数度打ち付けると、グッタリして動かなくなった。拘束した老人と共に車中に戻り、発進させようとした所で、助手席にいた男が半身を乗り出させながら言った。
「俺達はエスポワール戦隊の同志だ! 皆! 安心してくれ。この老人は二度と姿を現すことは無い! 俺達がキッチリとカタを付ける!」
彼らは去って行った。住民達が恐る恐る、外へ出ると。アスファルトに血の跡が見つかった。老人の身を案じ、警察に通報しようとした者達も居たが。
「よそう。折角、排除してくれたんだ。誰もあんな奴に戻って来て欲しくないだろう?」
「そうね。警察も碌に対処してくれなかったし」
人権や法律によって守られていた怪物を排除したのは、紛うこと無き暴力であったが、彼らが守りたいのは社会的な秩序ではなく自らの暮らしであった。
住民達は安堵の溜息を吐き、子供達を外で遊ばせることが出来るようになったことを喜んでいた。老人が戻ってくることは二度となかった。
~~
構成員、あるいは自分達に感化された有志達により悪が駆除される報告が上がるにつれ、人々は称賛の声を上げ、大坊は満悦の表情を浮かべていた。
誰もが自分達に賛同してくれている。誰もが自分達を敬っていると思うと、自尊心が満たされて行く。満たされて行く快感が堪らない。更なる賛同と賞賛の為に、幾らでも活動できるような気もした。
「迷惑老人の排除。転売屋の制裁。パワハラ上司への報復。どうして唐沢司令がこれらを俺達に命じなかったのか。理解に苦しむ」
当初は批判の声も溢れていたが、それらの内幾つかは同一拠点からの大量発信だった事が判明し、即座に制裁を行ってからは批判の声は殆ど聞かなくなった。
耳に届くのは心地よい称賛のみ。その陶酔感に浸っていると、いつの間にか傍に七海が来ていた。
「リーダー。耳に入れておきたい情報が」
「何だ?」
「以前に私達が行った『ハト教』についてだけれど。未だに人々が去らないで、活動を続けている」
「解散したんじゃないのか。それは気になるな」
教祖や幹部達は概ね抹殺し、その後も何の意味もなさない慣習を続けていた。無意味さから解散するかと思っていたが、予想は裏切られ未だに件の教団は残っているというのは気掛かりでもあった。
「どうする?」
「様子を見に行く。場合によってはもう一度壊滅させてやる。俺達と対峙した相手が復活することがあってはならないからな」
彼は即座に立ち上がった。悪の復活を何よりも憎む彼としては、教が復活したというのならもう一度叩き潰さねばならぬという使命に駆られていた。七海も静かに頷き、彼の後を付いて行った。
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訪れた彼らが見たのは、新たな教祖を立てて復活した邪教では無かった。
ハト教は寄進と姦淫を是とするとカルト教団であったが、今ではそんな様子も見当たらず、信者達の衣装こそは変わっていない物の、敷地内で田畑を耕し、内職に励んだりと言う牧歌的な生活が送られていた。
その光景を一通り見て回り、以前。教祖が集会を開いていた一際大きな建物に入ると、一人の青年が複数の人間に指示を飛ばしており、彼は大坊達を発見すると、穏やかに微笑んだ。
「おや。貴方達は…」
「お前達は何故、ここでの生活を続ける? もう教祖達もいなくなった。お前達をここに引き留める物は何もないんだ」
「違います。教祖様は死んだことで、本当に神になられたのです。そして、ここの生活は本当に穏やかだ」
「何故だ? 残して来た家族は? 生活は? 将来はどうするつもりなんだ。俺達が必死に守って来た日常に帰るつもりはないのか?」
悪事を働いている様子こそは見えなかったが、何故、彼らが今までの暮らしに帰らないのかという事については、大坊も不気味に思っていた。彼の質問に対して、青年は穏やかな笑顔で答えた。
「必死に守って来た日常。……なるほど、その装い。何処かで見たことがあると思ったら『エスポワール戦隊』の方ですね」
「そうだ。お前達はカルト教団に洗脳されていたんだ。俺はそれを解放した。なのに、どうしてこんな生活を続ける?」
「では、逆にお聞きしたい。あなた方が守って来た日常や皆の世界はそんなに素晴らしい物でしたか?」
大坊は言葉に詰まった。仲間達と一緒にジャ・アークを倒そうとも、それらの出来事は人々にとって対岸の火事だった。
自分達が平和にしたと思った後でも。悲劇も事件も無くなることの無い世界。挙句、用が済んだら放り出される。それが素晴らしいかと言われれば、答える事は出来なかった。代わりに傍にいた七海が答えた。
「では、今の貴方にとっては。このハト教の跡地での生活は理想的だと?」
「はい。この場所には便利な物はありません。しかし、富を稼ぐ必要も無ければ、誰かに憤る必要もありません。果たすべき義務は生きる事に必要な事だけ。こんなに穏やかな気持ちでいられたことは滅多にありません」
「そこまで言い切るか」
当初は自分の意見に従わせるつもりで強気な語調で喋っていた大坊も、余りに涼やかに対応する青年を見て心が揺らいでいた。称賛も富も集めているハズの自分よりも、どうしてこのように満たされているのかと。
「差し出がましい事を言いますが。私には貴方が哀れな様に思えます。悪を倒す事に駆られ続ける日々。それでは何時までも誰かを憎み続けなければならない」
「この世に蔓延る悪を根絶する事こそ俺の存在理由だ。こんな何もない所で、社会から孤立しているお前達こそが哀れだ」
ジャ・アークを倒し続けて来た頃から、ずっと変わらないスタンスだった。そして、皆はその怒りに同調して各地で『エスポワール戦隊』と名乗る者達が個人的なリンチを加えて、邪魔者達も排除してくれている。
つまり。今、自分が抱えている物は、皆も同調してくれる正しい物であり、それを否定された彼は怒りからガジェットを取ろうとした。
「ならば、一度。我々と一緒にここの生活をしてみませんか?」
「何?」
「もしも、貴方の言う事が本当に正しいのなら。我々の考えは直ぐに変わってしまうでしょう。何故なら、ここに居る者達は誰もが教祖様に惑わされた者達なのですから」
「リーダー。どうする?」
青年からの提案は大坊としても考える物であった。彼らは一度教祖に騙された者達。つまり、感化されやすい者達とも考える事が出来た。
ならば、この考えが正しいと信じている自分にもすぐに協調してくれるはずだ。既に多くの人々が賛同してくれているのだから。確信にも近い自信を抱きながら、彼はガジェットを収納した。
「良いだろう。俺がお前達の考えを変えてやる。その時は、俺達が守った日常に帰るんだ」
「はい。そうなった時には喜んで! まず、この集落で暮らすルールをお教えします。あ、私の名前は橘と申します。これからよろしくお願いします」
二人は橘に案内されてこの集落のルールを教えて貰いつつ、住民達に挨拶をしながら集落を回った。擦れ違う住民達からは持て囃される事も怯えられる事も無く、穏やかな挨拶を交わされるばかりで、大坊は不思議と懐かしい気分に駆られた。