暁の不死竜
一つ前の「奴隷歌姫、歌って踊る。」をかなり変更して投稿し直しました。是非ご覧下さい。
「アイリス様、お茶をどうぞ」
「ありがとう!」
オズが差し出したお茶を一口飲んで、ほっと息をはく。甘い花の香りが鼻を抜けていき、コップから伝わった熱が手をじんわりと暖めた。
仮面舞踏会も終わり、無事に年を越した私たちは、一度服を着替えてから集まり、おくりび山に初日の出を見に来ている。メンバーは私たちアインスリーフィアから来た3人と、エレア、アーロンさん、コールリアスさん、そして、国王様である。ブレイデンさんは第一王子のせいでモテるため、苦手な女性に群がられて疲れたから、そしてドゥーガルドさんは朝が苦手だそうで。
今、おくりび山の山頂には私たちしかいない。もっと市民がいるものだろうと思ってたんだけど、まだ立ち入り禁止にしていたらしい。おくりび山の事件は解決したからもう解除してもいいけど、私たちをもてなすために解除していないんだそうで。確かにこんなに王族が勢揃いしてたら日の出を拝んでいる場合じゃないしね。市民の皆さんには申し訳ないけど、頑張ったご褒美としてありがたく好意を受けとることにした。
しかし、さすがに夜明け前の山頂となると寒いなぁ……。ここまでくるのにドラゴンに乗って来たんだけど、ドラゴンが結界を張ってくれてたからその時は寒くなかったせいで、動かずにじっとしている分余計に寒く感じる。
「アイリス嬢、ご一緒に甘い菓子でもいかがですか」
「こ、コールリアス様……! いいんですか? ありがとうございます」
もらったお茶を飲みながら大きな岩の前でしゃがみこんでいると、第2王子のコールリアスさんがお菓子を手渡してくれた。うーん、甘いお菓子とお茶の組み合わせはやっぱり最高だね。
ん、あれ、コールリアスさんにお茶を渡して、オズはスッといなくなってしまった。どうしたの?
「隣、座ってもいいですか?」
「あっ、ぜ、是非!」
もしかしてコールリアスさんが来たから、邪魔しないように……ってことかな。流石、有能執事オズ! でも、一人にしないでー! 最近慣れてきたとはいえ、イケメンと二人で話すのはなかなか緊張するのに!
「そうだ、もしよろしければ、どうぞ」
"フロ・アルドーレ"と呪文を唱え、温水で座布団のようなものを作る。コールリアスさんは目を丸々とさせて凝視しはじめた。
「……これは?」
「暖かいですよ。水魔法ですけど、濡れないので」
「へぇ。水魔法でこんなことができるのか……なら、お言葉に甘えさせていただこうかな」
私も今お尻の下にひいてるけど、これがなんとも暖かくていいんだよね。地べたに座ると底冷えするし、お尻が痛くなっちゃうし。
「うん、じんわりと暖かくて、これはなかなか良いものだね。魔法の制御がなかなか難しそうだ」
そうなんですよ~。この魔法、水魔法と炎魔法の加減が結構難しいのです。水魔法を強くしすぎたら冷たいし、炎魔法を強くしすぎたら蒸発しちゃうし。
前、師匠に新しい技ですって得意気に見せたら、「またそんなくだらない魔法を作りだして……」って呆れられちゃったんだよね。
「先程のサクラの奇跡も、貴女の魔法だと伺いました。あんなに美しい植物は初めて見ました、本当にありがとうございます」
あー……桜を開花させてしまったのは、不可抗力というか、事故というか、偶然の副産物なんだけど。まあいっか、皆喜んでくれたし。やっぱり皇帝には目立つことをするなって怒られたけどね。
「コールリアス様が気に入って下さったなら何よりです」
「コール、でいいですよ。皆そう呼ぶし」
と、コールリアスさんは表情をほころばせた。そのとろりとした笑顔が、本当にアーロンさんにそっくりだ。
わかりました、と言いコール様と改めて呼ぶと、こくんとうなずいてくれた。
「……さて。わざわざ隣に座らせてもらった訳ですが」
そこで一拍おいて、私の方にくるりと向いた。
「この度は我が国のためにご尽力いただきました。貴女の行為に心よりの感謝と、そして、謝罪を。大変申し訳ありませんでした」
そう言うと、コールさんは深々と頭を下げた。いや、頭を下げた、というよりこれはもう最早土下座に近い。
なんで!? そんな、謝られるようなことなんて、されてないはずなんだけど……。
