奴隷歌姫、決闘する。
シャルロッテちゃんの決闘の取り消しをできないと悟った私は廊下をとぼとぼと歩いていた。ちなみに、壊れた窓はきちんと直しましたよ。いやぁ、誰かさんのせいで修復魔法はもうプロ並だね。誰とは言わないけど。
「決闘って……あんな小さな女の子と戦えるわけないじゃないですか」
「油断は禁物ですよ。ただの少女だと思ってかかると痛い目を見ます」
隣を歩いていたオズがそう答える。気の毒そうな顔をしているけど、大分一緒に仕事をしてきた私には分かる。絶対私にシャルロッテちゃんの怒りが向いて安心してるでしょ! 若干面倒事を免れてほっとしたような顔つきだ。この野郎、ずるいぞ!
「シャルロッテちゃ……シャルロッテ様は一体どういうお方で? 貴族のトップ、とか?」
私がずっと疑問に思っていたことを口にすると、オズは一瞬眉をピクリと動かした。……あ、やば。ちょっと不味いこと言った?
でも、すぐにいつもの顔に戻ったオズは淡々と言葉を漏らした。
「あのお方はツヴァイライト王国の第一王女でございますよ」
ツヴァイライト王国……? あ、確か地図でみたな。ここアインスリーフィアは大陸から独立してて島国に見えるんだけど、数キロ先には大陸が見えていて、潮の加減によっては陸繋がりになるようだ。この前ドライシンガー王国に行った時は、丁度繋がっていた時らしい。
そして、そのドライシンガーと隣り合わせの国、そこがツヴァイライト王国。うーんと、確か、かなり技術が発達した国だったかな。
ここは、あーあの人ですね! と相槌をうっておくのが無難かな。
「ああ、あの。あんまり話は聞いたことがないですけど」
「そうですか。結構有名だとは思うのですが……」
ちらりとオズが後ろを見る。ん、なんだ? 一緒になって振り返ってみても、なにもない。何かあったのか、と聞くと、ボソッと何かを呟いてからなんでもありませんよ、と答えて、シャルロッテちゃんの話をし始めた。……なんか誤魔化された? まあ、いいか。
オズによると、本名はシャルロッテ・ド・プネヴマ・ツヴァイライト。正真正銘、ツヴァイライト王国の第一王女。可愛らしく可憐な姿をしているものの、性格はやりたい放題わがままし放題。相当甘やかされて育てられたらしい。
なぜそこまで甘やかされたかというと、どうやらツヴァイライト王国ではあまり優秀な魔導師がいないらしく、王家でもなかなか産まれないんだとか。そんな中、シャルロッテちゃんは雷属性の強力な魔力を持って生まれ、それで過度に甘やかされた、とのこと。巷では、悪魔の王女として名高いんだとか。
「でも、ただわがままなだけなのに悪魔は言い過ぎなのでは……」
「……あのお方は、強力な魔力を手にしたと知った途端、他の兄弟を惨殺しました。これを言ってもまだ悪魔でないとお思いですか?」
き、兄弟を惨殺……。あんな可愛らしい女の子がしそうにもないのになぁ。でも、あんな風に窓を破壊できるし、確かに人も殺せるのか……。
「あの国では魔力持ちには一般人は手も足も出ません。魔法の力がない分、技術は発達しましたが強大な魔法の前には屈するしかないのです。雷属性の魔法はさらなる技術の発展にも貢献しますし……それに、今現在国王は危篤状態です。実際はシャルロッテ様が実権を握っているも同然かと」
そ、そうなのか……シャルロッテちゃんが女王みたいなものなのね。魔力持ちで、王の子どもも、兄弟は殺されたとなるとシャルロッテちゃんしかいないし。
で、一番謎なのは皇帝をあんなに溺愛していることだ。皇帝何かしたの?
ていうか、どこがいいんだろ? だって、乱暴だし意地悪だし無茶ばっか言うし自分勝手だし。人の話聞かないし、外にだってなかなか出させてくれなかったし。……まあ、ピンチの時に助けてくれたり、守ってくれたことはあるけど……。で、でも意地悪ドS野郎であることは変わりないじゃん!
