後期高齢者の伝言ゲーム
母親たちの謎の伝言にほんろうされる。
りとさんが亡くなってからというもの、わたしは悲しみを引きずり続けた。
片付けられた、りとさんの食器やトイレを目にしては目の辺りが熱くなり、猫じゃらしや好きだったおもちゃを見ては「もっと遊んであげたらよかった」と後悔した。
そんな日々を送っていたら、母から「Sさんから、猫飼わないかって電話来てたよ」と知らされた。
Sさんを覚えておいでだろうか。りとさんを保護して、わたしに譲ってくれた兄の同級生の御母堂だ。
「Sさんとこの猫がね、風邪で三匹とも死んじゃったんだって。それで淋しくて近所の人から三万円で三毛猫を譲ってもらったんだけど、やっぱり前の猫たち思い出して辛いから、あんたに引き取ってもらえないかって話しだったよ」
概要はこんな感じ。
確かに、Sさん家には数匹の外猫がいた。そうか、あの猫ちゃんたちがみんな死んでしまったのか。そりゃ辛いだろうな……と、同じ身の上としてSさんに同情した。
しかし、我が家だってりとが亡くなってまだひと月程度。いきなり新しい猫を迎えるってどうだろう。
あまりに薄情な行動ではないだろうか。
それに、今は猫を見ると悲しいというSさんも、その三毛猫に情が移るだろう。わたしがどうこうすることはないだろう。
そう思った。
ちょうどそのころ。
新しい猫さんを迎えられたらと思ってはいた。それで、保護猫の譲渡をしている愛護団体や猫カフェなどを調べていたが、実際に足を運ぶか……と思うと、ただもう泣けてきてだめだったのだ。
そんな状態で、新しい家族など迎えることはできない。
毎日毎日、りとの遺影とお骨に手を合わせ線香を上げていた。
それからまた十日ほどが過ぎたあたり、くだんのSさんのところへ仕事で行くことになった。兄と二人でお邪魔すると、Sさんところの玄関には何匹もの猫がいた。
北国の玄関には、温室のような前室がついていることが多い。冷たい空気が直接家の中に入らないようにしているのだ。その前室を風除室と呼ぶのだけれど、そこに猫たちはいた。Sさんはそこに猫マンションを作っていた。出入り自由にして、ご飯もそこであげていた。
……あれ? 何匹もいるけど、ていうか、すごいするけど。聞いていた話と違うんだけど。
赤のトラ猫と、ゴマゴマな感じの黒猫。ざっと見ただけでも四匹ほどいる。
母から聞いた話は、何だったんだろう。首をひねっていると、Sさんが説明した、というか
「三毛猫ちゃんがオススメなの」
いや、ちょっと待ってくれ、事情を聞かせて欲しいと説明を求めた。
すると、母の話とは全然ちがっていたのだ。
ざっとまとめる。
Sさんが保護した猫たちが徐々に増えてしまった。なんと9匹くらいに。そこで動物の保護団体へ相談したら、まずは増えないようにと補助を受けて避妊・去勢手術をした。その費用が三万円。
いま一番小さいのが、三毛猫とその兄のハチワレ。
三毛猫はもちろん避妊済み、どう?
そんな感じだった。母よ、どう話を聞いたんだと頭が痛くなった。「三万円」と「三毛猫」しか合っていないぞ。
その時は、肝心の三毛はおらずハチワレしかいなかった。
ハチワレは、外で暮らしているせいか、全体的に薄汚れていた。でも、あまり人を怖がらず一緒に来た兄やわたしにも大人しく撫でられていた。
飼うなら、雌かなと思っていた。雄のりとは、外への欲求が強くて残念な結果になってしまったから。大人しい雌なら室内飼いにも向くだろう。実際、実家で飼っていた中で18歳まで長生きしたのは雌だったし。
でも、譲ってもらうわけじゃないですよ、とまずは兄と帰宅。
つぎにお邪魔した時には、三毛とハチワレがそろって同じ箱に身を寄せ合って寝ていた。
三毛さん、小さいなあ。と、いうかハチワレもそんなに大きくない。二匹は前年の秋に生まれたらしい。Sさん宅の近くで保護されたという。他に数匹きょうだいがいたというが、事故で残ったのはこの二匹だけ。ひと冬を外で過ごし、ほかの大人猫たちとごはんを共有していて弱肉強食の環境にいるせいか、子猫の二匹は栄養が不足しているように見えた。
猫か、新しい猫か……。
わたしの心は、ゆれた。
次回、娘と旦那、三毛&ハチワレと面会の巻。




