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セクト・ファイターズ 1


 僅かなデスクとパーテーションが並ぶだけの事務所に入った黒田達は、机の上にコンビニで買った握り飯や弁当を広げながら、剣狼に事情を説明していた。


「また、ジャ・アークは滅ぼされたのか」

「あぁ。こうして死んだ後だから、疑問にも思えるんだが。『ジャ・アーク』の幹部が議員をやっていて、よく誰も何も言わなかったなとは思うな……」

「疑問を抱かせない様に洗脳していたんだろう」

「何?そんな事出来るのか?」

「幹部だからな。とは言え、広範囲に適用させるとなれば。疑問を抱かせない位だろうが」


 ウェットティッシュで口周りに付いた血を拭きながら、中田は改めて『ジャ・アーク』の幹部達の恐ろしさを知った。だが、件の組織は目の前にいる赤毛の青年『剣狼』を残して滅ぼされた。


「復活した幹部達を殺したのが、『新生エスポワール戦隊』のリーダー『大坊乱太郎』だ」

「それについて疑問がある。何故、奴らはお前らを襲っていたんだ? お前達は怪人でも戦闘員でも無いだろう?」

「俺達は極道だが、怪人でも何でもない」

「だったら、おかしいじゃないか。奴らが俺達と戦っていたのは、人々を守る為だろう? 何故、守るべき人々を襲っているんだ?」


 剣狼にとって、黒田達が『エスポワール戦隊』に襲われていた事は不可解極まりない事だった。彼らが自分達と戦っていたのは、人々を守る為であり。それに反して動く理由がまるで理解できなかった。


「そこが方針転換した所だ。連中は『ジャ・アーク』の幹部達を殺した後は、大量の構成員達と共に社会『悪』を駆逐し始めたんだよ」

「社会悪? なんだそれは」

「平たく言えば。犯罪者や反社会的勢力の事だな。極道はまさにその代表と言っていい」


 そう言って中田は自慢げに胸元の代紋を見せつけたが、剣狼にはまるで相手にされなかった。黒田は若干呆れながらも、話を続けた。


「今。中田が言ったような団体が『エスポワール戦隊』に攻撃されているんだ。勿論、そこには怪人も戦闘員も居ない」

「では、奴らは無抵抗の人間を嬲り殺しにしているのか?」

「抵抗はするだろうが。ヒーロー達のスーツやガジェットの前じゃチャカもドスも役に立たねぇ」


 黒田は胸元からドスを取り出したが、それは根元から折れていた。勿論、剣狼にも分かっていた。怪人達と互角に戦えるスーツとガジェットを持った者達がただの人間と戦えばどうなるか等、想像に容易い。


「それで。結局、お前達はどうして襲われていたんだ?」

「アレ? 話が伝わっていない……」

「待て。念のために確認しておきたい。お前は、人間って言うのは全部が同じようなモンだと思っていないか?」

「違うのか? そもそも、侵略する相手に興味なんて無い」


 これには黒田も中田も頭を抱えた。黒田は根気強く、彼に人々の善悪や犯罪を教え、人間にとって有害な人間がいる事も含めて教えた上で。ようやく、剣狼は黒田達が襲われていた理由を理解できた。


「ざっくり言うと。人間って言うのは『社会』の中で生きていて。それには決まりがあるんだ。でも、中には決まりを破る奴らも居る。『エスポワール戦隊』はそいつらを葬るんだ」

「お前達が掟を破る側だというのは分かった。だが、それを言うなら。人を殺すエスポワール戦隊も社会の掟を破っているんじゃないのか?」

「鋭いな。そう、アイツらも俺達と同じような犯罪者だ。でも、連中は自分達がしている事は正しいと思っているから、まるで歯止めが利かない」

「自分達も間違っているのに正しいと思っているのか?」

「身内がやるルール違反は正しい事だと思ってんだよ。ケッ、何がヒーローだ。バカバカしい」


 中田が忌々し気に呟いた。黒田から事情を聴いたことで、エスポワール戦隊がジャ・アークに代わる敵を見つけたという事までは理解した剣狼は少し考えた後、彼らに提案をした。


「そう言う事なら頼みがある。俺をお前達の仲間にしてくれ」

「何? どういうことだ……」


 この提案には黒田も呆気にとられたが。中田は何かを閃いたようにして、顎に手をやるジェスチャーをしてみせた。


「ははーん。分かったぜ? 俺達と行動してりゃ、自然とエスポワール戦隊と遭遇する機会が増える。つまり、親の敵討ちが出来るから協力したいって寸法だろう?」

「その通りだ。『ガイ・アーク』様の仇もある。それに、お前達は俺の知らないことを色々と知っているからな」

「そうか。そう言えば、お前。上司がやられているのか。確かに、俺も親っさんを殺されたなら。黙っちゃいられねぇだろうな」


 剣狼の言い分に甚く共感を覚えたのか、黒田は神妙に頷いた。一方、仲間に加わりたいと言ってきた彼に対して、中田は馴れ馴れしく距離を詰め始めた。


「お前ほどの力を持つ奴なら皆が歓迎すると思うぜ。分からないことがあったら、何でも聞いてくれよ!