「で、どうするおつもりですか?」
「どうする、とは?」
「決闘のことですよ」
ああ、決闘ね……。決闘か。参ったなぁ。私、まともに一対一で戦ったことないんだよね。奴隷時代に氷魔法をぶっ放ってくる小さい看守でしょ、この前のバイロン君の時だって、ほんの一瞬だったし。あとは、普段の皇帝とのやり取り……? あれって戦いに入るのか? 皇帝がちょっかいだしてくるのを私が防いでるだけだし。あれ、やっぱりろくに戦ったことないな。うーん、こうなるんだったら闘技大会に出させてもらえば良かったなぁ。
師匠だって疲れるからやだ、って言って手合わせもなかなかしてくれないし。……あ、そうだ。レネンにお願いしてみようかな。それか、シルト、リヒトにも。特に、魔法の研究施設にこもりっきりのリヒトには闘技大会以来まともに会えてないし、いい機会かも。
「とりあえずなんとか、大事にならないように上手くまとめられないですかね」
「さあ……。それはアイリス様次第ではないでしょうか」
ですよね。うーん、困った。
ていうか、シャルロッテちゃん中庭に来いって言ってたよね? 中庭って危ないんじゃ……。ううん、これは場所を変えるようにお願いするところから始めなくちゃだな。先が思いやられます……。
◇
「遅かったじゃない。怖じ気づいて逃げたのかと思ったわ」
「すみません。ただ、あの、ここだと危ないし訓練所を借りた方がいいと思うんです。物とか壊れちゃいそうだし、花もあるし……」
来客者を迎える準備があるとのことでオズと別れた私は、中庭につくとシャルロッテちゃんに場所を移さないか、と提案した。でも、そう伝えると、みるみるうちに目を尖らせてしまった。ちょっ、落ちついて!
「……ふうん、そう。ルー様にシャルの素晴らしい戦いを見ていただくために、中庭を選んだのだけど。無様な負けっぷりを見られたくないのね? 貴女は。あら、そう、随分と弱気なのね! ふうん。そんな若輩者に勝ち目なんてあるのかしらね!」
と、一息もつかずに言い放ったシャルロッテちゃんは、「とんだ弱虫負け犬ね!」と捨て台詞を吐きながら、訓練所の方へと走っていった。うん、あの調子なら場所を移してくれるみたいだ。よかったよかった。
「ちょっとねえ、アイリス」
不意に後ろから声をかけられた。振り向くと、金髪に小麦色の肌と、三つ編みに豊満な胸が目に入った。ジェーンとメアリーだった。二人とも、何やら大きな箱を抱えている。
「あ、二人とも。こんなところでどうしたの?」
「これから訓練所に行くの。騎士団の人の破れた服が直ったから、配達しにね」
そうか、それで二人とも大荷物なんだね。
「で、どうしたの? 今の奇声」
「なにか怒鳴られていたようですけど……」
ああ、シャルロッテちゃんのことか。そうか、元々来る予定もなかったのに無理矢理やって来たようだから、メイドの二人は知らないのか。
「えっと、シャルロッテ様っていってね、ツヴァイライトの……」
「それは知ってるわよ。有名人だし。ツヴァイライトの王女サマでしょ? そうじゃなくて、なんで怒鳴られてたのかって話」
私も行き先は訓練所だから、二人に今までの経緯を話しながら歩くことにした。
「ふうん。つまり、早い話が逆恨みされてるってことね」
「まあ、そういうことになるのかな……」
「そ、それにしても決闘って……ツヴァイライトの王女様はやっぱり物騒ですね」
ひえぇ、とメアリーが涙を目にためながら身震いした。何もあんたが戦う訳じゃないでしょ、と言いながらジェーンがメアリーを小突いた。そうだよ、戦うのはメアリーじゃないし怯えることはないよ……って、戦うの私だった。
「怖くないんですか? アイリスさんは」
怖い、ねぇ……うーん、今まで死にそうな思い何回もしてきてるし、正直皇帝とかワイバーンの人達の方が怖いというか。ていうか、あんな小さな子と戦って、怪我させないかの方が怖いかな。この前、シャルロッテちゃんと同じかそれより上ぐらいの見た目のバイロン君と戦ったけど、 あれはちょっと違うっていうか。あの子、凄まじいオーラというか……年相応じゃない感じ、というか。まあ、要するに……。
「あんま怖くはない、かも」
そう呟いた私を、ジェーンがじっとりと見つめた。ん、何?