「そんな、お顔をおあげください」
「いえ。他国の宝であると言っても過言でない旋律の巫女様を、あのような危険な目に合わせてしまったのは、私の落ち度ですから」
なんとか顔を下げるのをやめてもらっても、コールさんはひどく落ち込んだ顔で額に手を当てた。
「実は、あの山にアーロンを派遣したのは私の采配でして。調査だけさせようとしていたのですが、既にあのような大事になっていたとは計り知れず……」
なるほど。つまり、自分のせいで私たちが死にかけたのではないかと、そう言いたいのか。
うーん……でも、あの事件、多分誰もが想像できなかった事件だっただろうし。正直仕方ないよね。
ただ、仕方ない、で終わらせたくないっていうコールさんの責任感がひしひしと伝わってくるから、しょうがなかったから大丈夫ですだなんて言えないなぁ……。どうしよう。
「……あれは、私たち……いや、私にも落ち度があると思います」
「……と言うと?」
「アインスリーフィアで起こった、コロシアムの爆発事故。あのときと同じ団体であろう者たちでありながら、警戒を怠ってしまいましたから」
おくりび山で皇帝が深手を負ったのは、私が捕まってしまったからだ。あの時、私がもっと注意していれば、あんなことにはならなかっただろう。
あの時の自分の不甲斐なさに、思わずうつむいた。
「きっと、もっと安全に追い払えたはずなんです。だから……」
そこで一拍おいて、顔を上げた。日の出まで退屈だったのだろうか、皇帝とアーロンさんが、いつの間にか手合わせを始めていた。
その、素早い動きの皇帝に、あの日の光景──皇帝の脇腹に突き刺さった刃。噴き出す赤い血。血だまりに倒れた姿──が重なった。もう、人が死ぬ光景だなんて、見ないと思ってたのに。絶対にそんなことさせたくないと思ってたのに。
私は強くならなきゃいけない。コロシアムの時や、おくりび山の時のようなことは起こしたくないから。
「……だから、ここは一つ、お互いに精進しましょう……ということで、水に流しませんか?」
コールさんに目をやると、丸々と目を見開いている。そして、くすりと破顔すると、「お気遣いに感謝いたします」と言った。肩の荷が降りたような柔らかな表情に変わった──随分と気に病んでいたのだろう。少しは気が楽になってくれたのなら、よかった。
「思っていた以上にとても素敵な方です。……どうですか、アイリス嬢、うちのブレイデン兄さんと一緒になりませんか?」
「えっ」
「あの人、女性慣れしてなくて婚約者が見つからずにほとほと困っているんですよ。全く、アーロンのようなスケコマシは呆れたものですが、逆に誠実すぎるのも困りものですね」
えっと、この国は二言目には婚約のお誘いをするのが常識なのだろうか。さっき国王様も嫁ぐだの云々仰ってたし。
「もしブレイデン兄さんがお気に召さなければ、アーロンでもドゥーガルドでもお好きな方をお選びください」
「は、はは……コール様も冗談がお上手で」
「おや、あながち冗談でもないのですが。ああ、そういえば歴代の旋律の巫女様は、陛下とご一緒になられる方が多いので、アイリス嬢も……」
「な、り、ま、せん!」
この流れ、昨日国王様としたよね? 絶対に、ぜーったいにそれは、あり得ませんからね!
しばらくたわいない世間話をしていたのだけど、水魔法座布団といい、温かいお茶といい、なんだか少し眠くなってきた。朝早くに出てきて、ドライシンガーについてからというものずっと寝てないしね。でも、コールさんにバレないようにしないと、お話の途中に眠くなるだなんて不敬も甚だしい……。
「アイリス嬢、これを」
「……え、あ」
コールさんは羽織っていた外套を脱ぐと、私に着させてくれた。げげ、眠そうにしてたのばれた? やば……。
私が慌てていると、コールさんがくすりと笑った。
「ふふ、起こして差し上げますので、日の出までもう少しですが、お休みになったら如何ですか」
や、優しい……。じゃあ、お言葉に甘えて少し寝ようかな。
「……すみません、外套、ありがとうございます」
じゃあ後ろの大きな岩に寄っ掛からせてもらって、と……。
〔──誰だ? 余に寄りかかっている者は〕
……え?
