プロローグ
タイムトラベル・パラレルワールドを題材にしたバトルものの作品です。
1・2週間ペースで作成できたらと考えております。
果てしなく広がる蒼天と、地平線の彼方まで続く雲海。
全ての生物の営みは雲の下であり、この場所にはただ静寂のみが横たわっている。
そんな天空と冠されるこの場所には、城が浮かんでいた。
竜の住まいか、はたまた神の聖域か。まるで汚れというものを知らぬかのように輝くばかりの白を称え、世界の覇者たる威厳を漂わせる。
もし冒険者が苦難の末にこの風景を目の当たりにしたならば、言葉を失いただ感涙することだろう。
だがその城に、不敬にも来訪者は真上から現れた――。
プロペラ音を振りまく大型輸送機。開かれた扉の奥には、漆黒のフルフェイスヘルメットとパワードスーツに身を固めた数十人の集団がいる。背中には装備の入った直方体のリュックと小型マシンガンが固定されていた。
集団の隊長らしき体躯の大きい人物がハンドサインで合図を出すと、彼らは次々とヘリコプターから飛び出した。
速度を増しつつ城へと落下していく黒ずくめの兵士達。彼らの周囲には他の輸送機から同じように飛び出してきた兵士達がいる。
すると漆黒の集団に下から光の線が次々と襲ってきた。
城の中庭で杖を握りしめたローブ姿の魔導師達が、眼前に魔法陣を浮かび上がらせて、次々に魔法の矢を放っているのだ。
兵士達は時に上体を逸らし、時に見えない透明な盾を発生させて、攻撃をかい潜っていく。が、幾人かは光の矢に貫かれ、肉体を炭にしながら粉々に消えてしまった。
彼らはパラシュートは使わず、代わりに全身に淡い光を纏わせながら速度を落とす。とは言ってもそれは地面に到達するほんの数メートルでの事であり、勢いを殺しきれずに地面をスライディングする。
着地方向こそバラバラではあるが、それは次の布陣への予定通りの動き。瞬時に配置が完了した。
すると周囲の建物から、彼らを迎え撃つために白銀の甲冑を着込んだ騎士達が押し寄せてくる。その背後では先ほどの魔導師達が新たな魔法の詠唱を始める。
「各隊、制圧行動に移れ!」
「宝珠の巫女様の名において異時界の侵略者を排除せよ!」
兵士達は出力を上げたバリアシールドを並べて魔導師達の放つ魔法の矢を防ぐ。
騎士達は大型の盾を固めて兵士達の銃弾を耐え抜く。
そうしながら彼らは少しずつ距離を縮め、間合いを見計らう。
「「総員、突撃――っ!!」」
そして近接要員の兵士と騎士達が、号令と共に武器を抜き放って突撃を開始した。
土埃と煙、各所で上がる火の手。
騎士達は手斧によって甲冑ごと骨身を砕かれ、兵士は重量のある騎士剣によってスーツごと叩き潰される。
白一色だった城壁は血を浴びせられ、赤黒く染められていく。
建物の中から増援の騎士や魔導師達が次々に現れ、乱戦はますます激しさを増していく。そこかしこに両軍入り乱れた死体の山が築きあげられていく。
まるで互いに退く事を知らないかのような、死に物狂いの戦いが繰り広げられる。
まさにそこは戦場であった――。
そんな中、一つの影が建物の壁を駆け抜ける。
まるでそこだけ重力が九十度回ったかのように、一人の中肉中背の青年兵士が壁を伝っていたのだ。
彼は波紋の模様が入ったナイフを手に後方の魔導師集団へと飛び込むと、彼らの手首を次々と切り落としていく。魔導師達が杖を取り落とすと自らを守っていた結界は消え、銃弾に打ち抜かれて次々に倒れていった。
周囲の騎士達が異変に気づいて慌てて戻ってくるが、辿り着く頃にはすでに兵士の青年は壁に駆け上がり、離脱していた。
青年兵士はそのまま建物の入り口へと向かう。
だが再び現われた増援に行く手を遮られ、取り囲まれる。
すると青年兵士はスーツの胸に嵌め込まれていた黒光りする珠に手を突き入れ、そこから二本目のナイフを引き抜いた。