「なんかほんのちょっとだけ王女サマに同情っていうか……」
「なんで?」
「うーん、ライバル視してるのに、相手からはライバルとも何とも思われてないって結構悲しいじゃない?」
そ、そうか。でも、皇帝のことなんて私、これっぽっちも好きじゃないしなぁ。そうライバル意識されても、ああ、どーぞってなっちゃう。
「それよそれ。それなのにあんたが婚約者ポジがとられたわけだし……」
婚約者……?
あ、ああああああ! 忘れてた、そうだった。そういえばそんなこと言ってた!
待って、旋律の巫女って本当にそうなの? でもサーシャ様そんなこと仰ってなかったよ?
「旋律の巫女は、殆どが皇帝様とご結婚されるみたいですよ」
「えっ、やっぱそうなの……?」
「何よアイリス、知らなかったの? まあまあ有名な話じゃない」
初耳だよ! そんなの! そしたら私、何がなんでも断ってたからね!?
「あら、そんなに嫌なの?」
「いいわけないでしょ!」
「ふうん。その割りにはちょっと顔赤くない?」
「なっ……ちが、そんなことない!」
そう指摘されて水魔法で鏡を作って覗きこんだ。……ほんのり赤くなっている、私の間抜け面が見えた。それを見ると余計に顔に熱が集まってきて、こらえきれずに顔を手で覆った。
これは別に恥ずかしいんじゃなくて……そう、怒りで! そう!
「べ、別に恥ずかしいわけじゃっ……わっ」
ジェーンの方を向いて後ろ向きで歩いていて、前をみていなかったせいで、何かにつまづいた……が、転ぶ前に誰かに腕を引っ張られて支えられた。
「す、すみま……あ!」
「ったく、相変わらず危なっかしいったらありゃしねえな」
ぶつかったのはレネンだった。練習用の木刀を手に、少し汗ばんでいるところからするに、さっきまで鍛練をしていたようだ。
「ごめんごめん。引っ張ってくれてありがとね、レネン」
「べ、別に……もっと普段から気をつけろよ」
「……今日は、修行じゃないのか?」
レネンの後ろから、ヌッとシルトが現れた。私がいつもの練習着ではなく、メイド服を着ているのが不自然に思ったようだ。
「あ、うん……まあね。今日は別の用で」
「ほー。で、そっちの二人は?」
「あ、紹介してなかったっけ。私の友達! 金髪の子がジェーン、三つ編みの子がメアリーっていうんだ」
「どもども~」
「よ、よろしくお願いします……」
ジェーンはにかっと笑顔を浮かべながら敬礼をして、メアリーはか細い声で挨拶をしながら、私の後ろに身を隠した。そっか、メアリーって人見知りだもんね。それに前、少し男の人が怖いって言ってたし。
ジェーンはメアリーとは対照的に、興味深そうに二人に近づくと、じろじろとレネンを見始めた。
「ふうん、この子が噂のねぇ……ふーーーーーん?」
「な、なんだよ……気持ちわりいな」
「別に? 随分とまあ、想像通りなお熱っぷりで面白いだけよ」
「は!? なっ……!」
ばっとレネンの顔が赤く染まった。お? なんだなんだ、もしかしてジェーンに惚れた?
「アーイリースさーんッッッ!」
二人のやり取りに和んでいると、訓練所のグラウンドの方から、大声と共に人が走ってきた。私たちの目の前で急ブレーキをかけて止まると、私の手をとってブンブンとふりはじめた。猪突猛進レオ君のお出ましだ。
「こんちわッス! アイリスさんっ!」
「こんにちは、レオ君。今日も元気そうだね!」
「ウッス! ああっ、今日はメイド服なんですね……! サイコー!」
「こ、こらレオ! 離れろって!」
アレン君がレオ君の頭をぺしっと叩く。この一連の流れが毎回会うたびに行われてるっていうのが面白い。本当に二人は仲良いよね。
「だってさぁアレン、メイド服だぜメイド服! いつもよりも女らしさが増すっていうか、お世話されたいっていうかさぁ」
「お前は! ったくまたそういうこと言って。少しは自重しろ! ほら練習戻るぞ」
「えーっ! やだやだやだ! 俺もアイリスさんと話す!」
いやだああ! ともがくレオ君の襟首を掴むと、アレン君は爽やかな笑顔で会釈しながら戻っていった。おお……レオ君の顔が青ざめていく。大丈夫? 首しまってない?
