奴隷歌姫、酒盛りに参加する。
ヒカリゴケチョウ採り大会の閉会もそこそこに、大量のお酒にテンションが上がりまくった皆は、騎士団だろうが魔道士団だろうが所属団体関係なく、杯を交わしていた。いわゆるドンチャン騒ぎである。
あっちで歓声がわけば、こっちで笑い声が巻き起こり、挙げ句のはてには踊り出す人もちらほら。どの世界でもお酒の力はすごいね……。ついていけません。
「アーイーリスぅ~ッ! ヒッ、のんでるぅ~?」
「う、うん。のんでるのんでる」
ちなみにさっき知ったんだけど、この世界では15歳からお酒がのめるそうだ。私の隣で出来上がってるジェーンも、その隣でうとうとし始めているメアリーも、もちろん合法的にお酒がのめる。かく言う私も、この世界に来たときイーリス様から12歳ぐらいだと言われたから、多分今は16歳。あっちの世界で死んだときと同じ女子高生の年齢だとしても、この世界では立派に飲酒もできちゃうわけで。
「んェ~? ンなこと言って、全然酔ってないじゃなぁい! もう! 嘘つかないでよォ~」
いやいや、ちゃんとのんでるんです。これでも。
そう、どうやら私、お酒に強いらしいのです。多分。
さっきからずっともらったお酒を飲んでるんだけど、特になにも体の変化がないのだ。確かに両親はそこそこ強い方だったけど、こんなに何も起こらないものなのだろうか? 全然酔ってない、と思われるぐらいには素面に見えるみたいだし。
「私ばあっかり酔ってるみたいで寂しいじゃないぃ! あんたも酔いなさいよ~!」
こりゃ参った。ジェーン、絡み酒するタイプみたい。楽しそうだからいいけど、潰れちゃったりしないか心配だ。
はいはい、となだめていると後ろからドン、と何かがぶつかってきた。振り返ると見えたのは、真っ赤な髪に負けないほど赤くなった顔だった。
「ッッッんでいつも俺ばっかり負けンだよォ~!」
べろべろになったレネンが背中にごりごりと頭を押し付けてきた。いたたた、あんたも絡み酒タイプ? 勘弁してください。で、負けるって何が?
私の背中に頭を押し付け、べろべろになりながらもその目は一方を向いている。その視線を辿ると、そこには珍しく男衆に囲まれながら静かに杯を傾けている皇帝の姿が。……あー、もしかして飲み比べでもしたのかな? 現に、皇帝はべろべろレネンを横目に(相変わらず無表情だけど、どこか楽しそうに見えなくもない)、団員と向かい合わせで飲んでいる。その団員も既に負けそうな程べろべろになってるけど……。皇帝は相当お酒強いみたいだね。
「……すまんアイリス……おい、お前水飲んだほうがいいんじゃないか……」
未だに私の背中にごりごりと頭を押し付けていたレネンを、シルトがべりっと剥がした。そして、持っていたコップを手渡す。流石シルト、本当に頼りにな……
「ブッッッッ」
「わっ!」
る……と思った瞬間、レネンが口に含んだ水を盛大に吹き出したと同時に、私の膝に倒れこんだ。ど、どうしたの!?
もしやと思ってコップの中味の匂いを嗅いでみると……う、アルコール臭い。
「ちょ、ちょっとシルト……これ、お酒じゃない!」
「……? さっき俺が飲んでた水のはずだが?」
あちゃー、シルトももしや、酔っぱらってるな? 顔が赤くないしてっきり素面だと思ってたけど、よく見れば足元がふらふらだ。水とお酒を間違えるなんて、相当酔っぱらってるでしょ……。レネン、大丈夫?
「あら~? んふっ、 やだーっ、ラブラブじゃなあい! 膝枕なんてしちゃってさぁ~! このこのぅ」
ジェーンがレネンの頬っぺたをつんつんとつついた。が、反応がない。そりゃ、あんなに酔ってたのにいきなり度数の高そうなお酒を飲んじゃえばねえ……。
「ジェ、ジェーン、レネン起きないんだけど、大丈夫かな」
「大丈夫でしょ~、心配なら水飲ませてあげれば? 口移しとか~!」
そ、それはさすがにレネンに申し訳ないし、遠慮しておきます。でも、お水は飲ませた方がいいよね。水魔法で飲ませられるかな?
「レネン、レネン、ちょっと起きて。お水飲まないと」
上半身を抱き起こして、ぺちぺちと頬を叩く。すると、うっすらと意識が戻ったのか、薄く目が開いた。
「レネンほら、大丈夫? お水……」
「う゛ー……う、ぅ、おれの……」
水魔法で水を口に持っていきたいのだけど、抱きつかれてるせいで、口元が見えない。酔っぱらいすぎでしょ、本当に大丈夫?
「ほらレネンってば、しっかりして!」
「ん、……おれのまくら……」
無理矢理レネンをはがして水を飲ませようとするけど、私を枕と間違えてるようで、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
「ちょ、ちょっと、シルト助け……」
と、その瞬間、突如風が吹いたかと思うと、レネンが後ろへと吹っ飛んで木に激突した。うえ、ええええ!?