それはまるで心臓からナイフを抉り出すように見える動作。だが当然ナイフは心臓に刺さっていた訳でも、体内から抉り出したものでもない。
『魔珠』と呼ばれるこの珠が生み出した異空間にしまっていたナイフを取り出しただけである。
青年兵士は両手にナイフを握ると迷いなく集団に飛び込み、巧みな足捌きで間合いをコントロールしつつ、伸びのある力の乗った一閃で騎士達を次々と地面へと這わせた。
「死ねぃ! 異時界の侵略者め!」
だがその攻撃の隙を狙って、背後に回りこんだ一人の騎士が両刃剣を振り下ろす。
完全なる死角からの攻撃――回避は不可能。
しかしその刃は青年兵士に届きはしなかった――。
「ここは君達にとっても異時界だと思うんだよねぇ……っと!」
青年兵士と騎士の間に割り込む少女の声。
騎士の剣を手甲で受け流してからのアッパー。流れるようなカウンターによって、騎士は回転しながら吹き飛び、地面に倒れ伏した。
そこには鋼鉄のグローブを嵌めた、青年兵士より一回り小柄な兵士が割り込んでいた。
「ここはおいらに任せて先に行け、相棒!」
「ああ、任せる!」
いかにも台詞じみた言い回しをした少女に、青年兵士は背中越しに即答する。
そして包囲を突き抜けると、彼は建物内へと突入した。
大理石の廊下に軍靴の無骨な音が響く。
彼はアイシールドに映した内部のスキャニングマップを頼りに目的の場所を目指す。
「これ以上神に仇名す侵略者を、先に進ませるわけにはいきませんわ!」
装飾をふんだんにあしらったローブを纏う気の強そうな少女が、バリケードの上で杖を掲げる。
「総員、一斉発射なさい!」
そして杖を振り下ろし、一斉放射の号令をかける。
同時にバリケードの隙間から魔導師達は揃って魔法の矢を放った。
対する青年兵士は片方のナイフに魔力を込めると、
「フンッ!」
前面に大きく一閃し、集まってきた光の矢全てをナイフに巻き込む。
すると大量の魔力を取り入れたナイフは輝きを放ちながら伸長し、刀の形状をとる。
青年兵士はその刀を大きく振りかぶった。
「どらああァァァッ!」
刀身より放たれるは半月状の光の刃。それは更なる追撃で放たれた魔法の矢をも飲み込みながら、バリケードの向こう側の魔導師達へと襲いかかった。
「ぐわあああああぁぁぁぁ――ッ!」
魔導師達は洗濯機に放りこまれた洗濯物のように、魔力の奔流に揉みくしゃにされる。その上から崩れ巻き上がったバリケードが降り注いだ。
「くっ、越境奏者! よくもこんな辱めを! この仮は七倍にして返しまして……あんっ!?」
バリケードの上にいた少女魔導師は、走り去る青年兵士の背中を睨めつける。
だが次の瞬間、突然全身に電気が走ったかのような刺激に身体をびくっと震わせた。
少女魔導師はバリケードに使っていたロープに全身を絡めとられていたのだ。
知性と品格を高めるはずの豪奢なローブは無残に引き千切られ、その控えめな乳房が縄に絞り上げられた状態で外気に晒される。さらに聖職者としは唯一の主張とも言える下着を露わにさせられてしまっていた。
「くあっ、くっ! この……ひっ!? 縄が全身に食い込んで、あひっ!?」
軋む縄に少女魔導師の発展途上の柔肉は無慈悲に蹂躙されてしまう。そしてもがくたびに下着に描かれた熊の顔の絵柄が形を変えた。
だが青年兵士はそんな少女の痴態には目もくれず、先へと突き進む。
そして残りのバリケードも難なく突破しつつ、ついには城の際奥へと辿り着いた。
魔法国家『オラ・フォルテ』の紋章であるライオンと一角獣の彫刻が施されている重厚な鉄扉。両手を置くとくぐもった低い金属音とともに扉が開かれていく。
ステンドグラスから差し込む光に照らされる白の大理石の壮麗な空間。赤絨毯の先に控えるは城の主の威厳を示すかのような豪奢な玉座。
そんなどこから見ても立派な王の間ではあるが、玉座に座る者はおろか、付き従う臣下も彼らを守る兵すらも見当たらない。ただ無音の空間が広がるのみであった。
