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4日目~5日目 千堂邸、襲撃を受ける

四日目以降、特に大きな出来事もなく、アリシアの生活はほぼ順調に過ぎて行った。アリシア2305-HHSとの軋轢もその後は落ち着いたものと言えた。まだ保安条件の適応を除外してもらっている状態なので完全とは言い難いが、それは急ぐ必要はないと思われた。きちんと、千堂が近くにいてすぐに指示を与えられる状態で注意深く観察しながら行うべきという判断だった。恐らく、千堂の次の長期休暇中に検討されることになるだろう。


それだけ、アリシアシリーズに限らずロボットにとって保安条件というのは慎重な対応を求められるものだった。人間に対しては決して攻撃を行わないものの、自分の主人を最優先としつつ人間を守るということはロボットとして最も重要な役目の一つなのだ。その為、人間にとって有害であったり危険があると判断されるロボット等に対しては強く警戒し、特に緊急を要すると判断されれば制圧することも起こり得るのである。


実際にはあくまで人間を守ることが最優先される為、危険なロボットを自ら制圧するのではなくその間に入り盾となる場合が殆どなのだが、もしそのロボットが武装でもしていて、人間がすぐ傍にいない場合にはそのロボットを直接制圧しようという行動に出るケースが何件か過去にもあったのである。


アリシアはもちろん武装などしていないが、同じアリシアシリーズであり互いに情報をやり取りする為、アリシア2234-LMNが要人警護用に戦闘能力も与えられたロボットであることは、アリシア2305-HHSにも分かってしまう。一般仕様のメイトギアは、最大出力でも体重120㎏の人間を抱き上げられる程度の力しか与えられていないが、アリシア2234-LMNはその限りではない。通常モードではリミッターが働いている為に一般仕様のアリシアシリーズと同程度の出力しか発揮できないものの、一度戦闘モードに切り替われば、純粋な戦闘用のロボットであり、二足歩行型のロボット戦車とさえ言われるランドギアに次ぐ高出力を発揮出来るのだ。一般仕様のロボットから見れば、その存在そのものが強力な武器であるとも言えてしまうだろう。


そんなアリシア2234-LMNが<故障した状態>で自らが管理する屋敷にいるなど、アリシア2305-HHSにとってこんな非常事態はない。主人である千堂を守る為には自らを犠牲にしてでもアリシアを排除しようとする可能性もある。だから迂闊に保安条件の適用を認めることが出来ないのだった。それを行うには、アリシア2234-LMNが危険な存在ではないとアリシア2305-HHSに認識してもらうしかない。ただ、現状では、今のアリシアが本当に危険なロボットではないという証明が誰にも出来ない以上、どうやってアリシア2305-HHSにそう認識させるかという答えも見つかっていないという状態だった。それはこのテストの中で見付けていくしかないということなのだ。


最悪、保安条件の適用を認めることは諦めるしかないという選択も十分にあり得るだろうし、千堂もそれは覚悟していた。それはつまり、正常なアリシアシリーズとの完全な同時運用は事実上不可能という結論でもある。しかし、事故を避けるためには止むを得ない判断とも言えるだろう。


とは言え、今のところアリシアは非常にうまくやっていると評価されていた。そしてそんなアリシア2234-LMNの真価が試される事件が、5日目の夜に発生したのであった。




「お帰りなさいませ、千堂様!」


いつものようにアリシアが帰宅した千堂を迎え、共に屋敷に入る様子を、屋敷の周囲を取り囲む木々に紛れて監視する者がいた。しかし、その姿は人間には見えず、ロボットのセンサーでも容易に捉えることは出来なかった。それを見付けられる者がいるとすれば、それはまさに<神の視点を持つ者>と言えるだろう。


軍用光学迷彩と呼ばれるそれは、人間の視覚やロボットのセンサーを欺き姿を隠し相手に接近する為に開発された戦闘用の装備である。無論そんなものを民間人が簡単に手に入れられる訳ではないが、他の軍用の装備や武器が闇の市場に出回っているのと同じく、ルートさえあれば手に入れることは不可能ではない為、ゲリラやテロリストなどでも使っている者がいるのが現実だった。


