奴隷歌姫、王様に会う。
どこか懐かしい雰囲気と香り。舞踏会の会場に一歩踏み出した私は、少しだけ既視感のある光景に心を踊らせていた。
アインスリーフィアで舞踏会には出たことがあるけど、全然雰囲気が違う。この前は豪華なドレスを着た人しかいなかった。でも、今日は私が着せてもらったドレスのように、上が着物のようで下がふんわりとしたスカートの和風ドレスや、普通のドレスだけど柄にちりめんのお花が使われているドレスやどこかしら和風の要素を取り入れているドレスで埋め尽くされていた。
目を閉じて、すう、と息を吸ってゆっくりと吐いてみる。久しぶりに日本のような気配を感じて、トクトクと胸が高鳴った。
「おや、今日は随分と楽しそうですね。あんなに嫌がっていらっしゃったのに」
私の斜め後ろに控えるオズが話しかけてきた。うん、まあ、舞踏会はちょっと苦手だけど。今日は奇怪なものを見るような目で見られてないし、日本っぽい懐かしい感じがするからかな。会場のお嬢様方がつけている香水も、どうやら和風が流行っているみたい。
と、のんびりと会場を観察していると、不意に華やかなファンファーレが鳴り響いた。王族の入場のようだ。
焦げ茶の髪を下の方だけ刈り上げた、がっしりとした体格の男の人を先頭に、その後ろにブレイデンさん、コールリアスさん、ドゥーガルドさん、アーロンさん、エレアが続けて歩いてきた。先頭の男性は間違いなく、国王様のトリスタン様だろう。ドライシンガーのモットー通り、厳格で誠実そうだ。
入場してきた王族の皆さんに、会場にいた人達がお辞儀し始めた。おっと、私もしなくちゃね。片足を後ろでクロスさせて、もう片方の足で膝を曲げて、っと。エミリーさん直伝の跪礼、簡単そうに見えて少し辛い体制だ。
トリスタン王が玉座につくと、ワルツの音色が流れた。それと同時に、会場の人々もダンスをし始めた。舞踏会が始まったようだ。
「行くぞ」
急に声をかけられて振り向くと、皇帝がついてこいと言わんばかりにあごをしゃくった。いつの間にきたんだろう、全然気づかなかった。
行くってどこに、一瞬思ったけど、進む先にはトリスタン王の玉座があった。あ、そうか、まだご挨拶してなかったもんね。
「おや、ルイス殿。久しくお会いしていませんでしたな。件の事件では本当に迷惑をかけましたな」
丁寧にお辞儀をする皇帝に、王様はにこやかに話しかけた。優しげな声と目尻に寄る皺が、第一印象の固い印象から柔らかな印象に変わった。
「いえ。こちらは大したこともしておりませんし、それだけの対価を頂いておりますから。お気になさらず」
「とはいえ、本当に助かった。礼を言わせてもらおう」
「恐悦至極に存じます」
うわ、皇帝ってこんな丁寧な言葉遣いできたんだ。一国の主だし、当然っちゃ当然だけど、普段のあの性悪な言葉遣いと毒舌とは大違い。
「ところで、そちらのお方はもしや……」
「おっ、お初にお目にかかります、アイリスと申します。以後お見知りおきくださいませ」
さっきの跪礼よりも、腰を曲げて頭を下げて、膝もより深く曲げて、と。突然話題がこちらに向いて言葉がどもったけど、礼は上手くできたはず。
「貴女が旋律の巫女様ですね。例の火山の件は本当にありがとう。どうか顔を上げてほしい」
戸惑いながらも言われたとおり、お辞儀をやめた。そして、国王様は玉座から立ち上がると段差を降りてきた。
「ようこそドライシンガー王国へおいで下さった。息子のアーロンからよく話は聞いているよ。今朝は私自らお迎えをと思ったのだが、公務が立て込んでいたのだ、許してほしい」
私の手をとると、手の甲にキスをされた。その洗練された所作といい、近づいた瞬間の心地いい香りといい、実にダンディなおじ様である。それに、この香りどこかで嗅いだことがあるような──そうだ、白檀みたい。昔、お母さんが白檀の扇子を持ってたんだけど、それの香りに似てる。香水も和風が流行してるんだね。
