表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
武道と舞踏
75/85

奴隷歌姫、エスコートされる。


 まばゆい光が目に入り込んで、一瞬目が眩んだ。目が眩しさに慣れてくると、ようやく周りの状況が見えてきた。


 さっきまでバルコニーにいたはずなのに、何故か中庭にいる。その中庭も、真っ暗で見えにくかったけど、今はまるで光の洪水のように明かりで溢れかえっている。時計塔を中心に、積もっていた雪がなくなり新しいパーティー会場になっていた。華やかな衣装に身を包んだ人々が楽しそうに踊っている。ただ、楽しそうにとは言ったものの、笑い声や賑やかな声でごった返しているからそう思っただけで、顔の表情は読み取りにくい。

 なぜならほぼ全員が──仮面をつけているから。目元だけ覆うもの、顔を全て覆うもの、はたまた特殊メイクのような、動物や魔物の被りもの──と、色んな仮面やマスクをつけている。そのような格好をした人々で埋め尽くされた会場は、夜の暗闇の中異様に煌々と照らされていた。

 

 そこではた、と思い当たると、水魔法で鏡を作って自分の顔を覗きこんだ。

 顔の半分上を覆っている、くりぬかれた目の周りの赤い模様、頬に引かれたひげ、ぴんと上にのびた耳──これは、狐、だろうか──巫女さんとかがよくつけているイメージの、和風な狐面をつけている。しゃん、しゃんと軽やかな音がするなあと思ったら、こめかみのあたりから取り付けられた赤い紐に、小さな鈴がついていた。

 服装は、白い上衣に緋色の袴、白い足袋に緋色の草履。いわゆる巫女服だった。そして、ゆったりとした羽織──千早、っていうんだっけ──を羽織っていた。ただ、普通の巫女服と違って、袖には飾り紐があったり、袴がドレスのスカートのようになっていたり、少し豪華になっている。羽織の千早も、ただの白い布じゃなくて、刺繍が施されていてきらきらと光かがやいでいる。そして、髪の毛は後ろでひとつにまとめられているみたいだ。


 にしても、急に物事が進みすぎてなにがなんだかわからない。一緒にいたエレアはいないし、探そうにも人で埋め尽くされていて見つかる気がしない。ど、どうしたものか……とりあえず皆仮面をつけてるし、仮面は外さないでおこうか。私が今いるところはどうやら中心部のようで、周りの人たちはダンスを踊ってるから、邪魔にならないようにはしっこに──


「わっ」

「わあっ、ごめんなさい! 少しよそ見をしてしまって……大丈夫ですか?」


 ──行こうと思ったその時、後ろから誰かがぶつかってきた。思わず振り向くと、大きな瞳をうるうるさせて、必死に謝る男の子が立っていた。

 リヒトよりも小さい年頃だろうか。黒い軍服に身を包み、ふわふわの焦げ茶の髪で、頭の上にはちょこんと帽子を被っている。私と同じような、目元だけ覆っている白い仮面のせいで顔全体は見えないけど、真ん丸の大きな瞳はキラキラで、美少年だとわかってしまう。それぐらい、男の子はかわいらしかった。ただ、お怪我はありませんか、と私の手をとる仕草が年相応のものとは思えない。いいところのお坊ちゃんなんだろうか。


「大丈夫ですよ。私こそぶつかってしまってごめんなさい」

「ああ、よかった……。美しいレディに怪我をさせてしまったら、どうしようかと思いました」


 ほっと肩を撫で下ろすと、男の子はにこりと微笑んだ。か、かわいい……! 仕草は大人っぽいけど、笑顔は子どもらしい無邪気さがあってとても素晴らしいです。


「ところで、あなたは踊らないのですか?」

「えっ、あ、うん……特に踊る相手もいないしね」

「そうなのですか! ……でしたら、何かの縁ですし、僕と踊っていただけないですか?」


 そう言うと、男の子は私の手の甲にキスをした。わあ、なんだろう、こんな小さい子なのにとっても緊張する。末恐ろしい男の子だなあ……。


「……じゃあ、喜んでお受けします」


 あんまり踊りたくないところだけど、こんなにかわいい子からお誘いを受けちゃったら断れるわけがない。今は仮面をつけてるから素顔がばれることはないし、失敗しても問題ないだろう──


「おや、躍りは苦手だと聞いていたのだが、そんなことはないようだな、アイリス嬢」


 ──と、思った瞬間、男の子の話し方が急変した。なんで私の名前を知ってるの?


