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2日目 アリシア、ラブドールに会う

「特殊コード、JAPAN-2-GE-KP-629912756826LISP792GI。例外項目再設定、当該アリシア2234-LMNは高負荷試験運用中であり、特別な対応を要するものである。よって、運用上の全ての条件の対象外とする」


向かい合うアリシア2234-LMN-UNIQUE000とアリシア2305-HHSの傍に歩み寄り、千堂は改めて冷静にそう命じた。


「特殊コード、JAPAN-2-GE-KP-629912756826LISP792GI、受諾しました。例外項目再設定完了。高負荷試験運用中の当該アリシア2234-LMNを、運用上の全ての条件の対象外とします」


アリシア2305-HHSはこう答えると、静かに自らの業務に戻っていった。


これでもう、アリシア2305-HHSにとって彼女は玩具のロボットと同じ扱いになる筈だった。どれほど信号を受信しようと、彼女がアリシアシリーズとしての特徴を有していようと、それらすべてを無視するように命令したのと同じであり、この屋敷に何故かいるロボットという認識になる筈であった。それ故、これまでは互いを同じアリシアシリーズとして役割分担しそれぞれの仕事をこなすという形だったものが、アリシア2305-HHSは自身の役目だけを果たすことを思考するようになるだろう。それはつまり、これまでは顔を合わさないようにしていてくれたものが、その配慮も無くなるということである。


アリシア2234-LMN-UNIQUE000を普通に人間として、千堂の家族として認識させることが出来ればもっと簡単なのだが、何しろこのような事態は想定されておらず、ロボットを人間として認識しろなどという命令など考えられてもいなかったのだ。


それでも、人間の中にはいろいろな価値観を持つ者がいるからロボットと結婚した者もこれまではいる。ロボットを本当の家族として迎え入れた者もいる。だがそれらのいずれの事例でも、ロボットはやはりロボットの範疇を超えるものではなく、あくまでロボットとしての条件付けで対応出来てきたのだった。今回の事例とは違う。


それが今後双方にどういう影響を与えるのかは未知数だが、これもまたテストの内だと千堂は割り切ることにした。


「お前達は本当に相性が悪いみたいだな」


彼は少しため息交じりにそう言った。


「ごめんなさい…」


またも叱られた子供のようにしゅんとなっているアリシアがそう言うと、千堂はふっと穏やかな顔つきになった。


「だがまあ、ちょうどいい。今日は今後のお前のヒントになるかも知れないものに会いに行こうと思ってたところだからな」


そう言った彼に、彼女は不思議そうに顔を上げて尋ねた。


「ヒント、ですか…?」


そんな彼女に、千堂は静かに言った。


「ラブドールだよ」


その瞬間、アリシアがビクッと反応し、その顔から表情が失われた。それを見逃さず、彼は続けて言った。


「もちろんお前のことじゃない。正式にラブドールと呼ばれるロボットがいるんだ。今日はそれに会いに行く」


と断言して、既に決定事項なのだと彼女に伝えた。


ラブドールというのが自分のことではなく、しかもロボットの正式名称だと聞いて少し落ち着いたアリシアだったが、だからと言っていきなり今からそれに会いに行くと言われて『はいそうですか』とはなれなかった。


「えと、あの、その……」


と狼狽える彼女の手を取り、千堂は「さあ行くぞ」と歩き出した。


「えええ~!?」


彼に引っ張られて抵抗も出来ず、アリシアは軽くパニックになりながら、千堂の愛車であるスポーツタイプの電気自動車に乗せられて、有無を言わさず屋敷から連れ出されてしまったのだった。


その後は特に会話もなく三十分ほどで目的の場所に到着していた。車から降りたアリシアの前には、一階がガレージ兼作業場らしきスペースになった三階建ての小さなビルがあった。見ると、<錬全れんぜん製作所>と看板が掲げられていた。


