ステーキと冒険者小屋
「ははさま!ととさま!おきてくだしゃい!」
身体の上をぴょんぴょんとイナリが跳ねる。
うっ。く、くるしいよ。
「どうした?」
すぐにリトが起き上がって、イナリを抱き締める。
「てきがきて、ウィースとたたかってたけどきりがないでちゅ。かこまれてるからきけんでしゅ!」
見ればイナリの身体は寝る前に綺麗にした筈なのに汚れていて、息も切れている。
「魔物の種類はわかるか?」
「ウィースがツチネズミっていってたでしゅ。」
リトとイナリが会話している間に、探索の魔法で敵を感知する。
「ッ!『我を守れ。防御』」
探索で把握した敵と、大きさの違うウィースの間に防御魔法を張る。さらにそれを伸ばしてテントも囲い、さらに地面にも潜らせて球体の防御魔法にした。
「ゆり、敵はどれくらいいる?」
「大きさは小さいけど、数えられないくらいいる。それに、地上だけじゃなくて、地下にもいるみたい。」
「地下だと!?」
「ははさま、さすがでしゅ。イナリもつちのしたからおとがきこえて、つちのしたはこうげきできないからおこしにきたでしゅ。」
「そういうことか。ツチネズミは穴を掘るのも得意だからな。これだけ豊かな土なら居てもおかしくないか。今のうちに片付けて移動するぞ。」
そう告げて、リトはウィースの加勢をしに行った。
私はまだ眠っている勇人を抱き上げて、外套を着込む。そのまま外に出たら、組み立てたテントごと空間収納にしまった。
外はまだ真っ暗だ。
暗闇の中をで、私の防御魔法の裂け目から進入してきた魔物をリトとウィースが倒しているのが、なんとか見える。
「リト!準備できたよ!」
その声に反応して、リトがウィースに素早く乗り込む。そして、私達のそばに素早く駆け寄る。
リトの手を借りて私達も乗り込むと、ツチネズミ達が何匹も近づいてきた。
焦げ茶色のネズミで、爪が異様に大きくて鋭い。身体はイナリと同じくらいだ。1匹なら平気かもしれないけど、それが何十匹もいるとなると恐怖しかない。しかも暗闇の中を蠢くから尚更だ。
思わずウィースの上で震える。こ、こわいよ!ネズミ!
ウサギの次にネズミがトラウマになりそうだ。
「イナリ、魔法で道を作れ!ウィース、道が出来たら駆け抜けるぞ!」
コンッという鳴き声と共に、ウィースの頭の上で大きな火の玉を作り出すイナリ。
そのまま大きな火の玉を前方に飛ばした。
時刻は明朝。まだ日は登っていない。民家もないのでもちろん周りに明かりもない。
暗闇の中を大きな火の玉が突き抜ける。
その後をウィースが追いかけて走り出す。
「うぁー!!」
急な衝撃で目が覚めて勇人が泣き出す。
「勇人ごめんね。我慢してね。」
籠の中の勇人をあやす。
「イナリ、ツチネズミの気配はあるか?」
「やつらのあしははやくないでしゅ。もういないでしゅ。」
「わかった。ありがとう。また休みたいところだが、今日はこのまましばらく移動して、落ち着いたら休憩しよう。」
「うん。イナリ、綺麗にしてあげるからおいで。」
イナリを呼んで浄化魔法をかける。
「ははさまのまほうは、ほわほわしてきもちいでしゅ。」
イナリは白いふわもこに戻ったら、すぐに定位置の籠の前に戻った。
「イナリ、疲れてるだろうから休んでていいぞ。何か来たら俺が対処する。」
リトがイナリに呼びかける。
確かにちょうど見張りがウィースだけのタイミングだったから、本来はイナリは起きてる時間帯ではないはずだ。
「まだ、おそらがくらいでしゅ。イナリはみみがいいから、てきがわかるでしゅ。あかるくなるまては、おきてるでしゅ。」
「…わかった。頼む。何か来たら教えてくれ。」
コンッと元気な返事が聞こえる。
「少し落ち着いたら、イナリの好きなもの料理するからね!もちろん、ウィースも!」
コンッ。ヒヒーン。
それぞれ元気な声で反応があった。
「…まんま。」
抱きながらトントンとあやしていたら、ぐずついていた勇人は再び眠りそうだ。
明朝は肌寒いので、くまさん着ぐるみに包んで勇人を籠に寝かせる。
すー。
この揺れの中でも眠れることに尊敬しながらも、とりあえずホッとする。
