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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
武道と舞踏
71/85

奴隷歌姫、王女様に戸惑う。


 ううっ、眠い……。


 ゴトゴトと揺れる馬車の中、私たちはドライシンガー王国へと続く道を進んでいる。その振動が心地よくて、うつらうつらしていた。

 昨日……いや、ドライシンガー王国の舞踏会に招待されてから一週間、エミリーさんの鬼ダンスレッスンが毎夜毎夜行われていたせいだ。なにせこれっぽっちも踊ったこともなかったし、元々社交ダンスじゃなくてもダンスは苦手なせいで、踊れるようになるまでかなりかかってしまった。毎日全身筋肉痛に悩まされ、今日に至る。いやあ、本当にこの一週間は大変だった……。何度も相手役の練習台になってくれたエミリーさんとオズに感謝である。


 ああ、それにしても眠い……。ちょっと、寝ちゃおうかな。皇帝の前で寝顔見せるのがなんとなく嫌で、ここまで我慢してたけど……いいや、寝ちゃえ。きっと私の方なんて見ないだろ。

 と、まぶたを閉じた瞬間、馬車がガタンと揺れて止まった。あれ? もうついたの? でも、前皇帝と一緒に"おくり火やま"に行ったときは、こんなに早くつかなかったような。あのときは馬に二人乗りだったけど。

 窓を開けて顔を出すと、強風が頬を撫でる。そして、木々の間から真っ青な海が広がっているのが見えた。すでに太陽は真上に位置していて、まばゆい光が海に反射してキラキラと輝いて、一瞬目が眩む。前、皇帝と馬で駆け抜けた時は、あまりの速さのせいで気づかなかったけど、ここの海、こんなに綺麗だったのか。寝不足の目には眩しすぎです。

 それに、とっても寒い! やっぱり海沿いは風が強い。ほう、と息を吐けば、ふわりと白くなって宙に舞った。

 馬車のドアが開いてオズが手を差しのべてきた。手を借りて降りると、そこには巨大な何かの影が。


「次はあちらに乗ってドライシンガー王国へと向かいます」


 と言ったオズの目線の先へと目をやる。

 そこには、鱗に包まれた体に大きな翼、鋭い爪──いわゆる、ドラゴンが三体佇んでいた。その凶悪そうな外見とは裏腹、どのドラゴンも落ち着いた表情だ。

 そして、ドラゴンの下の方に目をやると、一人の女の人がいたのに気がついた。ゆっくりと歩を進め、私たちの前へと近づくと一礼した。角度45度の完璧なお辞儀といい、きっちりとまとめられたお団子頭といい、ドラゴンと同じく聡明そうな印象の女の人だ。

 少しつり目な彼女の瞳が、私たちを見つめる。


「ようこそお越し下さいました、アインスリーフィア御一行様。お初にお目にかかります、ドライシンガー王国関所の門番を務めている者です。この度は我が王トリスタン様より命を受け、お三方を王宮までお連れ致します」


 「こちらがその令状でございます」と言うと、門番さんは懐から紙を取り出してオズへと渡した。オズは受け取ってさらっと目を通すと、にこりと微笑んだ。


「よろしくお願い致します。わざわざ関所からお越し下さいまして恐縮です」


 そう言うと一匹のドラゴンへと近づいき、ドラゴンの首輪へと繋がっている手綱をとると、ドラゴンへ向けて深々とお辞儀した。

 それを見たドラゴンはパチパチとゆっくり瞬きをすると、上へあげていた長い首を下ろした。す、すごい。


「精一杯の敬意を持っていなければ、ドラゴンへ乗ることはできないのですよ。ですから、乗る前に一礼し認めてもらうことが通例です」


 そう説明すると、私へと手を差しのべた。


「どうぞ、アイリス様」

「あ、えと、私とオズで二人乗り……ってことですよね?」

「ええ。ドラゴンに乗ったことがおありですか?」

「いえ……お願いします」


 なるほど、だから三匹なのね。いつの間にか女の人も皇帝も、それぞれ褐色と緋色のドラゴンに一人で乗ってるし。門番さんは案内とか色々あるだろうし、皇帝と一緒はもう二度とごめんだからお言葉に甘えてオズの前に乗せてもらうことにした。

