セクト・ファイターズ 2
社会悪を裁く行為として繰り広げられる無法は民間人にも被害を出したが、その報復を恐れ、多くの者達は泣き寝入りを強いられた。そして、被害に遭っておらず憤りを持て余したメンバー達による模倣犯が、皇各国で起きていた。
「ヒャッハー!! ぶっ殺せ!! 悪は皆殺しだ!!」
そのリンチのターゲットも徐々に変わりつつあった。最初の内は反社会団体がメインであったが、徐々に転売屋、いじめの主犯格、パワハラを行って来る上司等。身近な存在へとシフトしていった。
「先輩。アレ」
「こうも毎日正義の活動が続いていたら、嫌になるわ」
買い物に来ている桜井達の目の前でも発生していた事だった。明らかに『皇』の公用語ではない悲鳴を上げながら、同一商品を大量に詰めた袋を持っている男性達が襲撃されていた。一方的な暴力に晒されている彼らは片言ながらも周囲に助けを求めていた。
「タスケテ!」
「ちゃんと『皇』の発音で喋りやがれ!」
あくまで模倣犯であるため。加害者達はコスプレこそしている物の、手にしているのはバットや角材などの通常の凶器であった。それでも数で囲まれれば、暴力に晒される側はどうしようもない。
「先輩。放っておいて良いんですか?」
「良いのよ。私達は関係のない善良な市民なんだから。周りの人達だって見て見ぬふりをしている」
周囲の人々も動画撮影などはしているが、誰も通報する気は無さそうだった。肉を叩く音と小さくなっていく悲鳴から逃げる様にして、その場を去ろうとした桜井だったが、富良野がその場で立ち止まった。
「せめて。通報だけさせてください」
「分かった。皆に見られないようにね」
物陰に隠れて通報してから十分程経った後、サイレンの音が聞こえて来た。その音に怯えて逃げ出す様に、コスプレ暴行集団と野次馬達が去って行った。パトカーのすぐ後に救急車も来て、被害者達が運ばれて行く様子を見ながら、彼女達は思う。
「平和とか。悪とか。ヒーローって何なんでしょうね?」
「さぁね。ただ、私達の青春は鬱憤晴らしの免罪符になった。それだけよ」
運ばれて行く男性達は、瀕死の重体を負わなければならない程の罪を犯していたのか? そして、何故自分達と同じような疑問を浮かべる者達が、あの野次馬達の中に居なかったのか。
「そりゃ、転売は腹が立つ行為かもしれません。欲しい物が手に入らなくなるかもしれませんが、法律で罰せられる事ではないんでしょう? だったら、私達が勝手に裁いても良いんでしょうか?」
「それが、今の『エスポワール戦隊』が描いた。或いは人々が望んだヒーローの形なのかもしれないわね」
「……この先。転売だけじゃ無くて、本当にちょっとした。些細な違いや、不満を持たれるような行為をしただけ制裁を食らう社会が来るのかな」
「大丈夫。何があっても、貴方だけは守るから」
キュッと。不安げな彼女を励ます様にして、その手を強く握りながら。桜井達も同じようにその場を離れていった。
かつて沢山の人達を守った彼女に待ち受けていた現実は、守ったはずの人々同士が傷つけ合う世界だった。故に、彼女はかつての青春を置き去りにする他なかった。今も彷徨い続けている一人を残して。
~~
彼にとって、それは既に何度目になるかも分からない襲撃だった。その恐怖に耐えきれなかった者達は我先にと逃げ出したが、誰一人として逃げきれなかった。
しかし、その日は違っていた。広域暴力団の組長が惨殺された家宅にて、子供を庇う様にして女性が立ちはだかっていた。彼女は毅然とした表情で大坊達を睨みつけていた。
「アンタが。例のヒーロー共か」
「流石に俺の名前も知れ渡っているようだな。何で俺が来たかも分かるだろう?」
組長の死体を挟みながら互いに睨み合っていた。レッドソードに付着していた血液は、刀身から発せられた炎で蒸発したが、部屋内には血生臭さが漂っている。