☆
〔──上だ、上を見よ、そこなる人間よ〕
どこからともなく、低い、重い声が聞こえてきた。上? というか、寄りかかるってもしかして……
後ろを振り向く。私が大岩だと思って寄っ掛かっていたものをよく見ると──苔のようなものが生えてたから分からなかったけど、もしかしてこれは……鱗? そして、上を見上げると──
「うわっ! 動いてる!?」
「な……!?」
私が小さな悲鳴をあげると、コールさんがそこでようやく後ろの異変に気づいたようだった。
〔そうそう、そこなる人間よ、お前だ〕
ズズズ……と音を軋ませて、大岩だと思っていた塊が姿を変えていく。ユサユサと体をゆらしているのだろうか、表面についていた苔や土がばらばらと落ちてくる。そして、どこに収まっていたのかと疑ってしまうほど長い首がのび、ゆっくりと目が開いた。
土と苔が取れた皮膚は赤っぽい茶色、そして、暁の空のような紫の瞳。何もかもをぺろりと飲み込んでしまいそうなぐらい、巨大なドラゴンが姿を現した。
「ご、ごめんなさい寄っ掛かっちゃって……!」
〔構わぬ。そなた、見たところ異世界人の光の神子だろう。もしや先日もここに来ていたのではないか?〕
「えっ、何で知って……?」
というか! 私のかなり重要な秘密バラされてませんか? 思わずコールさんを見ると、首をかしげてこう言った。
「アイリス嬢、お一人で何を仰っているのです?」
「はっ、え?」
……もしかして、ドラゴンの言葉が聞こえてない……? あっ、あぶなー! 危うく転生してて光の神子ってバレるところだった。
そういえばまだ、どうやら光の神子らしいって誰にも言ってないな……。言っても大丈夫なのか……いや、でも、闇の神子を殺さなきゃいけない役割があるから。あまり正体は知られない方がいいだろう。周りの人に危害が及ぶかもしれないから、きっと、その方がいい。そうだ、そうに決まってる、よね。
「え、ええと、このドラゴンが話しかけてきてて……寄っ掛かっちゃったから、少し怒られたというか」
私がそう取り繕うと、彼は「ドラゴンと会話? へぇ……」と物珍しそうにドラゴンを見つめた。
〔やはり、あの時のおなごはそなたか。我が主たる精霊王エフリートを助けていただき感謝する〕
えっ、エフリートさん? エフリートさん、このドラゴンの主人なんだ。へぇー。
〔そして操られていたとはいえ、連れの者を襲ったこと、申し訳なかった〕
「操られていたって?」
〔あの時、社から出てきた怪物がいただろう、あれは他でもない、余である〕
「……あ! あの、炎を纏った怪物! あれ、あなただったの……」
随分雰囲気が違うから、全然気づかなかった。あの時の姿は少なくともドラゴンではなかったと思うし、理性も何もない暴走した獣のような感じだったし。本当はこんなに知的なドラゴンだったんだね。
〔左様。社を守る任務を仰せつかった身として一生の不覚、そなたのお陰で最悪の事態は免れた〕
「……あの、アイリス嬢。彼はなんと?」
「あっ、えと……社を守るドラゴンだそうで、暴走していたところを助けてもらってありがとう、と……」
「社を守る? もしや、あの不死竜では?」
不死竜? 不死鳥じゃなくて?
〔ほう、そこなる青年は大層学のある者のようだ〕
「ということは、あなたは不死竜なのね?」
名前の通り、不老不死なのかな? ……でも、見たところこのドラゴン、かなり老いてるようだけど……?
〔うむ。この山の周辺に住むドラゴンの長であり、精霊王エフリートの眷属である〕
「そうですか、報告にあった怪物とは、不死竜のことだったのですね」
まるで初めて会ったかのような反応だけど、見たことなかったのかな。そんなに頻繁にここにはこないだろうけど、社を守ってるんだったらすぐ見つかるんじゃないの?
「不死竜はめったに人前に姿を現さないのです。よって、伝説上の生き物とされていて……」
〔ふん、余ほどの神聖な竜がそう頻繁に姿を現すわけがないだろう〕
伝説上の生き物かぁ。なるほど、そりゃあ見たことないのも当然か。でも、なんでそんなに珍しい不死竜が、こんなところにいるの?
