奴隷異世界人、驚愕する。
半年の月日が過ぎた。
私が助けた男の子──もとい、リヒトはと言うと。
「ただいま~、リヒトー」
「あ、おねーちゃんおかえりなさぃっ! えへへ、ぎゅーっ」
いつもの仕事(もちろん、奴隷の仕事だ)から帰ってくると、すぐさまリヒトが私に抱きついてきた。
初めて会ったときは枯れ枝のように細く、小さかった。けど今ではすくすくと成長し、今では私のお腹らへんまで伸びた。当初は5歳ぐらいだと思っていたけど、どうやら小学校低学年ぐらいだったらしい。ちゃんと食事(質は悪いけど)を採るようになって、まるで乾いたスポンジが水を吸っていくように……とはいいつつも、平均身長と比べたらまだまだ小さいと思うけど。でもあの食事量で、ここまで成長したんだから大したものだ。
「おねーちゃん、疲れた?」
「んーん、そんなことないよ? それより、今日は何してたの?」
「えーっとね! 今日はね!」
それに、半年前は全くしゃべれなかったのに今ではとってもおしゃべりだ。面倒を見るようになってから3日後には「ねーちゃ!」と言うようになってっ! あの時はあまりの感動にガチ泣きしました。しかもその天使のような笑顔ときたら……一発ノックアウトだった。きっと子育てってこんな感じなんだろうな。
ちなみに、リヒトを奴隷のキツい仕事に出させるわけにはいかない。私が出なくても怪しまれるしね。リヒトは小さいしいなくてもバレないだろうということで、私の寝床でお留守番させることにしている。その間はイーリス様に一緒にいてもらっていて……って、あれ?
「ねえリヒト? イーリス様は?」
「イーリス? あっ、そこにいるよー!」
リヒトの可愛らしい指がある一点を指している。よく目を凝らしてみると──
〔お、おぉ。菖蒲か、帰ったのか……〕
「イーリス様!? 大丈夫ですか!?」
〔──これで大丈夫に見えるか?〕
床でのびていた省エネ版イーリス様をつまみ上げて、手のひらに乗せた。随分疲れているようでぐったりとしている。な、何があったんだリヒトと……。
〔はぁ、あいつの能力はすさまじいな。相手をするのも疲れる〕
「ふふふ、あれから大分上達しましたもんね。お疲れさまです」
「おねーちゃん! ねーねー、見てみて! ほら!」
私が仕事に行っている時、ボーッと待っているのも暇なので、リヒトは3ヶ月前ぐらいから魔法修行を始めたらしい。もちろんコーチはイーリス様。それから毎日私が帰ってくるたび、新しく出来るようになった技を披露してくれるようになった。──おお、今日のは一段とすごいなぁ。リヒトが手のひらを広げると、まるでマジシャンのように光輝く鳩が飛んでいった。
どうやらリヒトの光属性の魔法は、光を具現化する能力があるらしい。だから、ナイフや刀は勿論のこと、生き物の形を真似ることもできるらしい。一回ゴギブ……もとい、Gを具現化されたときは死ぬほどびっくりした。あれだけは虫OKな私でも無理。生理的に。──そういえば、この世界でも虫や動物は現世と変わらないのだろうか。ここの場所以外に行ったことないから、わからないな……。いつか、森とか行って確認してみたいな。
「この鳩さんね! ぼくの言うことなんでもきーてくれるの! ちゅうがえりもできるんだよ!」
「すごいすごい! 生きてるみたい! 頑張ったね、リヒト」
「えへへ、おねーちゃんよろこばせたくって、ガンバっちゃった」
リヒトは頭を撫でられながら、へにゃりと笑顔を浮かべた。ああ、この子は本当に私の癒しだ。現世では味わえなかった可愛い弟。
そりゃ、現世の私の弟……棗もかわいかったけど、何て言うのかな。こういう、無邪気さは感じられなかったかも。クールで、年のわりには大人びてて。抱きつくどころか、頭もなかなか撫でさせてくれなかったし。案外シャイだったからかな。女兄弟がいるくせに女慣れしてなそうだったし。私の弟なくせしてイケメンだったのに、なんで彼女いなかったのかな? ──まあでも、タラシじゃないだけマシか。それにしてもリヒトは将来、かなりのイケメンに育つだろうな……棗といい勝負かも。
〔ふぅ。この鳩が言うこと聞くようになるまでが大変だったのだぞ! 我を餌と勘違いして、襲ってきおってっ……〕
「そ、それは災難でしたね、イーリス様……だからのびてたのか」
にしても半年前から、リヒトに振り回されてるのは変わんないなぁ。省エネサイズだったら手も足もでないもんね。これは、本来のイーリス様の姿を見たときのリヒトのリアクションが笑えそうだ。
心のなかで一人、笑った──その時。
「おい!」
──部屋に、誰かの声が響き渡った。
「な、なに!? 今のっ……」
慌てて辺りを見回したけど、誰もいない。看守? だとしたらかなりマズイ。どうしようっ……。私は、震えているリヒトを抱き締めた。
チラリと鉄格子を覗いてみても、看守らしき人はいない。空耳……だったのかな。それにしてはかなり大きい声だったんだけど。
〔なんじゃ? 誰もおらぬのか?〕
「うん。気のせいだったみたい──」
……と、私が地面に腰かけると──
「おい、お前らだよお前ら! こっちだっつの!」
私の目の前の地面が突然、穴があいた。その瞬間──赤毛の、長い髪の毛の誰かが顔を覗かせた。
「っうわああああっ……んぐっ」
「しっ! 騒ぐとアイツらくるだろ! 黙っとけ!」
びっくりして叫ぼうとしたけれど、その人に口を押さえられる。私が抱き締めているリヒトも同じく、口を押さえられた。な、なんなのこの人……!?
驚きで身動きも取れない私たちを気にもせず、その人は私たちをジロジロと見つめた。
「ってか、やっぱり呪いかかってねぇな。おい、お前ら。ちょっとこっちこい。話はそれからだ」
「んっ、んぐぅ!?(は、はいっ!?)」
赤毛の髪の人は、私たちの手を掴むと穴の中へ入っていった。
ちょっ! 何が何だか、わかんないんですけどっ! なんでこんなことにー!