「アンタの言う通り。この人は大勢の人間を泣かして来た。殺されても仕方が無いとは思うが。どうして、アンタはこんなことを繰返す?」
「決まっている。俺はヒーローだ。悪を倒すのが役目だ。人々を泣かす者達の存在を許さない! 皆が笑顔になれる世界を目指している!」
「(……笑顔)」
七海が思い浮かんだのは、リンチに参加する人々の表情だった。その顔は綻び、口角は釣り上がり、まるで野獣の様に歓喜を漏らしていた。
想起した表情が、かつて自分の父親だった男の嗜虐に満ちた物と被り、精神状態が揺らぎそうになるが、スーツに搭載された安定剤が打ち込まれ、直ぐに平静に戻った。
「じゃあ。私とこの子の笑顔は誰が守ってくれるんだい? 誰がこの涙を止めてくれるんだい?」
毅然としていた彼女であったが、瞳の端には一筋の涙が浮かんでいた。そして、彼女の背後に隠れていた少年は身を乗り出して叫んでいた。
「人殺し! 僕のパパは、強くて、格好良くて、優しい……パパだったんだぞ! 何で殺したんだよ!!」
涙声にであらん限りの感情をぶちまけていたが、大坊はその訴えが心底理解できないと言った様子で首をかしげながら、諭すようにして答えた。
「それは君のパパが悪い人だったからだ。貴方達はそうなってはいけない。これからは真面目で優しい人間になるんだ」
「お断りだね。私のと言う存在はあの人と一緒にあるんだ。覚悟を!」
「馬鹿な真似を!!」
着物の帯から取り出したドスを構えて、大坊へと突進したが、肉体へと突き刺さる所か、スーツを切り裂くにも至らなかった。彼女の首を掴み電流を流し込むと、その場で崩れ落ちた。
「おかあさーん!!」
「大丈夫。死んではいないさ。君達二人は真っ当な人間に戻ってくれ」
倒れた女性は気絶こそしているが、脈もあれば呼吸もしていた。父親を殺した相手は憎いが、もしも歯向かえば母まで失ってしまう。
これ以上は、手を出させまいと身を挺す彼を見ながら、大坊は背後に控えていた構成員達に声を掛けた。
「撤収だ。始末する奴は始末した」
「了解!」
組長宅から様々な資料等を押収した彼らは、警察や救急車が駆けつけて来る前に去って行った。残された少年は涙を流しながら、母親の目覚めを待っていた。
~~
エスポワール戦隊協力者の隠れ家。大坊は達成したミッションにチェックを入れていた。隣で見ていた七海は質問をする。
「リーダー。私達は何のために戦っているの?」
「さっきも言っただろう。皆の笑顔を守る為さ。俺達が活動してから、沢山の人達が笑顔になった」
「でも、沢山の人達を泣かせている。彼らの笑顔は守らなくても良いの?」
先に押し入った襲撃で、母子2人の涙を思うと。七海は自らの心がざわついた。大坊は軽く笑いながら。子供に言い聞かす様に優しい声色で、彼女の問いかけに答えた。
「人を泣かして来た人達が笑顔になったら、泣かされてきた人達が納得しないだろう?」
「じゃあ。沢山の人達を泣かして来た私達は?」
「俺達は良いんだ。何故なら、最初に誰かを泣かせて来た奴らを倒しているんだからな」
「じゃあ」
私達が最初に泣かせた『誰か』の笑顔はどうなる? と言いかけて。七海は口を噤んだ。何を言っても似たような答えしか返って来ない気がしたからだ。
即ち、自分達が抱いている考えが間違っている事を指摘して欲しいという願望の表われであったが、何故そのような考えが浮かんだかは彼女にも分からなかった。
「これからも俺達は戦い続けなければいけない。それだけ、この国には人々の笑顔を奪う奴らが居るからな!!」
意気揚々と宣いながら、大坊は七海の頭に手を乗せて乱暴に撫でた。
テレビに流れていたドラマでは、役者達が目尻と口角を上げて表情を作っていたが。そこに浮かんだものが何と呼べば良いか分からないまま、彼女は撫でられ続けていた。