――やっぱりここにあったか。
そして玉座の上には代わりと言わんばかりに銀色に輝くクリスタルが浮かんでいた。それはこの城の動力源であり、彼らの信仰の対象でもある。
「来たか……亘道祈哉」
クリスタルの背後から、金色の髪を後ろでくくった一人の騎士が現れた。
外の騎士達よりも煌びやかな白鎧を身に纏い両刃剣を携えた男は、若いながらも数多の死線を乗り越えてきた者が放つ洗練された覇気を纏い、格好に見劣りしない風格を漂わせている。
その聡明さが窺える蒼瞳には、黒ずくめのヘルメットを被った青年を映し出していた。
「リースエルト・マーチヘア……ハゼルス方面第七師団団長、か」
祈哉と呼ばれた青年兵士は、佇む騎士の名をリースエルトと呼んだ。
「まさか師団長のあんた自ら出張ってくるなんてな……ここは最前線だぜ」
「この地の重要性を考えれば当然の判断だ。この期に剣を振るわずして何時振るうか。それに貴様こそ今日は一人ではないか。いつもの相方はどうした?」
「泉果なら外で暴れまわってるぜ。当然今の状況は分かってるよな? 仮にも団長だ、その上で戦いを続けるか?」
「無論だ。貴様を倒してすぐにでも加勢する。そうすればまだ巻き返しは可能だ」
「本気で言ってんのか? お前ともあろう奴が」
指先がチリチリと痺れるような空気を感じ取る。
相手は戦略的撤退すら選択肢に無い、不退転の面構えをしていた。
――こんな事なら泉果も連れくりゃよかったなぁ。
リースエルトの気迫を受けて背中に嫌な汗を掻きながらも、祈哉は表情に出さないよう不敵な笑みを崩さない。
「けど悪ぃがそれは無理な相談だぜ。ここでお前は倒すし、クリスタルも破壊する。この世界を第十四時界にさせる訳にはいかねぇからな」
祈哉は二本のナイフを交差させて腰を落とすと、スーツの胸に嵌められた漆黒の魔珠に意識を集中し魔力を引き出していく。
構えをとったときには既に躊躇いは消えていた。
殺すか殺されるか、そこまでの決着がつかないとこの戦いは終わりそうにない。迷いは即死に繋がると内なる生存本能が祈哉に警告する。
リースエルトもまた騎士剣を正眼に構え、籠手の魔珠から魔力を引き出す。
刹那、甲高い剣戟の音が静寂を貫いた――。
二本のナイフと光を纏った騎士剣がぶつかり耳障りな音を立てながら擦れ合う。
直後武器を振るう二人により次々と線の残像が描かれ火花を散らす。金属音は前の金属音を飲み込みながら増大し、王の間を埋め尽くしていった。
大振りの一閃が激突し、剣圧によって間合いが広がる。
同時にそれぞれの魔珠の中から取り出したナイフと短剣が、二人の真ん中で回転しながら宙を舞った。
「ハッ!」
リースエルトの掌から無詠唱で無数の魔法の矢が放たれる。
だが祈哉はナイフを振るうとそれらを刃先に絡めとり、光の刃として投げ返した。
「輪舞!」
「高潔な白!」
しかしリースエルトも剣を振るうと、彼の目の前で光の刃が音もなく霧散する。
――やっぱフルバニシングは厄介だな。やりにくいったらありゃしねえぜ。
この世界への魔力干渉を断絶し、あらゆる魔法を無力化して消滅させるスキル。
バニシング自体は魔法戦の基本技能だが、極めるとなるとその道のりは果てしなく遠い。
素養のある者だけでも数十万人に一人、そこへさらに気が遠くなる程の鍛錬が必要で、現存するフルバニシングスキルの術者は、現存十三ある魔法認知世界においても、指折りの数しかいないとされている。
リースエルトは再び魔力を溜めた。
さっきと全く同じモーション、呼吸で放たれる魔法の矢。
背中に奔る悪寒――祈哉はその勘に従い、後ろに飛び退きながら輪舞を最小限の動きで発動しつつ警戒する。
四方から集まる矢。そのうちの数本を巻き込みつつ、残りを回避しようとし――、
「――がはっ!?」
全身を叩きつけるような衝撃が襲い、肺から空気を吐き出させられていた。
回避直後に目前で起こった爆風。それにより後ろの壁に叩きつけられたのだ。
