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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
春の慰安旅行編
79/85

奴隷歌姫、交渉する。



 季節はあっという間に変わり、カロカイリー期──春になったアインスリーフィア帝国には、穏やかな時間が流れていた。暖かな陽気と花の心地よい香りが、気分を晴れやかにしてくれる。


 カロカイリー祭は無事に終わった。一年で一番華やかな祭りと聞いていただけあって、とても大変だった──けど、とても楽しかった。

 まあ、それは置いておいて。今は楽しかった思い出に浸っている場合ではないのだ。


「はい、どうぞ」


 砂糖たっぷりの紅茶を皇帝に差し出した。すると皇帝は静かにまばたきをして、じろりと私を睨んできた。


「……何が言いたい」

「な、何が、とは」

「今日は何やら気味が悪い」

「し、失礼な」


 尚も眉間にしわを寄せながら凝視される。うーん、困った……私の考えは皇帝にお見通し、って訳か。仕方ない、白状するか……。

 

「え、と……。単刀直入に言います。使用人慰安旅行に行かせて下さい!」

「駄目だ」


 は、早っ! 第一声がその言葉だろうとは思ってたけど、早っ!


 使用人慰安旅行。毎年この時期に、使用人への交流の場として、キャンプに行くらしい。全員居なくなったら城が成り立たなくなってしまうので、半数人だけみたいだけど。

 ジェーンとメアリーは今年に一緒に行くことにしていたみたいで、一緒に行かないか、と誘われたのだった。うん、是非とも行きたいところなんだけどね! ただ……問題は、皇帝をどうやって説得するか。

 この前やっと一人で街に行けたぐらいで、泊まりだなんて許してくれそうもない。せめてもの救いは、使用人の皆や、慰安旅行には使用人だけでなくて、騎士団や魔道士団の人達も来るってことだ。少なくとも、危ないという理由で引き留められることはない……のだけど! 

 こんなにも即答されるとは思ってなかった。はぁ……そんなに私は危なっかしいのだろうか。


「い、いいじゃないですか……! 今回は神代の泉でキャンプするらしいし、騎士団も魔道士団も一緒だし、危険は特にはないはずで……」

「そうか。だが、お前はなんだ?」


 なんだ、とは?


「お前は俺の専属メイド(奴隷)だろう」


 う、た、確かにそうかもしれないけど……! そうだ、有給休暇! 有給休暇を所望します!


「諦めることだ。それに、お前なら神代の泉などいつでも行けるだろう」


 ぐ、ぐぬぬ……この、冷徹皇帝め! とは口が裂けても言えない……。


 まあ、確かに神代の泉へは行ったことがあるから瞬間移動魔法でいつでも行けるけどさ……! そういうことじゃないじゃない! 皆と一緒に行くってのが楽しみなのに! ぐう……!


 何も言い返せなくて、睨もうとしてギロリと見る。が、もうこれ以上何も聞くまい、と言いたげに書類を持ってくるりと後ろに椅子を回転させた。ひ、卑怯だ……! ……かくなる上は、もう、これしか……!


「……そうですか。ほー……」


 皇帝の目の前に、隠し持っていたアレをさりげなく置いた。ことん、と皿が鳴る音にピクリと皇帝が反応してこっちを見た。


「なんだそれは」


 隠し持っていたアレは──もちもちとした食感に、甘さとしょっぱさのハーモニーが絶妙な──そう、私特製の桜餅だ。

 この前ドライシンガー王国の国王様から、ご褒美を何かあげると言われたので……桜の木をもらったのだった。木、と言っても貴重な桜を根こそぎもらうわけにはいかないので、枝をもらって挿し木をした。魔法の力で強引にではあるけど、無事に根をはらせることに成功したのだった。

 その桜の木から採った葉と花を塩漬けにして、昨日試作品を作ってみたのだ。意外にもうまく出来たから、早速交換条件として持ってきておいたんだけど、正解だったね。お饅頭や大福じゃ、最近なびかなくなってきちゃったからね。これなら、少しは揺らいでくれるでしょ!


「……その手には乗ら」

「あ、そうですか。じゃあ、今日は私からのおやつはなし。それでは」


 と言いつつ、お皿を持ち上げようとした──のだが、動かない。皇帝がお皿の縁を掴んでいた。おっっっもい。馬鹿力にも程があるでしょ……でも、これは思ったよりも興味を持ってくれたみたいだ。よしよし!


「なんですか?」

「それがいらないとは、言っていない」


 ほう?

 

「でも、いるとは言ってないですよね?」

「……チッ」


 皇帝の眉間にシワがよった。炎魔法がぽんぽんと飛んでくるけど、全てあらかじめ張っておいた結界で弾いた。言い返せなくなったら魔法で攻撃してくる癖はもうお見通しですからね!

 毎回外出許可合戦をするたびに思うんだけどさ、なんでそんなに私を外に出したくないの? 私の家も結構厳しい方だったけどさ、ここまで酷くなかったのに。──私が心配、とか……? ──いやいやいや、そんなわけないか。かなり信用されてない、に一票です。


 皇帝は、はあ……と深いため息をつくと、面白くなさそうにドスンと椅子に座り直した。そして頬杖をつき、ぽつりと呟いた。


「……する」

「はい?」

「……許可、する」


 え、え?


「え、え、本当に……?」

「信じないなら撤回するが?」

「いえ! いえ! 信じます信じます! ありがとうございます!」


 お、おおおお! マジですか! マジなんですか! うおおお……! こ、こんなにアッサリ認められるとは正直思ってなかった。てっきり、今までのように実力行使するのかと。


 皇帝は桜餅のお皿を引き寄せると、もそもそと食べ始めた。何も言ってこないということは、口には合っているらしい。ふふん、甘党なことが運の尽き。皇帝を動かすには甘いもの、ここテストに出ますよ!


