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掴め! 明日への希望(エスポワール)!


 ガイ・アークを倒した大坊は『皇』に帰国していた。復活した幹部達を倒した胸中はかつてない程に満たされており、夜空に浮かぶ星々の如く輝いていた。

 長年、愛用してきた強化外骨格(スーツ)を失った事は痛手であったが、それに代わる最新のスーツも入手できた。公園のベンチでコンビニ弁当を食しながら、これからの事を考えていた。


「(復活した『ジャ・アーク』の幹部達も倒した。これで平和が訪れるはずだ。以前もそうだったんだから)」


 それには確信にも近い自信があった。前回、ジャ・アークを滅ぼした時も各地で行われていた犯罪は鳴りを潜め、人々から感謝された。今回は不当な妨害も大量に受けて来たが、真相が分かれば、あの時と同じ様に迎え入れてくれるはずだ。

 そんな事を考えていると。ふと、公園の一角に人集りが出来ているのが見えた。何が起きているかを確認するべく近づくと、ホームレスの男性が少年達から暴行を受けていた。


「うぅ。やめてくれ……」

「よっちー! 動画撮っておいてくれよ! 社会のゴミを掃除してみた! ってな!」


 抵抗する素振りも見せない男性に対して、手加減の無い暴力を加えていた。その光景を見て、大坊はショックを受けていた。


「(そんな馬鹿な! 何故、こんな酷いことが出来るんだ!? 同じ人間同士だというのに!)」


 弁当を放り出して、彼は急いで駆け付けた。現場を目撃された少年達は露骨に嫌悪感を露わにした。


「何故、そんな酷いことをする! その男性が、お前達に何かしたのか!?」

「こいつらの存在自体が不愉快なんだよ!」

「うぅ……」

「ホームレスなんて社会のゴミだ! 悪だ! 存在してちゃいけないんだよ!」


 人数の有利を前に余裕の表情を浮かべている少年達に対して、大坊はかつてない程に怒りが湧き上がってくるのを感じた。

 自分は悪の権化である『ジャ・アーク』の復活した幹部達を倒した。だというのに、目の前で事件が起きている。罪なき男性が身勝手な理屈から暴行を受けている。自分はこんな物を守るために戦ってきたのか。自分が守って来た平和の正体とはこんな物だったのかとまで、考えた時。彼は頭を振った。


「いや。違う。そうだ、俺は『ジャ・アーク』を倒しきれていなかったんだ!」

「あ?」


 ガジェットを起動させる。全身が黒色のスーツに包まれ、改良された人工筋肉が動作をアシストする。繰り出した手刀が少年の一人を両断した。

 悲鳴を上げる間もなく、二人目は裏拳を食らって首がちぎれて飛んだ。残った一人は、逃げる事も叫ぶことも出来ずに腰を抜かすだけだった。


「奴らめ。幹部が倒されたから、地下に潜ったんだな。でなければ、こんな悪質な人間がこの世に存在している訳がない」

「じゃ、ジャ・アーク? 何言ってんだ。あいつらは壊滅したって……」

「惚けたって無駄だ! 俺には分かるぞ。お前もアイツらの仲間なんだろう! そして、この平和になった『皇』を再び侵略しに来たんだ。だが、そうはさせないぞ! 何故なら、この国には『エスポワール戦隊』が居るからだ!


 腰を抜かしている少年の頭を蹴飛ばすと、サッカーボールの様に遠くまで飛んで跳ねた。その一部始終を見ていたホームレスも同じように腰を抜かしていたが、彼に対しては優しく手を差し伸べた。


「ひっ」

「もう大丈夫だ!ジャ・アークの戦闘員は倒したからな!」


『ジャ・アーク』と言う名前は知っていた。しかし、先程の少年達がそんな組織に所属しているとは、ホームレスには思えなかった。彼は自らの安全を確保する様にして両手を合わせて言う。


