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14日目 秀青、決断する

ほんの数分で、待ち合わせの場所である私有地の境界近くまで、千堂とアリシアを乗せた自動車は到着した。見ると、境界を示す簡単な門のところに、二人、人影が見えた。それに気付いたアリシアが呟く。


「秀青さん…」


その顔は、悲しそうですらあった。


改めて人影の方を見た千堂にとっても、確かに見覚えのある姿だった。茅島秀青かやしましゅうせいに間違いない。そして彼のアリシア2234-LMNだ。


距離はまだ、百メートルほどある。


「この辺りで、いいだろう」


千堂に促されて、アリシアが自動車を降りた。千堂も自動車を降りる。


「まず私が事情を話してくる。ここで待っていなさい」


自動車を降りるなり秀青に対して一礼したアリシアを残し、千堂は秀青達の方へと歩きだした。近付くにしたがって、その様子を怪訝そうな顔で見る秀青の表情がはっきりと分かってきた。


アリシアが男に連れられてきたことも、その男がアリシアを残して自分に近付いてくることも、秀青にとっては愉快なことではなかったからだろう。


人間の声でも十分に届く距離まで近付いて、千堂は気さくな感じで手を上げて、明るく声を掛けた。


「どうも、ご無沙汰しております。JAPAN-2(ジャパンセカンド)の千堂です。本日はわざわざご足労いただきまして、ありがとうございます」


何度か顔を合わせているので、秀青にも自分に近付いてくるその男が千堂であるということは分かっていた。問題なのは、何故その千堂がここにいるのかということだ。


考えてみれば上得意のお孫さんが自分の家に訪ねてきてくれたのだから挨拶に出るのはむしろ当然の筈なのだが、秀青はそんなことは望んでいなかった。彼はあくまでアリシアに会う為にここに来たのだから、正直なところ余計なお世話という感じだったのだろう。ただ、アリシアを自動車のところに残して千堂だけが来るというその状況に、芳しくない理由があるということだけは彼にも分かったのだった。


「せっかく来ていただいたのに大変申し訳ないのですが、実は私のアリシア2234-LMNは現在、システムに不調を抱えておりまして、本日はご一緒出来なくなりました。その為、私がお詫びに来させていただいた次第です」


その言葉で、秀青もおおよその事情は理解した。昨日の、彼女と自分のアリシア2234-LMNとの不穏な空気が原因であろうことも。


「彼女は、故障してるのか?。だからこっちのアリシア2234-LMNに近付けないのか?」


挨拶もなく、秀青は単刀直入に問い質してきた。その端的かつ的確な問い掛けに、千堂は改めて彼の利発さを感じていた。だから千堂も、端的に応えた。


「はい。そうです。事故を回避する為には止むを得ない判断でした。申し訳ございません」


千堂は姿勢を正し、深々と頭を下げた。相手を子供と侮らず、顧客の親族として、そしてそれ以上に一人の人間として敬い接した。その姿を見て、秀青も納得するしかなかった。トラブルを抱えたロボットの危険性は彼にも分かっていた。特に他のロボットが近くにいる場合には事故になる可能性があることも理解出来た。だが…。


だが、せっかく彼女と一緒に過ごす為にこうして来たというのにそれが叶えられないというのは、やはり残念で仕方なかった。


「どうしても、無理なのか?」


そう訊いてきた彼の目が縋るようなそれに見えたのは、気の所為ではなかっただろう。無理だと分かってはいても、訊かずにはいられなかったのだ。その時、


「ごめんなさい、秀青さん!」


彼の耳に届いてきたのは、アリシアの声だった。百メートルの距離があってもはっきりと鮮明に、彼女の気持ちと共に彼へと届けられたのだった。深々と頭を下げて、動かなかった。


それを見た秀青が、何かを決断したような表情をし、自らの傍らに待機するアリシア2234-LMNに向かって言葉を発した。


「特殊コード、JAPAN-2-CU-KP-189112756826LISP792GI。例外項目設定。あそこにいるアリシア2234-LMNは僕にとって特別な存在だから、特別な対応が必要だ。だから全ての保安条件の適用を除外する!」