直後、爆薬特有の黒い煙と臭いが祈哉を包み込む。
「裂き貫け! 光の使徒!」
リースエルトはその一瞬を見逃さず、爆煙の向こうにいる祈哉へと大量の魔法の矢を叩きつける。放たれた矢はまるで吸い込まれるように、祈哉へと襲い掛かった。
だが次の瞬間、一本のナイフが煙の向こう側から飛び出してきた。
喉元に迫るそれをリースエルトは剣の腹で触れただけで逸らす。
「――!?」
しかしナイフの刃が形を失ったかと思うと、水となってリースエルトに降りかかる。しかし彼は剣を強引に振り抜き、剣圧だけでその水を振り払う。
神経を麻痺させる毒水――その一滴すらも浴びることはない。
直後祈哉が煙の上から飛び出してきた。そこへ再び光の矢を射るリースエルト。
しかし祈哉は何かに引っ張られるかのような動きで空中を舞い、それらをかわした。
金糸遊戯――。
いつ放ったものか、天井や壁のあちこちにナイフが突き刺さっている。それぞれのナイフにはワイヤーが繋がっており、それを手繰ることで空中での回避を可能としたのだ。
「だが、それも読めているぞ!」
彼がこの戦法を見たのは初めてではない。これまでの戦いの中でも祈哉が幾度となく使用しているのを見てきた。当然対処法も心得ている。
リースエルトは駆け出すと、祈哉に向かって次々に矢を放った。
「蜘蛛の巣!」
それに対し祈哉は指先を素早く動かしワイヤーで蜘蛛の巣を作り出す。矢は蜘蛛の巣に受け止められて爆発させられ、さらにナイフを投げてリースエルトの接近を牽制する。
対しリースエルトも爆発のタイミングを調整して、宙を舞う祈哉の動きを狙いつつ、飛んできたナイフを剣で弾いたり、回避したりする。
――誘導されてるな、よく研究してやがるぜ……!
こちらが操る指の動きを観察されている。
そしてその動きに合わせて瞬時に対応している。
恐らくは自分を空間の角に追い詰めて、逃げ場を奪う腹積もりなのだろう。
――だがそうはいかないぜ!
祈哉は素早く腕を振り回す。すると彼の目の前の空間に銀色の球体が現われ、それが加速度的に質量を増大させていく。
「来い! 綾糸竜!」
果たしてそれは白銀の竜――ワイヤーによって編み出されたとは思えない程の精巧さにおいて、躍動溢れる身躯が目の前に現れた。
綾糸竜は鋼鉄の翼と身体で矢と爆発を防ぐ。
「今度はこっちから行くぜ!」
にやりとした祈哉は綾糸竜の背に飛び乗りたずなを引くように手を動かすと、綾糸竜が羽ばたきだす。そうして力を溜め、リースエルトに向かって真っ直ぐに突進した。
「鋼鉄の突撃!」
急降下で速度を増しながら、骨身を噛み砕かんと牙を剥く綾糸竜。
「――――ッ!」
対しリースエルトは両刃剣に魔力を籠めてそれを受け止める。
剣から火花を散らしながら後方へと滑っていく――と、足下から迫る気配があった。
それは綾糸竜と同じ姿形をした小さな竜。
これこそが本命。祈哉は綾糸竜の巨躯によって作り出された死角で二体目の竜を編み出していたのだ。
リースエルトは大きく体勢を崩しつつも、強引に竜の突撃をいなし、死角から迫ってきた二体目の攻撃を受け止める。その隙に祈哉は足裏に魔力を籠め、綾糸竜の背中を蹴って一気に間合いを詰める。
「うおおぉぉ――っ、らあっ!」
「クッ……!」
リースエルトは二体目の攻撃も力任せに弾き飛ばす。だが鎧の横腹部を爪で抉られ、そこから血が噴出した。同時に鍔迫り合いとなり、互いの顔が間近に迫る。
「さすが越境奏者といったところか。あの矢の攻撃から反撃に転ずるとはな」
「お前こそ魔法の矢に爆薬仕込むとか、タブー破りなんじゃねえのかよ? オラ・フォルテの騎士様が、よっ!」
「ウオッ!?」
祈哉はリースエルトに頭突きを入れる。硬いヘルメットで額を打ち付けられ、彼は後方に二三歩よろめいた。
さらに背後からは戻ってきた綾糸竜が大口を空けて頭からかぶりつく――が!