「この状況で寝れるのは、さすが勇者だな。」
リトも苦笑する。
こうして1日は慌ただしく始まった。
しばらく進むと、マンテノウス山脈から流れてくる川にたどり着いたので、そこで休むことにした。
その頃には日が昇り、空は曇っているけど明るくなった。
周囲に魔物がいないことを確認して、火をおこす。昨日といい今日といい、魔物の群れに襲われるので、魔物は集団行動なのかリトに尋ねた。
そうでもないらしい。
昨日と今日はたまたま、群れで行動する魔物に遭遇しているが、単体で行動する魔物もいるし、そこは魔物によるそうだ。
リトに起こしてもらった火で、朝食を作る。
まずは約束通りにイナリのリクエストに応える。
あまり手の込んだものは出来ないとわかっているのか、リクエストはシンプル。肉食なイナリがご所望なのはステーキだ。
空間収納にしまっていたブルーブルのロース肉を鉄串に刺す。その肉には塩とハーブを塗り込んで、火にかける。
同じように、アンソニーさんから貰ったパンの残りも火で少し温めて、その間に他の人の朝食を作る。
フライパンも火にかけて、バターをひく。その間に卵をコップの中で溶いて、少しの牛乳と自家製マヨネーズを入れる。そのままフライパンに注いで、ぐるぐるとフォークで混ぜていればスクランブルエッグの完成だ。器に入れて、自家製ケチャップを添える。
あとはリンの実もとい林檎を切り分けて添える。
ウィースにもリンの実をあげた。イナリを通して、ウィースが果物が好物なのを聞いたからだ。
「ウィースもありがとうね。食べたら少し休んでね。」
ステーキも焼けたところで、朝食をとる。
ちなみに食欲が刺激されたリトもイナリにステーキを分けて貰っている。
朝からステーキって…私には無理かも。さすが食べ盛りな2人。
勇人もスクランブルエッグ、牛乳でふやかしたパン、私のスキルで砕いたリンの実をパクパク食べている。
朝食を食べ終わったあとは、昼食用のサンドイッチを簡単に作る。休憩の度にいちいち火をおこすと大変だからね。昨日と今日で、のんびり出来ない状況も考えられるので、手軽に取れる食事は大事だ。それに、昼間はなるべく移動距離を稼ぎたい。
他にも各自の水筒にお茶を入れたり、栄養補給用に水にリンの実とベリーを入れたフルーツウォーターを空間収納の冷蔵庫ゾーンに入れる。
そのまま食べるのには敵わないけど、栄養が水に溶け出すので手軽な水分補給にはちょうどいい。
しばらく休んだら、再びウィースに乗って出発。ちなみに乗馬に慣れていない私は、昨日から筋肉痛とお尻の痛みに悩まされています。
こればかりは、歩くよりマシだと言い聞かせて耐えるしかない。そして、こんなところで役に立つのが、薬草術で作ったクールジェル。痛みは冷やすに限るからね。冷湿布の強化版みたいなものなので、効き目は抜群。ひやひやする。
そして、現在イナリは勇人の籠の中でお休み中。勇人もイナリのふわもこに埋もれて、再び幸せそうに眠りについている。
出発直後はじゃれてた2人だが、イナリも疲れが溜まっていたのか、眠りに落ちた。そんなイナリのことをわかっているかのように、勇人もイナリを起こすことなく、寄り添うように抱きついている。
籠の中に天使達がいる。勇人もイナリもかわいい。そして寄り添う姿がまたかわいい。
2人を眺めながらニヤニヤと笑みが零れる。
「気持ち良さそうに寝てるな。」
振り返ると、リトも2人を見ながら穏やかに笑っている。笑顔が子供を見守るパパだね。
2人は私が守る!と気合いを入れ直した。
旅路は決して楽しいことばかりじゃない。
小さな幸せを噛み締めて、今を精一杯、この世界で生き抜くんだ。
黄金道とシュダットの森の間を3日間かけて駆け抜けた。途中で何度も魔物と遭遇しては倒してを繰り返しながら進む。
広大なシュダットの森が遠方に見えてきた今日は生憎の雨模様だ。朝は曇っていただけだが、昼過ぎにはスコールと呼んでもいいくらいの大雨に変わった。
北上しているのと、マンテノウス山脈が近いからか、雨が降ると肌寒さが増す。外套のフードも被って雨を凌いではいるが、それでも防げない雨水が冷たく染みる。