「もしや、灰の儀が……」
〔……それはそうと、そなた、余の手助けをしてもらいたいのだが〕
コールさんが何かを言いかけたとき、それに覆い被さるようにドラゴンさんが口を開いた。手助け? なんだろう、難しいことじゃなければいいんだけど……。
「わ、私にできることなら」
〔情けない話だが、あの事件のせいで飛ぶ力がほとんど残っていないのだ。折角の日の出が、ここからではよく見えぬ。そなたの力を貸してはくれぬか〕
どうやら、操られていたせいでかなり衰弱してしまったようだ。
「それは構わないけど、一体どうやって……うわっ!」
〔触れあうだけですでに力が湧くのだ、背中に乗ればよい。ついでに、お得意の歌でも聞きながら、空中散歩と洒落こもうではないか。ほれ〕
「あ、アイリス嬢!?」
急に服の襟元を口で加えられると、ぐいと引っ張られて背中の上に乗っけられた。そして、得意気に一鳴き声をあげると、瞬く間に空に飛び上がってしまった。
「うわあああああああっ!?」
〔そう騒ぐでない。日の出までそう時間もない、少しでよいから付き合ってはくれまいか〕
そ、それ、イエスとしか言えませんよね……もうすでに空飛んでるんだし。でも、背中に乗るだけで役に立ってるんだし、まあいっか。歌も聞きたいって言ってくれてるし、衰弱してるのなら癒しの歌でも歌おうか。
それにしても、まさか2日連続で歌を披露するとは思わなかったよ、練習してくるんだったなあ……。
『雨の雫よ 癒しの涙よ』
『癒しの涙』──雨乞いだけじゃなくて、聞いたところ治癒の力もあるみたいだ。私はあの時の記憶が全くないに等しいから分からなかったけど。
『怒れる炎を』
『沈めたまえ』
ぽつぽつと、雲もないのにどこからか雨が降ってきた。凍えるほど寒い真冬の早朝なのに、雫はどこか温かい。
『届け 届け 母なる海へ』
そういえば、炎属性のドラゴンなのに濡れても大丈夫なのか、と今更気になって見てみると──雨で体の汚れが落ちたのか、きらきらと煌めく鱗が現れていた。綺麗……! 茶色の皮膚かと思っていたけど、鮮やかな茜色だったんだね。
手のひらを体に当てると、さっきまでは冷たかった体が、むしろほかほかと暖かくなってきた。雨ぐらいじゃどうってことないみたいだ。
『届け 届け 母なる海へ』
そこまで歌うと、それまで押し黙っていたドラゴンが、急にけらけらと笑うと妙に弾んだ声をあげた。
〔光の神子よ、見事なり。 誠に良い歌声であった〕
「えっ、まだ、途中……」
〔よい、よい、実に満足だ。そして、余も少々限界のようだからな〕
そして、いきなり空に向かって首をあげたかと思うと、天地がひっくり返りそうなぐらいの大きな声で吼えた。み、耳ーっ! 鼓膜がーっ!
〔ほっほっほ、余の咆哮をこのような間近で見たものなどこれまでにいないだろう、光栄に思うが良いぞ〕
「し、し、死ぬ……耳が……」
〔そううなだれるな、ほれ、見てみろ。丁度良い具合に顔を見せておる〕
「え? うわあああ……!」
……日の出が、もう全体の半分ぐらい見えただろうか。
夜空の紫を追いやるように、鮮やかな茜色が下から広がってきている。遮るものが何一つないから、日の光が目の奥まで入ってきそうだ。眩しい、でも、その強烈な光と紫と茜のコントラストが優美で、雄大で。
ただただ私は、ため息をつくことしかできなかった。
しばらくそのまま、二人(?)で眺めていたけど、疲れたのか大きく旋回して来た道を戻っていった。回ったときに、雨で洗われたドラゴンの鱗が、その日の光を反射して光り輝く。まるで宝石のようなその輝きに、私は目を奪われていた。
「とっても綺麗な鱗を持っていたんだね、ドラゴンさん……え、ええと、あなたお名前は?」
〔名? 不死竜〕
ドラゴンさん、がいい加減呼びにくくて、思わず名前を聞いた。いや、不死竜は種族名でしょ? 人間とか、そういう。