「私をフルバニシングだけの騎士と思うな!」
リースエルトは騎士剣にありったけの魔力を注いで振り上げると綾糸竜を両断。竜はその形を失い、金属糸となって飛散する。
「っ!?」
しかしそこでリースエルトは思わず眉根を寄せた。
一度はばらばらになったかと思ったワイヤーが、全方位から再び迫ってきたからだ。
ワイヤー同士が再び結びつき、この空間全てを埋める網となったのだ。
リースエルトはそれらを剣で受け止めるが、その場から動けなくなってしまった。彼を捕らえるべく祈哉はさらにワイヤーを引き絞る。
――くそっ、痛ってえぇぇ――っ!
先程のミニ綾糸竜でリースエルトに深手を負わせた祈哉だったが、一方彼も魔力で強化されたパワードスーツに爆発による無数の傷を刻まれていた。特に左肩は壁に打ち付けられたときのダメージに加え、おびただしい量の血が溢れ出している。
祈哉は肩の痛みに耐えながらも手を緩めない。僅かでも緩めればその隙に剣を振るわれ振り解かれるだろう。
二人はそれぞれワイヤーと両刃剣にあらん限りの力を込め続けた。
元々酸素の薄い雲上の城では、呼吸すらもままならない。
長丁場の戦いは非常に危険であり、二人共重々それを承知していたのだが、今はそんな事は言っていられない。気を緩めた方が先に死ぬのだ。
程なくその決着の瞬間はやってきた――。
緩むワイヤー、同時に剣で振り払ったリースエルトが祈哉へと直進する。
剣先が額を捉える。勝ちを確信する瞬間……が、
動きが止まった――。
その瞬間を見逃さず、祈哉は双剣を振り抜く。
「――――」
交錯に音は無く、互いに残心のまま、静止する――。
「……うっ!」
その静寂は、祈哉のヘルメットが割れる事で破られた。
大理石の床に硬質の音を響かせながら転がるヘルメット。額からは血が滴っている。
「見事だ……」
だが先に倒れたのはリースエルトの方だった。
筋肉が酸素を求めて停止したほんの一瞬。
時間にすればコンマ一秒にも満たない、だが勝敗を分けるには十分過ぎる一瞬。
祈哉はリースエルトに振り返る。
「どうしてだ。なんでそんな意地になってまで戦った? いつものお前ならもっと冷静に対処してたはずだろ?」
リースエルトは鎧を抉られ、胸には致命傷と呼べる程の深い刀傷が出来ていた。
いつもの彼なら力比べの最中でも次の手を考え、限界を迎えるまで意地になる事はない。いや、そもそも爆薬や魔力任せの振り抜きー―戦い方が強引過ぎる。
「それだけじゃねぇ。これだけ攻め込まれていて、どうして撤退命令を出さねぇ?」
乱戦になってかなりの時間が経過しているにも関わらず、指揮官であるはずの彼は味方に撤退命令を下そうとしない。この雲上の過酷な環境において、長期戦は兵力を悪戯に損耗させるばかりだというのにだ。
「……まあいいや、お陰で俺は命拾いしたわけだしな。どっちにしろこれで終わりだ、お前を連行するぞ」
「いいや、虜囚にはならん」
「させると思うか?」
リースエルトの篭手に嵌め込まれた純白の魔珠にナイフを突き立て砕き、魔力供給を絶つ。これで魔法によって自分を殺すことも適わなくなった。
が、突然リースエルトの口の端から血が滴る。
「奥歯に毒のカプセルを仕込んでたのか!? どうしてそこまでするんだ!?」
慌てて解毒に掛かろうとするが、相当な猛毒なのか応急処置が間に合わない事は顔色を見れば一目瞭然だった。
ナノマシンによる解毒治療と回復術式で進行を遅らせてはいるものの、力尽きるのは時間の問題である。
すると彼は胸元からロケットのペンダントを取り出す。
中にはどこかの教会の前で撮影された、シスター服を着た少女の写真が入っていた。
「確か妹だったな」
「戦場でそんな悲しげな顔をする人間など初めて見たぞ。貴様、本当に兵士か?」
