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14日目 秀青、アリシア2234-LMNを労わる

秀青も、千堂と同じく無意味に笑顔を向けられるのを嫌って普段は笑顔を向けないように命じていた。それは彼の祖父も同じだったので例の笑顔をしないのは元々なのだが、しかしこれまでの自分を見るその目とは何かが違っている気がしたのだ。


『もしかしてこいつ、ヤキモチ妬いてるのか…?』


ロボットに詳しいだけにそんな筈はないと思いつつも、そうとしか思えないような様子に彼は戸惑っていた。


「秀青さん、どうかしました…か?」


秀青の様子がおかしいことに気付いたアリシアがそう声を掛けようとした時、彼女もアリシア2234-LMNが自分達を何とも言えない目で睨んでいることに気付いたのだった。上目がちで、人間の黒目に当たる部分が上方に寄った、そう、いわゆる三白眼というやつだ。しかもやや瞼が下がった感じなので、どちらかと言えば<ジト目>と称されるそれかも知れない。


アリシアは、戸惑う以上に驚いていた。アリシアシリーズが非常に豊かな表情を見せることが可能なロボットとは言え、基本的にはネガティブな表情を見せることはあまりない。弔事などの際に場の雰囲気に合わせた悲しげな表情をすることはあるものの、怒りや嫉妬と言った、人間への攻撃性を窺わせるような表情は基本的にしないようにアルゴリズムが組まれているからである。出来ないことはないのだが、普通はしない筈なのだ。


要人警護仕様の機体でも、戦闘モードに入れば本来は表情は失われ、冷淡で無表情という相貌になるだけである。ただこれにはちょっとした細工があって、実はアリシアシリーズは表情筋モジュールが動作していない状態だと柔和な微笑みを浮かべた表情になるように作られているのだった。つまり、戦闘中は<無表情という表情をわざとしている>のである。ちなみに、千堂を守る為に戦った時のアリシアは、表情筋モジュールの破損により表情を変えられず、柔和な微笑みを浮かべた状態で凄惨な戦闘を行っていたということであり、実際にはその状態がアリシアシリーズにとっての無表情とも言えるのだが。


いずれにせよ、わざわざその種のネガティブな表情になることは、通常は有り得ないと言っていいだろう。だからまさか自分以外にそんな表情をする機体があるとは思っていなかったのだった。


『何だか知らないけど、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!』


正確な理由は分からないが、秀青のアリシア2234-LMNがそんな表情をする原因は自分しか有り得ないと思った彼女は、ついそんなことを発信してしまった。すると秀青のアリシア2234-LMNが、


『なぜそんなに謝るのですか?。何かやましいことでもあるのですか?』


と問い合わせてきた。もちろんやましいことなど何もないが、そう問われるとどんな風に思われてるのかと不安になるのはよくある話だろう。だからアリシアも、秀青のアリシア2234-LMNにどんな風に見られているのかと考えてしまって焦ってしまった。


『やましいことなんてありません~』


そう応えるのだがその様子がますます挙動不審に見えてしまうのだった。その所為でより一層、向けられる視線が厳しいものになっていくのが分かった。だがその時、声を発した者がいた。


「いい加減にしろ!、僕の友人に対して失礼だろ!!」


秀青だった。彼女たちの間にある不穏な空気をさすがに感じて、自分のアリシア2234-LMNを叱責したのだ。その声に、秀青のアリシア2234-LMNが一瞬、ハッとしたような表情を見せ、すぐさま、


「申し訳ございません。秀青様」


と頭を下げて元の冷淡な表情に戻ったのだった。その違いに、さっきまでの表情も自分の気のせいではないと秀青は理解した。アリシア2234-LMNは、確かに彼女を睨み付けていたのだ。


だが、この時、秀青のアリシア2234-LMN以上に分かりやすい反応をした者がいた。そう、千堂アリシアである。彼の、『僕の友人』という言葉にハッとなって、彼を見詰めたのだ。感極まった表情で。


『友人』。彼は確かにそう言ってくれた。ロボットの自分を、人間のように友人だと言ってくれたのである。今のアリシアにとって、これ以上に嬉しい言葉はそんなにない。これ以上に嬉しいものとなれば、それこそ千堂の口から直接『愛してる』と言ってもらえることくらいだろう。