「そうじゃなくて、固有名詞……私は、人間っていう名前じゃなくて、アイリスっていうんだ。あなたは?」
そう言うと、ドラゴンさんは はて、と首をかしげた。
〔そのような名は、余にはない。不死竜は不死竜。それで十分ではないか?〕
えーっ、まじですか。じゃあ、ずっと不死竜って呼ばれてたんだ。……うーん、呼びにくいなあ、困った。
〔ではそなたがつけろ〕
「えっ、い、いいんですか」
これはまたさらに困った、そんな急に名前をつけろと言われてもなぁ。……うーん…………あ。
「暁──アカツキ、はどうだろう」
このドラゴンさんの瞳の紫色と、皮膚の茜色。暁の空模様のような色をしているから、アカツキ。
〔アカツキ……アカツキ、か。それが余の名か?〕
え、だめですか? 良いと思ったんだけどな……。
すると、ドラゴンさんは目を細めてくつくつと笑った。
〔いや、気に入った。日の出の空を、そなたの住む世界ではアカツキというのだな。そうか、余はアカツキというのか。なんとも不思議な響きだ〕
どうやら喜んでくれたようで、アカツキ、余はアカツキだと何度も呟いている。そっか、気に入ったのならよかった。
☆
「アイリス~っ!」
おくりび山に降り立つと、真っ先にエレアが駆けつけてきた。顔が真っ青だ。そして、後ろに続く皆も焦った様子で、一層申し訳なくなった。その中で皇帝一人だけ、今にも殴りかかってきそうなほどの剣幕……ああー、あれは相当キテるなあ……とほほ。
「ご、ごめんなさい……心配かけちゃって」
「全くですわ! 私が花を観察しに行っている間に、不死竜に乗って飛んでいってしまったなんて!」
アカツキのせいとはいえ、急にいなくなってしまったのは事実。本当に申し訳ありませんでした……。
「おお、アイリス嬢、大事ないか?」
「ええ……国王様も、ご迷惑をおかけしまして大変申し訳ありません」
「いや、それはいいのだが……一体あの集団はなんなのだ?」
エレアの後ろから姿を現した国王様が、目を丸くして空を見上げている。集団? なにそれ……って、なに、あれ!?
つられて見上げると、暁の空を悠々と飛ぶドラゴンの群れが。というか、ここに向かってない? あれ?
「わーお。アイリスちゃん、もしかしてドラゴンを手込めにでもしたの?」
「そそそそそそそそんなことは! 断じて!」
やばいよ! まるで、私がドラゴンで国を滅ぼしにきたみたいじゃん! 何にもしてないのになんで? まさか歌のせい? いやいやいやいや。
「アイリスのせいではないぞ。あれらは、余が呼んだのだ」
アカツキが呼んだ?
「うわあ、不死竜がしゃべった!」
どういうこと? と聞こうとする前に、アーロンさんに遮られてしまった。え? 声、聞こえるの?
「先程までは余のテレパシー。今は肉声だからな」
へえー、さっきのはテレパシーだったんだ。あまりにはっきり聞こえるから本当にしゃべってるんだとばかり。
「不死竜さん、呼んだ、とは一体なんなのですか?」
「余の名は不死竜ではない、アカツキだ……"灰の義"を行うために、同胞を呼び寄せた。それだけのこと……」
はいのぎ?
「アカツキ、なにそ……アカツキ!?」
何それ、と聞こうとすると、ズシン、と大きな音と地響きと共に、突然アカツキが地面に倒れこんだ。
「アカツキ、どうしたの!? 疲れたの? だいじょう……」
アカツキの額に触ろうと、手を伸ばした──のだが、触れなかった。触る直前に皇帝に手を掴まれたのだ。
「こ、皇帝、なんですかいきなり……! 放してくださ……」
「いえ、いけませんアイリス嬢、触ってはいけない」
「コール様……! そんな、どうして……」
「"灰の義"が始まっているとしたら、不死竜の体は次期に燃え盛るだろう。触ってはならんぞ、アイリス嬢」
と、国王様がアカツキの元へ行けないよう、腕で制した。燃え盛る……!? なんで、どうして?
恐る恐る、触れない程度に手を伸ばしてみる。本当だ、今にも燃えそうなほど、熱い……!