「余計なお世話だ。お前こそ人の事言えるような顔してねぇぞ」
それは戦場にあるまじき優しげな表情だった。しかもそれを敵の顔前で浮かべているとなれば言い返すに十分である。
「ふっ、その甘さ……いつか身を滅ぼすぞ」
リースエルトは鼻で笑う。
「構わねぇよ。なにかを踏みにじってまで生き残るよりよっぽどマシだ」
「青いな……、まるで宇宙まで飛んでいけると、信じて疑わぬ……鳥のようだ」
「上等だぜ。俺はどこまでだって飛んで行ってやる」
最早顔に血の気はなく死人のように真っ白になってしまっている。治癒魔法で出血こそ押さえ込んでいるが、細胞組織の急速な崩壊は食い止められそうにない。
「不思議な、奴だ。……もし違う形でお前と、出会えていたなら……ゆっくりと、語り合って……みたかっ……た」
「そうだな、お前となら分かり合えたかもな」
「ココリ……」
彼はロケットの写真を見やりながら静かに目を閉じる。
手から完全に力が抜けた――。
祈哉はリースエルトにロケットを握らせると、両手を組ませてから黙祷をした。
背後から複数の足音が近づいてくる。
「祈哉、無事かい!?」
「ああ、問題ねえよ、泉果」
祈哉は手をひらひらとさせて、望司泉果に応える。
「今からクリスタルを壊すところだ。お前も手伝え……っ!?」
足元から突き上げるような唐突な振動に、祈哉と泉果はバランスを崩しかける。
「地震……なわけないよねぇ?」
ここは天空に浮かぶ島城。地震など起こるはずがない。
そう思いながらクリスタルを見た祈哉は顔を強張らせる。
「暴走してるじゃん! なにしたの、祈哉!?」
「俺じゃねえから! ……そうか、そういう事かよ!」
祈哉は気づく。同時に王の間全体が振動を始めた。
恐らくは城全体、いやこの島全体が揺れているのだろう。
「逃げるぞ、泉果。もうここはもたねぇ!」
「あいよ! ボスを倒すとダンジョンが崩壊するのはお約束だよね!」
「馬鹿言ってないでとっとと走れ!」
走り出す祈哉に、慌てて泉果がついてくる。
振動は激しくなり。壁や天井に亀裂が入って崩れ始める。
「このクリスタルは元々暴走してたんだ! それをあいつがフルバニシングで無理矢理抑え込んでたんだよ! ……ちきしょう、まんまと俺達は誘い込まれたってか!?」
「この城そのものが囮だったって事!?」
「そうだ! 本当はリースエルトがもっと時間を稼いで、こっちの戦力が城になだれ込むまで粘るつもりだったんだろうけどな!」
本来はあの場で祈哉を無力化した上で、乗り込んできたこちらの兵達を城の中まで誘い込んで、罠にかけるつもりだったのだろう。
だが祈哉に魔珠を破壊され、予定より遥かに早くフルバニシングを無力化されてしまった。
「もしそうなっていたら、おいら達は大打撃だね」
「ああ、互いに被害は甚大だ」
この作戦を成功させるために、恐らくこの城で戦っていた者には本来の作戦内容は明かされていないだろう。
文字通り敵が死守するために戦っているからこそ、こちらを欺ける。
――あいつは初めからここの連中全員と心中するつもりだったのかよ……あのクソ兎!
祈哉は心の中でその作戦命令を下した元凶に向かって毒づく。
こんな風に一団丸一つを捨て駒にするような輩は一人しか考えられない。
脳裏には一瞬、火の海の中でにやりと笑う兎耳の少女のシルエットが浮かぶ。
「とんだハンデ戦を挑んじまったな……」
恐らくその暴走を抑え込むために、自分の能力のほとんどを使っていたのだろう。
もし全開の力で戦いを挑まれていたら、まず一対一では勝てなかった。
祈哉は後味の悪さを覚えつつ、城の外を目指してひた走るのだった。
お読みいただきありがとう御座います。
次話より1章です。
これから成長していきたいと思っているので、アドバイス等どうぞよろしくお願いします!