朝の散歩と朽ちた大木
秋も冬に近づいてきたこのあたり一帯の気候は、森の木々が赤や黄色に色づき、春や夏とはまた違った恵みの季節だ。
シュダットの森の東側にあるマンテノウス山脈からは冷えた空気が流れ込む。その影響で秋の朝方は冬顔負けに冷え込む。
森の木々が風を遮ってくれるので、吹きっさらしの平原に比べると暖かい。
それでも森の朝はキンと冷えていた。
いつも通りに勇人やイナリを抱き締めて、さらにリトの腕に包まれながら目が覚める。
体内時計的には、ちょうど日が昇るか昇らないかの時間帯だ。
宿を提供できない代わりにということで、発熱効果のある植物をテントの下に履くようにと頂いた。
名前もそのままのハツネツ草は、水をあげると人の体温程の熱を発する。テントの下に水をやったハツネツ草を敷く。ちなみに見た目はオレンジ色をした四葉のクローバーのような草で、もちろんテントに敷いていても気にならないほどに柔らかい。
冬に備えて板にこのハツネツ草を育てて、ホットカーペットの要領で生活に役立てているそうだ。
そんな差し入れもあったお陰で、テントの中は床暖房の上で寝るが如く、暖かく快適に眠ることが出来た。
夜遅くまで飲んでいたリトは起きる気配がない。イナリも昨日は夜遅くまでウィースと共に狩に出ていたらしく、珍しく私が起きても目を覚まさない。
そっとリトの腕の中から抜け出して、服を着替える。念の為に冒険者服に身を包んで、テントをそっと出ようとした時に、くいっと足元を引っ張られる。
くりっとしたお目々の勇人がこちらを見上げている。
目をキラキラさせて連れてってほしいって、勇人の気持ちが伝わってくる。
泣き出されても困るので、勇人も着替えさせて、寒いのでクマさん装備をさせてからテントの外に出た。
あたりはまだ薄暗い。空は曇って灰色なので、いっそう薄暗さを際立たせている。
「ちょっとだけお散歩しようか。」
「あいー。」
今日からこの里の復興をお手伝いするにあたって、里中の人に私達のことは伝わっているので自由に歩いても問題ないとのこと。
幸いにエルフ達の警戒する冒険者は、ガラの悪いチンピラみたいなおじさん5人組で、私達とは似ても似つかない。一応危惧していた男性であるリトも、リトのイケメン具合とチンピラおじさんズを比べたら、最高級の絹織物と使い捨てられた雑巾だそうだ。要は月とスッポンとのこと。
主に農業や林業、薬草栽培をしているエルフ達の朝は早い。既に働き始めている人もチラホラいるみたいで、枝の上を歩いているとたまにすれ違うし、家の中も明かりが灯っている家も多い。
勇人を抱いて歩いていると、里の人たちは想定していた以上に友好的に挨拶をしてくれる。
エルフは長命な種族であるが故に、出生率が恐ろしく低いそうだ。長いエルフの人生の中で、多くても子供が生まれるのは2人。お父さんお母さんから多くて2人しか生まれないため、年々と数が減っているという。
その中でもこうして里が存続しているのは、他種族とも他の交わりがあるからとのこと。その他種族が、他ならぬ人間だ。
エルフと人間の間に生まれる子供をハーフエルフという。エルフ同士よりも、人間との間の方が子が授かりやすいそうだが、エルフとしての力は薄まってしまうそうだ。
それでも種族の存続の為に、エルフの歴史では人間との交わりを持ったりもしているらしいが、欲深い人間と一悶着も何悶着もあって、今のお互い無干渉な関係になったそうだ。
純粋にエルフの血のみが流れている人はほぼおらず、この里では里長一家と相談役である最長寿のリファーナさんという女性のエルフだけだそうだ。
話が少し逸れちゃったけど、要は勇人のような赤ん坊はエルフからしたら、子は宝、一族の希望となるらしく、エルフでない人間の赤ん坊に対しても、害は全くないと判断してかとっても優しい。
「あーい!」
「なーんて可愛いの。やっぱり赤ん坊はいいわね。」
人見知りを全くしない勇人の愛嬌によって、道行くエルフ達が悩殺されていく。それに苦笑いをしつつも目的の場所にたどり着いた。
そこで見つけたのは、昨日の様子からは見違える程に凛としたリア姉の後ろ姿。
その場所は冒険者達に先日焼かれたあの大木。
自然を慈しむこの里のエルフ達、とりわけこの木で育ったエルフ達からお供えの花々が沢山添えられている。
そんなお供えの前で、リア姉は片膝をつき、左手には大きな弓を持ちながら、朽ちた大木に祈りを捧げる。
私達が近づくと、こちらを振り向いたリア姉が驚きの顔になった。
「おはよう。昨日は迷惑をかけたみたいでごめんね。こんなところで会うとは思わなかったから驚いちゃった。」
食事の席だったので分かりにくかったが、リア姉はスラっと脚の長いモデル体型のスレンダー美人だ。
長めの茶色いロングブーツに、動きやすそうな眼の色と同じ翡翠色のキュロット。胴から胸にかけては身体のラインに沿ったセクシーな銀色に銅で装飾されたライトアーマーを着用し、白いジャケットのような半袖の上着、翡翠色のグローブをしている。腰にはポーチと短剣、背中には矢筒と小さなリュックを背負っている。胸元は大きくはないけど、形のいい胸がわかるので同性でも目のやり場に困る。他のエルフの人がなるべく肌を晒さないから、リア姉の異質さがここでもわかる。
可憐な見た目に反して、今日もリア姉は朗らかに話しかけてくれる。
「あーうー!!」
勇人が腕の中でもぞもぞする。
どうやらリア姉に抱っこしてほしいみたいだ。
お姉ちゃんは嫌ってか?セクシーねお姉様がいいのか?
