奴隷異世界人、命名する。
「おらてめぇらおせぇぞ! 早くやれ!」
怪しく光る指輪を指にはめ、棒切れを振り回す男が叫ぶ。
今日の仕事は、鉄らしき物を運ぶ作業。……これは何に使われるのだろうか、気になるところだが私は知らない。とにかく、重さが半端ないのでこの作業はすごく辛い。こんなことをあの男の子もさせられていたのか──そう考えると、看守たちに腸が煮えくり返るような怒りを覚える。本当にあいつらは、人間なんだろうか。
「お? んだてめぇ、フラフラすんな運べ! おらぁっ!」
ガツッと鈍い音が響く。どうみても栄養不足で弱りきった男の人が、バタリと倒れた。骨と皮しかないぐらい、痩せてしまっている。いくら操られていたとしても、肉体には限界がある──そのことを教えてくれるかのように、男の人は倒れてしまった。それでも、命令には逆らえないのでフラフラと立ち上がる。──無言で。
「このッ……!!」
この野郎っ! ──と言いかけて、私は唇をグッと噛み締めた。こんなところで、呪いにかかってないことをバレてしまう訳にはいかない。──それでも、心が痛む。痛む、痛むっ……。自分が生きるために他の人を見捨てることが、こんなにも心苦しいだなんて知らなかった。
「ハハッ! 早くやれ豚野郎共めっ!」
奴隷達を楽しそうに見つめ、高笑いする看守。それを見ても全く動じない隷属奴隷達。ここにもっといたら、もう普通の人間には戻れないような気さえしてくる。なんて醜いのだろう。
「早く、やって帰らなきゃ……あの子が待ってる」
私は大きく深呼吸をすると、再び鉄の塊を運び出した。
☆
「はぁ……ただいま」
1日の仕事が終わり、私はようやく寝床にに戻った。──が、なぜかイーリス様のいつもの声が聞こえない。あれ?
「イーリス様ー? どうしたんですか?」
呼び掛けてみても、一切返事なし。ど、どうしたんだろ。まあ、かなり気まぐれな人(あ、女神か)だからどっかに行っちゃったんだろうか。あの男の子を見ててくれるって言ってたのに……。はぁ、と溜め息をついた──その時。
〔ぐっ……あや、めぇ……! そこにおるか? 助けてぐれ、ぐるじぃ……!〕
どこからか、苦しそうなイーリス様の声が聞こえてきた。びっくりして薄っぺらい布団を剥ぐと──男の子がニコニコと笑いながら、何かを握りしめている。手の中をよくみると、妖精サイズのイーリス様、通称省エネ版イーリス様が握りしめられていた。
「い、イーリス様ぁっ!? 大丈夫ですか!?」
〔大丈夫も……なにも、ある……か、ぐえっ、はや……ぐほっ! たすけ……!〕
「うわああ! イーリス様ぁぁぁぁ! ちょ、ちょっとごめんねっ……!」
私はあわてて、男の子の手を開いた。「うー?」とか首を傾げながら男の子がこっちを向いた。──か、かわいい。なんてつぶらで綺麗な目なんだっ……! まるで生まれたての小鹿のよう──おっと、癒されてる場合じゃなかった。イーリス様が苦しすぎて白目に……。最早女神と呼べないほど無惨な姿だ。それにしても、子どもに一女神が振り回されているとは、なんてレアな光景なんだろう。これはひどい(笑)
〔お、おいっ! (笑)つけてる場合かっ! もう少しで押し潰されるところだったのだぞ!〕
「ご、ごめんなさい……ぶふっ。だって、子どもにイーリス様が敵わないだなんて……ふっ、おかしくてッ」
〔笑い混じりに笑うなボケェッ!〕
イーリス様が睨み付ける。等身大なら迫力あるんだろうけど、今はサイズがミニのせいか全く怖くない。それどころかめちゃくちゃかわいいです、はい。
〔菖蒲なぁっ……! ま、まあ取り敢えず留守番は終わったぞ。あぁ疲れた……〕
「ふふ、ありがとうございました」
〔子どもはどうも苦手じゃ。扱いづらいんでな〕
イーリス様はやれやれと溢すと、おっさん臭く首をコキコキと鳴らした。ちょい、女神なんだから子どもの扱いぐらい容易くこなさなきゃダメじゃないですか。ふふふ、今日はイーリス様の新しい一面を見れたなぁ。それに、久しぶりに笑ったから心が軽くなった気がする。お留守番、ご苦労様でした。
〔で、この餓鬼のことだが〕
イーリス様が宙を旋回しながら私に尋ねた。ちょっ、仮にも女神様なんだから、クソガキなんかいっちゃダメですよ……。
〔女神でもクソガキだと思うことはあるわい。だいたいこの我を握りしめおって!〕
イライラと眉間にシワを寄せたイーリス様が、男の子を上から見下ろす。──そうとう強い力でにぎりしめてたんだろうな、はは……。
そんなイーリス様の怒り具合は気にもせず、男の子はイーリス様を捕まえようと必死。「あぅ! ばー!」とか声あげちゃって……可愛すぎです。なんという破壊力っ! ああやばい、思わず頬が緩んじゃうっ。
〔ニヤニヤしてる場合か! で? どうすんだこいつは?〕
ど、どうすんだって言ったって。うう、痛いとこついてきたぞ、どうしよう。助けたあとどうするかなんて考えてもなかった。とりあえず私はイーリス様を見上げ、作り笑いを浮かべた。