「……で、別の用ってのはなんなんだ?」
「ああえっと……うーん、なんと言えばいいのやら」
簡潔に言うと皇帝の婚約者に喧嘩売られた、が正しいんだけど。どこから説明すればいいんだか……。
「やっと来たわね。全く私を待たせるなんて、とんだウスノロメス豚野郎ね!」
どうしたもんか、と悩んでいたらパチパチという音と共に、シャルロッテちゃんが姿を現した。うわぁ、髪がまた逆立ってる。顔も鬼のような形相だし、折角のかわいいお顔が台無し……って、この下り何回目だろう。デジャヴを感じつつ、なるべくシャルロッテちゃんを刺激しないような言葉を選んで口を開いた。
「ごめんなさい、ちょっと話し込んでしまって」
「あら、決闘前に随分と余裕そうね」
「決闘!? は、はぁ!?」
シャルロッテちゃんが"決闘"という言葉を出した瞬間、レネンが叫んだ。そして、私の両腕を掴んでシャルロッテちゃんから距離をとると、ひそひそ声で怒り始めた。
「馬鹿かお前は! 決闘って、あいつとってことか? 何やってんだよ!」
「ええと、これには深いわけが、ね?」
「なんだよそれ! しかもあいつ、相当やばいやつって! 説明しろよ!」
「うーん、ちょっと皇帝関連のことで恨みを持たれたと言いますか……」
皇帝、と言葉を漏らすと、「またあいつかよ……!」と苦虫を噛んだような顔をすると舌打ちした。……なんか前にも皇帝と顔を合わせた時もそんな感じの表情してたけど、なんでそんなに二人とも仲悪いの?
あ、闘技大会で決着をつけてないから? しかもあのときは皇帝が優勢になってたから、負けちゃってたかもしれないし。だから対抗心燃やしてるのかな?
頭にはてなマークを浮かべながら呆けながら見ていると、レネンはハッとすると腕を掴む力を弱めて目をそらした。
「とりあえず。やめとけ、決闘なんて。危ないから」
「とは言っても、そういうわけにもいかなくってね……わっ!」
どうしたものか、と頭を悩ませていると、後ろから電撃がとんできた。
「ふうん、ずいぶん楽しそうね……ルー様をたぶらかしておいて、貴女って人は他の男にもすり寄るのね! 本当に汚らわしい」
すり寄ってなんかないんですけど! ……と言い返すこともできず。ごめんね離して、とレネンに告げると、私はシャルロッテちゃんへと一歩あゆみ寄った。うう、周りにいる騎士団の皆が、何だ何だとこっちに注目してる。恥ずかしい、こんな中で戦わなくちゃいけないのか。……いや、もう後戻りはできないし、腹をくくるしかない。
「ごめんなさい、始めましょうか」
「ふんっ、このシャルロッテ様を待たせるなんていい度胸ね。消し炭にしてやるわ! 覚悟なさい!」
にやりと怪しく笑ったかと思うと、シャルロッテちゃんは懐から何かを取り出して、体に電気をまとわせた。ま、眩しい。目が開けられない!
「なんだ、あれは!」
わあっと周りのギャラリーが湧いた。それと同時に瞑っていた目を開ける……う、うわあ、なにあれ!?
シャルロッテちゃんの手に握られたいたのは、巨大なハンマーだった。電気をまといながら輝くそれは、たくさんの部品からできていてとても近未来な印象だ。とっても重そうな外見なのに、シャルロッテちゃんは簡単に持ち上げている。
そうか、さっき壁を破壊したのもきっとあれなんだ。なんという破壊力……気を付けなくちゃ。
私も負けじと、太もものホルダーにしまってあったアスカロンを取り出して大きくさせた。見た目ではどう考えてもアスカロンの方が貧弱に見える。弱々しい白銀の棒を見て、シャルロッテちゃんは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「あら、そんな貧相な武器で戦うつもり? ふうん、顔も体も貧相なら使う武器も貧相、惨めねぇ」
なっ、か、体が貧相なのは関係ないでしょうが! こんな公衆の面前でそういうこと、言うなぁ!