「ふふ。うちにもマリアがいるけど、やっぱり勇人くんも別の可愛さがあるね。ふにふに〜。」
勇人のやわやわ頬っぺを堪能するリア姉。その傍らでリア姉の胸元でぱふぱふとされながら喜ぶ勇人。
ま、まだ勇人にはリア姉は10年、いや100年くらいは早いからね。お姉ちゃんは許しませんよ。
「そういえば、ゆり達ってその…保存食でもいいからお肉持ってたりする?私その…好物だから食べれるならお肉を食べたいなーって思って。」
そう言ってもじもじと照れながら言うリア姉。美人なお姉さんに貢ぐおじさんの気持ちがわかった気がする。内容はブランドバックじゃなくて肉だけども。
「もちろんあるよ。うちにはどちらかというと肉派のリトとイナリがいるから、家族はお肉食べないならよかったら一緒に食べる?」
「いいの!?まだ朝ごはん食べてないから、良ければご一緒してもいい?もちろんその分、森の見回りで採れた食材とか融通するし!」
リア姉と約束して、あとで私達のテントに来るように伝えた。リア姉は家族に朝食を私達と取るって伝えに帰るみたいだ。
リア姉が立ち去った後に、朽ちた大木を見る。せっかくなので、私も供養の意味でお祈りすることにした。
「この木は里のみんなと共に生きていたのに、可哀想だね。」
「うー。」
「お家が無くなったことも、この木が燃やされたことも、エルフの人達には家族が亡くなったのと同じくらい悲しいことなんだろうね。」
「まんまー…。」
「勇人もこうやって手を合わせて、この木に初めましてとありがとうを言おうね。」
そう言って膝をつくと、勇人の前で手を合わせて、目を閉じてお祈りをする。木に挨拶や感謝を伝える。
ホワンと緑色の輝きが勇人の手から放たれる。
目を閉じていた私はその光を見逃した。
緑の光は焼けた木に吸い込まれ、薄っすらと木全体が輝くと、元に戻った。
「さ、そろそろテントに戻ろうか。」
こうして朝の散歩を終えて、私達はテントに戻った。
「やっぱり私の見込み通りね。気分はどう?アルボル。」
木の中から、緑の服を見にまとった小人…に羽根が生えた男の子が現れる。
「まだ力は安定しないけど、とってもいい気分だ。まさかあの状態から木の精霊になれるとは思わなかった。」
「ほぼ死にかけだったもんね。」
「何百年も僕を寝床にしていた花の妖精がよく言うよ。心配してくれたから彼らを呼んでくれたんだろ?チュリ。」
「べ、別にあなたのことなんて心配してないわ。ただ、若いのにこのまま何もなく消えるなんて可哀想だと思っただけよ。」
「それでもお礼を言うよ。勇者級の魔法による大地の祝福がなければ、こうして僕は精霊に生まれ変わることすら出来なかった。」
「お礼を言うならあのおチビちゃんに言いなさいよ。本物の勇者だし。」
「勇者っていうのも興味深いね。ひとまず挨拶に行って来るよ。」
「あ、私も行くわ。ゆりにジャムを貰わないと。」
そう言って2人の妖精と精霊は飛んでいった。




