手作りパンと顎クイ
「分量はこのくらいね。うちの小麦粉は他と違って粘りがあるから、パン作りには向いてるんだよ。」
早朝の厨房では、発酵したパンの生地を使って女性陣全員でコネコネしている。収穫祭では2〜3日前から収穫祭のメニューを提供するのが一般的らしく、アンソニー家の食堂は遅れてのスタートとなる。
マーガレットさんの手足となって普段から作業をしているマリーちゃんは、小さいのに慣れた手つきで作業もお手の物だ。普段使っているドライフルーツのパン、レーズンパン、食事用のプレーンパン、ハーブパン、バケットは通常運用でマーガレットさんとシャロンさんに作ってもらう。
アイデアのある私と、期待の星であるマリーちゃんで収穫祭用の新メニューを作成する。新メニューのために、卵とバターも多めに仕入れて貰った。
まず作ったのはクロワッサン。パイ自体はこの地方では一般的みたいで、夜に出したパンプキーパイも抵抗はなかった。材料もほぼ変わらないので、思いついたのがクロワッサン。うろ覚えの分量だったから、昨日の夜に試し焼きを何個か作って調整済みだ。砂糖は高価で甘味は蜂蜜が主体なので、大好きなデニッシュは諦めることにした。ぐすん。
クロワッサンを作ったら、次は惣菜パンと菓子パンだ。
惣菜パンとしては、塩味のある干し肉とハーブ、チーズを混ぜ込んだパンを作った。
菓子パンとしては、蒸した甘芋(サツマイモがこちらでは甘味があるので甘芋というらしい)をざく切りにして、バターと少しの蜂蜜を加えて混ぜ合わせる。
それをパン生地と混ぜ合わせて甘芋パンの完成。
クロワッサン、惣菜パン、菓子パンの3つを今年の収穫祭限定メニューとして売り出すことにした。
あまり種類が多いと仕入れが大変なのと、タダでさえ裕福ではないアンソニー家が大変になるので、旬とあり合わせで作った。
その他にも私がパン屋で見かけたことがあるパンのアイデアは共有済みで、収穫祭当日の昼に出す出店では、マリーちゃんの希望で出すことになった。
新しいパンということで、マリーちゃんのやる気にも火がついて、シャロンさん達も大喜びだ。
朝食も収穫祭メニューということで、通常のパンと収穫祭限定パンを持ち帰り用としてシャロンそんが販売し、夜よりは少ないお客さんの会計もシャロンさんが行う。マリーちゃんはまだ会計は出来ないそうだ。朝食メニューは、好きなパンとかぼちゃのポタージュ、ポークビーンズを用意した。本当は朝ご飯らしく卵料理とかにしたかったけど、パンを焼いたりするので、手間のかからない作り置きメニューだ。それでも普段よりは豪華だからよしとした。
開店すると、昨日の夜に来てくれたお客さんのほとんどが朝食も食べに来てくれるか、持ち帰りのパンを購入してくれた。やはり限定メニューは人気らしく、マーガレットさんにも追加のパン作りを手伝ってもらって乗り切る。
持ち帰りメニューとしては、干し肉チーズパンと甘芋パンが人気だ。店内で食べる人は、おかずと食べるのでクロワッサンが人気となっている。
焼きたてなので、持ち帰りでも待てずにそのまま齧り付く人も多い。
「このバター味のパンはサクサクしていて贅沢だな。収穫祭にふさわしい。」
「干し肉とチーズに、このハーブの香りが混ざってご馳走みたいなパンだ。」
「この甘芋のパンも、自然な甘さで優しい味だ。」
朝食は好評だったようで、この日は持ち帰りパンも含めて完売した。
「すごいよ!たぶん黄金道で今日は一番パンが売れたよ!」
常に接客をする看板娘のマリーちゃんは大喜びだ。
朝食の時間帯が過ぎたので、ひとまず休憩と遅めの朝食をとる。
男性陣は営業の合間に裏で朝食を食べて、すでに収穫に向かっている。その際におやつとして限定パンを大量に持って行ったのでマーガレットさんがお怒りだった。
休憩を終えたら、洗い物や洗濯をしてから、マリーちゃんと一緒に夕食メニューの買い出しに出掛ける。私達の手伝いが入る前から、少しでも祖母と母の負担を軽くすべく、買い出しもお手の物だそうだ。シャロンさんが計算が出来ないマリーちゃんのために、食材のメモときっちり払える金額を持たせているので出来ているとのこと。
今日は私が計算できるので、予算を預かって市場の並ぶ場所まで案内してもらう。
勇人とイナリも行きたそうだったので、連れて行くことにした。万が一があるといけないので、念のために冒険者の装備で出掛ける。
卵や牛乳など、使用頻度が高いものは家に酪農家が売りに来てくれるそうなので、野菜や肉を中心に購入する。
マリーちゃんは子供らしく、おつかい以外にも興味を持った食材は把握しているらしく、喜んで市場の食材を案内してくれた。
旬となる食材は大量に売られているので、見つけやすい。明日の出店用のメニューのための食材もマリーちゃんが入ればすんなり手にすることが出来た。