「ふふ、きょとんとした顔が愛らしいな。アーロンが気に入るわけだ」


 私の手をとって、ふわりと男の子は微笑んだ。その微笑みが、いたずらっ子のような無邪気な感じで、どこかでみたことのある笑顔だ。そして、これまたどこかで嗅いだ香りが鼻をかすめる。──この香りは、白檀……。それに、真ん丸の瞳はよく見れば焦げ茶色……。も、もしかして。


「……こくおう、さま?」

「おや、お気づきのようで。分かってくれなかったらどうしようかと思っていたよ」


 え、ええぇえええ! そんな、なんで男の子に! でも、声や姿は小さい男の子でも、仕草や口調はさっき話したばっかりの国王様その人だ。


「あああ、えと、申し訳ありません! 知らなかったとはいえ、無礼な態度をこくおぅ……むぐ」

「おっと、あんまり大きな声で国王と言ってはいけないよ」


 思わず大きな声をあげると、国王様は私の口に指を押し付けた。そして、ふふ、と笑みをこぼしながら国王様は私の腰に手を回し、ゆっくりと踊り始めた。頭が混乱しているものの、そのエスコートがこなれていて、私は導かれるがままにステップを踏んだ。


「な、なんで、こくお……じゃなくて、貴方がそのような格好を……」

「おや、どうやらドライシンガー伝統の仮面舞踏会をご存知ではない様子だ」


 仮面舞踏会? 確かに、皆仮面をつけてるけど……にしても、不可解な点がありすぎる。だって、仮面どころか国王様に至っては姿まで変わってるじゃない……!


 取り乱す私をどうどう、と落ち着かせると、国王様は仮面舞踏会について語り始めた。

 曰く、ドライシンガー王国では年の瀬──つまり大晦日の夜、大規模な仮面舞踏会をするんだそうで。それが、仮面で顔を隠すどころか顔やら髪やら身長やら、はたまた陛下のように年齢まで魔法で変えてもよい、つまりは無礼講なんだとか。なるほど、私の格好が急に変わったのも、エレアからもらった仮面に魔法がかけられていたのか。

 それに、仮面さえつけていれば身分も関係なく参加できるみたい。言われてみれば、最初の舞踏会の時よりも明らかに人数が増えてるもんね。なるほど、中庭に集まってた国民も参加してるんだ。だから会場がホールよりも大きな中庭に移ったんだね。

 時間は年明け前の一時間。つまり、年明けと同時に舞踏会はお開きになるそうだ。


「身分に関係なく楽しんでほしい、という意味合いだけでなく、新たな出会いの場としても活用されている。始まるときに風魔法で居場所を飛ばされただろう。あれは単に場所を中庭に移すだけでなく、誰が誰だか分からなくなるために使われているのだ」


 ふむふむ。確かにいくら一瞬真っ暗になってから変装したとしても、同じ場所にいたらバレバレだもんね。


「そして、終わる際にもまたあの魔法が使われるのだが、本性を知りたいと思った相手の体の一部にさえ触れていれば、飛ばされずにそのまま仮装の魔法は解ける。我が国は大半が恋愛結婚でね。所謂見合いの場としても利用できるのだ」


 へぇ~。つまり、身分も関係なく、自分のなりたい姿で参加できる、わりと何でもオッケーな自由な舞踏会ってことか。

 確かに周りをよく見渡すと、仮面舞踏会とはいえ舞踏会っぽくない格好が多いような。今のドライシンガーではやっぱり和風が流行ってるみたいで、大正時代の女学生みたいな袴の人、書生風の男の人、江戸時代の花魁風にセクシーに着崩した着物の人、天狗や狐のような妖怪を模した服の人、はたまた動きにくそうな平安貴族のような着物──などなど、日本を思い起こさせる衣装で賑わっている。まあ、中には国王様のような軍服みたいに、わりと普通な服装の人もいるけど、それも少数派だ。女の人はほとんど和風スタイルをどこかしらに組み込んでるし、男の人も服装が普通でも、例えば動物やら魔物やらを模した被り物をしていたりとどこかしらはっちゃけている。なるほど、これは自由度は高いって言っても過言ではないね。