「あ、ありがとうございます」

「うむ! やっぱり感謝されると気持ちいいな! やはり、俺はこの為に戻って来たんだ! 立てるか?」

「た、立てます。それじゃあ……」


 大きく手を振りながら、大坊は去って行った。後に残されたのは少年達の無惨な死体だけであり、ホームレスの男性は震える体に鞭を打ちながら、逃げるように離れて行った。


~~


 大坊の視界は開いていた。最新式のスーツにより、視界から得られる情報が多くなったこともあるが、それ以上の意識を持ち直したことが大きかった。


「終わりじゃない。エスポワール戦隊の役目は、終わりじゃないんだ!」


 まだまだ、倒すべき敵がいる。進むべき道がある。以前の様に、戦いが終えたらかと言って用済みになって、投げ出されることも無い。

 これからは誰かに命令されることなく、自分の意思で悪を倒し、誰かを救って行けばいい。


「まだまだ、困っている人はいるはずだ」


 先程、ホームレスの男性から感謝の言葉を受け取った時、大坊は自らの胸が満たされるのを感じていた。

 あの充実をもう一度味わいたい。彼は強化外骨格(スーツ)の聴覚をフルに稼働させて、街中の声を聞いていた。


『……逃走中……怖いわね』

『連続……殺人……』


 様々な声が入り混じり、聞き取るのは難しいが人々が恐怖と不安の渦中にあることは十分に理解できた。

 流石に、一軒一軒尋ねて回る様な真似は出来ないが、自分が必要とされている現状に変わりないという事を確認できただけでも満足だった。


『……めて』

「ん?」


 色々な会話を取り込んでいる中、異質とも言える物が幾らか混ざり込むようになっていた。声を聞き取る為に意識を集中させる。


『やめろってんだろ! そんな物を描くんじゃねぇよ! 俺に死んで欲しいってのか!』

『ひっ』


 怒号。緊張。怯え。物が壊れる音。体が動いていた。屋根から屋根へと飛び移り、古ぼけたアパートの前に辿り着く。透視機能を用いて、該当する部屋を覗いた。

 部屋内には酒瓶を始めとしたゴミの山が散らかっていた。脂ぎった男性が、煙草の火を少女の眼球へと押し当てていた。大坊は飛び出していた。


「おい」

「え、あ?」


 扉を蹴破った大坊は、組んだ両手を男の頭部へと振り下ろした。頭部が胴体へとめり込み、バタリと倒れた。一連の現場を見ていた少女は呆然としていた。


「大丈夫か!? 早く、病院に……」


 火を押し当てられた眼球は白く濁っていたが、残された片眼は大坊を見据えていた。少女の口が開く。


「……来てくれた。私の、ヒーロー」

「おい!」


 気が抜けたのか、ショックだったのか。どちらかは判断できなかったが、少女は大坊に全身を預ける様にして気絶した。

 手には一枚の紙が握られていた。そこには、拙くはあるがエスポワール戦隊レッドが少女に手を伸ばしている姿が描かれていた。大坊の手は震えていた。


「何がエスポワール戦隊だ。こんなにも苦しんでいる子達を救わずして、何がヒーローだ!!」


 自分の中にあった使命感が業火の如く燃え盛った。怪人達を倒して、ホームレスを助けられたのか、この子の様な者達は救われたのか。助けを求める弱き者達を救えずして、何が希望(エスポワール)か。

 助けなくては。だが、大坊に医療の知識はない。どうすれば、この少女を助けられるか。自らの無力さに歯噛みをしていると、背後から足音が聞こえた。


「お困りですか。Mr.大坊」

「何者だ!」

「私は敵ではありません。貴方のファンです」

「ファンだと?」

「その子を。助けたいのでしょう? 迷っている暇はありません」


 パチン。と指を鳴らすと、白衣を着た男性が入って来て、少女の問診を始めていた。彼が医者かどうかを確認する方法はないが、出来る事がないと判断した大坊は目の前の男性を見た。

 顔に見える皺から壮年位だろうか。金髪のオールバックで、仕立てているスーツからは気品さえ漂っている様に見えるが、サングラスのせいで表情は判断しづらかった。


「何故、俺に手を差し伸べる?」

「恩返しですよ。私の敵『ガイ・アーク』を討ってくれた」


 サングラスを取ると青い瞳が現れた。すると、彼は手を差し伸べて来た。


「私の名前はリチャードと申します。Mr.大坊。私と一緒に悪を倒しませんか?」

「俺は簡単には信じないぞ。お前もゴク・アクの様に騙してくるかもしれないからな」

「今は、それでも良いです。ですが、貴方はいずれ私を頼ります」

「リチャードさん。診療終わりました。病院の方へと搬送しましょう」

「お願いします」


 表に待機していた車に乗せられ、少女が何処かへと運ばれて行く。その後に入って来た作業服姿の男達が、死体の処理をしていく。


「お前は何者なんだ?」

「貴方と同じく、悪を憎む者です。Mr.大坊。耳を澄まして下さい。助けを求める声は、まだまだありますよ」


 未だに正体の分からない目の前の男を警戒しながら、聴覚機能を稼働させる。


『誰のおかげで飯が食えていると思っているんだ!』

『ママ! 開けて!』

『金出せよ。金!!』


 こんな短い範囲の中だけでも、助けを求める声はある。怒号に混じって、か細く消え入りそうな声で。自分が行かねば、誰が彼らを助けるのだろうか?