「分かった。頼りにしている」

「本当に分かってんのか? それに俺達の勝手じゃできない。まず、染井の親っさんに連絡を取らねぇと」

「おっと、そうだった。今日は夜遅くだから、明日の朝に連絡するとして。お前、泊まる場所とかあるのか?」

「いや。特にないな」

「なら、今日は此処を使っていけ。明日、お前を親っさんの所に連れて行くからよ」


 黒田のいう事に頷き、彼はここに泊まることにした。外ではサイレンの音が鳴り響いていたが、極道である彼らの事務所に訪ねて来る者達は誰も居なかった。


~~


 エスポワール戦隊によるリンチは、知識人達には批判されど。中流以下の層からは支持を受けていた。特に貧困層に至っては自分達のフラストレーションの代行者という事で、加入を希望する者達も少なくは無かった。

 その流れは、学生運動を彷彿とさせるような。暴力を礼賛する熱狂を汲んでいる様に思えた。以前に比べて、警察官が多く詰めかける様になり。緊張感に満ちた街並みを桜井と後輩の『富良野美樹』は一緒に歩いていた。


「ネットやSNSのノリが現実を侵食しているみたいですね」

「別に良いんじゃない? 私達には関係ないし」


 何時しかスーツを装着した正式な構成員だけでなく。それらしいコスプレをした集団による活動も起き始めていた。某大手広告企業や某飲食店等。ブラック企業と名高い会社に襲撃を仕掛ける模倣犯も発生していた。

 警官や機動隊達が暴徒達を止めに行くという行為も日常の中に紛れ始めた頃、人々はやがてその異常な日々の終焉を願う事も無くなり、道路に転がる石を見る様な、何の感慨も無い目で見る様になっていた。


「全員! ゴム弾用意! 一人二人は死んだってかまわねぇ!!」

「離せや! 俺達は搾取階級共に復讐をしてやるんだ!! ぶっ殺してやる!」


 暴徒達の絶叫が響き渡り、ゲバ棒やバットでの交戦が始まる。催涙ガスが発射されては拘束されたり、連行されたりと。その様相は安保闘争時代に後退しているようにすら感じた。

 それらを繰り広げているのがヒーロー然としたコスチュームをした者達なのは、桜井にとってみれば皮肉でしかなかった。


「私ね。思うんですよ。ヒーローって何なのかって」

「ジャ・アークみたいな分かりやすい悪が居れば、提示しやすいんだけれどね。でも、実際はそうじゃないでしょう?」


 自らが悪の組織だと公言して活動する等という行為は、もはやボランティアの様な物だと考えていた。

 本当の悪というのは決して姿を現さなければ、簡単に目を付けられる様な場所にも居ない。打倒すれば、国家としての機能が麻痺するような所に根付いているし、何よりも自らの悪を公言しない。


「……私。昔は敵を倒したりしている姿を見て喜んでいたんですけれど。今は敵ってなんだろう? って思いますね」

「そりゃそうだ。倒そうとしている敵が怪人でも怪獣でも悪の組織でもない。私達と同じ『人間』だもの」


 思い返すのは、リーダーの暑苦しい笑顔。存命していた頃の仲間達と一緒に訓練を積み、平和な世界を夢見て『ジャ・アーク』と戦っていた彼の理想は、いつの間にか守るべき人達にまで矛先が向けられていた。


「考えれば。誰かを倒す様な存在が褒められて、重用される社会が無いのが一番なのかもしれませんね」

「そそ。ヒーローが居ない社会が一番よ」


 視線を向けた先。そこには、社会に蔓延る悪や自らを害する存在を倒して『ヒーロー』になろうと躍起になっている者達が居た。そんな彼らに憐憫を感じながら、それらを避ける様にして日常へと避難していった。