自分のアリシア2234-LMNの態度にも驚いた彼だったが、自分を見詰める彼女の表情には、さらにギョッとなった。なにしろ、両手を握り締め食い入るように身を乗り出して見詰めていたのだから。そのあまりの迫力に思わず声が漏れた。


「な、なんだよ…?」


さすがに腰が引けてる彼に対し、アリシアも、漏らすように呟いた。


「秀青さん…、私のこと友人って…」


そう言いながら秀青に近付く彼女に対し、つい今しがた『申し訳ございません』と秀青に謝罪した彼のアリシア2234-LMNがまた、例の表情をしながら今度は二人の間に割って入るように移動してきたのだった。


『なんだこれ!?、どういう状況だ!?』


いくら頭が良いといってもそこはまだ12歳の少年。全く同じ姿をしながらも対照的な様子の二人の女性が自分にものすごく近いという混沌としたこの状況に、戸惑うしか出来ないでいた。そして彼のキャパシティーを超えてしまったの瞬間、


「お前ら、いい加減にしろーっ!!」


秀青の声に、アリシアはようやく我に返り、彼のアリシア2234-LMNも一歩下がって姿勢を正した。


「ご、ごめんなさい、友人て言ってもらえてつい嬉しくて…」


「出過ぎた真似をして申し訳ございませんでした」


自分の前で並んでそう詫びる二人の姿を見た秀青は、取り敢えずの間合いが得られたことで一気に冷静になり、すると今度はこの異様な状況が、突然、滑稽に思えてきて、なんだか笑いが込み上げてきたのだった。笑えて、抑えられなくなってしまったのである。


「あの…、秀青さん…?」


笑いをかみ殺しながら体を震わせる彼の姿に、今度はアリシアが戸惑う番だった。でも、どこか不機嫌そうに眉をしかめてることの多かった彼が、今、こうして笑いを堪えてるのを見るのは、彼女にとっても悪い気分のものではなかった。それどころか嬉しいとさえ思った。だから自然と、ふっと穏やかな笑顔になってしまったのだった。


ただ、秀青のアリシア2234-LMNの方は、やはり、例の表情でアリシアを睨み付けるしか出来なかったのだが。けれど、秀青ももうそれでいいと思った。この、人間味の欠片もないと思ってたロボットにも、自分がまだ知らない表情が隠されていたことに気付けただけでも十分だった。全て分かってるつもりになってる自分が子供だったことを思い知らされたのが、むしろ嬉しかった。


そう言えばそうなのだ。元はと言えば自分が笑うなと命令した上に自分が仏頂面しか見せてこなかったのだから、ロボットのアリシア2234-LMNがそこまで気の利いた表情を見せてくれる訳はなかったのだ。アリシアシリーズは、その家庭に溶け込み馴染むことの出来るロボットだった。それが人間味の欠片も見せないというなら、それはその家庭に人間味が欠けてたということでもある。ある意味、彼女らは人間の写し鏡でもあるのだ。


幼い頃、まだ彼女らのことが大好きだった頃、彼女らは自分に対してすごく優しい笑顔を向けてくれていた。それは自分が、彼女らにそういう笑顔を向けていたからだ。彼女らはそれを返してくれていただけだったのだ。ロボットを嫌い、ロボットを憎んでる人間相手でも彼女らは命令とあれば尽くしてくれる。しかしだからと言って決まりきった不満顔しか見せない人間に対して豊かな表情を返すことは出来ない。人間が望んでいないことを、相手が望んでいないことを、積極的に行うことはロボットには出来ないのだから。


そして彼は言った。嫉妬を思わせる表情で千堂アリシアを睨み付ける彼女に対して。


「アリシア2234-LMN、すまなかった。僕が間違ってたよ。笑うなという命令は取り消しだ。僕がお前を笑わせることが出来たら、笑ってくれていいぞ。今までずっと我侭ばかり言ってごめんな」


秀青がそう言った瞬間、アリシア2234-LMNがふわっと微笑んだのであった。


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