「ということで、これで仮面舞踏会についてはお分かりいただけたかい?」

「はい。でも、どうして私のところに……というか、どうして私だとお分かりになったのですか?」


 内容は理解できたけど、そもそも私のところにきた理由が全くもって分からない。


「おや、さっき『また、あとで』と告げたはずだったのだが。覚えていらっしゃらないかな?」


 た、確かに……あれ、そういう意味だったのか。舞踏会のあとにまた会いましょうねって話かと。今日はこちらに一泊するし。

 目を白黒させる私に、国王様は口角を上げて微笑んだ。


「そうだな。まずは今一度お礼がしたかった。あまり人目につくところであの事件の話をすべきではないと判断したためだ」


 そういえば、この事件って王宮のほんの一部の人と、私たち当事者しか知らないんだっけ。なるほど、公の場で目立ってお礼すると確かにばれちゃうもんね。


「あとは、個人的な理由としてルイス殿(お目付け役)がいないところでゆっくりと話してみたかったと言うべきだろうか」

「お、お目付け役……間違っては、ないですけれど」


 考えてみれば、城外で皇帝なしで一人で行動した事ってあんまりないような。抜け出して街に行った時と、神代樹の泉に夜に行った時と、秋の闘技大会の時と……ぐらい? うわぁ、そう考えるとだいたい皇帝と一緒に行動してるんだなあ。お仕事だって、最近は皇帝関連のお仕事に手一杯でメアリーとジェーンとお掃除一緒にしてないし。この生活に慣れてた自分が怖い……。

 がくりとうなだれた私に、国王様は ははは、と声を漏らした。


「あのルイス殿は貴女にご執心のようだな」

「それは大きな誤解かと……。ご執心というか、なんというか……あれはそういうのではなくて、どちらかというと監視というかですね……」


 色恋沙汰の束縛じゃない。それは断言できる。きっと特殊な能力があるからこいつは使えるぞって思って側においてるんでしょ。知ってるぞ。

 思わず真顔で反論した私に、国王様は おや、と目を見開いた。


「それなら、是非我が国に嫁いでいただきたいな。長兄に浮いた話の一つや二つがなくほとほと困り果てておるのだ」


 と、嫁ぐ!? いやいやいや、ちょっとそれは、流石に、ねえ。


「ふふ、冗談だ」

「で、ですよね……」

「本気にしてくれても良いのだぞ?」

「お、お戯れを……」


 嫁ぐなんてとんでもない。そもそも恋愛経験すらない私が結婚だなんて無理だと思います。


「ああ、でも歴代の旋律の巫女様は皇帝とご結婚なさ」

「それはぜっっったいにあり得ませんとだけ申し上げておきます!」

「ははは、そう恥ずかしがらずとも」


 一曲目のダンスが終わった。国王様は ふぅとため息をつくと、私の腰に当てていた手を引き抜き、今までの大人びた表情と一変した無邪気な笑顔を私に向けた。


「お姉さま、踊ってくれてありがとうございました! 僕はこれで。この後もお互いに楽しみましょうね!」


 そして繋いでいた片方の手をとると、流れるような動作で手の甲にキス。完璧にかわいらしい男の子を演出してみせてるけど、こういう所作が大人び過ぎているから違和感だ。見た目が小さな男の子だから、そのギャップがたまらなくかわいいんだけど……それももしや計算の内? 恐ろしや、国王様……。

 そして、国王様は私が呆然としてる間に、手を振りながら人混みの中に消えていってしまった。


 な、なんだろう……。躍りながら少し話しただけだけど、やっぱりアーロンさんの血族だなあって実感した。会話のテンポとか、冗談の言い方とか、少し悪戯好きなところとか。あと笑い方が似てるかも。外見の印象は第一王子のブレイデンさんが一番似ていると思ったけど、もしかしたら性格的にはアーロンさんに近いのかな。

 ああ、それにしても疲れた……。どんな格好をしていても中身は国王様。無礼講とはいえ失礼なことをしてしまったら大変だし、すっごく緊張した。とりあえず、はしっこに移動しよう、と……。


 ……ふと、周りを見渡して、はたと思う。今回も、こうやって逃げ腰でいいのか、と。

 確かに前回の舞踏会は注目を浴びるし、ダンスもろくに踊れなかったし一刻も早く抜け出したかったけど。でも、今回は違う。

 身分も素性も分からない、髪や瞳の色がなんであれ関係ない。それに、折角エレアが私のためにこんなに凝った衣装まで用意してくれたんだ。……さっき、国王様にも言われたしね──楽しみましょうね、って。


 ──よし! それなら、折角なんだしいろんな人と沢山踊ろう! 何事も楽しんだもの勝ち、だよね。 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