うさぎカレーとこれからのこと
いろいろと落ち着いてから話そうということで、リトに存分に甘えさせて貰う形で夜営の準備に取り掛かる。
リトから借りた毛布に勇人を包んで、石を積み上げたバリケードを作ってその中に入れる。
そろそろ10ヶ月目の勇人は得意のハイハイで動きたい盛りなので、目を離すと危険なのだ。そのためこうして勝手にどこかに行かないように予防した上で、小石だらけの川辺で怪我をしないように毛布で防止する。
森の中は蒸し暑かったが、川辺は風通しがよいからか夜なのもあって少し肌寒いくらいの気温になった。
その後はリトと一緒に手頃な石や枯れ木等を集めて、簡易的なかまどを作った。
リトはかまどに向って手をかざすと、呪文を詠唱し始めた。
「闇を照らしし灯火よ、我に祝福のこぼれ火を。点火。」
ボッという音と共に、かまどに瞬く間に炎が生まれる。
こ、これは…。まさかの魔法!?
魔法があっちゃう世界な感じ!?
ポカンと口を開けてかまどを眺めてる私の顔を見て、リトが首を傾げる。
「どうかしたか?」
うん、めっちゃどうかしてます。しまくってます。
これ、私も魔法使えるようになったりするオチなのかな?
いろいろ聞きたいことがありすぎる。
「あとでいろいろと話すね…。で、私の方で調理させてもらっていいんだよね?」
「あぁ。俺はどうも調理とか細かいことは苦手だから、味気ない保存食しかここのとこ食ってない。美味い飯が食えるならありがたいくらいだ。」
そこまで期待されると、異世界人困っちゃうんですが…
「とりあえず作らせて貰うね。時間かかると思うから勇人みててもらえると助かるんだけど、お願いしてもいい?」
「…見てるだけでいいのか?」
どうやらリトさん、赤ん坊の世話はしたことないらしく(まぁ、関わりがなかったら当然か)、おっかなびっくりなようだ。
とりあえず見ながら適当に親睦を深めて貰うことにした。ちなみにリトは私の2つ歳上の18歳。敬語にしようとしたら、いきなりで気持ち悪いとタメ口の許可を頂いた。
リトの荷物の鍋に川の水を入れて、かまどの火にかける。元々この鍋は旅路でお湯を沸かすために使用しているそうで、小さくも大きくもない普通の中型鍋だった。
リトが持ってきた元一角兎さんの塊に手を出す。一角兎さんを倒した後に、魔石と呼ばれる魔物の核を取り出し、冒険者としてお金になる討伐部位を回収したうえで、血抜きして今は食べられる肉の塊にリトが捌いてくれた。
魔石は魔物の命とは別で、魔物を証明する中身体のようなもので、魔物によって種類も形もバラバラでいろいろな効果を持っているそうだ。
そんなファンタジーな話を聞きながら、地球の日本人女子高生で兎を捌く技術はない私は、リト先生が手際良く捌かれるのをビビりながら見てました。
肉にリトから貰った岩塩を削って下味をつける。スーパーで特売で手に入れた野菜たちをレジ袋から取り出し、これまたリトに借りた調理用の小型ナイフで野菜を切る。人参、じゃがいも、玉ねぎが終わったら同様に兎肉も一口大に切って鍋に投入する。
節約のための野菜カレーの予定が、思いがけずにお肉を手に入れて美味しいカレーに出来そうだ。
しばらく火にかけて中の具材が柔らかくなった時点で、銀色のお椀に少しだけ鍋の中身をよそう。
勇人はまだ1歳未満で離乳食の時期なので、薄味の栄養価の高いものを食べさせてあげる必要がある。
勇人の分を避難させた後に、カレールーを投入してひたすらに煮込む。
途中、匂いにつられたリトが謎の…かつ凄くいい匂いを放つカレーを見て、これは何か尋ねられたけど、カレーの存在有無がわからない以上、それも含めて食べながら話すということで回答は後回しにした。
そうして出来上がった兎肉入りのカレーに、施設の朝ごはん用に買った食パンを少し焼いたものを添えて、異世界初めての食事をとる。
ちなみに勇人には、避難させてたシチューもどきの具材を細かくしてから、パンを入れて、少しだけルーを混ぜたものを先に食べさせている。
カレーが出来上がる頃には、勇人はリトを「に〜〜!」と呼びながらきゃっきゃしていた。
本当に人見知りしない子に育ってくれて助かるわー。勇人にとっては男の人は全員「にー」らしい。
勇人を見ていたリトも勇人を抱き上げたりしながら、優しい顔してあやしていた。
その姿にちょっとドキッとした乙女な心は内緒だ。うん、だってイケメンなんだもん。イケメンと可愛いのコンビは最強に目の保養だ。
出来上がったカレーをリトに渡す。
初めてのカレーなのか、そーっとカレーに手を伸ばして、パクリと一口食べる。
施設の子供向けだから、甘口カレーだけど、味見した時は美味しかったけど口に合うのだろうか?