 ドラゴンには馬に乗るときの鞍のようなものがついていて、二人までなら乗れそうな広さだった。ちょうど前のほうには捕まれる取っ手があって、そこをぎゅっと握りしめる。


「王宮へ直接ご案内致します。私の後ろをついてきてください」


 門番さんがくいっと手綱を引くと、ドラゴンは体を起こして翼を羽ばたかせた。強風を巻き起こしながら、どんどん上へと舞い上がっていく。


「アイリス様、いきますよ。捕まってください」


 続けてくいっとオズが手綱を引っ張ると、ドラゴンは一鳴きして翼を羽ばたかせた。ふわりと浮遊感が漂い、次の瞬間には風を切って空へ飛んでいた。

 普通なら風が直撃で吹き飛ばされそうなものだけど、飛ばされそうなほど風は吹かないし、思ったよりも怖くはない。それに、全く寒くない……というか、むしろぽかぽかしてて暖かい。かなり上空を飛んでるし、結構なスピードが出てるだろうになんでだろうか、と思っていると、私たちが結界のようなものに覆われていることに気づいた。なんだろう、魔法かな?

 

 キョロキョロと回りを見渡す私の意図を察してか、オズがにこやかに口を開いた。


「ドラゴンは心を許した相手には、背に乗った時に自然と結界を張ります。攻撃魔法などを防ぐような強固な結界を張ることはほとんどありませんが、風よけには最適です。そして、見たところ炎属性のドラゴンのようですから、防寒の効果もあるのでしょう」


 へえー。本当に頭がいいんだな。ドラゴンって神聖なイメージもあるし。……この前の火事の時に現れたとかいうドラゴン……あれは正確に言えば龍、と表現するだろうけど、どちらにせよ強大な力を持っているだろうし、敬意を払うのは当たり前のことなのかもしれない。

 二人も乗せてくれてありがとう、と伝えながら体を丁寧に撫でると、ドラゴンは少しこちらをむいた。体と同じ色の薄水色の目を細めて、ぐるぐると鳴き声をあげた。どうやら、撫でかたが気に入ってくれたらしい。よしよし、もっと撫でてあげよう。


「皆様、前方をご覧下さい。ドライシンガー王国の城が見えて参りました」


 門番さんの示す方に目をやる。──ひたすら真っ白な雪で覆われた山岳だけだった地上は、ぽっかりと穴が開いたように空間が広がっていて、そこには町が広がっていた。

 高くてあまり細かくは見えないけれど、茶色の家々が並んでいる。鉱山の国ドライシンガー王国は、岩や砂で家を作るんだっけ。その家の屋根にも白く雪が積もっている。

 さらには町から放射状に線路が繋がっていた。さすが鉱山の国、沢山の貨物車やトロッコが忙しなく動いている。そして、町のさらに奥には、目的地の城がそびえ立っていた。


 すごい……! 水の都アインスリーフィアとはまた違った、風情のある街並みが、うきうきと私の心を弾ませた。うう、屋台みたいなのも見える! 美味しいもの売ってるのかな、食べたい!


「まもなく到着致します。高度を徐々に下げてください。城のテラスにある、着陸場に降ります」


 ふわりふわりと高度が下がっていく。太ももの裏がヒュッとするような恐怖と浮遊感に駆られながら、目をつぶって鞍の取っ手をぎゅうと掴んだ。……怖い。いまだに、高いところから降りるときの浮遊感には慣れない。ぎゅっと目を閉じて、取っ手をもう一度強く握りしめた。

 ずしんと衝動が伝わり、そして、下降の時の浮遊感もなくなる。どうやら、着陸したみたいだ。

 ほっと一息ついて、ドラゴンを撫でてお礼を言う。きゅう、と一声鳴いて、私の頬を舐めた。


 オズが先に降りて、私へと手を差しのべてくれる。手を借りて降りると、そこにはずらりと男の人──と、紅一点の女の人──が並んでいた。


「ようこそドライシンガー王国へ。お待ちしておりました」


 一斉にきっかり45度のお辞儀をされた。さ、さすが「厳格であれ、誠実であれ」をモットーに掲げている国。


「お久しぶりです、ルイス陛下。そして、お初にお目にかかります、旋律の巫女アイリス様。ドライシンガー王国第一王子、ブレイデン・キャベンディッシュ・ドライシンガーと申します。そして──」


