夫婦喧嘩とホットドック
ふと目が覚める。
「まんまー?」
ペタペタと勇人が私の頬を触る。
その手が濡れているのを見て、またあの夢を見たんだと思った。
「おはよ。心配してくれたんだね。ありがと。」
さらに泣きたくなるほどに、まだ純粋な勇人に癒される。
そういえばリトとイナリはいないみたいだ。
旅路だけど2人でトレーニングでもしてるのだろうか。
リトやイナリにこの顔を見られなくてよかった。2人に余計な心配をかける訳にはいかない。
「ふぇ。」
ふぇ?
「うあーーーーーー!」
突然泣き出した勇人。どうしたんだい勇人くん。
ペタペタ身体を触ると、どうやらおしめを替えて欲しいらしい。
テントの外に出て、小川の近くで水で濡らした布で拭きながら、布おむつをかえる。
汚れた方は、みんなが水を飲む小川に流す訳にもいかないので、自然に返したあとに朝一の浄化魔法で布おむつは綺麗にした。
スッキリしてご機嫌な勇人を抱えながら、少しだけ顔を洗う。
テントに戻って、自作のクリームを自分と勇人にも塗る。服を着替えたら、馬車の荷台に座るリトとイナリに近づいた。
近づくと、イナリがぴょんとやってきて、足元ですりすりと甘えてくる。
「おはよう。朝早かったんだね。」
「…はいでちゅ。」
何か間があったけど、気のせいかな?
それにしても、リトはなぜここで寝てるの?
階段に腰掛けたまま寝ているリト。紺色の髪の毛が風に揺れて、整った顔は目を閉じている。背も高くて体格もいいし、無駄な脂肪もない。寝ている姿もイケメンで様になっている。
リトに似た銅像とか街にありそうだ。
見つめていてもリトが起きそうにないので、イナリに尋ねる。
「私に隠れて何かしてたでしょ。」
ビクッと小さな身体が反応する。
「し、しらないでしゅ。」
勇人を抱きながらしゃがんで、イナリと目線を近くする。
「何してたの?話して。」
「はいでしゅ。」
イナリから事情を聞いた。なにそれ。
確かに体力ないし、見張りになっても役立たずかもしれないけど、見張りのこと黙ってるってどうなんだ。
スタスタと歩いて、馬車の前方へ回り込む。
「あ?可愛い奥さんじゃないか。どうかしたのか?」
冒険者のお姉さんが声をかけてきた。
「おはようございます。あの、うちのリト…旦那なんですけど、もう朝になったので見張りを終えて準備を手伝わせてもいいですか?」
そういうとキョトンとしたあとに、笑われた。
「もうみんな起き始めるだろうから大丈夫だよ。あんたの旦那も大変だね。見張りの後は片付けか、休む暇なしだね。まぁ、なんでかあんたを怒らせたみたいだから自業自得か。」
さすが同じ女性。私が怒っていることに気づいたみたいだ。
「でも旅は長いから、夫婦喧嘩もほどほどにしときなよ。」
忠告されて、曖昧に笑ってお礼を言ってからリトの元に戻る。
近づくと、足音が聞こえたのかリトが目覚める。
「あー、ゆり…か。おはよう。」
「…」
「ゆり?」
「テント片付けるから手伝って。」
そう言ってくるりとテントの方へ向いて歩く。
後ろから戸惑った声が聞こえるけど、無視。
自分が子供っぽいことはわかってる。
役に立たないことも事実だから、そうだったんだって大人な感じで流したらいいだけだってこともわかる。
リトが優しいから、気を遣って心配させまいとしたのもわかる。
でも、頼りないって言われたみたいで。
私の力とか協力なんていらないって言われたみたいで。
リトのお荷物になりたくないのに、お荷物でも役に立ちたいのに、手伝うことすらできずに、ただ拗ねてる自分が嫌だ。
今朝、あの夢を見たから気持ちがかなり不安定だ。思考がネガティヴになってる。
一足先にテントに戻って、中の荷物をまとめる。
これは空間収納。こっちは手荷物。
「ゆり、少し話したい。」
「…」
「俺が何か悪かったなら謝る。でも、理由がわからないと俺もどうしたらいいかわからない。話させてくれ。」
そう言って、黙々と片付ける私の手を引いて、抱き締める。
「話すことなんてないもん。」
「じゃあ何で怒ってるんだ。」
「少し機嫌が悪いだけ。」
「…怒ってるだろ?誤魔化すな。ちゃんと聞くから、何に怒ってるか言ってくれ。」
リトは大人だ。それに、私が理由を伝えたらちゃんと考えたうえで答えてくれるだろう。
でも、こんなの私の我儘だ。
『鬱陶しい。』
『あんたなんか要らない。』
怖い。
怖い。
「ゆり?」
嫌わないで。
我慢するから。
いい子でいるから。
