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ビッグ・ブラザー 22


「あーあ。帰ったら、何しようかなぁ」


 荒れ果てた街を歩きながら、桜井は自らの正気を確かめる様にして呟いていた。瓦礫の山と化した街には誰もいない。悲しみ、憤慨し、罵詈雑言を飛ばして来る人間は誰もいない。


「もう、悪の組織も無くなったし。銀行の預金は使いたい放題だし。そうだ! 芳野ちゃんも連れて、海外旅行に行ってみようかな」


 全てが空々しい。狂気に染まり切れない部分が、現実を顧みてしまう。

 もはや、皇に住まう誰もがエスポワール戦隊に無関係ではいられない。帰るべき日常等、既に存在していない。スマホの電源を入れて、富良野へと電話を掛けた。……数度のコール音の後、彼女が出た。


「先輩!? 大丈夫ですか!?」

「あははは。大丈夫よ、大丈夫。何もかも終わったわ」


 乾いた笑いから、桜井の気概が消失したことは伝わっていた。通話口から、富良野が安堵したかのような溜息を漏らしたのが聞こえた。

 自分はもうこんな騒動から逃げ出せるんだと。全てを放り出そうとした桜井が言葉を待っていると。


「逃げるんですか?」

「え?」

「皆と一緒に帰って来てって言ったのに。うそつき」


 芳野の糾弾が聞こえた。啖呵を切って、出て行った挙句、負け犬の如く逃げ帰って来るのは無様を呪う様な声だった。


「芳野さん!? ちょっと、何するんですか!?」

「逃げるな!! 戦え! じゃないと、富良野さんのことを殺しますから!」


 血の気が引いて行く。レッド達と戦うのと芳野を倒すこと。どちらが簡単かは言うまでもないが、自分が駆けつけるまでの間、彼女が手を出さないと言う保証はない。


「芳野さん。貴方!!」

「どうせ、私は一人で生きてはいけないんですよ! 私はそっちの様子は分からないですけれど、只ならぬことが起きているのは分かるんですよ! 誰が生き残っているんですか!? まずは、それだけでも教えてくださいよ!」


 表情が歪む。もう、ジャ・アークは生き残っている人間の方が少ない。嘘を言っても仕方ないと考え、桜井は震える声で言った。


「中田君と剣狼。それと、軍蟻以外はフェルナンドさん達も含めて全滅よ」


 暫し、沈黙が漂った。ジャ・アークの幹部や怪人達のみならず、染井組の者達も殆どが死んだ。だが、芳野は振り絞る様にして声を出した。


「まだ、ケンさん達は生きているんですよね。だったら、彼等だけでも連れ帰って来て下さい。お願いです。お願いします……」


 先程までの威勢は何処に行ったのか。興奮した様子から一転して、涙声になっていた。正義の下に父親を亡くし、家族同様に過ごして来た者達をも奪われ、最後に頼りにしていた人間まで失おうとしている。彼女もまた限界だった。

 何とかしてやりたいと言う気持ちが無い訳ではない。だが、今の自分がどうした所でエスポワール戦隊が止まるとは思えなかった。そもそも、中田達が何処にいるかも分からないと考えていたが。


「あ」


 頭上に影が掛かった。雲が出て来た訳ではなく、長い何かが自分の頭上を通過している。それは何時かに見た、自分がヒーローであることを思い出させてくれた、理不尽に立ち向かう力強い姿だった。