「ほらほら、押されてるわよ? そんな刃も何もない武器で、シャルを倒すだなんて……脳みそ沸いていらっしゃるのではなくて?」
シャルロッテちゃんはハンマーを振りかざすと、地面へ叩きつけた。そこから地割れがおこって、私を襲う。おっと、周りの人に瓦礫がぶつかったら大変だ、結界はらなくちゃ。
結界をはって、同時に自分に加速魔法をかけて飛び上がる。その瞬間、私がたっていたところで爆発がおこって土ぼこりが舞った。ほ、ほんとに威力が高いな。一発でも当たったらやばそう。一応結界がはってあるとはいえ、吹き飛ばされるのは間違いない。
……というか、どうやって勝てばいいんだろう。あっちは私を倒す……いや、殺す気満々だけど、私はできるだけシャルロッテちゃんに危害は加えたくない。シャルロッテちゃんを恨んでるわけでもないし、しかも一国の王女様だ。そんなことできない。
でも、シャルロッテちゃんが降参するとも思えない……プライドが高いだろうから、死んでも負けた、とは言わないだろう。ううん、困ったな。危害を加えずに終わらせる方法、か。だとしたら、気絶させるとか、魔力が尽きるとか……。
一個だけ、方法はなくはないけど、そもそも戦闘用に考えた技ではないから、かなり難しそうだ。それに相手に接近しないとダメだし。
こうして逃げ回っている間にも、シャルロッテちゃんは電撃を飛ばしてくる……けど、私に近づこうとしない、というか試合開始場所から一歩も動こうとしない。私が近づこうとしても、近づく前に電撃で吹き飛ばされてしまう。どうしたものか。
いや、逆に考えると、どうしても私を近づけさせたくないってことは、きっと近距離戦は苦手なはず。……そうだ、あの方法なら、一気に間合いを詰められるかも。こんなに人がたくさんいる中で見られたくなかったけど、これしかもう思い付かない。
そうこうしている合間にも、地面はシャルロッテちゃんの攻撃で見事に木っ端微塵になっていた。綺麗に整えられていたグラウンドが、爆弾でも落とした後かのようにボッコボコになっている。空中に光魔法の具現化で足場を作ると、そこに一時避難。
「ちょっと、アイリス! 何してるのよ、逃げ回ってるだけじゃ負けるわよ!」
どこからかジェーンの声が聞こえてきた。辺り一面が砂ぼこりまみれになっていてどこにいるかはわからないけど、どうやらあのまま見ていたようだ。うう、わかってるよ~! なんとかしなくちゃ!
……とりあえず、そうだな。まずは視界がよくないとこの方法は使えない。いつもの掃除用の水魔法と風魔法で土ぼこりをなくそう。
「"フロ・ヴィオレント"!」
ざあっと水が降ってきて、風が舞うと、視界が一気にクリアになった。よし、いい感じ。
足場から飛び降りて着地する。……と、シャルロッテちゃんの後ろの方に何かが増えてる。さっきは見えなかったから気づかなかったけど、何かテーブルのようなものがあるような気が……。
と、私がじっと見つめていると、突然シャルロッテちゃんが飛び上がった。「ルー様っ! 見に来てくださったのね!」と声を上ずらせている。……はい?
テーブルの片側には、今にも死なそうな顔でガタガタと震えている見たことがない男の人。その反対側には、カップを片手に資料を眺める皇帝が。え、ちょ、ドライシンガーの人が調査報告に来るっていうからこうなったんじゃ……。って、そうか、ってことはもう一人の人はその報告にきた使者さんってことか! なんでここでやってるんですか!
私が唖然として見つめていると、皇帝がこっちを見た。そして、私と目が合うと、ふっと小バカにするような笑みを浮かべた……まさかあの人、退屈しのぎがてらここで見ながら話してるんじゃ。アホですか! ああ、使者の人顔真っ青だよ。そりゃそうだ、小学生ぐらいの女の子が、鬼のような形相で周り中破壊してるんだもの、気が気じゃないですよね!
というか絶対これ、私がどうやって戦うのか見物して楽しんでますよね? この野郎、怒りを通り越して呆れてきた。まさか最初からこうさせるつもりだったとか、ないよね?