「じゃあ、私はこれで。失礼致しました!」


 そそくさと皇帝の部屋を後にする。やったやった! 早速二人に報告しよう! それと、オズと家政婦長のエミリーさんに報告して、参加手続きして、足りないもの買いに街に行って、荷造りして……ああ、ワクワクが止まらない! なんてったって、この世界にきてから初のお泊まりだもん! 楽しみ~!







 なんて事が一週間ほど前の出来事。それから時間は過ぎ、慰安旅行当日になった。

 大型馬車に皆で乗り込み、だいたいお昼前には神代の泉の近くに到着。ここらをベースキャンプとするらしい。


「それでは、これから各自のテントをお配りしますので、代表者の方は──」


 慰安旅行の幹事の人が、声を張り上げて説明する。でも、皆浮き足立ってるのかざわざわと騒がしい。わかるわかる、こういう団体の旅行の時ってこうなるよね。


 ふと、人混みのなかに見慣れた赤い頭と、他の人と頭数個分飛び抜けた頭を見つけた。あっ、あれってもしかして。

 丁度解散との号令がかかったので、ジェーンとメアリーに一声かけてから離れ、二つの頭を追いかける。そして、後ろからちょいちょいとつついた。


「レネン、シルト!」

「ア、アイリス!? お前、来てたのか……」

「うん。なんとか来れるようになったの!」


 二人も来るとは聞いてたけど、そういえば許可が下りて私も行けるようになったとは言ってなかったっけ。忘れてた。


「……よかった、な」


 シルトが私の頭をぽんと撫でた。


「うん、二人と一緒に来れてよかった」

「あ! アイリスさん! 来れるようになったんスね!」


 シルトの後ろから、ぴょいと顔を出したのは、騎士団のレオ君だった。その隣には、レオ君の腕を掴んだアレン君が呆れ顔で立っていた。


「二人も来てたんだね!」

「はい。アイリスさん、よく皇帝からお許しを貰えましたね」

「あっ、もしかして、また前みたいな華麗なバトルでも繰り広げたんスか!? カッケー!」

「はは……さすがにそれはしてないけどね。奥の手を使ったというか」

「へえー! 奥の手ッスか~、気になるなあ!」


 その奥の手が、まさかの甘いものだとは思うまい! まあ、口が裂けても言えないんですけどねね。もし私が皇帝が甘党だってバラしたと知られれば、命がいくつあっても足りなさそうだし。


「じゃあ、私テント張りに行くね。後で川で遊……」


 と言い残してジェーンとメアリーの元へ帰ろうとした、その時、ざわざわと楽しそうに話していた皆が、一瞬にしてシン……と静まりかえった。え、なに? どうかしたの?


「あ、あれは、皇帝陛下専用の馬車……!」

「どうしてこんなところに」


 ……ん? 馬車? 皇帝専用の? ……ん? き、聞き間違いだよね?


 周りの人を掻き分けながら、皆の視線の方向へと向かった。見えてきたのは、確かに私たちが乗ってきた大型馬車とは違う、華奢で豪華な馬車。……うん、私、あれ見覚えあるな。だって、前に皇帝と神代の泉に来たときは、他でもないあれに乗ってきたんだもん。い、嫌な予感……。


 そして、その嫌な予感を助長させるものがもう一つ。馬を操る御者の位置に座ってる人──ブラウンの髪をオールバックにし、こんな場所でもかっちりと燕尾服を着こなした男の人──有能執事長オズ、にしか見えない。


 ……と、いうことは……。


 重苦しい馬車のドアをオズが開いた。そして、そこから出てきたのは──


「こ、皇帝陛下!」


 で、デスヨネー……。

 周りの人は皆、我先にと ひざまずいた。立っているのは私と、隣にいるレネンだけだ。

 皇帝は、あっけらかんとして立ちっぱなしの私を見つけると──ハッと小馬鹿にしたように鼻で笑った。気がした。流石にこの距離だと聞こえなかったけど、絶対にあれは鼻で笑ってた!


「なんでここに、お前が……」


 およそ皆が思っていることであろうことをレネンが呟いた。皇帝はツカツカとこちらへ歩いてくると、何も言わずにレネンをぎろりと睨んだ。それに負けじと、レネンも睨み返す。……お、おーい、二人とも、周りの皆様が困ってますよ。私もどうすればいいのか分からないから困る。っていうか毎回顔合わせるたびにその調子だけど、本当に仲悪いね……。

 やがて、皇帝はふいっと顔を背けると、神代の泉の方へと消えていった。残されたのは、唖然としている私とひざまずいたままの皆、皇帝の消えた方向を睨みつけたままのレネン、そして、いやはや困ったと言いたげなオズという、奇妙な光景だった。


「皆様お騒がせしました。丁度、神代の泉の調査に伺う陛下の日程とこの慰安旅行の日にちが被っていまして。どうぞ皆様、陛下をお気にせずごゆっくりと」


 オズがにこやかにそう説明した。きっと、今皆の心の中は同じ言葉が浮かんでるんだろう……「ゆっくりできるか!」って。


「ふぅー、はぁー……」


 そして、私は額に手をあてて、ゆっくりと深呼吸をした。


 ……こんなとこまで来ても監視って……保護者かあああ!






 閑話を数話挟んでからこの章を始めようとしたのですが、閑話の筆が乗らず……ということで、季節を大胆に春まで進めちゃいました! 丁度現実でももうすぐ春だしね! 閑話はそのうちひっそりと投稿します……。

 ようやくこの章までたどり着きました。まだまだ先は長いですがお付き合いください!

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