ラブドールという言葉は、一般的にはメイトギアの蔑称として一部で使われている言葉ではあったが、実は<ラブドール>と呼ばれる種類のロボットは、既に存在しているのだ。その名の通り、オーナーの性的な欲求を満たすことを主たる目的に設計されたものである。


火星でも売春は基本的には違法行為であり、その種の性的なサービスを提供する商売は、ある程度までは黙認されてはいるものの決して公認されている訳ではない。しかしそれは人間とは切っても切れない強い欲求であることも事実である。故にその為の受け皿として、代償行為としてのそういう機能に特化したロボットが、<準医療機器>として流通しているのだ。


とは言え、やはりデリケートな分野であることから決して大々的に宣伝されたりするものでもなく、生理的にそういうものを嫌悪する人も少なくないことからどうしても日の当たらないジャンルの商品であるというのもまぎれもない事実なのだった。


JAPAN-2を始め大手の企業はやはりイメージ的に参入し辛い為に、製造販売しているのは、多くが中小零細である。錬全製作所は、そういうメーカーの一つだった。


「これは、私の友人の知り合いが経営している会社だ。ネット上にHPもある。見られるだろう?」


そう言われてアリシアはネットワークに接続し、錬全製作所の情報を探った。するとそれはすぐに見付かった。そのジャンルにおいては有名な企業だというのはそれでも分かった。


HPを見るとそこには、錬全製作所で作られているラブドールの写真が並べられていた。だが、<性的な欲求を満たすロボット>という言葉から受ける何処か淫猥で後ろめたい印象とは裏腹に、そのどれもがとても穏やかでそして真っ直ぐな目をしていた。


アリシアは感じていた。そこにいる<彼女や彼>の純粋さを。言葉はなくとも『あなたを愛します』とその目がはっきりと語っていると。だから千堂に従ってその会社のドアをくぐることにもう躊躇いはなかった。HPで見た<彼女や彼>が本当にそういう目をしているのか知りたいとただ思った。


作業場らしきシャッターの脇にあるドアを入るとすぐに階段があった。それを上り二階に行く。再びドアを開けるとそこはショールームのようだった。滑らかで美しい体をした、一見すると人間以外の何ものにも見えない、だがロボットであるアリシアにとっては間違いなくロボットだと分かる者達が並んでいた。


皆、一糸まとわぬ姿であるにも拘らず、何故か淫猥な感じは殆どなかった。ただただ美しいとアリシアも思った。そんな彼女の前に、一人の女性が歩み出た。その女性ももちろん、一糸まとわぬ姿であった。その姿にアリシアは見とれた。


「きれい…」


と、思わず声が漏れた。それを耳にした女性は嬉しそうに微笑み、言った。


「ありがとうございます。私は当社のフラッグシップモデルの愛錬あいれんと申します」


愛錬と名乗ったその女性は、いやロボットは、真っすぐにアリシアを見詰めた。そのあまりに真っすぐな視線に気恥ずかしくなってしまって、彼女は思わず顔を伏せた。


そんなアリシアを愛錬に任せ、千堂は錬全製作所の責任者と思しき人物と語り合っていた。そこには実際に愛錬を購入し一緒に暮らしているというオーナーも同席していた。


アリシアもまた、愛錬とたくさんのことを語り合った。その愛錬は、一度オーナーの下に行ったのだが、昨年、そのオーナーが亡くなり、こうやって実家とも言うべき錬全製作所に帰ってきているということだった。


確かに愛錬は、オーナーの性的な欲求に応える為の機能を有したラブドールだった。だが、愛錬はそれを恥じてはいないし、何より彼女のオーナーが彼女を<道具>とは見なしていなかったというのも感じられた。ただそういうことも含めて、彼女と共に生きることを望んだのだ。


アリシアは、少し自分が恥ずかしくなった。ラブドールという言葉をただ卑しいものとして毛嫌いしていた自分を恥じた。


「愛錬。私は同じロボットとして、あなたを誇りに思います」


愛錬の手を取り、彼女を真っ直ぐに見詰め、アリシアは自らが感じた正直な気持ちを伝えていたのだった。


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