「──考えてなかったです、あはは……。ここで、一緒に住ませちゃだめですか……?」
〔はぁぁぁぁぁぁっ!? どうするんだ、こんな荷物抱えてアホではないか!〕
イーリス様が私の顔の前に降りてきて、ぽかぽかと鼻を殴った。いや、殴ったと言ってもなんせサイズがミニなので、全くもって痛くもないけども。それにしても荷物ってひどいですよ。そんなことな……いや、そうかもしれないですね、はい……。
「す、すみません。でっ、でも見捨てるわけにはいかなかったんですし」
〔その気持ちもわからんでもないがなぁ! 後先考えずに行動するでない!〕
「だっ、だって!」
〔だってじゃないわい! こんな子ども引き受けて、こいつも自分の身も守れると言うのかお前は!〕
「そ、それは……」
──何も言い返せない。イーリス様の言うことが正論すぎるから。確かにそうだよね、自分の身も守れないような奴が他人も守れるはずがないもの。イーリス様は私の事だけじゃなくて、男の子の事も心配してるんだ。そうだよ、そうだけど。でも、私は──
「──この子を見捨てるのなんて、看守達と一緒です」
ポツリと私は呟いた。いきなり声のトーンが下がったのに戸惑ったのか、イーリス様は目を丸くしている。
「看守達は紛れもなく、最低な人間です──こんな小さな子まで奴隷にして。……でも、私も私で、途中まで面倒を見ておきながら、荷物になるからと見捨てるのであれば。同じくらい最低です」
昔、私が捨て猫を拾ってきた時のことだ。母さんに何度も頼み込んだが、飼うのは無理の一点張りで。仕方なくもといた場所に戻してこようとした私に、母さんはこう言ったっけ……「捨てる人が悪いのは当たり前だけど。でも、その捨て猫を途中まで構っておいて、結局飼わない人も同じぐらい、悪いことなのよ? 一度拾ったのなら、最後まで責任をとりなさい」って。それから、うちでは飼えないから代わりの里親を探しに行きなさいって言われて探しに行ったけな。近所のおばあさんが引き取ってくれたんだ。そんなことを思い出しながら、私は男の子を抱き締めた。「ぱぁ!」と男の子が可愛らしい声をあげる。
それを黙って見ていたイーリス様は、男の子の頭に降り立ち言った。
〔──そこまで言うのなら、いいが……ちゃんと面倒見ろよ?〕
私の言葉に折れたのか、イーリス様が承諾した。ほっ、ほんとですか!?
「うわあああああっ! イーリス様ありがとうっ! 大好きですッ!」
ぎゅうううううとキツくイーリス様を抱き締めた。〔苦しい、やめろ!〕って言ってるけど、スルーして抱き締め続ける。ああ、本当にイーリス様は正真正銘の女神様だっ!
〔うぐ、と、ところでこいつの名前はどうするんだ?〕
私の腕から解放されたイーリス様は、男の子のほっぺをツンツンとつついた。た、確かにどうしよう。見た目は5歳ぐらいだけど、奴隷にさせられていたせいかしゃべれないみたいだし……。試しに名前を聞いてみても、「あーぅ?」という言葉しか返ってこなかった。
「うーん、なんか私たちでつけちゃいましょうか」
〔なら、"デモン"でどうだ?〕
「な、なんですかそれ。ちなみに由来は?」
〔"悪魔"という意味じゃ〕
「なっ……! 却下! 却下です!」
なんというネーミングセンスですか。壊滅的にも程がある。むしろこの子は天使ですから! 見てくださいよこのかわいさをっ……! サラサラの茶色い髪、キラッキラの水色の瞳、赤い頬。ほら、まさに輝くような笑顔ですし、さっきからめちゃくちゃ光が当たって眩しいっ……って、あれ?
「キャッキャッ!」
今は夜。光なんてどこにもないはずなのに……男の子は体が光輝いていたのだ。
「な、なんで光ってるの……?」
〔ほう……どうやら光属性の魔力持ちらしいな。なるほど、かなり魔力が強いみたいだな。だから呪いを打ち消すことが出来たのだろうな〕
あ……だから、あそこで倒れてたのか。納得です。
それにしてもすっごく眩しいな。でも、あったかい、穏やかな光。──光、光か……。あ!
「そうだ、リヒトはどうですか?」
リヒトって、確か"光"って意味あったよね? それならぴったりじゃないか!
〔り、リヒトォ? デモンがよいぞデモンが〕
「だめですー! リヒトです! ねー?」
イーリス様がデモンを推してくるけど、私は無理矢理命名した。由来が悪魔とかひどすぎですよ、絶対に嫌です! 私が男の子──もとい、リヒトを抱き上げると、リヒトは自分の名前を繰り返していた。
「ぃ、ひと……、リィト! リィト!」
花のような笑顔で私に抱きついてきた。おおお、どうやら気に入ったようだ。それならよかった!
〔だからデモンが──〕
「これからよろしくね、リヒト!」
「リィト! リィト!」
〔話を聞けーっ!〕
新キャラが登場!
☆リヒト
光属性の魔力持ち。
見た目は5歳ぐらい。茶色の髪に水色の瞳。