 ブレイデン王子は隣へと目線を移す。長い茶色の柔らかそうな髪をひとつにまとめた、儚げな男の人がにこりと微笑んで、「第二王子、コールリアス・キャベンディッシュ・ドライシンガーです」と名乗った。

 どこかで見たことがあると思ったら、なんとなくアーロンさんの面影を感じる。いや、アーロンさんがコールリアスさんに似たのだろう。ただ、アーロンさんのようなヘラヘラとした笑顔ではなく、柔らかい笑みを浮かべている。


 コールリアス王子が名乗ってから、暫しの間が流れる。次はきっと、コールリアス王子の隣に立っている、恐らく第三王子──ひどく無表情で、煌めく金髪に青い瞳の男性──が名乗る番なのだろうが、ぴくりとも動く気配がない。見かねたのか、ブレイデン王子がごほん、と咳払いをした。


「ドライシンガー王国第三王子……、ドゥーガルド・キャベンディッシュ・ドライシンガー、と、申します」


 その咳払いに促されたのか、無表情な男性──ドゥーガルド王子はそう名乗るとペコリとお辞儀をした。なんだろう、誰かに少し似ているような。……あ、話すときの間の取り方が、少しだけシルトに似ている気がする。穏やか……いや、ミステリアス、というべきかな、少し謎めいた不思議な雰囲気を醸し出しているところが。


 その隣には、赤いドレスと暖かそうなケープに身を包んだ女の人──ドライシンガー王国第一王女のエレアノーラ王女がいた。煌めく金髪──ドゥーガルドさんよりも、少し青みを帯びている──を編み込んでハーフアップに纏めていて、肩に流れる髪がきらきらと輝いて眩しい。薄いピンク色の唇を開いて、「エレアノーラ・キャベンディッシュ・ドライシンガーと申します。お会いできて嬉しいですわ」と鈴が鳴ったようなかわいらしい声で挨拶をし、丁寧なお辞儀をした。その仕草の一つ一つが洗礼されていて、お姫様の代表格のような美しさに、つい、目が奪われてしまった。

 ぽうっとしながらぼけっと見とれていると、バチッと目があってしまった。にこりと微笑まれる。同性とはいえ、美女に微笑まれるとなんだか緊張してしまって、へらりとひきつった笑顔を浮かべてしまった。は、恥ずかしい……。


 そして、最後に待ってましたとばかりに「ドライシンガー王国第四王子、アーロン・キャベンディッシュ・ドライシンガー……って、名乗るのも今更だよねえ。ようこそアイリスちゃん!」と、アーロンさんがにっこりと微笑んだ。いつも以上にきらびやかというか、なんというか。嬉しさが滲み出ているのが見てわかる。きっと皇帝がいるからだろうけど、そこまで喜んでくれることに悪い気はおこらない。来てよかったです。


 全員の紹介が終わったところで、ブレイデン王子が城の中へと招き入れてくれた。


 そういえば、年越しなんていうから皇帝はアインスリーフィアにいなくてもいいのか不思議だったのだけど、アインスリーフィア帝国はまだ年越しではないことを思い出した。アインスリーフィアはカロカイリー期──4月始まりだからね。ドライシンガー王国はアノキシー期──つまり、1月始まりだ。どことなく日本と同じだから、親近感が湧く。


「ねえねえ、ルイス! 折角来たんだし、久し振りにいっちょどう?」


 長い廊下を歩いていると、アーロンさんがにこにこと囁きながら皇帝の肩を抱いた。つんつんと皇帝の剣をつついているから、きっと手合わせのことだろう。その手を鬱陶しそうに払いのけようとするけど、その手をひらりとかわして尚誘い続けてる。こ、懲りないなぁ……今ドライシンガー王国だから反撃されてないけど、もしこれがアインスリーフィア帝国なら剣抜いて返り討ちにされてるだろうな。

 それを微笑ましそうに眺めていた、前を歩いていた第2王子のコールリアスさんと目が合う。にこりと微笑み返されてしまったので、ぎこちなく笑顔を返した。うう、恥ずかしい……。なんだろう、美形に囲まれっぱなしだというのに、いまだに慣れない。いつまでたっても耐性がつきそうにないよなぁ。