「こちらオウル。目標が屋敷に入った。オーバー」


光学迷彩をまとい千堂の屋敷を監視していた何者かが、殆ど自分にしか聞こえないような小さな声でそう言った。しかしそれで十分だった。顔まで覆うヘルメットに内蔵されたマイクがその声を拾い、赤外線通信装置を介して相手に伝えるからである。


「了解。これより作戦スタート。キングより各員へ、作戦通り、三分で片を付ける。カウントダウン開始、3、2、1、状況開始」


同じように光学迷彩をまといキングと名乗った何者かがそう声を発すると、


「スパイダー、了解」


「マンティス、了解」


「ニュート、了解」


「ボア、了解」


と、キングのイヤホンに返信が返ってきた。それとほぼ同時に、千堂の屋敷の門番として配置された二体のレイバーギアに、目に見えない何者かが音もなく近付き、至近距離から何かを打ち込んだ。それは極細のワイヤーのようなコードで小さな端末に繋がっており、それを操作すると、静かに門が開き、やはり目に見えない自動車が開放された門をくぐっていったのだった。どうやらレイバーギアに細工をして門を開かせたのだと思われた。しかも、門が開かれたという信号も、屋敷内には伝わらないようにしたようだ。


こうして易々と千堂邸の敷地内に侵入した何者かは、三十秒とかからずに屋敷そのものを包囲していた。この屋敷を中心に半径二キロは千堂の私有地だが、屋敷そのものは庭やガレージを含めても千坪程度の大きさしかない。高度な訓練を積んだ者であればさほど難しいことではなかったのだろう。しかも一度屋敷内に入ってしまえば、周囲を木々で囲まれたその立地が、近隣の目を届きにくくしていたのだった。


それゆえ何者か達はそれまでは非常に静かに隠密行動していたというのに、その必要がなくなったとばかりに光学迷彩を解除し姿を現したのである。


とは言えその姿は、明らかに軍用品と思しき装備に身を包み、ヘルメットのバイザーで顔を隠している為に人相までは分からないが、単なる強盗の類ではないことはその身のこなしなどからも間違いなかった。彼らは、それぞれ特殊部隊等に所属した経験を持つ、政府や企業の要人を誘拐し身代金を要求するプロの<誘拐屋>だった。社会的に見ればテロリストの一種ではあるが、彼らは金さえ払えば人質は基本的に殺さない。ただし、死なない程度に傷付けたり指や四肢を切断し送り付けて脅迫する程度のことはする、本質的には命というものを金銭的にしか捉えない連中なのは間違いなかった。


そう、彼らは、千堂を誘拐し身代金を得る為に来たのだ。以前は本社敷地内の単身者用の住居にいたことでターゲットにならなかった千堂が、この、周囲を木々に囲まれ死角の多い屋敷に毎日帰るようになったことを知り、狙ってきたのである。ましてや千堂以外に人間のいないこの屋敷など、彼らにとっては格好の標的だったのだ。


まず二人が窓を破り屋内に侵入する。その彼らの前にいたのは、アリシア2305-HHSだった。一瞬の躊躇いもなく、アリシア2305-HHSに向けてショットガンを放つ。それは、スラッグ弾と呼ばれる大粒の散弾が装填されたショットガンだった。散弾が特に集中した胸部は大きく抉れ、頭部にもいくつもの穴が開き、アリシア2305-HHSはその場に文字通り人形のように倒れた。完全に破壊され、すべての機能が失われたのだ。人間で言うなら即死ということである。主人を守る為に自らを犠牲にしてでも庇おうとするロボットをまず破壊することで、彼らは目的を果たす障害を取り除こうとしているのである。


そして、別の窓から侵入した二人組が、屋敷の中を走る。彼らの狙いはもう一体のメイトギア、すなわちアリシアであった。彼女を破壊し、それから千堂を拉致する手筈なのだった。


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