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盲目

作者: 冬木アルマ

久々の短編、描きました。

怠惰物語、長めです。


  書くことを、やめた。

 

  幼い頃より目指してきた夢の職業。自分の頭の中の世界を描き、形にしたい。そのことだけを目指して頑張ってきた。だが、今日で10年。その間、単行本は一冊も無かった。


  同期の人間は、次々に新人賞を受賞して登竜門を抜ける。中には、ベストセラーになってアニメ化、ドラマ化、映画化を果たした奴もいる。否応なしに目にすることになるのだが、どの作品を見ても、私のほうが優れていると思えるものがなかった。完全な、敗北であった。


  世界観は負けていない。そもそも、作品ごとに世界が違うのだから、ここに優劣を付けることはない。では何を以て優劣を決めるか。それは(ひとえ)に文才である。文章力は何とかなる。しかし、こと文才においては先天的ともいえる差が生まれる。生まれた時より育った環境による、言葉に愛された者たち。

  そんな化物どもが跋扈する世界に、私は無謀にも仲間に入れてほしいと嘆願したのだ。当然、皆肯定するでも、否定するでもなく私を放置した。


  そして、最終的に私がやめることを決心した理由。それはーー



  最近、様々な作品を読んでも全く心が動かなくなったのだ。

  その状態になった時、私の人生は詰みに入ったのだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


  「ーー気は変わらないのか?」


  ボロアパートの一室。かつて、私の作業場であった場所だ。以前は足の踏み場もないほどに、私の書き物が散らばっていたのだが、今はひどく綺麗に何も無い。痕跡は、隅々まで消してしまいたかった。

  そんな部屋に私の他にもう一人、たった今あがりこんできた男が座っていた。息を荒い。恐らく、走って来たのだろう。何をそんなに慌てているというのか。君には関係の無い話だろう。

  かく言う私も、なぜ目の前の男に、小説を書くのをやめる旨をメールで伝えたのか分からなかった。人知れず消えてしまいたかったのに。本来ならば、一番こいつには知られたくなかったのに。何故私は、こいつに話したんだろう?

  しかも反応も予想外だ。まさかこんなに動揺するとは思わなかった。


  「ああ、俺の意思は変わらない。俺はここまでの人間だよ」

  「就職でもするのか?」

  「しないと生活出来ないからな。なあに、今の時代、必死に探せば一個くらいは俺にも出来ることがあるだろう。もう俺も27だ。それで新人賞すら取れないのだから、やめるしかない。俺の夢は、お前に託すよ」

  「………」


  目の前の優男は、俯いて押し黙っている。

  この男とは、同期では一番付き合いが長い。何せ幼稚園からの幼なじみだからだ。

  昔からどこか不思議な男で、よく記憶が飛んだり、信号はなぜあの色なのかとか、何で自分は甘いものが好きなのかなど、変な所に疑問を持つような男であった。当然、当時のクラスメイトたちは気味悪がって話しかけることすらしなかったのだが…。

  なぜかあの時から、私には彼が真人間に思えて仕方なかったのだ。真人間は良い人の表れ。祖母からの教えを受けて積極的に話すようになってから、もうお互い27歳だ。

  そういえば、小説に誘ったのも私だったっけか。最初は乗り気じゃなかったが、色んな人の創作論とか教えたら、


  『君がそこまで言うなら、僕も付き合うよ』

  と言ってくれたっけ。あの時は真に仲間になれたみたいで、喜びに満ち溢れていたことを覚えている。

  今となっては、目の前の奴はいくつもベストセラーを世に送り出し、かたや私は何の成果も出せなかった落ちこぼれ。ついには編集からも見放された存在だ。

  本当にますます、何故こいつに小説家目指すのをやめる旨を告げたのかわからなくなってきた。

 

  「この世界の素晴らしさを僕に厚く語っていた君が、僕を置いて抜けるだと?冗談はよせ。それは決して君の意思ではない。君とは違う、別の何者かの意思だ」

  「いいや、これは俺の意思だ。もうな、疲れたんだ…。書き続けることも、夢を見ることも…。俺ももう良い年だ…。ここらで、潮時なんだよ。それにな…」

  「?」

  「小説をな、読むのが辛いんだ、最近…。人の小説読むたびに、自分のが頭をよぎってしまう…。俺が喉から手が出るほど欲しい()()をこの人は掴んでいると思うと…な」

 

  分かっている。これは作家に対する冒涜だ。私の心は、もはやその段階にまで疲弊してしまっていた。十年続けても芽は出ず、両親も私のそんな情けない姿を見ながら旅立っていった。これ以上続けると、私は作家どころか人の道に反する行いをしてしまいそうだ。それだけは、避けたかった。


  「お前には才能がある…。この世には絶対的な差は無いというが、それは違う。人には、それぞれ違った居場所が与えられる。いわゆる適材適所ってやつさ。俺の居場所は、創作の世界にはなかっただけのこと。また一からやり直しさ」