「リチャード。協力してくれるか?」

「YES! 今後とも御贔屓に」


 夜の街にヒーローが跋扈する。怪人達へと向けていた力を、助けを求める存在を生み出す者達へと振るう。

 呆然とする者達も多かったが、その中で自分を求めていた者達と出会う度に、大坊は自らの考えの正しさを確認した。


「そうだ。俺達が戦うべき悪は! 直ぐ、そこにあったんだ!!」


 ジャ・アークだけではない。本当に倒すべき悪を根絶した時、初めてヒーローと言う存在は本物になる。

 新たな使命を帯びた大坊は、使命感と真っ赤に燃え滾る情熱と共に、悪を狩りつくそうとしていた。


~~


 それから数年の月日が流れた。『ジャ・アーク』の幹部達が復活することもなく、『桜井』だけには、関係者から『レッド』が死んだことも伝えられた。皇の治安は回復した様に思えたが、何処か窮屈だと感じることも増えた。

 ニュースでは連日の様に黒い噂が立っている企業の役員や社長達が変死を遂げ、犯罪組織等も壊滅させられている様子が報道されていた。当初は人々も恐怖したが、やがて報道が日常的になって来ると。騒ぎ立てる事も慌てる事も無くなった。


「(えっと。今晩のメニューは何にしようかな)」


 桜井も似たようなニュースが流れるチャンネルを変えて、料理番組でもやっていないかと回していると、不意に画面に砂嵐が浮かんだ。

 数秒後、そこには暗がりの中で、全身黒タイツの人間が壇上へと上がっていく様子が映し出された。心臓が早鐘を打つ。


「皆さん、お久しぶりです。俺はかつて『レッド』と呼ばれており、公的には死亡していたと報道されていました」


 どのチャンネルに切り替えても、その映像と演説が映し出されていた。電源を落とそうとも考えたが、その映像から目を離せずにいた。

 壇上に立ったレッドと思しき者の傍には、同じ様な強化外骨格(スーツ)を装着した小柄な人間が立っていた。


「皆さんは『ジャ・アーク』と言う組織をご存知でしょうか? かつて、この『皇』で悪行の限りを尽くしていた集団です。奴らのせいで多くの悲劇が生まれていました。政府は彼らに対抗すべく『エスポワール戦隊』を創設し、見事。その悪の組織を撃破しました」


 その時、エスポワール戦隊が順風満喫に解散していれば、昨今の悲劇は起きなかっただろう。だが、そうはならなかった。

 日常に馴染めなかった彼女は心を病み、同じ様に日常へと戻れなかったレッドは、未だに戦い続けている。


「ですが、世界は決して平和になりませんでした。私はこの数年間、皇で活動を続けていました。そこには『いじめ』『パワハラ』『犯罪』等、邪悪の限りが在りました。そう、私達は『ジャ・アーク』を倒しきれていなかったのです!」


 恐れていた予感が的中した。彼は『ジャ・アーク』を倒した先を見ている。悪の組織や怪人の様な河岸の存在ではなく、人々の中に住まう悪を根絶しようとしている。

 今まで守って来た人々へと矛を向けようとしているのだ。議員の様な分かり易い批難の対象ではなく、司法などが裁くべき存在にまで手を伸ばそうとしている。


「皆さんが、本当に倒して欲しい悪は怪人と言う形をとっていますか? いいや。私達が誰よりも倒すべき相手は、悪に染まった人間です! そう! 『ジャ・アーク』ではなく! 『邪悪』に染まった者達です! 共に立ち上がりましょう!」


 宣言と共に拍手喝采が巻き起こり、カメラがズームアウトしていくと。その場には、顔まで覆われたスーツを羽織っている構成員達が整然と並んでいた。


~~


 映像を見ていたピンクは自分の顔が真っ青になっている事に気づいた。リーダーにとっての戦いは終わっていない。未だに、彼の心の中には倒すべき悪が存在し続けている。

 ……インターホンが鳴った。そこに立っていたのは、先日、交渉を持ちかけてきた政府関係者だった。神妙な面持ちが何を意味するかは、彼女も分かっていた。


「桜井さん。今日はお話があって、ここに来ました」

「……ヒーローに成ってくれないか。でしょう?」

「はい。悪の組織『エスポワール戦隊』に対抗するために、ヒーローの素養がある者に声を掛けて回っています。先達として、どうか」

「アハハハハ…」


 きっと。こうして『正義』と『悪』はウロボロスの様にお互いを喰らい合いながら連綿と続いていく。新しいガジェットと仲間に刷新されながら、いつまでもいつまでも戦いは続いていく。それを理解した時、彼女はカラカラと笑う他なかった。


「桜井さん?」

「次のレッドは誰になるんでしょうね?」


 その呪いに対して、彼女は恨み言のように呟いた。

 付けていたテレビからは料理番組が流れていた。エスポワール戦隊の興亡も世に蔓延る悪の存在を知らしめることも無く、今ある平穏を強調する様にして聞こえる番組の声が、ただ空々しく響くだけだった。

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