「こちらこそお招きにあずかりまして大変光栄です」
「それはなにより。ところで、アイリス嬢には例の件のお礼として、何かを贈りたいのだが、何がいいだろうか?」
お礼! そんな、大したことしてないからそんなものいいのに。でも、折角のご厚意を断ったらだめだよね。うーん、でも、プレゼントかぁ。なんか、何かあげるよ!って言われた時ってすぐに欲しいものが思いつかないんだよね。普段は欲しいもの沢山思い浮かぶのに。
「陛下のお心遣いに感謝いたします。ただ、ええと。申し訳ありません、すぐに浮かばなくて……」
「うむ、そうだろう。急がなくてもよい、思いついた時に教えてはくれないだろうか。 期限を設けるつもりもない」
や、優しい~! 普段の皇帝のせっかちさに慣れてるせいか、国王様が菩薩に見える。と、良からぬことを考えてるのがばれたのか、皇帝からぎろりと睨まれる。目が合わないようにサッと反らした。
「お気遣いに感謝いたします。お言葉に甘えて、そうさせて頂きます」
また深く礼をすると、「今宵は無礼講だ、楽しんでほしい」と微笑んでくれた。そして、「また、あとで」と一言告げると、国王様は近くに集まっていた人々の元へ歩いていった。
ああ、緊張した……! 無礼なことしたら、洒落にならないもん。無事にご挨拶が終わってよかった。
「アイリスちゃんお疲れ様~」
国王様と話し終えたのを見計らってか、アーロンさんが私たちのもとに歩み寄ってきた。
「ルイスって父上には友好的だよね。僕がお願いしたら嫌そうだった癖に、父上の頼みなら断らないんだもん」
「あいにく、時間に余裕のある奴の頼みは聞く気にならん」
「あっその言い方、まるで僕を万年暇人扱いして~。ひどくない?」
って、私に同意を求めないで下さいよ。まぁ皇帝の言うことも一理あるな、珍しく意見が一致した。
「ね、アイリスちゃん、折角だし踊らない?」
え、ええと……お気持ちは嬉しいけど、さっきからこちらをチラチラ見てるお嬢様方が沢山いるんだよなぁ……。この状況で踊るのはちょっと、というかかなりきつい。
「あ、あーと、えーと……すみません、私お手あら……いや、お花を摘みに行ってきますね、またあとでお付き合いします」
「えーっ、そんなぁ」
「ご、ごゆっくり~!」
そそくさとその場を離れると、待ってましたと言わんばかりにお嬢様方がアーロンさんを取り囲んだ。ついでに、隣に立ってた皇帝にも。
なんだかんだ二人とも超美形だし、お嬢様方から注目を浴びるのも無理ないよね。ただ、アーロンさんはまだしも皇帝に群がれるのはすごい。私だったら絶対無理だ、だって皇帝すっごく無表情だし怖いもん。
人々の合間を抜けて、会場の端にたどり着いた。ふう、なんとか切り抜けた~。アーロンさんには悪いけど、王子様と最初にダンス踊るとか、私には無理です。
そばにいた使用人さんからお水を一杯頂いて一息ついていると、後ろから誰かの足音が近づいてくるのに気づいた。
「あら、壁の花ではもったいないですわ、アイリス」
振り向くと、後ろにメイドさんを従えたエレアが立っていた。さっきまでは沢山のお嬢様方に囲まれていたけど、わざわざ私の所へ来てくれたみたいだ。
「アーロンから、舞踏会は少し苦手だと存じておりましたが、やはりそうなのですか?」
「あっいや、今日は全然! 楽しいです。ただちょっと、アーロンさんと最初に踊るのが荷が重すぎて逃げてきちゃっただけなんです」
確かに舞踏会自体はあんまり好きではないけど──この前は奇怪なものを見るような目で見られてたし──でも、今日は違う。
