アンソニー家と小麦粉料理
アンソニー家は、黄金道の中心地からは外れた北東よりに位置していた。
中心地から離れても、人々が忙しなく往来し、アンソニー家に到着した際にも、お腹の大きな妊婦が玄関先で商人の応対をしているところだった。
ちょうど話が終わったみたいなので、リトが妊婦さんに声をかける。
「商業ギルドの依頼書を見て訪ねてきました。冒険者のリトと言います。」
そう言うと目を見開いて嬉しそうに破顔した妊婦さん。黄金道に相応しい黄金色の緩やかなウェーブの髪をしていて、笑顔の可愛らしい女性だ。
「依頼書を見てきてくださったのね。私はシャロンと申します。まずは中にお入りになってください。」
ウィースを家の裏手に繋がせて貰って、家の中に入る。トニーノさんの屋敷のように大きなお屋敷ではなくて、ログハウスのような一軒家だ。畑の中に倉庫が一軒、家と繋がる食堂が黄金道沿いに建っている。
家の中は直ぐに居間に繋がっていて、おばあちゃんと呼ぶには若いご婦人が腰掛けていた。
「お義母さん、依頼書を見て冒険者の方が来てくれたわ。」
嬉しそうに報告するシャロンさん。
「これはこれは有り難いですね。私はこのシャロンの義母で、家主であるアンソニーの母、マーガレットです。収穫祭も迫ったこの忙しい時期に人手が足りなくて困っていたんです。まずはお掛けください。」
促されてダイニングに座らせて頂く、シャロンさんがお茶を淹れてくださったところで仕事内容や待遇について話をする。
依頼書通り、人手がとにかく足りないらしい。仕事の詳細を聞いて、こちらが手伝える内容と擦り合わせる。
話しているうちに、休憩で戻って来たアンソニーさん、祖父のイェニーさん、息子で8歳のジョセフ君、娘の7歳のマリーちゃんも合流した。
「では、お手伝い頂く内容をまとめると、リトさんとリトさんの従魔には小麦の収穫の手伝いをお願いします。男手と力のある魔獣の手伝いは本当に有り難いです。ゆりさんには食堂や収穫祭の出店の手伝いをお願いします。ゆりさんの従魔には臨機応変に手伝ってもらう…でよろしいですか?」
アンソニーさんの問いに頷く。イナリには小麦畑と家の人との伝令役や、食堂が忙しい時の勇人の子守、妊婦のシャロンさんや腰を痛めたマーガレットさんの手伝いをしてもらうつもりだ。
基本的には男性人が小麦畑、女性人が食堂、収穫祭の準備、家の仕事をしているそうだ。
話が着いたところで、荷物を置いたら早速手伝うことになった。案内された屋根裏部屋はもともと物置きなのを急いで片付けたそうで、ベッドと家族が使っていない棚や椅子などが置かれていた。それでも野外で寝ることを考えたらベッドがあるだけでも有り難い。
早速荷物を置いて、リトは動きやすいのでそのままの格好で小麦畑へと向かった。私は、夜からの食堂の仕込みを手伝うので汚れた服から着替える。
勇人とイナリを連れて居間へ降りる。勇人のことは今日は本調子でないマーガレットさんが見てくれるそうなのでマーガレットさんに預けた。マリーちゃん達のおもちゃを貸して貰えるみたいなので、勇人も面白そうなおもちゃに興味津々だ。
私とイナリはシャロンさんに続いて、食堂を案内される。今はちょうどお昼を過ぎたところだ。
「このところ人手が足りないものだから、朝と夜しか食堂は開けていないの。でも、収穫祭の時はお客さんも多いから一日中開けておきたいし、ゆりさん達が来てくれて本当に助かるわ。」
食堂は、朝はパン作りが得意なマーガレットさんが焼くパンとスープを出しているそうだ。普段ならそれだけでいいのだが、収穫祭はメニューを豪華にするため、手間も人も増えるのが通常で、いつもはマリーちゃんも入れて3人で回せるところが、今は主力の大人2人が動けないので、今年は閉店しようとまで考えてたらしい。
「ゆりさんは料理も出来るということなので、申し訳ないんですけど、かなり頼ることになると思います。大したお礼も出来なくてごめんなさいね。」
あまり裕福でないアンソニー家は、金銭的な報酬が出せないので、依頼を出していたにも関わらず人手不足がずっと解消されなかったそうだ。私達はお金より寝床が欲しかったのだが、労力に見合わないので申し訳なさが残るらしい。
「長旅をしてきてるので、寝床と食事を提供してもらえるだけでも私達は感謝しています。困った時はお互い様ですよ。」
ということで、早速夜の営業に向けて仕込みを開始する。
夜といっても、子供のいるアンソニー家の食堂は、夕方から3刻程の営業だそうで、日本で言う17時から20時までとのこと。マリーちゃんが働くので、夜遅くまでは開かないとのことだ。
「黄金道の名物が穀物なので、地元で取れた穀物を使った料理を中心にしています。収穫祭の前後も含めて、毎年限定メニューを考えて出しているんですが、忙しくてそれもままならなくて…。」
