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5日目 アリシア、忍者になる

アリシアを破壊する為に屋敷内に侵入した二人は、しかしアリシアを見付けることが出来なかった。探知した信号では確かにそこにいる筈のアリシアの姿が無い。


「おい、ロボットがいないぞ!?」


「いや、信号は確かに…」


そう答えたもう一人の男は、最後まで喋ることが出来なかった。糸が切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ち、動かなくなった。残ったもう一人の男も、一言も発することが出来ずにその場に昏倒した。その二人の影から、もう一つの人影が現れた。アリシアであった。


その顔からはあの明るい笑顔が消え去り、まさに作り物にしか見えない無表情な顔で、倒れ伏した二人を見下ろしていた。そしてすぐさま男達が持っていたショットガンを拾い、銃口を自分のスカートの辺りに向けて撃った。しかし散弾は全てスカートの表面で受け止められ、ビー玉のように床を転がった。その直後、屋敷の照明がすべて消えた。彼らの仲間が屋敷のシステムに侵入し、消したのだ。


しかし彼女はそれを全く意にも介していないようだった。むしろ自分がショットガンを撃ったことを合図に照明が消されたことを確信したかのように、闇の中に沈んだその顔に、僅かな笑みさえ浮かべたのである。なお、至近距離からの対戦車ライフル弾でさえ貫通出来ない彼女のボディーに、点の貫通力よりも面の打撃力を重視したスラッグ弾など、それこそビー玉をぶつけられたのと大差なかった。表面の第一層で全ての衝撃は吸収され、穴を穿つことさえ出来ない。


それからアリシアは自身のスカート部に設けられたポケットから何かを取り出し、俯せにした男達の手足に巻き付けた。結索バンドだった。それで背中側に両手と両足を繋ぎ合わせ、逆エビ反りの格好にして、二人を同時に軽々と担ぎ上げた。それを自分の待機室に並べ、再びそこを出た瞬間、彼女の姿が消えたのだった。彼らが使っていたような光学迷彩ではない。凄まじい速度で移動したのだ。しかしどこへ?。


アリシア2305-HHSを撃った二人組の一人が、リビングに侵入した。もう一人の男の姿はなかった。恐らく手分けして千堂を探しているのだろう。そしてリビングに侵入した男も、アリシアが倒した男達と同じように突然その場に昏倒した。代わりに立っていたのは、やはりアリシアだった。彼女が、男達の呼吸のタイミングを見計らって一撃を加え、失神させていたのだ。その男も先の二人と同じように拘束して武装解除し、それを自らの待機室に整然と並べ、また部屋を出る。


元より戦闘のプロフェッショナルとなった彼女にとって、生身のテロリストの小隊など敵ではなかった。さっきの男の片割れが千堂に書斎に侵入すると完璧なストーキングにより物音一つ立てることなく死角から接近し、同じように昏倒させ、拘束し、武装解除し、待機室へと運び込む。並べられた男達の様子はまるで魚市場の魚のようでもあった。


千堂の捜索に加わったのであろうオウルと自らを呼称していた男も、寝室に侵入したところをやはり昏倒させられた。これで残るはあと一人。庭に止められた自動車に乗っているキングである。


しかし、キングが乗っているであろう自動車はまだ光学迷彩により目で見ることは出来なかった。だが、アリシアにはそんなことは大した問題ではなかった。光学迷彩は非常に厄介な装備ではあるが、決して万能ではない。可視光線もそれ以外の紫外線や赤外線も欺くとはいえ、音は消せない。そしてどんな電子機器であろうと、電源が入っていれば、ごく僅かだが必ず音を発している。ましてや電気自動車ともなれば消費電力も大きく、動いていなくても音も大きい。彼女の聴覚センサーには十分すぎる情報量だった。