「やはり、妙だと思っていたのです。滅多に姿を見せないとされる、不死竜。不死竜がおくりび山の頂上に現れるときは、社に危機が訪れているときか、灰の義の時だけ」
「その、はいのぎ……というのは?」
思わずコールさんに尋ねた。
なんでも、不死竜は何年かに一度、自らの体を燃やして灰にし、そこから新たな不死竜が生まれる──つまりは、代替わりをするんだとか。何度も生まれ変わるその習性から、不死竜と名前がついたらしい。
そして、灰の義を行う時には無防備になってしまう。だから、眷属であり同胞でもある、ドラゴンたちを呼び寄せるのだと。
「灰の義はどのようなサイクルで行われているのかは明らかにはなっていないのですが、僕の予想が正しければ……そのままの状態では死んでしまうような損傷を負ったときに行うのでは?」
「は、は、そこの聡明な青年よ、見事な洞察力を持っているようだ……」
楽しそうなセリフとは裏腹に、アカツキの声は弱々しい。今にも消えてなくなってしまいそうだ。
「あの黒い者共に操られたせいか、もうこの体もガタがきたようでな……。先程の咆哮をもって、灰の義を行うことにした」
空のあちこちから、ドラゴンの咆哮が聞こえたかと思うと、アカツキの周りを覆い囲うようにドラゴンが集まってきた。
「そっか。じゃあ、アカツキが新しい体になるだけなんだ。じゃあ死なないってことよね? なんだ、びっくりして損し──」
「……灰の義は、魂は引き継がれない」
なんだ、びっくりして損した、よかったー……と言葉を続けようとした……のだったが、皇帝がぼそりと呟いた。
「え──」
「その若造の言うとおりだ。灰の義で引き継げるのは記憶と能力だけだ」
そんな……。
それって、それって。肉体は滅びないけど、実質──死ぬのと同じじゃないか。
「そんな……! アカツキ、アカツキ、死なないで……」
灰の義は、体が健康ならしなくてもいいんだよね? じゃあ、回復でもなんでもしてあげるから……!
また、アカツキへと手を伸ばそうとすると、「よいのだ」とアカツキは笑った。
「余は十分生きた。そなたが回復したとしても、もう長くはない。社を守りきれなかった時点で、老いぼれはお役後免というわけだ」
「そんな……」
「それでも、余はそなたに感謝しておるぞ、アイリス。あの時に社を、この山を救ってくれたこと。そして……」
アカツキは震える首を起こして、日の出を見つめた。
「最期に、余が愛した空で、日の出を拝むことができたのだ……それも歌つきでな。そなたのお陰だ、アイリスよ」
「これから、いくらでも歌ってあげるよ。だからさ、死なないで……」
私がそう言っても、アカツキの決意は固いようだ。すっと目を閉じた瞬間、アカツキの体から炎が燃え盛り始めた。その勢いがあまりにも強くて、私は皇帝に腕を引かれながらずるずると後ろに下がった。
そうか……もう、私が魔法をかけようと、アカツキが頑張ろうと、無理なのか。……きっと、アカツキは自らが朽ちるその前に、次の代に託そうとしているのか。
「……アカツキ、背中に乗っけてくれて、ありがとう。楽しかったよ。……また、会いにくるよ」
もう止められないことを悟った私は、せめてものおくりの言葉として、それしか言えなかった。
「……はは、次来るときに、な。……アイリス、これを」
アカツキはそう言うと、くちばしで自分の体をつつくと、私に向けて何かを放り投げた。これは……鱗?
「不死竜の鱗だ、ありがたく思え。せめてもの礼だ」
ありがとう、ともう一度伝えると、アカツキはにっと目を細めた。突如、炎の勢いが増して、とうとう体全体を飲み込んでしまった。
「アカツキ……!」
〔……ふう、まさか最期の最期にお前のような面白い奴に出会うとは。竜生、わからないものだなあ〕
テレパシーで声が聞こえてきた。
〔それにしても、灰の義を知らなかったとはいえ、「怒れる炎を沈めたまえ」と歌われるとは思わなかったぞ〕
そ、そんなこと言われても。だって知らなかったんだもん、仕方ないじゃない……!
〔ほっほっほ、不死竜の鎮魂歌にふさわしい、歌よのう……〕
そこで言葉が途切れた。より一層、炎は赤く、紅く、燃え盛る。──それから声が聞こえることは、なかった。
灰の義が始まったから、周りのドラゴンに襲われかねない。そう言われたので、刺激しないようにそろりそろりとその場を離れた。
いつの間にか日の出は姿を全て現していた。私が雨を降らせたからだろうか、日の出を覆い被さるように、赤と黄色だけの虹がかかっている。
日の出の光を反射して、私の手の中の鱗は、いつまでも輝いていたのだった。
ついにドライシンガー編終了。ちょっと寄り道するつもりが、まさかの歌のシーンを2回入れるという愚行のせいでこんなにかかってしまいました。ようやく次に進める……!
これにてこの物語もようやく一年が経過しようとしています。あれ、おかしいな……私はてっきり4年ぐらい経過してると思ってたのに(すっとぼけ)。