忙し過ぎた食堂では、とりあえずパンとスープ、仕入れた肉や野菜を焼くだけという質素なメニューで営業していたが、収穫祭ではそういう訳にも行かないのでメニュー作りから必要らしい。私も施設で主婦まがいなことをしてたので気持ちはわかる。毎日の献立って結構考えるの大変なんだよね。
私が中心に作ることを前提で、仕込みは全員で、営業時間はマーガレットさんは勇人の子守、シャロンさんは注文や会計、マリーちゃんは配膳と片付け、私とイナリで厨房を任されることになった。
まずは収穫祭に向けて、食堂で出すメニューを固めるべく女性陣で作戦会議をすることにした。
この店の売りは、やっぱり自家製の小麦。特に、この辺りでは一番と言われるマーガレットさんの手作りパンを求めるお客さんが多いとのこと。
「マーガレットさんのお手製のパンは今まで通り外せませんね。収穫祭では普段はどうしてたんですか?」
基本的には、郷にあれば郷に従え。今までのやり方には乗っ取りたい。
「今までの収穫祭ではドライフルーツを入れたパンを特別に作ったり、クッキーを焼いたりしていました。あとはメインである肉料理を毎年豪華にしていますね。」
収穫祭では大地の恵みに感謝して、この地で取れたもので調理するメニューが一般的だそうだ。
今が旬で、この地で取れる食材を教えて貰う。小麦や豆類などの穀物、ナッツ、蜂蜜、乳製品、かぼちゃ、さつまいも、きのこ、様々な果物がこの辺りでは産地とのこと。肉類では今年はゴールデンターキーという黄金道周辺に生息する魔物が増えたので、今年のメイン肉になる予定だそうだ。
ふむふむ。
食材と地球の収穫祭で食べるような料理のイメージから、メニューは浮かぶ。あとは、この世界でどこまでが許容範囲かわからないことだけだ。
ただわかることが1つあるとしたら、特に昼や夜に、この人数でお客さん一人一人のためにメインを作ったりしてたらもたない。作り置きメニューは必須だ。ここは食文化どうこう言ってられない。
「私の国はこの辺りの方と少しだけ食文化が違う部分があります。それを踏まえた上でメニューを伝えるので、皆さんで判断した上で協力してください。」
アンソニー家の食堂、夜の営業が始まった。
この辺りには食事を提供しない宿屋も多くあるので、自然と客が入ってくる。
「身体も大切にしなきゃいけない時期に働いてて大丈夫なのか?」
この時期に穀物の買い付けにやってくる常連客は、皆顔馴染みだ。収穫祭も明後日に控えた今日は、予想以上に繁盛している。
「心強い助っ人が来てくれたんで、なんとかなりそうです。今年は特別な収穫祭向けの限定メニューがあるので、ゆっくりお食事を楽しんでいってください。」
そう言って席まで案内をする。
「収穫祭用のメニューです。たくさんあるので、よろしければオススメを見繕いますよ。」
そう言って商人に渡されたのは、手書きで作られたメニュー。
王都にあるような高級レストランでは主流だが、庶民の食堂でメニューがあるのは珍しい。付け焼き刃の連携なので、メニューを覚える負担を減らすために、メニューに番号を振って、注文をしてもらう形にしたのだ。読んだだけではわからないメニューもあるので、そういう場合のためのオススメメニューも作っている。オススメメニューを頼んで貰えれば、作る料理にある程度偏りが出るのでゆりの負担も少し減る。
「ほう。今年は少し風変わりだな。初めて見る料理も多い。」
各地を旅している商人も初めて見る料理が並ぶ。初めての料理に惹かれるが、オススメだという料理をオーダーした。同行していた商人は、せっかくだからと別の料理をオーダーする。
しばらくすると、この店の看板娘であるマリーちゃんが配膳しにきてくれた。
「今日のおすすめの『マカロニグラタン』と『パンプキーパイ』、『ラザニア』です。」
これでもかと小麦粉推しのメニューを用意した。そして別名だけど使い回しの出来るメニュー。小麦粉を使う、ホワイトソース、パスタ、パイ生地に旬の食材を入れた料理だ。
基本は作り置きして、注文が入ったら、グラタンやラザニアはベースをゆりが作ると、イナリが火魔法でチーズに焼きを入れる。パイは切り分けたものを、これまたイナリが温熱で温める。
他にも、チキンのミートソーススパゲティ、マカロニサラダ、きのこのパイシチューなど、仕込めば調理に手間のかからない料理を揃えた。
「このチーズの香ばしさと、まろやかなソースが美味しいな。もちもちしたこのマカロニも美味しい。パンプキーのパイも自然な甘みがうまいな。」
「こちらのラザニアも、トトと肉の味がアクセントになって美味しい。」
ゆり本人曰く、炭水化物に偏りまくりのメニューだが、客の反応は上々だ。
訪れた客は、思わず食べれた初めての料理に満足して食堂をあとにした。アンソニー家の女性陣は、なんとか少人数で営業出来たことにそっと胸を撫で下ろしたのだった。




