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14日目 アリシア2234-LMN、微笑う

アリシア2234-LMNが微笑わらった。それまでずっと無表情というか硬い表情だったのが嘘のように、柔らかい笑顔を見せた。そう、本来、これがアリシアシリーズの持ち味だった筈だ。確かにロボット然とした違和感が完全に消えることはないが、それでも少しでも人間の気持ちを穏やかにしようとそういう表情をすることが出来るのも、アリシアシリーズが好評を博している理由だった筈なのだ。


そのせっかくの持ち味を、ロボットが嫌いという理由で台無しにしていたのは、他でもない秀青しゅうせい自身だったのである。それを、千堂アリシアとアリシア2234-LMNが思い出させてくれたのだ。


だがその時、


「あ、私、そろそろ帰らなきゃ」


アリシアが自身に内蔵された時計を確認して言った。だが今日は秀青にはアリシア2234-LMNがついている。秀青まで慌てて帰る必要はない筈だ。だから彼女は言った。


「もしまだ蝶を探すんでしたら、いいですよ。千堂様の許可はいただいてますから」


けれど秀青は答えた。


「いや、僕も探すのは日が高いうちだけって決めてるんだ。だからもう帰るよ」


そして自分のアリシア2234-LMNを見て、


「待ち合わせ場所まで、抱いて行ってくれるか?」


と言った。もちろんアリシア2234-LMNがそれを断る筈はなかった。


「はい、承知いたしました」


そう言いながら秀青を抱き上げるアリシア2234-LMNを見届けて、アリシアは走り出した。それを見た秀青が問う。


「彼女について行けるか?」


その問いに答えるより先に、アリシア2234-LMNは、秀青を抱きかかえたまま滑るように駆け出した。


「もちろん可能です。お任せください」


秀青を抱きかかえているハンデをものともせず、アリシアの後を追う。それはもちろんアリシアが手加減をしているというのもある。基本的な性能は同じなのだから、荷物を抱えてる方が不利なのは当然だ。しかし本気で競争している訳ではない。これもまた遊びのようなものだ。


そして、秀青のアリシア2234-LMNもまた、千堂アリシアと同じく彼に葉一枚枝一本触れさせることなく林の中を駆け抜けた。さすがに戦闘能力なら、純粋な戦闘用ランドギアの戦闘データを引き継ぎ、あの苛烈な戦いを潜り抜けた経験を蓄積した千堂アリシアに一日の長がある。だが通常モードでなら、バグによる若干の反応の遅れがある彼女よりも、秀青のアリシア2234-LMNの方がむしろ上だった。何しろ、秀青を庇う為に自分が葉や枝を受け止めていた彼女と違い、それら全てを完全に躱していたのだから。これが本来の、アリシア2234-LMNのパフォーマンスだった。


元の道まで戻ってきた時には、その違いは歴然としていた。全身に細かい汚れがある千堂アリシアに対し、秀青のアリシア2234-LMNには、土の上を歩いたことによる足元の汚れ以外のそれは皆無だったのだから。まあそれも、よく見ないと分からないレベルではあったのだが。


でも、アリシアにとってはそんなことは大した問題ではなかった。自分は汚れ、秀青のアリシア2234-LMNに全く汚れが無いことは気付いていたが、そういう部分で自分が劣ってしまっているのは、千堂邸のメイドの先輩であり、自分より二代前のモデルであるアリシア2305-HHSにさえ勝てないことからも分かっていたのだ。だからそういう勝負をするつもりは元からなかった。だが、アリシア2234-LMNの腕から地面に降り立った秀青に向かって彼女は言った。


「やっぱり、秀青さんのアリシア2234-LMNは素晴らしいですね。見てください。私、こんなに汚れちゃった。でも、彼女は全然汚れてない。それだけ丁寧に確実に動けてたからです。私よりずっと、秀青さんのことをしっかり守ってくれてます。それだけ彼女とにとっては秀青さんのことが大切なんです」