勇人には完全にくまさんを着せて完全に防備だ。さらに籠にはリトの予備のマントを被せて、雨と寒い風を防ぐようにしている。
イナリはもともと寒さに強い種族らしいが、流石に土砂降りの雨は堪えるので、籠に被せたマントの裾を頭に乗せて頭上の雨を避け、ウィースの首元で前方の雨を避けている。
雨が酷すぎて視界もままならない。
そして、疲労が蓄積された中でのこの雨は、はっきり言って身体にくる。
「ゆり、大丈夫か?」
寒さに少し震えていることに気づいたのか、リトが抱き込むように身体を近づける。
背中が暖かい。
「ちょっと暖かくなった。ありがと。」
「俺も暖かいからお互い様だ。にしても、この雨は酷いな。ウィースも大丈夫か?」
最後のウィースへの呼びかけは、声を張り上げる。雨音で大声を出さなければウィースには聞こえないのだ。
ヒヒーンという鳴き声のあとに、「だいじょぶでちゅって。」とイナリの通訳が聞こえてきた。
「でも、じめんがぬるぬるだから、スピードをおとすっていってましゅ。」
これだけの雨だから、地面もぬかるんでいるだろう。特に舗装されてる訳でもないので、慎重に進むべきだ。
重い足取りで進んだところで、日が暮れる。日が沈む手前で、一軒の小屋に辿り着いた。
それは冒険者ギルドが設置する冒険者小屋という、非常にありがたい施設だった。
馬屋も併設されていたので、まずはウィースから降りて馬屋に入る。そのままウィースの身体を拭いて、冷えた身体に毛布をかける。あとは少しでも身体が温まるように、ウィース用の餌を置いて、小屋の中へと入った。
この小屋の使用料は無料。冒険者ギルドが定期的に管理している施設で、魔物よけの対策が施された簡素な小屋だ。無人の山小屋をイメージしたら近いかもしれない。
木造の小屋は、間取りは1DKと言ったところだ。トイレ、井戸、暖炉、薪、救急箱、簡易ベッドが備えられている。小屋自体は仕切りはなく、入り口から奥にベッドが4台ほど置かれている。
広くはないし、必要最低限の設備しかないが、冒険者にとっては充分な設備だ。そして、私達にとっても、雨風が凌げて、しかも魔物よけまでされているこの施設は、砂漠の中のオアシスに等しい。
「俺は暖炉に火を入れるから、ゆりは先に暖まる格好に着替えてくれ。濡れた服は暖炉の前で乾かそう。」
リトの言葉に甘えて、ずぶ濡れの外套や服を脱いで着替える。見た目以上に内側の服が濡れていないのは、冒険者服の凄いところだろう。主に濡れた原因は、外套で防げない顔の部分から進入してきた雨や、隙間から入り込んだ雨だ。
勇人もくまさんを脱がして着替えさせる。
イナリは火のついた暖炉の前で、自分の身体を乾かしていた。
リトも着替えたところで、暖炉でお茶を沸かして一息つく。
「このタイミングで冒険者小屋に着けたのは良かったな。気持ちがだいぶ楽だ。」
いくら旅慣れている冒険者でも疲労がなくなることはない。野営だと、魔物を警戒しないといけないから、気持ち的に安心出来る場所は貴重だ。
ひとまず他の冒険者はいないようだ。
既に日も暮れて来たので、夜ご飯の準備をする。
雨と寒さで身体も疲れているので、温まる料理にしよう。
取り出したのは、この世界で初めて使うお米。米といってもタイ米みたいな米で、主に家畜の餌用に売られていたものだ。
鍋に洗った米を入れて、水と牛乳を少し入れて蓋をする。火加減はイナリに調整してもらいながら、時々中を見て調理する。途中で刻んだネギー、ベーコン、きのこ、チーズを加えてかき混ぜる。
水分がある程度なくなったら、チーズリゾットの完成だ。タイ米を調理したことがなかったので、分量がわからなくてかなり鍋いっぱいに大量に出来てしまった。
それでも大食漢のリトとイナリが、何度もおかわりした結果、綺麗に鍋は空っぽになった。
リトは米はあまり馴染みがなかったみたいだけど、美味しいといって喜んでくれた。口にあってよかった。
そのあとは浄化魔法で綺麗にした清潔なベッドで、激しく降る雨音と時折聞こえる雷の音を聞きながら、全員で身を寄せ合って眠りについた。




