ゆりと勇人の成長
チュッ。
名残惜しく、可愛い唇から口を離す。
俺としては盛り上がって来たところで、ゆりは夢の中へ旅立ったようだ。
ベッドの上で、ゆりの上に覆い被さった状態から、勇人とイナリを挟む形の位置に戻る。
といってもほとんど隙間なく寝ているから、距離はかなり近い。
夜になると愛しい衝動が抑えられなくて、ゆりが気をやるまでキスをする。
そこから先は理性を総動員して、今みたいに勇人とイナリという防波堤を置いて耐えている状態だ。
いつまで持つか不安にはなるが。
この街に着いてからの数日間で、ゆりは劇的に成長した。
体力面の課題はまだあるが、スキル、薬草術、魔法、そして冒険者としての知識も含めて、実践や講習だけでなく、本からも取り入れて自分の力にしている。
本人曰く、まだまだだと言うが、慣れない生活の中では充分な成果だろう。本人の伸びしろも多かったところもある。
空間収納やバリアなどの魔法を覚えたことは、言うまでもなく大きい。
あとはゆりの元々の知識の高さが、本人の自覚なく発揮されている。ゆりの国の食文化が発展している為か、アレンジをして様々な料理をしている。仕事で実践する機会も多いため、最も経験値が溜まったのは料理人スキルだろう。
薬草術についても、ゆりの世界のカガクと呼ばれる技術が応用出来るらしく、料理人スキルと合わせて伸びている。
魔法はまだまだ精度や魔力量の調整に課題はあるが、持ち前の想像力で補っている。
俺は冒険者の中でも、魔法剣士と呼ばれる役割で、攻撃メインの役割なのでゆりの万能さは有難い。
イナリという従魔がいることも大きい。イナリはこの辺りの魔物なら敵がいないくらいには強い。魔物の中でも魔力が格段に多く、何より賢い。ゆりの苦手とする攻撃力を、最も攻撃的と言われる火属性の魔法の使い手として補ってくれている。同じ火属性持ちの俺とも相性はいい。
そして、実は勇人にもいろいろと仕込んでみた。勇人にも生き抜く力は必要だし、何より勇者として困難もこれから先多いだろう。出来ることから教え込むべく、ゆりが仕事や講習でいない時には、様々なトレーニングを試してみていた。ゆりにはトレーニングするとしか言ってないので、イナリと遊んでるだけと思われている。
まずは基本からということで、イナリとの遊びの延長で筋トレ。重しをつけてハイハイさせてみたり、空中に放り投げてバランス感覚を鍛えたり…イナリに怒られたりはしたけど、勇人が楽しそうだったので最終的に見逃してくれた。
あとは魔力循環を覚えさせるべく、俺の手で勇人の魔力をぐるぐる回す。
センスがあるのか、最近では魔力でものを浮かせる技を身につけた。魔力消費量が激しくて、常人ならそんなことに魔力を使う馬鹿はいない。
勇人はあくまで遊びの延長で、魔力を使う感覚を培ったり、消費することで魔力の底上げが出来ているので、トレーニングとしては効果的なものになっている。
あとはいないいないばあトレーニング。小さな石やおやつをカップや袋で隠して、どちらに入っているか当てさせる遊びだ。
最初は意味がわかっていなかったが、最近では百発百中。動体視力と観察眼がかなり鍛えられた。
赤ん坊に対して出来るトレーニングはこれくらいだ。あとは立って歩けるようにサポートして、さらに出来ることを増やせられるように父親代わりとしてがんばる予定だ。
一緒にゆりを守れる存在にするために。
もうすぐ旅立ち。
幸いにもこの街は非常に居心地がよく、穏やかに過ごすことが出来た。
しかし旅中となれば、今の生活からガラリと変わる。
マンテノウス山脈に向かう道中も、利用できる場所は乗り合い馬車を利用するが、魔物の出る地帯だと馬車もない。ほとんどが徒歩と魔物との戦いになる。
ゆり達が旅慣れていない分、俺とイナリでカバーはするが、どうしても疲れは溜まるし、命の危険も伴う。
俺も行ったことがある場所ではないから、何が起こるかもわからない。
守る対象がいる不安と、ひとりではなく、愛しい仲間達がいる幸せが同時にある。
「もう手放す気はさらさらないんだよな。」
この街に着いて、最初の夜と同じ気持ちで改めて誓う。
今腕の中にいる愛しい仲間達を、必ず守ると。
明日の予定を思い浮かべながら、俺も夢の中へ落ちて行った。
もぞもぞ動く腕の中の存在には気づかずに。
「やうー。」
シンと静まり返る部屋の中で、小さな赤ん坊が身体を起こす。
ハイハイをして、ベッドの端…ゆりやリトの足元まで移動すると、そのままふわりとソファまで浮かんで移動する。
ソファの上には、夜にゆりが再び読み聞かせてくれていた絵本。
その絵本を器用に手で開いて、ページをめくる。
紺色の騎士が戦う絵を見つめる。
「ぱんぱー。」
ペラリ。ペラリ。
白い狐が炎を吐く絵を見つめる。
「ねー。」
ペラリ。ペラリ。
パタン。
「まんまー?」
1番大好きな人が、絵本の中にはいない。
最初に絵本を読んだ時の、大好きな人の悲しい顔が浮かぶ。
「まんま。めー。」
つぶらな黒い眼の奥が光る。
絵本がぼんやりと光り出し、やがて光は消え去り、赤ん坊の中に吸い込まれた。
再びふわりと浮かんで、ベッドに戻り、ハイハイで歩く。
大好きな人の胸元にたどり着くと、服をキュッと掴んで、「まんまー。」と呟く。
そのまますぐに微睡み、寝息を立て始めた。
これは伝説を変える物語。
運命を変える小さな勇者のお話。
物語は始まった。