「あ。今日はブロッコリーが安いから。クリームシチューにしますね」

「え!? ブロッコリーは入れなくても良いんじゃない?」

「好き嫌いはしちゃ駄目ですよ!」


~~


 郊外にある施設。その部屋の光景は異様とも言えた。その部屋に居座っている者達は同じ装いをして、その中央に座する人間を崇める様にして囲んでいた。


「皆さん。この世は穢れています。競争と過剰消費を煽る社会は、私達の心に妬み嫉みを生み出し、罪業を累積させます」

「ああ! 教祖『ヘンプラー』様! どうすれば、その様な過酷な環境から抜け出せるのですか!」


 彼を囲んでいた者達の中から一人。中年の女性が、中央に立っていた男性の前に躍り出た。感情が昂ぶり過ぎて涙が浮かんでいたが、男性は優しく声を掛けた。


「人々を苦しみから救うために、私は地上に降り立ちました。貴方達は、その身を地上に縛り付ける物全てを捨て去る必要があります」

「それは一体?」

「富です。積み上げて来た物に執心すれば、する程。その心は醜く意固地になって行きます。それら全てをこのハト教にお納めください」


 ヘンプラーと呼ばれた男の話術は、その場にいた人間達の心に染み渡る様な不思議な抑揚を持っていた。中には、涙を流す者達まで現れた。


「教祖様! 貴方のおかげで、私は醜い派閥争いから解脱することが出来ました! もう過程で怒鳴り散らす事もありません!」

「教祖様! 私もあなたが起こしてくれた天罰のおかげで、醜い母も死に。自由を手に入れることが出来ました!」


 教祖と呼ばれた男の演説に聞き入り、信徒達は賞賛と共に財布の中身や札束を寄付していく。教祖の所作を一斉に真似ている所で、その入り口は乱暴に開かれた。


「カルト教団『ハト教』の教祖。鈴木だな?」

「何ですか。貴方達は!?」

「公安からもマークされている教団。……失踪者と被害報告が絶えないって」

「だから、俺達が制裁に来たって訳さ! オラ! やっちまえ!」

「み、皆さん! 私を守りなさい!!」


 信者達が押し入って来た大坊達を留めようとするが、まるで何の意味もなさず。その肉の壁は切り裂かれ、引き裂かれ。モーゼの大会の様に開かれた先に居た教祖の元へと、大坊達は歩み寄っていく。


「ひぃいいいいいいい!!」

「お前。教祖なんだってなぁ? 良かった、これで真の解脱が出来るぞ!!」

「だ、誰か! 私を助けなさい!」


 大坊達の脅威を前に信者達は呆然とするばかりで動き出そうとする者達は誰も居なかった。そうしている内に、ヘンプラーの頭は掴まれて万力の様な力で締めあげられた後。軽い破裂音と共に、その頭は柘榴のように散った。

 その場に居た者達が戸惑っている中。大坊は彼らを勇気づける様にして、明るい声色で話し始めた。


「皆は教祖に騙されていたんだ。彼らは人々から金銭をだまし取り、姦淫により多数の被害も出ていたが。もう大丈夫だ。君達はもう自由なんだ」

「……」


 大坊が座っていた信徒達にそう諭すが、彼らは微動だにせず。やがて動き出したかと思えば、先程までやっていた教祖の動きを真似し始めた。


「皆。教祖様はこの試練を通して、真の神になられる段階を歩み始めたのよ!」

「そうだ! 教祖様は復活する!!」


 目の前に散らばった金銭に目もくれず、彼らは一心不乱に教祖の動きを繰返す。その光景を見た大坊はマスクの下で不快を顕にし、声を荒げた。


「何をやっているんだ!? お前達は騙されていたんだ!! 金銭を取られ、社会的地位も奪われ、不幸にされていたんだぞ!!」

「いえ、不幸ではありません。我々は気付いたのです。富や社会が何よりも我々を縛っていたことを」

「貴方も正しさと富に囚われています。私達と同じく徳を積みましょう。そして、教祖様の復活を願いましょう」


 彼らはまるでエスポワール戦隊の活動に興味が無いようにして、自らの使命に没頭していた。反対も賛成もされず、自分達の存在が歯牙にもかけられない事に尚憤りを覚えていた。


「ふざけるな!! お前達は騙されていたんだ! 目を覚ませ! そして、皆が過ごす社会の中に帰るんだ!!」

「ボス。次の仕事が待っている」

「そんなまやかしの理想に騙されるな!! お前達には帰るべき日常があるだろう! どうして目を覚まさないんだ!!」


 興奮する大坊を七海が引き留める。しかし、尚も彼は叫び続け、次第にその言葉は罵詈雑言へと変わっていったが、信徒達は修行を繰返していた。

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