彼らのショットガンを手にしたアリシアがその自動車に忍び寄り、タイヤがあるであろう辺りと、制御系と思しき音がする辺りを連続して撃った。タイヤが破裂し、制御系が破壊され自動車が完全に沈黙したことを確認したアリシアは、最後の一人の気配を探った。なのに自動車に乗っていた筈の男の気配がない。自分が自動車を撃った直後にそこから飛び出した気配は感じていたのだが、それより先の気配がないのだ。人間なら呼吸や心音ですぐに分かる。自分がショットガンで自動車を撃つまではその音も捉えていた。


どうやら音響迷彩も装備していたのだろう。自らが発する心音や呼吸音を検知しそれを打ち消す音をわざと発生させて限りなく無音に近付けるという装備だ。とは言えそれも不規則な動きが発生させる音には対応しきれない為、息を殺して潜んでいる時にしか使えないものだが。そして、自分の音を消すことは出来ても、周囲の音まで消すことは出来ない。


「あ!、あ!、あ!!」


突然、アリシアがまるで信号音のような声を発した。それぞれ周波数の違う三種類の音を出し、何かを探った。それに遅れることコンマ数秒で、植込みの脇にいた目に見えないそれを捕えていた。その瞬間、そいつの手と思しき辺りから何かが放たれた。極細のワイヤーが繋がった端子のようなものだった。レイバーギアを操作したあれと同じものであった。


いくらスタンドアローンを実現したロボットでも、物理的にシステムに侵入されれば乗っ取られることはある。男が使っていたのは、触覚センサーからシステムに侵入し乗っ取る為の装置だった。闇の市場にしか出回らない違法な装置だ。


アリシアはすんでのところでそれを躱し、男の体を振り回した。


「お前、戦闘用の…?」


キングと呼称していた男も、最後まで言葉を発することは出来なかった。他の五人と同じように昏倒させられて、拘束されて、武装解除された。しかしその言葉は、彼らがアリシアを一般仕様のアリシアシリーズと誤認していたことを物語っていた。


行政に届け出られた正式な書類には、彼女が要人警護仕様であることは記載されている。だがそれは、警備上の機密として秘匿し、公には一般仕様として公表されることが認められていた。JAPAN-2(ジャパンセカンド)内でも、開発部や上層部は当然、彼女が要人警護仕様であることは承知している。ただ、総務部などに対しては一般仕様のアリシア2234-HHC(ホームヘルパー・キューティ)をベースとした、次期モデルの試作品の一つとして届けられていた。これで、情報が漏れたルートは絞られるだろう。


ところで、アリシアの信号についてだが、彼女を破壊する為に探していた二人組が探知していたのは確かに彼女のものである。本当は戦闘モードに切り替わった時点でその信号を切ることも出来たものを逆手に取り、かつロボットの姿を探す為に正面から下しか見ない人間の心理を突いて天井に張り付いていたのだ。また、自らにショットガンを放ったのは、それが彼らの作戦の進捗状況を示す為の合図だと考えたからである。一発なら破壊成功。射撃音がしなかったり二発以上なら失敗。別のプランに変更するといったことが決められていたのだった。だから念の為、同時に信号も切った。その時点では既に屋敷のシステムは彼らに乗っ取られ、メイトギアの発する信号により位置を把握、通報も出来ないようにされていたのだろう。照明を消したのは人間である千堂をパニックに陥れ動きを封じる為であると思われる。


あと、キングを捕えた際にアリシアが発した声だが、理屈としては単純なものである。蝙蝠などが使うエコーロケーションと同じものだ。周波数の異なる音を出したのは、それぞれの音の反響の違いを探知することでより正確に位置や形状を把握する為であった。実はこれは、彼女の本来の仕様ではない。要人警護用のアリシアシリーズにすら実装されている機能ではなかった。夜間の戦闘や光学迷彩を利用する敵の存在が当たり前のように想定されるランドギアから戦闘データを引き継いだ時に学習した方法であった。


そう、相手が彼女でさえなければ彼らの作戦は、たとえ一般仕様のアリシア2234-HHCではなく普通のアリシア2234-LMNであったとしても、多少のプラン変更で対処出来ていた可能性が高かったのであった。


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