「まんまー。めー!ぱんぱ。めー!」
勇人が叫ぶ。
意識が引き戻される。
無意識に勇人を強く抱きしめていた。
身体が冷たい。寒い訳じゃないのに震える。
それでも、私を見上げる勇人を見てると自然と落ち着いてきた。
さっきのフラッシュバックの影響で、きっと酷い顔をしているだろう。
リトの目を見て、話すのが怖い。
でも、伝えないと。
「内緒はやだ。」
「ん?」
「見張りのこと、聞いてない。」
「心配かけたくなかったのと、ゆりもやるとか言い出して危険な目に遭わせたくなかったんだ。俺の我儘だ、ごめん。」
「私も自分が弱いのは知ってるから、リトがして欲しくないことはしない。でも、リトが知らないところで頑張ってるのに何も出来ないのは嫌だ。役に立たないだろうけど、相談くらいして欲しかった。」
「そうだな。俺も何も言わなかったのは悪かった。冒険者としての役割だから、今後も見張りはある。だけど、旅慣れないし危険だからゆり達には見張りをさせたくない。3日に1回のペースで、俺と…イナリも元々夜行性だから手伝ってくれるみだから、2人で見張りする。いいか?」
「うん。私じゃ魔物が来ても何も出来ないから、足引っ張るくらいならお願いする。でも、夜食くらい作らせて?リトとイナリには元気でいて貰いたいし。」
「ああ。頼む。」
仲直りできてホッとする。
「ゆり。顔上げて。」
言われた通りに顔を上げると、リトの顔が近づいてくる。
「勇人もイナリも見てる。」
そう言って勇人の胸を押し返すけど、力の差があり過ぎてびくともしない。
「両親が仲良い証拠だろ。見させとけ。それに、俺が我慢できない。嫌か?」
その聞き方はずるい。嫌じゃない。むしろリトが嫌じゃないの?と聞きたいくらいだ。
ふるふると首を振って、リトに身を委ねた。
鍋にお湯を沸かせて、腸詰めとキノコを投入する。
その間に、パンを火で温める。
空間収納にしまっていたレタスを手でちぎる。
温めたパンの真ん中に、ナイフで切れ込みを入れて、レタス、茹でたキノコと腸詰めの順番に挟み込む。チーズをナイフで削ってまぶして、イナリに少し炙ってもらった後に、手作りケチャップを乗せたら完成だ。
本当はマスタードも欲しいけど、ないから仕方ない。ボリューム満点の朝食ホットドックだ。
草原は涼しくてちょうどいい気温だが、朝晩は冷える。
勇人とイナリにはホットミルク。リトにはカファー。私は2つを合わせてカファーオレ。
温かい。美味しい。
リトとイナリには足りないと思ったので、2人には2つホットドックを渡している。
「腸詰めをパンに挟むとは、変わった食べ方ですな。」
トニーノさんが皆に挨拶をしながら、私たちのところにもやって来た。乗り合い馬車を運営しているのは御者の2人だが、馬車や積荷はトニーノさんのものらしいので、実質オーナーはトニーノさんだ。
「カファーが残っているので、飲まれますか?」
「お言葉に甘えて頂こうかな。」
ホットドックは余っていないが、カファーはリトの為に沸かしたのもあるので、量が多くて実際に残っていた。
「実はこの馬車のオーナーとして、ゆりさんにお願いがあります。」
そう切り出すトニーノさん。
「何ですか?」
私何かやらかした?
「実は、この馬車の全員の夕食を作って頂きたいのです。昨日と今日と、貴方の料理を見ていて美味しそうだなと思いまして。私自身が食べたいと言うのと、せっかくの旅なので皆さんで楽しくご飯が食べられればと思ったんです。食材は私のものを使って頂いていいので、お願い出来ますか?」
食材はトニーノさん持ちなのは心惹かれる。夕食だけの話なので、出来なくはないけど…
リトが難しい顔をしている。
私のスキルのことで考えているんだろう。私のスキルの効果がつくと、疲労回復とかいろいろ影響あるからな…。
「私も冒険者を始めたばかりで、馬車の旅にも慣れていません。大人数の料理となると、それなりに労力が必要になるので、女性の皆さんで作らせて貰うのはどうでしょうか?メニューは私が考えるつもりです。」
「それもそうですな。他の女性の方々には私から声をかけましょう。」
トニーノさんが去ってから、リトと話し合った。リトはあまりスキルがばれないようにすべきだと言うことで、乗り気ではない。作り手の数が多ければ、スキルの力も弱まるのではと言うことで何とか納得してもらった。
もしスキルの能力が影響するようであれば、指示を出したり、雑用に専念しよう。
再び乗り合い馬車に乗り込み、出発した。




