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ビッグ・ブラザー 25

「司令官。3人の男性を発見しました」


 議事堂付近での戦いを終えてから数十分後。現場では、装備に身を固めたユーステッド軍が状況の確認を行っていた。


「生存確認の方は? レッドはどうなっている?」

「スーツの方も半壊状態で、素顔も露わになっています。呼吸も心臓も止まっています。それから、ベルトの方は……」


 一通りの死亡確認を済ませた後、禍の元凶ともなったベルトを回収すべく腹部を見た時、少なからずの衝撃が走った。


「どうした?」

「肉体と癒着しています。それから、脈打って」


 通信にノイズが混じった後、銃撃音と悲鳴が続いた。暫くすると、静寂が訪れ、再び通信が繋がった。


「お前がユーステッド軍の司令官か」


 地獄の底から響く様な声。司令官は逆探知の可能性も考え、直ぐに通信を切った後。命令を飛ばした。


「再び発進させろ! あの周囲をもう一度爆撃するんだ!!」


~~


 死の淵から蘇った大坊は、確認の為にやって来た兵士達を皆殺しにした。彼らの死体を一蹴した後、倒れている剣狼達へと近づいた。


「最後に勝つのは何時だってヒーローだ。お前達、悪党は倒される宿命にあるんだよ」


 落ちていた銃を拾い上げ、2人に向けて引き金を引いた。しかし、彼らの命を狩り取るには至らない。起き上がった剣狼が、身を挺して防いでいたからだ。


「ハァッ。ハァッ」

「やはり生きていたのか。どうして、俺達の前に立ちはだかるんだ? お前達は自分の存在が如何に罪であるかを自覚していないのか?」

「知るか。お前達の尺度で俺達を計るな」


 全身から刃を生えそうとするが、右腕から1本の剣が飛び出すばかりだった。兵士達の返り血に濡れたレッド・ソードを構えた。

 駆け出す。お互いの得物が激しくぶつかり合い、火花を散らす。距離を取って戦う等と言うアイデアは無かった。生存本能すら度外視した、意地だけでの殺し合いだった。互いが互いへと思うのは尊重や畏敬などではなく。


「死ね!!!」


 憎悪だけだった。彼らの気迫と殴り合い武器ですら悲鳴を上げた。レッド・ソードの刀身が折れて何処かへと飛んでいく。ほぼ同時に、剣狼が展開していた剣も破壊された。

 拳を握り締める。頬を打つ、顎を殴る、腹へと拳を突き刺す。歯が折れ、顎が砕け、臓腑が揺さぶられる。血の混じった嘔吐さえも目潰しの武器にしながら、2人の殴り合いは止むことを知らない。


「ウォオオオオオ!!」


 獣じみた咆哮がどちらの物だったかは分からないし、どちらの物であったかもしれない。先に仕掛けたのは大坊からだった。

 大きく口を開くと、根元から折れた歯が見えた。剣狼の首元に食らい付くと、白い凶器がズブズブと沈み、血が溢れ出していた。


「痛ゥ……」


 組み付かれたので肘打ちをしたが、背中への攻撃は思った様に通らない。彼が大坊の腹部へと手を伸ばしたのは偶然だった。手には、まるで生態の様に脈打つ無機物と言う矛盾した物体があった。

 皇を巻き込んだ戦争になるよりも前に何度も見て来たヒーローの象徴。ただの人間に力を与え、夢を振りまき、希望を植え付け、欲望を加速させ、暴力へと導いて来た忌むべき物。


「ウォオオオオ!」

「ガハッ!?」


 周囲の皮膚と筋組織を巻き込みながら、レッドのベルトは引き千切られた。腹部から夥しい量の血を零しながら、なおも立ち向かう。

 瞬間。まるで、彼の気概に呼応するかのように引き千切られた部分の皮膚が再生されて行き、全身の皮膚が灰色に染まって行く。剣狼はこれに近しい現象をよく知っていた。


「バカな。その現象は」


 仲間達がリングを起動したときに起こる物、即ち『怪人化』であった。

 だが、不思議なことは無かった。そもそも、ヒーロー達の変身はスーツを通して、怪人化の力を再現したものである。ベルトを介さなければ、怪人化するというのは極当然のことであった。

 そして、奇しくも大坊が怪人化した姿は自分とよく似ていた。ズラリと生え揃えた獰猛な爪牙、全ての悪事を嗅ぎつける鼻、泣いている人達の声を聞き取る為に伸びた耳。まるで、狼の様だった。


「ッシャ!!」


 先程までの戦いでの消耗が嘘のように大坊の動きは俊敏だった。一瞬で剣狼の首が噛み千切られ、胸部が引き裂かれた。

 全身から力が抜け落ち、口の中が血で満たされる。悲鳴を上げることすらできず、意識を投げ出しそうになった一瞬。彼は手にしていた物を見て、閃いた。


「ヘ、シン!」


 自らの腹部にベルトを押し当てると体内へと沈んでいく。全身が強化外骨格(スーツ)に覆われ、首元の出血箇所に医療用のジェルが塗布された。

 真っ赤なカラーリングに、体の各所には衝撃を和らげる為の剛毛が生え揃っていた。レッド・ソードよりも細く、洗練された刀身は熱を帯びている。


「ウォオオオオ!!」


 再び両者が激突する。もはや、お互い以外の物は何も映らない、認識にも入らない。彼らの激闘を他所に、止んでいた戦闘機が再び訪れていた。


「まだ戦ってやがるか。2匹まとめて死にやがれ!!」


 議事堂付近に大量の爆弾が落とされていく。戦場もかくたるやと言わんばかりの悲惨ぶりが更に広がって行くが、2人の戦いは爆炎と衝撃の中でも止むことは無かった。

 平和の国と言われた皇が戦禍の様相を呈している。いや、この国において平和が欺瞞であることは誰もが理解していた。新生エスポワール戦隊の台頭、ジャ・アークの出現。……あるいは、それ以前からも蠢く影は存在し続けていたのかもしれない。


「レッド・ファング!!」

「ウルフ・ストライク!!」


 必殺技の掛け声は轟音の中に掻き消えていく。ジャ・アークは滅び、エスポワール戦隊も壊滅状態に陥った。2人の戦いが大勢に及ぼす影響は何もないと言うのに、雌雄を決さんと死力を尽くしていた。


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