「お姉ちゃんはどこで料理を覚えたの?」
「私のいた国で覚えたんだよ。料理の種類が多い国だったんだ。」
嘘はついてない。少し心が痛むけど。
「お姉ちゃんは食堂で料理を作ってたの?うちは食堂だから、お母さんは料理が上手だけど、他所の家は簡単な料理しかできないよ。」
「ここに来る前に少しだけ食堂で働かせてもらったのと、料理するのは好きだから家族にいつも作ってるからかな。」
うん、嘘はついてないよ。
「私もいっぱいお料理出来るようになりたいな。」
「きっと出来るようになるよ。失敗してもいいから、いろんなものを作ってみると出来ることが増えてくの。お姉ちゃんも失敗ばかりだからね。」
「そうなの!?」
「失敗があるから、挑戦するたびに良くなるんだよ。マリーちゃんもたくさん料理したら、きっと素敵な料理人になるよ。」
「うん!頑張る!」
買い出しから帰ると、昼食をとって、仕込みをして、夜の営業をして、あっという間に1日が終わる。
この2日は離れていることが多かったので、リトに充電?としてベッドに腰掛けて抱き締められている。
「…ウィースはすげー文句いいたそうな顔してたけどな。俺をその辺の駄馬と一緒にするな!て感じだな。」
「それでも言うこと聞いて、小麦の収穫手伝ってくれるところが優しいよね。明日の朝はブラッシングのついでに美味しいもの食べさせてあげよう。」
「あいつ、ゆりには忠犬並みにベタベタだからな。」
「主人に似たんだね。」
「そう言われると否定出来ないな。」
むすっとした顔になるリト。こう言うところは普段の大人びた部分とは違って、年相応で可愛らしい。
「あんまりゆっくり休めてないけど、疲れてない?」
「俺の心配より、ゆりの方が疲れてるだろ。朝から晩まで働きっぱなしだし。」
「うーん、確かに疲れたりもするけど、パンの焼き方とか教わったりして楽しいよ?野外で焼くコツとかも教えて貰ったし。」
「ひとまず収穫祭は明日だしな。少しくらい長く居てもいいってアンソニーさんも言ってくれてるから、明後日は1日ゆっくりさせてもらおう。ここから先にゆっくり出来る場所があるかも微妙だしな。」
確かに、この先こんな風にゆっくり過ごすことは難しいかもしれない。
黄金道の冒険者ギルドのお姉さんに話を聞いてみたけど、シュダットの森にはやはりエルフの里があるらしく、迂闊に近づいて迷い込むと容赦無く追い出されるとのこと。魔物もそれなりに強いらしく、冒険者なしでは通ることが出来ないのと、人工的なものを嫌うエルフが道を作ることを拒むので、道らしき道が無いことが商人の足を遠ざけているらしい。
遠回りになっても、ポトムルートを通るのが通常だそうだ。
でも、何も情報がないより、折角だから情報が欲しいよね。
「明日は出店があるから、シュダットの森の情報を持ってる人がいないか聞いてみるね。」
「俺も明日は昼までに作業が終わりそうだから、昼以降は聞き込みだな。せっかくの収穫祭だから、勇人を連れまわすついでに何か欲しいものがあれば買ってくる。」
「食べ物は今日ついでに買ったから、収穫祭の日限定の、妖精のお守りが欲しいな。」
「この時期に畑に大地の妖精が撒いていくっていう、妖精の贈り物って言われる赤い木の実だよな。今日畑で大量に見つかって、アンソニーさんがえらい喜んでたな。」
「それを可愛い小さな巾着に入れて、お守りにしてるらしいの。マリーちゃんに去年のお守り見せて貰って可愛かったんだ。」
私も現役女子高生。可愛いものが大好きだ。
「それなら明日買ってくるな。」
「ありがとう!」
明日の収穫祭、すごい楽しみになってきた。
リトに抱きしめられながらニマニマする。
すっとリトの手が伸びて、私の顎を持ち上げる。
あ、顎クイだ。
「ん…ふぅ。」
そんなことを考えている間に、唇が触れ合う。
リトはキス魔だと思う。というよりは、私がキス魔にしてしまったのかな。
私も前の世界の知識で、リトがその先のことをするのを我慢してくれているのはわかる。
そこまで女子高生は純情じゃないからね。
私だって、リトともっと…とは思うけど、恐らくこの世界は避妊という概念はない。子供が出来る行為をするなら、それなりの覚悟が必要だ。
しかも、冒険者という職業柄、シャロンさんみたいに妊婦でも働くのは難しい。リトの目的もあるから、会話したことはないけど、お互いに暗黙の了解としてこの先には進めないことを認識している。
けど、最近はリトの我慢が伝わってくるくらいに危うい。触れ合いのキスがディープに変わり、ディープに加えて最近はお触りが増えてきてる。
よって私の息も絶え絶えだ。
我慢してくれているリトの為にも、覚悟が持てるようになったら、ちゃんと伝えよう。
心の中で誓いながら、リトの首に腕を回した。