  そうだ。ここは、私の適所ではない。私には、創作の才能は無い。観客として楽しんでいただけだ。観客と実際に小説を書く人は根本的に違う。私は、観客になり得たのだから創作者の世界にも行けると勘違いをしたのだ。

  滑稽な話だ。勘違いしたまま、十年もの歳月を過ごしてしまったのだから。


  「……なぜ一人で抱えていた?」


  静かに、目の前の成功者が語りかけてきた。静かで、そして震えていた。


  「なぜ相談してくれなかった!?なぜそんなになるまで思い詰めていたんだ!?ついこの前まで、僕と創作論を繰り広げていたじゃないか!!あの時の君は、とても楽しそうだった!この表現がいい!あの表現も悪くない!そんな話を三日前にしたというのに!あの時の笑いは嘘だったのか!?」


  普段の彼からはとても想像できないほどの激昂。

  よく見たら、目には涙を浮かべている。そんなに、私のことを思ってくれていたのか…。

  確かに、彼と三日前に白熱させた創作論は私の心を久々に躍らせた。あそこまで感情的になったのも久々であったし、彼の言うとおり、楽しかった。

  だが…、それも結局、()()目線の話なのだ。目の前の彼は、常に自分の作品を例に出していた。対する私は、例に出せる自分の作品など無かった。それが、私と彼の決定的な差。つまり、観客と小説家の差なのだ。


  「……お前には申し訳ないと思っている。あの時は確かに楽しかった。久々に、はっちゃけることもできたしな」

  「だったら何故…!?」

  「あの議論が楽しかったのは事実。しかし、書くのをやめる云々の話はまた別問題だよ。逆に、あの議論でやめる決心もついた」

  「そんな…」


  彼はこの世の終わりのような顔をして、私を見つめた。そんな顔をしないでくれ。私は、お前がそこまで気にかけるほどの人間じゃあないんだ。お前には、これからも自分の作品を常に気にかけてほしい。


  「……君がやめるなら、僕もやめるよ」

  「は?」

  「君のいない文芸界など面白くも何ともない。僕もやめる」

  「何を言うんだ?それこそ馬鹿な話だ。お前には物書きの素晴らしい才能がある。お前の適所はここだ。その場所を捨てたら、これからのお前の人生の居場所なんて…!」

  「じゃあやめないでくれ!僕は君の小説が好きなんだ!君の描いた世界が綺麗だったから!僕も君のように描いてみたいと思ったんだ!諦めるのはまだ早い!君の作品には確かに美しさが感じられる!君が間違っているんじゃない!君の作品を理解しない、あの愚か者たちが間違っているんだ!」

  「それ以上言ってはいけない」


  私は、感情的になって禁句を吐こうとしている親友を、語気を強くして止めた。間違っても作家は、読者を否定してはいけない。読者がいなければ、作家の描く作品はいつまでも空想で終わる。彼らの尽力があって、作品は空想から現実に変わるのだ。彼らの望む世界を描くことこそが、作家の使命なのだ。創作を通じて、世の人々を幸せにするのだ。


  「それを言ったら作家はおしまいだ。俺はな、お前にはこれからもずっと世の人々の救いになっていてほしい。俺も含めてな。お前の小説は、俺のとは違って美しいだけじゃない。()()()がある。人を惹き付ける魅力がある。だから皆、お前の作品を評価するんだよ」


  私は、目の前の作家の肩に優しく手を置いた。彼を落ち着かせるために。前を向かせるために。我が儘なのは承知している。自分はやめて彼にはやめないでほしい、などと虫が良い話だ。しかし、しかし…、ここでやめさせるにはあまりにも惜しい。私のせいで、彼の輝かしい未来をなくすわけにはいかない。

  親友は、堪えきれず崩れ去るように項垂れた。涙を抑える余裕はもはやなく、嗚咽とともに絶え間なく流れ出る。


  「何故だ…。君にはそれだけの覚悟があった…。君はまだやれるはずだ…。頼む…。お願いだ…。やめないでくれ…。僕の前から消えないでくれ…。君がいなくなったら、僕はどうやって生きていけばいいんだ…」

  「ありがとう親友、そして泣くな親友。大丈夫、前とは違う。お前はもう、一人で歩ける力を得たんだ…。俺は、もうお前のことを()()()。だから、お前も俺のことは()()()。いいな?」

  「嫌だ、嫌だ、嫌だ…!!!頼む!僕にはまだ君が必要なんだ!!僕には…!!!」

  「さようなら、最初で最後の親友よ。元気で、な」


  私は、泣いてすがる親友を力いっぱい振り払い、部屋を後にした。

  すまない友よ…。私は、今のままでは人を不幸にしてしまう。それは、私の望む所では決してない。私は別のやり方で、人を幸せにしてみせる。


  「待ってくれ友よ…!戻って、戻ってきてくれええええ」


  それが、私が聞いた彼の最後の言葉だった。


  それ以降、彼と私が再会することは、二度と無かった。

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