そこから先はもの凄い勢いだった。「美味い!」と大絶賛しながら、鍋のカレーが急激に減っていく。やっぱ育ち盛りの男の子は違うなー。
最初に私の持つ食糧を使っていいのか気遣ってくれてたが、そんなの関係ないというくらい気持ちいい食べっぷりだ。
勇人もぱくぱく食べてる。あのお兄ちゃんくらい大きくなるんだよーと思いながら食べさせる私。
ひと通り食べたら、お腹いっぱいになって寝てしまった勇人を石のバリケードの中で寝かせて、私もカレーを食べる。
もちろん兎肉を食べたことなんて日本人の私はなかったし、さらにそれが異世界にいるモンスターなら尚更どうなのか不安はあったが、一口肉を食べてそんな不安は吹き飛んだ。
めちゃくちゃ兎肉柔らかい。生臭くなったらどうしようとも思ったけど、リトの下処理やスパイスが効いているようだ。私が食べ終える頃には鍋はすっかり空っぽになった。
さて、勇人も寝たし、ここからが重要。さっきのリトの様子から胃袋を掴め作戦は成功しているはず。生きる為には自分に出来ることは最大限に活用しないとね。
リトにこの世界の人間じゃないこと、知らぬ間にあの森にいたこと、どうしたらいいか途方に暮れてることを話した。
話しながら最後の方は本当にどうしようと思って涙声になってた。ずっとここで暮らすのかとか、帰れるのかとか、いつか魔物に食べられて死ぬんじゃないかとか。不安しかない。
それでもリトはひと通り私の話を最後まで聞いてくれた。泣きそうな私に気付いてか、私の隣の石に腰掛けると、ぎこちなく頭を撫でる。
勇人を守る為に張っていた気持ちが緩む。ポロポロ涙をこぼす私に、今度はリトが語りかける。
「話を聞く限りじゃ、到底信じられない話だ。けど、現にゆりがいて、勇人がいて、服装も変だし知らない料理も作るし、嘘だっていう証拠もない。…俺も訳あって今は冒険者をしながら旅をしてるし、旅の仲間にするくらいには信用する気持ちはある。嘘つくならもっとマシな嘘があるだろうしな。」
それだけこっちの世界の人からしても、ぶっ飛んだ話なんだろう。
「じゃあ村まで一緒に行ってくれるの?」
「そこは最初から約束してたから、もちろん送る。ただ、村に着いた後も俺と一緒に行動してもらう。信用とかの話じゃなくて、ゆりや勇人の安全を考えた上でだ。」
「リトが旅をしてるなら、リトに着いてった方が危ない気がするんだけど…。魔物もいるし、勇人もいるから過酷な場所には行きたくないし。」
「確かに俺と来るのも危ない。けど、ゆりや勇人はこの世界のことをよく知らないし、女性と子供だけで生きるには厳しい世界だ。
言い方が悪いが、男は労働力になるけど、女は家を守る為にゆりの年齢なら嫁ぐのが一般的だ。
行った先の村や街ですぐに結婚相手を見つけられるならそれが1番いいが、こっちに慣れるのにも時間がかかるし、結婚するならちゃんとゆり達の事情を信じてくれる人にすべきだ。
冒険者は予期せぬ出来事に慣れてるから、俺みたいに納得するやつもいるかもしれないが、生粋の村人とかは閉鎖的だから、本当のことを話したところでどうなるかわかんねぇ。」
ただ魔物から助けただけのお荷物な私達だろうに、リトなりに私達のことをよく考えてくれていた。
話を聞きながら、助けてくれたのがリトでよかったと、しみじみと感じた。
「あとは、実はゆりと勇人の容姿も関係してる。」
「私達ってもしかして変わってるの?」
「変わってるというより、希少と言った方がいいな。服装は文化の違いとか誤魔化せばどうにでもなるが、そこまで混じり気のない黒髪黒瞳は見たことがない。」
まさかのジャパニーズスタイルに問題ありのようだ。
「瞳や髪の色は、持ち主の潜在的な魔力や魔法の力を表してる。黒は最も濃い色だから魔力量は最上級で…しかも闇の色と来たら、村だと忌避されるし、街だとすぐに王宮に囲われる。
幸いに冒険者なら結構訳ありも多いし、ある意味この村や街に定住しませんって宣言してるようなもんだから、風当たりは少し弱くなる。あくまで少ししか効果はないだろうけどな。
それに、はっきり言ってゆりや勇人は弱い。潜在的なものはあるかもしれないが、第一印象や事実を踏まえても、珍しさもあって人攫いの類に狙われる可能性は高い。
別に俺とでなくても、他にもっと強いパーティに守って貰うのも手なんだが…。」
急にリトが言い淀む。心なし横顔が赤く見えるのは気のせいだろうか?