「ふうん、手合わせねぇ。そんな言葉がアーロンの口から聞けるだなんて」


 と、コールリアスさんが言った。アーロンさんの囁きが聞こえていたようだ……とはいっても、手合わせとは一言も言ってないのだけど……。その声を聞いて、アーロンさんはギクリと肩を震わせた。と同時に、一番前を歩いていた第1王子のブレイデンさんがくるりと振り向いた。


「おや、手合わせか……。ほう、アーロンがそんなことを言うの初めて聞いた気がするな。どれ、是非私もご相伴に預かりたいのだが」


 如何ですか、とにこやかに告げるブレイデンさんに、皇帝の目が少し光り輝いたような気がした。思いもよらない相手からの手合わせのお誘いに、テンションが上がっている……のだと思う。表情はぴくりとも変わってないけど、なんとなくそんな感じがする。現に、一拍おいてから、「是非」と言葉を漏らしていたから、満更でもないのだろう。


「左様ですか、では、こちらに。ああ、ドゥーガルド、お前もおいで」

「……うん……そう、しようかな」

「げっ……こ、コール兄さん……わ、わざとだろ」

「ふふ、さあね。まあ、最近ぐうたらしてたし、久し振りにブレイデン兄さんにしごいてもらったら?」


 い、いやだぁ! と泣き言を言いながら、アーロンさんはずるずると引きずられ連れていかれてしまった。……な、なんか、普段余裕綽々のアーロンさんしか見てないから、尻に敷かれてる……? 様がなんとなく珍しくて、ちょっと面白い。いってらっしゃいませ。


 その場に残ったのはコールリアスさん、エレアノーラさん、オズ、そして私。四人で手合わせ組を見送ると、コールリアスさんがこう切り出した。


「ああ、そうだ、オズさん。この前のおくりび山の事件について、また色々と分かってきたことがあってね。後々まとまったら資料を送らせて頂くけれど、相談したいことも沢山あって。少しお時間、いいかな」


 彼をお借りしても? と私に確認をとってきた。なにか、大切そうなお話なんだろう。大丈夫です、と伝えると、二人は廊下の先の分かれ道を右に進んでいった。


 ……と、いうことで成り行きでエレアノーラさんと二人っきりになってしまった……。まだ一言も言葉も交わさないまま歩いていて、なんとなく気まずい。というか、どこに向かってるんだ、私たちは。

 でも、この世界にきてから、初めての同い年ぐらいの貴族の女の人だし、仲良くしたい、んだけど。一度沈黙してしまうと、話しかけにくいと言いますか……。でも、話しかけてみないことには始まらないし……。


 と、声をかけようとした、その時だった。


 パシャン、と音がした。と同時に、頭のてっぺんからタラタラとなにかが流れ落ちてきた。……な、なにこれ、水? そして、はらり、と落ちてきたのは……色とりどりのお花。な、なんだこりゃあ……。

 驚いて前を歩いていたエレアノーラさんの方を見ると──彼女の手には、高価そうな豪華な花瓶が。あ、あれ、廊下に飾られてたやつじゃ。どうやら、私はエレアノーラさんから花瓶の水をぶっかけられた、みたい……。


「あ、あ、あの、その、これは、どういう……っぷしょぃっ!」


 室内とはいえ、流石に雪が降るような気温だから、一気に体が冷えてくしゃみが出た。そのくしゃみにハッとしたようなエレアノーラさんは、何も言わずに私の手を掴むと、急に廊下を走り始めた。は、は、速い! 加速魔法かけてればなんてことはない速さだけど、魔法をかけてない素の私には速すぎる~。足がもつれそう!


「あ、あの! え、エレアノーラ……様! ど、どうしたんで……じゃない、如何なさいました、か?」


 必死に呼び掛けても、答えは返ってこない。


 な、なにがどうなってるの……!? 誰か、助けて~!


 


あけましておめでとうございます。半年以上も更新ができずに申し訳ないです……。

自分が書きたいと思う場面を所々に浮かべつつ始めた小説なので、そこまでに繋げる部分はなかなか思い付かず、思い付いても私生活の忙しさでなかなか書くことができず……と、中々厳しいです。それでもブックマークをしてくださってる方のために、そして自分が作り出したキャラクターと物語のためにも、できる限り更新していけたらなと思ってます。

本年もよろしくお願い致します!


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