”等分”
「突然だが、君は何を望む?」
神様は命の不幸を喜ばない。白いこの空間に響く願いが届けば、同じだけの気持ちを願いに送り返す。
「君は今、強く後悔している。嫌う誰かが不幸になればと願っているか?」
全てが平等であるべきとは考えていない。なんにしろ、
「不幸がなんなのかを知りたそうじゃないか?」
今、とても強い復讐心が宿っていた。
見えない神様が、こうして知れずに現れてきた。何もその存在を怪しまず、この気持ちを訴える。
「僕の嫌いな奴等が苦しめばいい!僕の苦しみと同じだけ、奴等が苦しむんだ!!」
目には目を、そう言わんばかりの気持ち。自らが不幸にいると自覚しつつ、それを分けることなくそのまま他者に渡したい。
伝染していく不幸を少年は神様に訴えていた。
「ふむふむ。私は望みを聞き、その願いを忘れさせる者だ。それならいい能力がある。君に託そうか、この”等分”(クラシック・ドーメント)を。私の名はアシズム、君の困った時にまた駆けつけよう」
……………
気付いた時、少年はボロボロだった。たった一人の自分に、何人もの数が襲い掛かってきた。脅され、殴られ、切られ。今まさに不幸だ。
もう彼等はいなかった。遊び尽くした気でいるんだろう。今、この場で何を先生に言っても先生は役に立たない。大人は何も役に立たない。知っている。
「”等分”(クラシック・ドーメント)」
それは見えなかった神様から授かった物。確かだと知るには縋って使うしかない。
この不幸が、伝染してしまえ。悲しい。辛い。苦い。痛い。それを知るには”等分”するしかない。
「なんて、な」
意識が消えたときに聞こえた変な言葉を信じてどうする?大人よりも使えないだろう。そう思っていた。すぐに忘れて、泣きながら帰っていった。
だが、少年がこの呪いを知ったのは翌日の事だった。
「えー。KくんとYくんが昨日、自転車の二人乗りをしていたところ、車に刎ねられてしまいました。幸い、命は助かりましたが、2人共、半年以上は学校に来られない状態です。皆さんも自転車の二人乗りなんてしないでくださいね」
KとY。それは少年を虐める者。いや、先生方や他の生徒を困らせる、俗に言う不良共。彼等の親以外は『だからどうした?』と言わんばかりの声色と様子であった。
悲しい不幸であるが、どうでもいいのが他人の不幸。
「あっ」
少年は思い出した。もしかすると、彼等はこの力で不幸な目にあったのかと。自分がどれだけ嫌な気持ちになったか。良く分かったか?っと、入院している二人に伝えてやりたかった。不幸になる運命を強制的に与える能力。
「おい。今日も金を持ってきたのか?」
「KとYがいなくて、安心したと思っているのか?なぁ?」
「金出せよ。1人1万だ」
こんな気持ちにさせられてから
「”等分”(クラシック・ドーメント)」
不幸になれ。とっても今、嫌な気分だ。お前等も味わえよ。
「あれ!?財布がねぇ!?」
「俺もねぇ!?」
「俺もだ!どこに落としたか!?」
等価交換と引き換えに得られる笑い。痛快な気分だ。
「テメェ!俺達を笑いやがったな!」
殴れ、もっと殴れよ。僕はとってもこの不幸に笑えるよ。こうして、お前達が強がっていても崩れ落ちることが分かるからな。
痛みが体に走ることは君達のせいでよく知った。泣くほどだよ。悔しいんだよ。
「”等分”(クラシック・ドーメント)」
金も奪われて、痛みも味わって。存分に不幸になってから、この辛さを知って欲しい。ずっとお前等を憎んでいた気持ちを吐き出させる。
翌日になれば分かる。どーゆう運命になったか。
「え、えーっと……。今日。RとW、Oが食中毒に掛かり、しばらく入院するそうです。手洗いとうがいを忘れずにしてください」
ザマァミロ。食中毒になったことはないけど、苦しい気持ちは同じだ。苦しんでいろ。