そう言われて秀青は、彼女と自分のアリシア2234-LMNとを見比べてみた。確かに彼女はうっすらと汚れ、それに比較して自分の隣に静かに立つアリシア2234-LMNはまるで汚れていなかった。しかも自分を抱えながら走っていたというのに。それに気付いた秀青にアリシアはなおも言った。


「だから秀青さん。秀青さんも、彼女を大切にしてあげてください。そうしたらきっと、彼女はもっと秀青さんの為に頑張れますから」


そう言葉を発した彼女の笑顔は、体についた汚れなど意にも介さない美しいものだった。少年の心に刺さるには十分すぎる魅力的な笑顔だった。なのに、それにも負けない笑顔を見せる者が他にもいた。秀青のアリシア2234-LMNだった。


そうなのだ。千堂アリシアもこのアリシア2234-LMNも、本来は同じ機能を持っているのだ。千堂アリシアは偶然、<心のようなバグ>を持ってしまっただけで、彼女が出来る表情なら、他のアリシア2234-LMNにだって出来なくないのである。ただ彼女のように自らの意志で自由自在とはいかないだけで。


アリシアは、自分に微笑みかけてくれているアリシア2234-LMNに向かって頭を下げた。


「アリシア2234-LMN。あなたも素晴らしい人に出会えましたね。これからも秀青さんをしっかり守ってください。秀青さんの友達として、私からもお願いします」


彼女の言葉に、秀青は思わず隣にいるアリシア2234-LMNを再び見た。そして彼女と同じ表情をしていることに気付き、思わず見とれた。そんな秀青に向かってアリシアが声を掛ける。


「それじゃ秀青さん。もしまた何か御用があれば連絡ください。連絡先は彼女が知ってますから」


そう言って手を振りながら、アリシアは屋敷に向かって駆けだした。明日の約束はしなかった。秀青にはもう自分は必要ないと思ったからだ。ただ、もし、それでも何か自分に連絡を取りたいと思ってくれた時には、アリシア2234-LMNを通じてならいつでも連絡が取れる。データリンクにより、互いに内蔵された電話番号は交換済みなのだから。


彼女の後姿を見えなくなるまで見送った秀青が、隣に立つアリシア2234-LMNに目を向けた。アリシア2234-LMNも、秀青を見た。その顔は、さっき見とれた時の笑顔のままだった。そして彼女は言った。


「秀青様。ご命令を。私は、どこまでも秀青様についてまいります」


秀青は実感した。そうだ。これが本来の彼女の姿なのだ。笑うことを禁じ、自分も笑いかけることすらしなかったことで彼女は出来ることの多くを封じられてしまっていたのだ。そしてそれは、他でもない自分の責任だった。自分はただ、構ってくれない両親への不満を彼女にぶつけていただけだったのだ。だから彼女は、人間に歯向かわない、口答えもしない、不平不満も漏らさない代わりにせっかくの表情を見せることさえ出来なくなってしまっていたのである。


自分が悪かった。自分の所為だった。それを思い知らされるのがこんなに清々しいことだったとは、秀青は知らなかった。それを認めるのがこんなに気持ちのいいことだとは知らなかった。何しろそれを認めたことで、ずっと心にわだかまっていたものが一瞬で氷解したのだ。


問題を解決するというのは、その原因を知り、認知することから始まるという。彼は今回、それを身をもって知ったのであった。結局、明日の約束はしなかった。それは彼自身、明日には自分の家に帰ることになるからだ。カセイヒイロシジミはとうとう捕まえることは出来なかったが、それ以上のものを得た気がしていた。それを教えてくれた、それに気付かせてくれた、あの千堂アリシアと名乗るおかしなロボットのことを、自分は忘れることが出来ないだろう。もうそれで十分だと彼は思った。


だが、その時、アリシア2234-LMNが言った。


「秀青様、私の髪をご覧ください」


言われて彼が彼女の髪を見た時、そこには、まるで小さな髪飾りのように、あかい蝶がとまっていた。それは紛れもなく、カセイヒイロシジミであった。


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