どうやらドライシンガー王国では、黒髪に黒い瞳が黒の申し子、というのはあまり浸透していないらしい。それだけでなく、かなり流行に敏感な国らしく魔法で髪色と瞳の色を変えることも多々あるようで、普段から黒の髪色と瞳の色は見慣れているみたいだ。今は正式な舞踏会だから髪色を変えている人はいないようだけど。
だから、奇怪な目で見られることはないよって舞踏会が始まる前にアーロンさんが教えてくれた。そういえば、招待状を持ってきてくれた時も大丈夫だろうって言ってたな。そういう意味だったのか。
「アインスリーフィアではなんというか、注目を浴びちゃって……それでちょっと、苦手なんです」
「まあ、そうなんですの。けれど、注目を浴びてしまうのも無理ないですわ。だって、とっても素敵なんですもの!」
と、エレアは手を合わせてにっこりと微笑んだ。
エレアは私のことを沢山誉めてくれるけど、そういうエレアの方が一段と素敵だ。低い位置でこじんまりとまとめられた金髪、そこにさされた小さな花がついた簪、そして、体のラインにフィットした細身の藍色のドレス。私が着させてもらった和風ドレスとはちがって、着物独特の襟や袖はつかわれていないけど、ウエストには銀色の帯が巻かれていた。ドレス自体に派手な柄や刺繍がない分、帯の銀色がよく映えている。銀色もあまり明るい色ではないから、全体的には地味な配色だけど、それが大人っぽく似合っているのがすごい。金髪だけ色が浮いてしまいそうなものだけど、若干グレーというか、青みを帯びた色のようで浮くこともなく、寧ろ銀色を引き立てている。十二分に素敵だ。
私がそう誉めちぎると、エレアは少し頬を染めて顔をほころばせた。うんうん、微笑むと大人っぽさが少し和らいで、それはそれでとってもかわいい!
そういえばアーロンさんも白を基調とした服に藍色と銀色が差し色の服なことにふと気がつく。もしかして、お揃いなのかな?
「アーロンさんとお揃いなんですか?」
「ええ。私がアーロンの分も選んで着させましたの。仮にも双子ですからね」
ん? 双子? ……えっ、えええ! 知らなかった、あんまり似てないし気づかなかった。
「ふふ、そうですわよね。私も時々双子だと忘れそうなぐらいですわ。あの子ったらいつまでたってもしっかりしないんですもの」
困ったものですわ、と頬に手を当ててため息をついた。でも、お揃いの衣装で登場するあたり、なんだかんだ好きなのだろう。
微笑ましく、お嬢様と踊っているアーロンさんとエレアを見比べていると、エレアが あっ、と声をあげた。
「私ときたら、お渡しするのをすっかり忘れていた物がありますの」
「……? なんですか?」
「諸事情で今は渡せませんの。その時がきたら、お渡し致しますね」
エレアはそう言うと、いたずらっ子のように笑った。あ、なんかこの表情は少しアーロンさんと似てるかも。にしても、その時、か。なんだろう?
「ふふ、それはお楽しみですわ。また忘れないように、それまで一緒にいさせてくださいませ。ですから、お菓子でもいかがかしら?」
「えっ、でも、色んな方がエレアにご挨拶とかしたいんじゃ……私にばっかり構ってもらってて申し訳ないです」
そう言うと、エレアは「アイリスと過ごすために、大体の方のご挨拶は終えてきましたの」と言ってウインクした。なにそれ、優しすぎる……! 私のために先に声をかけて回ってきてくれたんだ。すっごい嬉しい。
「ふふ、私が言うのもなんですけれど、ここの料理人のお菓子は本当に美味しいのです。是非召し上がっていただきたいですわ!」
そうか。じゃあ、お言葉に甘えて食べちゃおうっかな! この国のお菓子がどんな感じなのか知りたいし、食べ過ぎない程度にいただくことにしようかな。
追記2018/5/15:最後の部分が少しテンポが悪く感じたので変更しました。