もし、僕に手を挙げるようならいつでも使ってやる。僕を不幸にさせた奴は、不幸になればいい。誰も分からず、知られず、僕はそうできる。そーゆう力を手にしたんだ。
初めて自分を護れる力を手にした。
あれから数日が経った。連鎖する学校中の不幸。僕だけが知っていること。
不気味な不運とは裏腹に日常が穏便に進んでいく。誰もがいつ襲ってくるか分からない不幸を警戒していたため起こりうる産物。
静かな時。多くが望んでいた時間なのかもしれない。こうして、静かに争いとは非なる理不尽がないところ。
「へー、Zくんってあの学校を受験するんだ!?」
「うん。まだ難しいけど、頑張って合格してみるんだ」
聞こえてくる受験の話。もう1年を切っている受験シーズン。自分よりも頭の良いZはこの学校の中で一番難しい学校を目指そうとしていた。
勉強して、勉強して、勉強して……。手にしようとしていた。
頭が良いなんて羨ましい。勉強ができるなんて羨ましい。きっと、自分のように苦しんだことないだろう。
卑屈で歪に堕ちろ。
テストで100点をとって偉いのか。難しい問題を解けて偉いのか。努力して叶うと思っているのか。
「”等分”(クラシック・ドーメント)」
僕は努力で成果を得られたことがない。その気持ち。その運命。分からせてやる。苦しめ。どんなに努力しても叶わない運命にぶち当たって心を壊せ。
『Z、あなたは残念ながら不合格とさせてもらいます』
一年という時間を使って直面させる不幸。あれだけの努力をしても叶わない現実。
上手くいかないってことはどれだけ辛いことか。知った瞬間に心の中で踊ってあげた。
「落ちちゃったか……ショックだな」
「Zくん」
「ううん、しょうがないよ。結果はそうなんだ。Uさんと同じ高校に行けるから前向きになるよ」
「で、でも。あんなに……あんなに努力したのに」
「まだまだ、これからだよ。悔しい気持ちはきっと未来で役に立つ。俺は第二希望の学校に入っただけ、それだけのこと」
は?
お前さ。おかしいだろ。あれだけ努力していたんだろ?なんだよ、その開き直り。
努力が叶わなかったんだよ。不幸になったって事だよ。頑張っても失敗するんだ。
「ともかく、高校生活。楽しみだなー」
どうして、失敗したのに明るくいられる。できなかったくせに何言ってるんだよ。本当は心の中で悔しがってるんだろ。残念な気持ちになってるんだろ?
なぁ。なぁ。強くなってるんじゃないよ。弱いところを出せよ。泣けよ。
「Zは泣いていたよ。落ちたその日、思いっきり泣いていた。でも、その泣きから事実を受け入れたのさ」
「!!」
「久しぶり。どうだったかな、そうやって人を不幸にさせて楽しかったかい?君の進路はどうなんだね」
神様は唐突に現れた。表情は見れなかったが、ある気持ちが入っている声だった。
「本当に強い奴は運命如きに揺れやしない。お前は失敗こそが不幸だと思っているようだが、失敗は幸福への一歩でもある」
「な、何を言っている」
「羨ましい気持ちは徐々に薄めるべく、行動した方が良い」
一年越しで思い知らされたのは自分の方だった。どんなに人に辛い思いをさせても、自分が助かっているというわけではない。Zは自分よりよくできる人間なのは変わらない。
そうか。
「あなたは僕にこうなってもらうために?」
「君の人生もまたこれからだ。人を不幸にしていくか、自分が幸福を目指していくか……。人生まだ15年。先は長いよ」
それから神様は二度と現れず、僕は誰にも自分と同じような運命にさせなかった。
失敗したとしてもまたゆっくりと立ち上がれば良い。失敗と成功に遭遇しながらも、命がある限り勝手に進んで行く。その中で楽しんでいくこと。
「自分の夢を捜そうかな」
僕は高2になって、薬剤師を目指そうと思った。人を助けられて、幸せにできそうな仕事だから。