冬来たりなば春遠からじ 後編
春はそこまで、きっとそこまで来ているはず。
りとは去勢手術へと向かう。
主な登場人物
わたし……語り手。足が小さいので、靴下を買うのにいつも苦労する(そして靴下がキライ
Sさん……あずちゃんママ。娘の同級生(美術の課題で絵本『ぼくはクトゥルフ』を作った鬼才)のお母さん
ドクターK……いつぞやわたしに「思うに、猫集会というもので猫たちは情報交換をしているかと」と話した
猫のあずちゃんの飼い主、Sさんはすごいと思う。
歳の近い四人の男の子の母親ってだけですごい。さらには、いつもにこにこしていて、愛らしい。すごい! そんな「あずちゃんママ」が仕事場にひょいと顔を出してくれた。
Sさん宅で猫を飼い始めたのは、年始にいただいた年賀状で知っていた。あずちゃんを抱っこしたSさん一家の写真だったから。
あずちゃんは、アメリカンショートヘアっぽいけど雑種の猫ちゃんで、長いしっぽがチャームポイント。うちのりととほぼ同じ月齢で、あずちゃんは生後二か月くらいで貰われてきたとのことだった。
さっそく、仕事場にあがってもらって二人して猫談義が始まった。
「うちのあずは、あちこちで爪とぎしてこまってるの」
肩までのふわふわの髪をゆらして、Sさんはちょっと困り顔をしてみせた。うむ、可愛い。
「うちのは、爪とぎは段ボールの爪とぎでやってくれてるからいいんですけど……」
と、ここまで話していて、ちょっと言いよどむ。猫の粗相のことを話すのは、やはり少しばかり気が引ける。恥ずかしい。けれど、思い切って相談してみた。
最初、驚いたようだった。なんせ、目の前で大人しく寝ている猫が、実はトイレを失敗しまくっているとは想像できなかったのだと思う。
「うちのも、一回だけど失敗したよ~。なんだかトイレが気にいらなかったみたいで」
とのこと。最初はシステムトイレを使っていたそうで(そのとき、我が家でも使っていた)。
「それで、いまはごく普通の、固まる砂のトイレに替えたら、失敗しなくなったのよ」
そういえば、外に散歩に出ると空き地の土を嬉々として掘りまくっていた。やっぱり土や砂を掘ったりするのは本能的に快感なのか。
システムトイレや、紙の砂は管理が便利だけれど、それはあくまで人の都合であって猫の好みではないのかも。そのときそう感じた。
Sさんとのお喋りは楽しく、その日は気分がだいぶ軽くなったのを覚えている。
さて、善は急げだ。翌日、さっそくホームセンターで猫トイレと猫砂を買いなおした。
そしてシステムトイレを片付けて、新しいトイレを設置。すると、りとは新しいほうのトイレの砂をせっせせっせと掘り始めた。
好感触! これでよくなるかも!
と、いう期待はまたも裏切られるのだけれど、こたつ布団に対する防御策を思い付いたのは僥倖だった。
なんとはなしに、「おねしょシーツ」の存在を思い出したのだ。
娘のトイレトレーニングに使っていた、おねしょシーツ。あれはどこにしまったかな……と考えたが、引っ越しの際に捨ててしまったことを思い出す。しかし、お店には売っているはずだ、とドラッグストアの介護用品売り場でシーツを購入。いつも失敗する箇所へとかけて見た。そしたら、ドンピシャ。こたつ布団を汚すさずにすんだ。これはいい、と思いつつ汚したシーツを外したが、はて、外すとまたも無防備になるではないか。慌てて、もう一枚買ってきたことは言うまでもない。
そんなことに日をやつしているうちに、りとの手術を申し込み期日は四月十日と相成った。
当日は朝抜き。ごはんをもらえないことを不思議に思ってか、わたしについて回るりと。かわいそうだけれど、ここは駄目。我慢のしどころ。はやく病院受付の時間にならないかな、と家事をすませて待っていた。
そして、ケージにりとを詰め込んで病院へ。
はたして粗相はよくなるのだろうか。
つい先だって購入したおねしょシーツが無駄になっても構わないから、どうか、どうか粗相が治りますようにと、祈る気持ちでりとをドクターKへと託して帰宅した。
猫の去勢手術は一泊二日。やきもきしながら、翌日の午後にりとを引き取りに行った。手術代は、長いお付き合いの常連さん割なのか、ここに書くには気が引けるくらい安くしていただいた。ありがたや、ありがたや。
帰宅したりとは、しっぽの付け根と内股のあたりが毛刈りされ、切除した部分は縫わないほうがいいからとヨード液(?)で茶色っぽく染まったお尻をしていたが、ともかく元気だった。
元気なのは、よい。トイレのほうはどうなのだろう。
りとの一挙手一投足を注意深く見守っていたが、トイレの時にはきちんと所定の場所へ行き済ませる。そして以前のように自分が粗相したところに執着して嗅ぎまわったり、トイレのアクションなどはしなくなった。
一日たち、二日たち、三日たち……。
りとの粗相は鳴りを潜めた。
ドクターKの言う通り、りとの粗相は収まった。
あの嵐の日々が嘘のように、穏やかな日々を送れるようなった。
手術のおかげで、粗相は収まった。
やはり、いちど捨てられたのは、トイレの失敗が原因だと今では思う。
生き物を捨てるのは、よくない。ほんと、ダメ。責任持たなくちゃ。
でも、以前の飼い主さんはきっとりとが失敗しても、叩いたり恫喝したりしなかったのだと思う。
なぜなら、我が家へ来た時から、りとは人を疑うことを知らず、あっさりと懐いたからだ。
りとを捨てたのは、苦渋の決断だったのと思う(でも、捨てたら駄目だよ!