「…あー、事実としてだ。勇人もだけど、ゆりもかなり…可愛いい。」
そう言って赤いイケメン顔で真剣に見つめられる。
破壊力が凄すぎるんですけど。自分の顔がボンッと爆発した。今ならタコより赤い自信がある。
「俺が思うだけじゃなくて、世間一般で見てもみんながそう思うだろう。そうなった時に、よくない奴等はよくないことを考えるから、危ない。冒険者は血気盛んな奴も多いからな。」
本当に親切心で言ってくれてるのだろう。軟派な奴かと一瞬思ったけど、それならこんなに赤い顔で語らずにもっと口説いて来るはずだ。
「可愛い云々はまだ信じられないけど、危ない理由はわかった。
リトに着いてった方がいい理由はわかるんだけど、リトはいいの?明らかに私達ってお荷物だよね?」
不安もあって最後は声が小さくなる。リトが私達を連れて行くメリットが皆無だ。
「あー、理由があるとしたら、ゆり達に興味を持った。あと、今まで味気ない保存食ばっかだったから美味い飯にやられた。あとは、可愛いい2人を連れてたら、他の冒険者に自慢出来るから…とかだな。」
そう言って、安心させるように笑いかけてくれた。優しいイケメンとか反則だ。最後のは冗談だろうし、どれも私達を連れてく理由としてはささやかだ。
それでもこの好意を無駄には出来ない。むしろ感謝しかないけど、それならばこれから報いるのみだ。
横にいるリトの手をとる。突然の私の行動に、リトの手がびくっとなる。
「本当にありがとう。まだまだこの世界のことはわからないし、慣れないし、迷惑しかかけれないと思う。それでも一生懸命慣れてくし、リトの助けになれるように頑張るから…。勇人ともどもよろしくお願いします!」
そういって、勇人の右手を握ったまま頭を下げる。
すぐに頭をポンポンとされて、「こちらこそよろしく。」と返ってきた。
それからは、お互いの話を少しだけした。
私は施設のことや得意なこと、勇人のことを話して、あとは地球の知識が役に立てればとリトに伝えた。あと、カレーについても教えた。
リトからは訳ありの理由は聞かなかったけど、5人兄弟の末っ子なこと、冒険者はGからSSSの10段階あって、リトは冒険者に成り立てだけど、それなりに強いからEランクの冒険者らしいことを聞いた。
リトの武器は背に背負ってた大剣と魔法らしい。そういえばリトも深い紺色だから魔力があるんだろう。そのあたりは聞いたらそれとなくはぐらかされた。
うん、この辺りはこれから信用を得て教えて貰えるように努力しよう。
あとは私も魔法が使えるか聞いてみた。各村や各街にはその人の能力を調べることが出来る人がいて、冒険者ギルドと呼ばれるところには常駐しているようだ。
冒険者はよく利用するし、個人情報を守る契約も結んでるから他人に能力を漏らされることもない。
次の街で調べてみようという話になった。
夜もだいぶふけてきたので、眠ることになった。
勇人のくるまってた毛布を地面に敷いて、リトの持ってる野球ボール大の魔除けの魔石を勇人に抱えさせた。この石にはリトの名前が刻まれていて、リトより弱い魔物は寄ってこなくなるそうだ。幸いこの森は魔物は弱めだそうなので、この魔石があれば熟睡しても問題ないとのこと。
勇人を挟む形で、リトと私も横になる。
火も消したから、夜だと肌寒い。
勇人が風邪をひかないようにと、自分も暖かさを求めて勇人を抱きしめる。
人肌は温かい。勇人も無事でよかった。
そう思ってたら、ふわりとさらに暖かさに包まれた。
精神的にも体力的にも限界が来ていた私は、それが何かを確認する余裕もなく、夢の世界へ旅立った。