「レネン!?」
「……」
急いで駆け寄って起こしてみたものの……だ、だめだ、気を失ってる。幸い、すぐ後ろにあった木にぶつかっただけだし大丈夫だろうけど……。
回復魔法をさっとかけて、床にそっと寝かせた。水は飲ませられなかったけど仕方ない、飲みすぎは自業自得だもんね。それよりも問題なのは……
「なに、どこいくのよアイリス~?」
まだ意識がしっかりしてる方なジェーンにレネンをお願いして、人を掻き分けて進んでいった。そう、あんなことをするのは……。
「皇帝、ちょっといいですか?」
どう考えてもこの人しか考えられないわけで。
「……何の用だ」
依然としてお酒を飲み続ける皇帝の杯を取り上げて、詰め寄った。全く白々しいったらありゃしない。あんな意味深な風魔法、皇帝しかいないでしょうが!
「あんなことしたら危ないでしょう! あれほど他人に危害を加えたらダメと言ったのに!」
うんともすんとも言わずに、私から杯を取り返してお酒を飲み続ける皇帝に、ムカムカと腸が煮えくり返ってくる。人の話を! 聞いてください!
「まーまーまー、巫女ちゃん、落ち着いて、俺たちと酒でも飲もうや」
「でもですね……!」
「まあまあアイリスさん、レネンもいくら酔ってたとはいえ、巫女さんに絡みすぎだったし因果応報ッスよ」
いつの間に現れたのか、レオ君が口を挟んできた。その隣にいるアレン君もウンウンとうなずいている。え。あ、別にあれぐらいどうってことないんだけど。もしかしてセクハラみたいに見えてた?
「ま、そう怒んなさんな。レネンなら大丈夫だろ。それより一緒に飲もうぜえ巫女さん」
騎士団の皆が口々にそう言い、私にお酒を注いでくれた。うーん、皇帝に怒りたいのは山々だけど……楽しそうな雰囲気なのにぶち壊しちゃあれか……。いつもは人払いしちゃう皇帝の周りに、珍しく人が集まってるし。
仕方ない、さっきの事故は今度また注意しておこう。
「……そうします」
「おっ、そうこなくっちゃな!」
「アイリスさん! 俺とも! 俺とも飲みましょう~! レネンばっかずりーんスよ!」
☆
それからしばらく、皆と一緒に飲んでいた。のだけど、眠いな……。昼に頑張りすぎたかな。それに、夜にこんなにドンチャン騒ぎするのも久しぶりだし……。うとうとしながらぼうっとしていると、皇帝がこっちに近づいてきたのが見えた。そして、私のコップを取り上げ、持っていたボトルの中味を注いで、無言で突き返してきた。……ん? これをのめってこと?
「お子さまはこれでものんでさっさと寝ろ」
それだけ言うと、元いた席に戻っていった。コップの中味を覗くと……ワインのような色をした飲み物が。ただ、甘い香りしかしない。もしかしてただのジュース? じんわりと温かいので、ホットドリンクだろうか。
もしかしてちょっと眠くなってきたのがばれてたってことか。……とはいえ、殆ど歳が変わらないのにお子さまとは聞き捨てならないな。確かにお酒なんて初めて飲んだけどさ。
まあでも、そろそろ寝ようかと思ってたし丁度いいか。皆元気でオールナイトしようとか言ってたけど、正直体力的に限界なのは事実だし。
「い、いただきます……」
一言お礼を言ってから、そろりと一口のみこむ。ぽかぽかのジュースが喉奥に流れ込んでいって、じんわりと体を温める。うーん、なかなか美味しい。少し、いやかなり甘いけど。さすが、超絶甘党な皇帝が薦めるだけあるね。……ただ、喉奥、というか食道? が熱くなってきたけど、なんだろ……? 生姜みたいな、体を温める効果があるとか? 半分ものんでないのに、体が火照って仕方がない上に、恐ろしく眠い。これはまずい、寝落ちする前にテントに戻らなくちゃ……。
「じゃあ、わたしはそろそろ、ねますね」
そして、おやすみなさい、と言葉を続けながら立ち上がろうとした──のだったが。
立ち上がれない。というか、力がはいらない……。頭がぐらぐらする……。なに、急に眠くなりすぎじゃない? 赤ちゃんじゃないんだから……。
「う、うわあっ、アイリスさん大丈夫っスか!?」
レオくんが心配そうに駆け寄ってきた。だいじょうぶ、だいじょうぶ、ねむいだけだから、しんぱいしないで…………。
「なんでそんなに急に真っ赤になったんスか!?」
「おいおい嬢ちゃん大丈夫か……うわっ、もしかしてコレのんだのか! この酒、割ってのまなきゃいけないような強い酒だぞ、しかもこのコップ半分はのんでるって、本当に嬢ちゃん酒強いんだな」
……は? おさけ? そんなわけ……おさけの味なんかしなかった……。
「温めると酒っぽい味がなくなって、甘味が増すんだがな、何故か逆に酔いやすいんだよ。そういや、陛下がガバガバのんでらしたな……」
……な、そんな、だ、だましたな……!
……う、う、あたまがぐらぐらして、どっちがじめんなんだか、そらなんだか、わからな……────
「うわっアイリスさんーっ! 死なないでっスー!」
そんなレオ君の声を聞くや否や、ふわふわとかした心地のまま、まどろんでいった──
久々の投稿です。いつか書きたかったお酒回が書けてよかったです!