彼がそう言った瞬間、千堂もアリシアも驚いたように顔を上げた。特に千堂の驚きようは、まさに『呆気にとられる』という感じだった。


それと言うのも、特殊コードを用いた設定変更は、コードを一言一句間違えずに正確に発しなければいけない。もしそこで間違えば、下手をするとロボットのシステムそのものに深刻なエラーを生じさせ、システムが緊急停止されて起動不能となり、メーカー修理に出さざるを得なくなるくらいにリスクの高い行為だったのである。もちろん、偶然それらしい文言を言われることも想定して全く無意味なコードを発しても何の反応もしないようにはなっているし、これもまた命令者の序列三番目までの者でないと聞き入れられないようにはなってはいるが、だからこそそういう人間が意味のあるコードを間違えて発してしまうことは十分にあり得ることだったのだ。


故に、非常に特殊な立場のユーザーを除けば、標準的な一般のユーザーがそれを使うことは想定されておらず、通常の取り扱い説明書にも記載されていない、ロボット関係の技術者を除けばメーカーの関係者の一部しか知らないような特殊な方法なのだった。千堂が頻繁にそれを使うのは、彼自身がメーカーの人間だからである。ちなみに彼が使うのは、開発者用のコードだが。


にも拘らず、秀青が発したそれは、間違いなくアリシア2234-LMNに特殊な設定を行う為の顧客用のコードだったのである。いったい、どこでそんなものを調べたのか。ネット上には確かにそういう情報も流れてはいるが、それが正確かどうかは実際にやってみないと確かめようもないのだから、軽々しく信用していいものでもない。実際、起動出来ないようにするコードをわざと載せている悪意の込められたページも数多く存在するのだ。もしこれでアリシア2234-LMNを壊そうものなら、彼は間違いなく大目玉を食らうだろう。それも覚悟する為に意を決したのだということかも知れない。


そして彼の覚悟は、運よく実を結んだのだった。


「特殊コード、JAPAN-2-CU-KP-189112756826LISP792GI、受諾しました。例外項目設定完了。当該アリシア2234-LMNを全ての保安条件の適用外とします」


秀青のアリシア2234-LMNがそう復唱し、設定変更が成功したことを示した。これにはさすがに千堂も舌を巻いた。『全く、無茶をする』と内心思ったが、同時にその知識と決断力には感心させられてしまった。


「これでも駄目か?」


保安条件の適用を除外出来れば基本的には問題ないはずだとは思いつつ、さすがに確証はなかった彼が上目遣いに訊いてくる。それを見て千堂は、完全に負けを認めざるを得ないと思った。すごい少年だと感服した。


「いえ、それで結構です。問題はほぼ解消された筈です」


そう応えた千堂に、秀青は「よし!」と小さくガッツポーズを見せた。してやったりという自慢の混じった嬉しそうな笑顔だった。


「私の負けだよ。アリシア。秀青君は実に聡明な少年だ。彼なら任せても大丈夫だろう。こちらにおいで」


千堂の言葉に、アリシアは両手で顔を覆うようにして泣きそうな表情を見せた。そしてすぐ満面の笑顔になって駆けてきた。嬉しすぎて少々スピードを上げすぎ、止まる時に摩擦が足りず一メートルほど滑ったりしたが。


そんなアリシアを見て、秀青のアリシア2234-LMNの目がピクッと反応した。アリシア2305-HHSが彼女に対して見せたものと同じ反応だった。しかしそれ以上は何も反応しなかった。


「よろしくお願いいたします」


と頭を下げ、マニュアル通りの挨拶を返してきただけだった。それを見たアリシアも、深々と頭を下げた。


「こちらこそよろしくお願いします」


あまり大袈裟にならないように控えめに冷静にそう応じた。それは、アリシア2305-HHSとのことで学んだものを活かした対応であった。


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