黒髪の少女と赤ん坊 sideリト
ここはヨルテの森。
俺みたいな駆け出し冒険者でも移動できる難易度だが、やたらと広くて大きな森だ。
本来なら別ルートであるサミラの森を抜けた方が次の街に行くには早いのだが、サミラの森は上級者冒険者向け。一般人は間違っても立ち入らないし、必然的にヨルテの森を通ることにした。
ヨルテの森は広大で、既にこの森に入ってから2週間が経過してる。その間は魔物を倒しながらひたすらに道を進み、保存食や木の実、魔物の肉を塩焼きにして食べながら飢えを凌いでいた。
ヨルテの森もそろそろ終わりではないかという時に、女性の悲鳴と…赤ん坊の鳴き声!?が聞こえた。
いくら難易度が低いとはいえ、女子供を散歩に連れてくるような場所ではない。
声のする方に駆け出す。
見過ごすという選択肢もあったが、赤ん坊の鳴き声に突き動かされて、衝動的に駆けつけていた。
俺が茂みから飛び出すと、目の前には3匹の一角兎と、黒く長い髪をなびかせて飛び退いた、赤ん坊を抱えた少女がいた。
すぐさま一角兎を相手取り、息の根を止める。一度少女達を振り返ったが、呆然としているが大きな怪我はなさそうなので、先に一角兎の処理をすることにした。
少女に声をかけた時には、両手を血に染めた光景が見慣れないのか驚かれ、ひとまずは川辺へ移動することを促した。
着いてくる少女を時折振り返る。
黒く長い髪はとても艶やかで、前髪が眉の上で切り揃えられている。小さな顔に大きくつぶらな二重の目に、小さな鼻、小さいけどふっくらとした唇の…て俺は変態か。
そんな超絶美少女が赤ん坊を抱えて歩いている。
その赤ん坊も少ないながらに黒髪で、つぶらな目をして可愛いい赤ん坊だ。
見慣れない少女と赤ん坊に少し警戒しつつ、川辺にたどり着いた。
そこからも、俺が一角兎を捌く姿に驚いたり、なぜか勇人の世話を任されたりしながら過ごし、彼女の料理を食べることになった。
勇人の面倒をみながら、とてつもなくいい香りを放つ料理について聞いても、あとでとはぐらかされた。
毒を入れられたらとも警戒はしたが、俺は毒耐性があるので並みの毒では効かない。それに、全てを作り終えてから、彼女自身が味見をしたので、毒の危険性は頭から排除した。
目の前の料理は見たことがない。ただものすごくスパイシーな匂いがする。つけ合わされているパンも、庶民ではなかなか食べられないいい小麦を使ったであろう白パンだ。
口にした瞬間から、手が止まらない。
少女もといゆりが勇人にごはんを食べさせる可愛らしい光景も視界に入れつつ、ひたすらに食べる。
街のレストランでも食べることが出来ないくらいに絶品だった。
その後はゆりが食べ終わるのを待って、勇人がすやすや可愛く眠る姿を見つめながら、ゆりの話を聞くことになった。
聞いた話はとてもじゃないが信じ難く、でも俺の感じていた違和感の理由としてはストンとはまった。
泣きそうなゆりの隣へ移動し、頭を撫でる。ふいに小さな彼女が実は俺と2個しか年齢差がないことを思い出しつつ、綺麗な涙をポロポロ流す彼女を撫でながら話を続けた。
途中の理由を説明する際に、なぜか告白めいた言葉を口に出さなきゃいけないことに躊躇ったが、赤いだろう顔を必死に抑えてゆりに伝えた。
ゆりは可愛い。その後の言動で、彼女はそんな自覚はないことを悟ったが、だからこそ余計に危ないし、容姿も庇護欲をそそる。
可愛らしい顔はもちろん、身長は低めで、短いスカートからのぞく脚は細長い。勇人を抱いていたのが信じられないくらい腕も細く、それに似合わず勇人のいた胸元は張りがある。
冒険者の中に放り込んだら一瞬でいい獲物になるだろう。
不安そうなゆりを説き伏せたら、突然手を握られた。少し冷たく、でも女らしい細っそりしつつもふっくらした手に握られて、内心混乱する。
ゆりの決意を聞いて、反射的に頭を撫でながら、この子を守ろうと心に誓った。
お互い眠る段階になって、ゆりと勇人が薄着なことに気がついた。
俺一人なら毛布にくるまって寝るが、あいにくそんなスペースはない。
勇人を抱きしめるゆりに寄り、少し抱き寄せて俺の身につけてるマントの中に入るようにする。
決してやましい気持ちじゃないと自分に言い聞かせて、ゆりと勇人から香る少し甘い匂いに心臓がドキドキと波打つ。
すぐにゆりからも寝息が聞こえてきた。
眠るゆりと勇人。
最初はただの保護対象だったが、2人の寝顔を見ながら、自分の中に愛しさがあることを自覚する。
愛しさを感じると、ふと湧いた疑問。
勇人はゆりの子供なのだろうか?
勇人はゆりをまーと呼んでいた。この世界でもゆりは出産していてもおかしくない年齢だ。
そう考えると、突然湧き上がる焦燥感と独占欲。
そして気づいた自分の気持ち。
一目惚れしたついでに、失恋か。
思えば恋をした記憶はない。初恋は実らないと呟いていた親友の顔を思い出す。
それでもと。
それでも、ゆりの想う誰かの代わりには慣れないけど、痛く感じるこの想いは本物だと思うから。
愛しい2つの命をこの手で守ろう。
あわよくば、ゆりの気持ちを振り向かせたいという邪な気持ちも捨てきれないが、今はこの腕の中で2人が優しく眠れるように。
特にゆりに勇人との関係を聞いていなかったリトは、大きな愛情をもって、大きな勘違いをしたまま、自身も眠りについた。