従姉妹の雪ちゃん
「……うう、あんなことしておいて雪ちゃんにどんな顔をして会えばいいのよ」
お風呂のお湯に顔を半分埋めるように浸かりながら、私は両手で顔を隠した。自分がやらかしてしまった事を思い出して、思わずじたじたと足をバタつかせる。
ことの始まりは数日前。
高校生になった従姉妹の雪ちゃんが冬休みを利用して東京観光に来たがっていて、うちに数日泊めてあげて貰えないかと実家からの母から頼まれたのがきっかけだった。
忙しい師走の年の瀬に学生はもう冬休みなのかと羨ましく思うのと、その高校生のわがままで私のプライベートが侵害されるのは嫌だなというのが感想で、正直めんどくさかった。
全く構えないからと母さんに念押しして、それでもいいからと言われて私は仕方なく受け入れたのだ。
従姉妹の雪ちゃんと合うのはいつ以来だろう……最後に見たのはまだ、ランドセルを背負っていた頃だと思う。
あの頃は私をお姉ちゃんと慕ってくれて可愛かったけど、もう高校生にもなってたら生意気盛りだったりするんだろうなぁ……
「お久しぶりですお姉さん……これ、母からのお土産です」
だけど、私の予想は意外な方向で外れていた。久しぶりに会った雪ちゃんは記憶にある姿と殆ど変わっていなくて、とても高校生とは思えないほどに小柄でかわいい女の子だった。
さらに、私が切符を買わずに改札を通るだけで尊敬の眼差しで見てくるような素直な良い娘なのだ。
そんな雪ちゃんだったから、私はお姉さんぶって色々構いたくなってしまい、久々の休日だったにも関わらず一日中雪ちゃんの東京観光に付き合ったのだった。
――そして、その翌日は最悪だった。
私のミスでお客さんを怒らせてしまい、年末の忙しい時期なのに上司をお客さんのところまで同行して謝罪に行くことになったのだ。
罵倒するお客さんにひたすら謝罪をする上司に、自分も頭を下げながら、申し訳なくて、情けなくて、いたたまれなかった。
悪かった事は反省して次に活かせばいい、と言って先に家に帰してくれた上司はまだ自分の仕事が手付かずで、だけど私に手伝える事はなくて。
何もできずに会社を出た私は、体が覚えているままに電車に乗って、足取りも重く帰宅したのだった。
そして、マンションの廊下で、私はふと自分の部屋から漂ってくるその匂いに気づいた。
それはお味噌汁のいい匂い。
そういえば昨日から雪ちゃんが家に来ていたんだっけ……?
私はすっかり雪ちゃんの事が頭から抜けていた。
鍵を開けて明かりのついている部屋に入ると、ぱたぱたと足音がして雪ちゃんが玄関にやって来た。玄関から見えるコンロにはお鍋が置かれている。
「お帰りなさい、お姉さん。お仕事お疲れ様です!」
「た、ただいま……」
帰宅の挨拶なんていつぶりだろう?
一人暮らしを始めた頃はひとりでも言っていたけれど、段々と仕事に追われて疲れ果てて帰宅するようになり、言うのも億劫になっていったのだった。
「遅くまでお仕事お疲れ様です……あの、ご飯外で食べちゃいましたか?」
「いや……」
食事の事は何も考えてなかった。
「じゃあ良かったです。ご飯作ってますから一緒に食べましょう!」
「ありがと……」
正直言うとこのまま何もせずにベッドに倒れ込みたかった。
だけど、雪ちゃんの行為を無下にするのも忍びなかったので、食べられるだけ食べてみようって思いこたつに用意された食卓につく。
準備されていたのはご飯にお味噌汁それからオムレツにサラダと極一般的なメニューだった。
「……あまり凝ったものは出来なくて恥ずかしいんですけど」
「そんな事無いよ。むしろ、家庭的でほっとする」
これは本音だ。最近の食事は大体外食かコンビニ弁当だったからだ。
雪ちゃんが私と向かい合ってこたつに入り、二人でいただきますの挨拶をした。
「……美味しい」
「良かったです!」
実際にご飯を食べ始めると身体が食べる事を要求してきて、自然と食が進んだ。そしてお味噌汁を飲んだとき私はその味に衝撃を受けた。
「母さんの味だ……」
それは子供の頃から慣れ親しんだ我が家の味噌汁の味だった。雪ちゃんのお母さんとうちの母さんは姉妹だから味付けが一緒でも不思議は無い。こうやって家庭の味は受け継がれていくのだろうな。
……でも、私は母さんの味付けを知らないや。
なんだかそんな事が不意に悲しくなってしまい、気がついたら涙がこぼれていた。
「あ……あれ……?」
「お姉さん……」
「ああ、ごめん。大丈夫……なんでもないから……」
……だめ、雪ちゃんが心配しちゃうじゃない。
私は手の甲から手首で目元を拭った。だけど、涙は堰を切ったかのようにこぼれ落ちてきて……
「あれ? 何でだろ? ……ごめんね……雪ちゃん、私は大丈夫だから……」
焦る気持ちとは裏腹にどうにも涙が止まらない。
「大丈夫ですよ、お姉さん」
いつの間にか雪ちゃんが私のそばまで来ていて、私の頭をそっと包み込むように抱き締めてくれていた。
「……何か辛い事があったんですよね? 辛いときは我慢せずに、気の済むまで泣いてしまった方がいいですよ」
雪ちゃんからはほんのりひなたの匂いがして、安心できる暖かさに心が箍が外れてしまったようで。
「うう……ああ……うあああああ!」
気がついたら私は雪ちゃんの胸元に縋り付いて号泣していた。雪ちゃんは黙って優しく私の頭を撫でてくれていた。
ストレスと疲労が溜まっていたのか、気がついたら私はそのまま泣き疲れて眠ってしまったみたいだった。
翌朝、私はこたつで目を覚ました。
体には毛布が掛かっていて、台所からは人影と鼻歌が聞こえている。こたつの上は綺麗に片付いていた。不意に鏡に映った自分の姿を見てその酷い有様に私は呻き声をあげる。
メイクも落とさずに涙でぐちゃぐちゃになったまま眠ったのだ……こんな顔は誰にも見せられない。
私は顔を伏せて台所を抜け、驚いた顔の雪ちゃんに挨拶するやいなや逃げるように脱衣所に駆け込んだのだ。
……そして今に至る。
雪ちゃんの前で私はできるお姉さんぶっていたのに昨晩でいろいろ台無しにしてしまった。あんな小さな女の子に縋って泣き崩れるだなんてどうかしている。
幸い今日は休日だから、お風呂から出たら雪ちゃんにきちんと話をして弁解する事にしよう。
そう決意してお風呂を出たら、エプロンを着けた天使が微笑んでいて。
「お姉さん大丈夫ですか? ……ぎゅーってします?」
なんて聞いてきたものだから、私の決意はあっという間に崩れさって、その場で朝ごはんのいい匂いがする雪ちゃんの胸元に顔を埋めさせて貰うのだった。
……雪ちゃんはちっさいのにおっぱいは結構大きいんだね。