「先輩。どうしたんですか?」

「中田君達、見つけたわ」

「え?」


 来た道を戻る。先程までは逃げるつもりだったのに、なんて意思の軽さだ。

 これから何が始まるのか。芳野の要望に応えるつもりなのか、それとも自分の意思で動いているのか。

 どちらかは、本人にも分からない。ただ、漠然とついて行こうとした矢先。彼女の進行方向に小柄な少女が立っていた。


「行かせない」

「七海ちゃん、どいて」

「貴方が行っても無駄。リーダーからの命令で、貴方を保護する。だから、大人しくして」


 フェイス部分が強化外骨格(スーツ)で覆われ、姿が背景へと溶け込んでいく。ただでさえ時間がないと言うのに、足止めを食らっている暇などある訳もない。


「悪いけれど! ちょっと、手加減できないかも!」


 消えかけていた胸のクリスタルが光を放つ。ピンクウィップのボディが際限なく伸びて行き、周囲を薙ぎ払う様にして振るわれる。

 姿が見えないなら、周囲の全てを薙ぎ払えば良い。しかし、誰かを打ち据えた様な感触は無かった。


「遅い」


 攻撃に転じる一瞬。姿を現した七海の体勢は奇妙な物だった。地面に這いつくばる様にして四肢を開いた様子は、伏せた猫の様だった。

 その状態から、腕の力を使って跳ね上がった。寸での所で避けたが、もしも直撃を食らっていれば、意識を持っていかれていただろう。


「嘘、強……!」

「戦いから逃げ続けた貴方と。戦い続けた私じゃ差があるのは当然。貴方は変わらず逃げ続けていればいい」

「逃げたいのは山々だけれどね」


 本当は逃げて、全てから目を背けることが出来たら。だが、自分には立ち向かうだけの力がある。逃げたい、何とかしたい。何時だって二律背反がせめぎ合っている。


「じゃあ、何故逃げない? 人質を取られたりしているなら、私が出向いて用件を解決する。何が問題?」

「……特には無いけれどね」


 実際の所、自分が逃げずに立ち向かうと決めたことに確たる理由がある訳ではない。脅されたのが原因かもしれないし、芳野の縋る様な声に突き動かされたかもしれないし、ハト教で見た雄姿を再び目にしたからかもしれない。

 全部が重なり合った結果かもしれないし、本当に何となく動いているだけかもしれない。信念など、欠片も見当たらない場当たり的な行動だった。


「呆れた」

「ごめんね。私、あまりヒーローに相応しくない人間だったみたい」


 再びピンクウィップを振るう。信念も無ければ、合理性も欠いた感情だけで、彼女は動いていた。


~~


 議事堂上空。龍へと変貌した中田は、グレート・キボーダーの装甲を纏い巨大化したレッドと向き合っていた。


「ふん。俺達に下れば、負け犬として生かしてやった物の」

「ソイツは人間の生き方じゃねぇんでな! 弔い合戦だ! ケン!!」

「応!!」


 地上へと飛び降りた剣狼の全身には、破損を免れたリング達が装着されていた。全身に刃、鱗、腕、羽、尻尾……。散って行った同胞の無念を体現したかの様な見た目だった。


「エスポワールキャノン!!」

「ウォオオオオオ!!」


 レッドの胸部装甲が展開し、出現した砲門から放たれた一撃と、中田の大きく開いた口から吐き出されたブレスがぶつかる。戦いの余波で建物にも被害は出ているが、地上で戦っている者達には影響はない。


「ローシェンナブロー!」

「邪魔だ!」


 多勢を前に怯むことが無い剣狼も怪物じみていたが、仲間が切り捨てられ、撲殺され、溶かされ、焼き殺されようと戦意を削がれない隊員達もまた信念に突き動かされる怪物じみていた。


「エスポワール・カッター!」


 レッドが巨大な高周波ブレードを振るう。しかし、中田は器用に体を撓らせて、斬撃をいなしていた。全てのダメージを流せた訳ではなかったので、鱗が剥がれ落ちはしたが。


「クソ! 食らえや!」


 周囲の大気が唸り、加速を持って振り下ろした爪が高周波ブレードを叩き折った。弾き飛ばされて落ちた刀身が、地上の隊員達を押し潰した。


「よくも俺達の仲間を!」


 砲撃を放つが、中田の長い胴体は自由に中空を動き回る為、射撃で当てるのは難しかった。斬撃で切り飛ばそうにも、先ほどの様な受け方をされるため断ち切れずにいる。


「お前が戦わなきゃ、こんなことにならなかったんだ! 先に戦いを始めたのはテメェらだろうが!」

「お前達のせいだ。お前達、悪党がこの世にいなければ! 俺達は戦う必要も無かった!! 悪党の分際で……人間らしく振舞うなァ!!」


 次に取り出したのは、巨大な戦斧だった。背中のホバーユニットを使い、両者の戦いは空中へと移行していく。地上での戦いも激化を極め、エスポワール戦隊とジャ・アークの戦いは最終局面へと差し掛かっていた。


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