表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
春の慰安旅行編
84/85

奴隷歌姫、乗っかる。



 体が痛い。何かに締め付けられたような鈍い痛みを感じて、目を開いた。どうやら、うつ伏せで寝てしまっていたらしい。ぴちゃん、ぴちゃんとどこからか水が滴る音が聞こえる。私、どうなったんだっけ……?

 起き上がろうとして手を地面につけて押そうとすると、地面にしては何やら柔らかくて温かい感触が。なにこれ? 私の下に何かある?


「………………おい」


 なんだろう、と思った瞬間にすぐそばから声がした。暗闇に慣れてきた目をよく凝らすと、グレーがかったきれいな瞳が目の前に。

 それと同時に、今の状況にようやく気づいた。私、誰かの上に乗っかっているようだ。しかも、その声と瞳の色からしてもしかして……。


「……こ、皇帝……?」

「…………チッ」


 う、うわああああ! 何やってんだ私! うわあああ! 馬鹿! どう考えてもこれ端から見たら私が押し倒してるみたいな図でしょ! 

 思わず跳ねのいて、後ろへ這いずろうとしたのだけど、左腕が引っ張られて尻餅をついてしまった。な、な、なんで!? ていうかなんでこんな事に!


「う、う、うわあ、ごめんなさい! 悪気はないんです!」


 とりあえず今とれる最大級の距離をとる。上に乗っかっていた私が居なくなり、ようやく身動きがとれたのか、皇帝は上半身を起こすと深い深いため息をついた。


「…………どうやらお前には、人をベッドにして寝る変わった趣味があるようだな」

「ち、ちが、不可抗力で……! というか、なんでここに皇帝が!」


 そうだ、そもそも今の状況が全く分からない。私、神代樹に飲み込まれそうになって、そのあとどうなったんだっけ……? 辺りを見渡そうにも、自分の手のひらがようやく見えるぐらいの明るさで、どんな場所なのか検討もつかない。


「ま、まずは明かりを……"ブリリアント"!」


 光魔法で明かりを出そうとすると、いつもは手のひらに現れる光の玉がでてこない。なんで?


「お、おかしいな……"ブリリアント"! "ブリリアント"!」


 何度か試してみても、うんともすんとも言わない。……というか、いつもは微かに感じる魔力の流れが、全く分からない。


「ど、どうして……」

「……お前は今魔法が使えない。これのせいでな」


 そう皇帝が呟くと、ポッポッと私たちの周りに火の玉が浮かんだ。恐らく皇帝の炎魔法だろう。その明かりを頼りに、皇帝の視線の先に目をやると……なんだこりゃ……私の左腕と、皇帝の右腕に、黒いツタが絡んでいて身動きがとれない。そうか、さっき私が距離をおこうとしても引っ張られたのはこのせいだったのか。ていうか、このツタどっかで見覚えが……。


「こ、これ、"隷属の契り"のツタじゃ……」


 最近めっきり皇帝が使わなくなったから忘れかけてたけど、そんな魔法かけられてたっけ、そういえば。で、なんでツタに私たち絡まってるんです? は、離れたいんですけど……。


「……お前が勝手にどこかに行こうとしたから仕方なくこんなことになっている。離れたいのはこっちの台詞だ」


 ……あ。もしかして、神代樹に取り込まれそうになったから慌ててツタで引っ張ろうとしたとか? んで、皇帝も一緒に引っ張られてきた、と。

 それはなんというか……完全に私のせい、ですよね……。


「……す、すみませんでした」


 長い沈黙に耐えきれなくなって、正直に謝った。 


「……こんなところで油売っていないで、行くぞ」


 急に皇帝が立ち上がったせいで、そのまま私の腕も引っ張られる。いだたた、ちょっと、繋がってること考えてから立ち上がってくれます? っていうか早く、ほどいて……。


「ほどきたいのは山々だが、今は無理だ。……そのためにも、まずはここから出なくてはいけない」


 そう言われて改めて見渡すと、ごつごつと岩に囲まれた洞窟のような場所にいることに気づく。よく見ると、岩の間を這うように巨大な根が見えている。


「な、なにここ……」

「……ここは神代樹の樹洞の奥の地下洞窟だ。ここにいても出ることはできない」


 樹洞? ああ──動物とかの巣になるやつ? 神代樹ともなるとこんな大きい樹洞になるのね……。にしても、明らかにここ人工的に掘られたような洞窟してるんですけど。ここ、自然にできた洞窟じゃないよね?


「五月蝿い。つべこべ言わずに行くぞ」

「え、行くってどこに‥‥」

「この先に行くしかない」

「え? や、でも落ちてきたところに戻った方がいいんじゃ」


 そう私が反論すると、皇帝は無言で目線を上へと移した。つられて私も上を見上げると──ほんの微かに光が差し込んでいる、ような気がする。もしかしてあれが入口? めちゃくちゃ深くないですか、ここ。


「あそこまで垂直登攀ができると言うのであればやぶさかではないが」


 いや、無理です。今は風魔法どころか身体強化魔法すら使えないのだ。魔法での強化のない私は、最近鍛え始めたとはいえ非力な一般人な訳で。


「あー‥‥そうだ、皇帝は魔法使えるんですよね? なら、風魔法で‥‥」

「残念ながら俺の風魔法は大して強力ではない。お荷物を抱えて飛ぶのは無理だな」


 普段なら人を荷物扱いしないでほしいと反論するところだが、ぐうの音も出ないので何も言い返せない。

 そういえば、魔法を使うのにも周りの環境が大きく影響するって教わったっけ。水源の近くで水魔法が使いやすいように、風魔法を使うには風が吹いている環境の方が良いわけで。耳を澄ましても、遥か上にある入口から吹き込んでいるであろう隙間風の音しか聞こえない。


「‥‥大人しく従います」


 もうこれは、皇帝の言うことを素直に受け入れるしかない。私の浅知恵では何も解決できなさそうだ。


「最初からそうしていればいい」


 ふ、とため息をついた皇帝は、背中を向けるとずんずんと歩きだした。腕が物理的に繋がっているせいで、そのままずるずると引きずられるように私も歩き始める。


 水の滴る音と、樹洞に響く2人分の足音だけが響いている。その音を聞きながらふと冷静に考えてみると、今のこの状況、かなりまずい。私は着の身そのままでここにきてしまったから、もちろん食料の類は何も持っていない。もし魔法が使えれば光魔法で誰かに助けを呼ぶこともできたし、そもそも風魔法なり、瞬間移動魔法なりで脱出もできた。でも、魔法がなければ私はただの一般人。魔法が使えないのはどうもこの腕に絡まったツタのせいらしいけど、それだって皇帝が私を助けようとして使ったらしいし。つまりはどう考えても、今の状況は完全に私のせいだ。

 サァっと顔から血の気が引いていくのが自分でも分かった。‥‥私1人なら自業自得だけど、まさか一国の主こんな目に合わせてしまうとは‥‥。迂闊だった。


「‥‥私のせいでこんなことになって、すみません」


 前を歩く皇帝の背中に、声をかけた。

 すると皇帝は立ち止まると、着ていた外套を脱いで私の顔にばさりと放った。突然のことに目を丸くしていると、次は履いていた厚底のブーツも脱いでポイっと放ってくる。


「お荷物はお荷物なりに、荷物持ちでもしてろ」


 着ろってこと‥‥だよね、多分。

 そういえば私、寝起きに薄手の上着を羽織っただけでかなり薄着だし、なんなら湖にいるときに靴を脱いでたから裸足である。


「で、でもそれじゃ皇帝が‥‥」


 外套と靴を手に私が戸惑っていると、皇帝は続けて小さな炎が揺らめくランプをポイっと投げてよこした。こんなものどこから出したんだろう。手のひらサイズのランプとはいえ、冷たい指先からじんわりと温かさを感じる。


 ──珍しく、優しい。いつもみたいに怒られると思ってた。というか、怒られた方がよかった。正直この状況下も相まって、泣きそうになってしまう。


「えと、あ、あり‥‥」

「その貧相なモノをさっさと隠すことだな」


 お礼を言おうと口を開くと、皇帝は前を向きながらそう言い放った。‥‥不可抗力とはいえ確かに露出が高いし、褒められた格好でないことは確かだけど! 貧相なモノとは何だ失礼な!


「じゃあお言葉に甘えます! ありがとうございますッ!」


 悪態をつかれて腹立ったものの、正直かなり冷えていたのでありがたく借りることにした。半ギレの私の言葉を聞くと満足したのか、また背を向けて歩き出した。


 珍しく優しくて居心地が悪かったけど、悪態をつかれていつも通りの感覚に引き戻された。借りている身とはいえ何だあの言い草は‥‥とはいえ、私こそ素直にお礼を言えればいいのに。どうしても、皇帝の悪態にはそのまま反発してしまうんだよな。


 外套とランプの温もりに包まれて複雑な心境になりながら、私は前を歩く皇帝を追った。



 

超絶久しぶりに筆が乗って投稿してみたら、全話が約3年前とは。時の流れェ‥‥。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