「ルーさまあっ! シャルの活躍、その目に焼き付けてくださいませっ! シャル、華麗に勝利してみせますわっ!」
そう叫ぶと、シャルロッテちゃんはぐるりとこちらに向きなおすと、さらにたくさんの電撃を作り出した。また飛び上がって回避して、じわじわと距離をつめていく。
「もうっ、ちょこまかとやかましい奴ね! それなら……! "轟け、迅雷よ! イレクトリー・アコース・ティ・フォニ・ティモース……」
私が飛び回るのに嫌気をさしたようで、いつもより長い呪文を唱え始めた。きっと上級魔法だろう。よし、今だ!
私は思い切り地面を蹴ると、宙に飛び上がった。アスカロンを構えて、振り上げる。
「……メガロス・マガーロス・ボロティーア!"」
私が狙いを定めた瞬間、シャルロッテちゃんの雷魔法が炸裂する。目の前に雷の防弾が迫ってきた。……頼むよ、アスカロン!
「"フレッダメンテ"!」
音楽用語、"冷ややかに"と呪文を唱えてアスカロンを振り下げた。すると、一瞬だけ視界が真っ黒になると、目の前に赤いドレスの後ろ姿が見えた。間髪入れずに、膝の後ろ目掛けてアスカロンで足を振り払う。そして、足元が凍りついていたせいで、簡単によろめいたシャルロッテちゃんを、後ろからぎゅっと抱きしめた。
「……なっ、え……!?」
「"眠れよ吾子 汝をめぐりて"」
そして、驚いて身動きがとれないシャルロッテちゃんの耳元で呟く。とろんと目が緩むのを見て、ホッと一息をつきつつ続ける。
「"美しの 花咲けば"」
「う、……う゛……」と小さな呻き声をあげながら、完全にまぶたが落ちた。まだ、続ける。
「"眠れ、今はいと安けく
あした窓に 訪いくるまで"」
そこまで歌い終わった時には、私の腕の中にいるシャルロッテちゃんは、すでに寝息をたて始めていた。完璧に全体重を私に預けて眠っている。よかった、上手くいった……!
わあ、とギャラリーから声が上がった。皆驚愕の表情でこちらをみている。
当たり前だ、私が瞬間移動をしたのだから。
私の作戦は大成功だった。
まず、シャルロッテちゃんの体勢を崩すことを考えた。あの巨大ハンマーで繰り出される電撃と地割れは強力だとはいえ、体勢を崩されたら別だ。
でも連続で攻撃してくるからなかなか近づけない。そこで、アスカロンの新しい技を使うことにした。
この前エフリートさんのいた、炎の神殿から帰るとき、空間を斬って帰った。あれから、修行してるときにたまたま空間が斬れて見ていた先に移動できたことがあって、アスカロンには空間を切り裂く能力があると気づいたのだった。エフリートさんの所から帰るときだけなのかと思っていたけど、どうやら私が見ている先を強くイメージしながら振り下げると、空間を斬ってその先に行く……要するに、瞬間移動ができるようになった。
瞬間移動魔法は私も使えるけど、これは無詠唱でできるし、何より魔力の消費もない。瞬間移動魔力ほど長い距離は移動できないけど、戦闘中なら十分な能力が発揮できる。
で、アスカロンで瞬間移動しながら氷魔法を発動、水魔法でぬかるんでいた地面が凍って、同時に私がシャルロッテちゃんの膝の後ろを振り払って転ばせる。そこを捕まえて、子守唄を歌うことで眠らせる、という作戦だったのだ。
あの歌はブラームスの有名な子守唄だけど、奴隷時代にリヒトが寝付けない時に耳元で歌ってあげたら、ワンフレーズ歌うだけでころっと寝てしまっていた。その後、このお城の森の動物で試してみたけど、どうやら私が抱いている時限定で発動できる魔法のようだ。火山で使ったあの歌もあったけど、あれは効くまでに時間がかかったし歌ってる間は無防備だから、今回はこっちの子守唄にした。こっちは速効性が高いからね。いやぁ、成功してよかった!
腕の中で眠るシャルロッテちゃんを、腕だけ身体能力強化魔法をかけて持ち上げた。このままここで寝かせるわけにもいかないし、寝ている間にお引き取り願おう。
シャルロッテちゃんを抱き上げて歩き出すと、レネンが怒ったような、びっくりしたような微妙な表情でこっちに来た。
「お、おま……いま」
「ふふ、なんとかなったでしょ!」
「ま、まあそうだけど……って、アイリス!」
レネンが急に叫んでこっちに走ってきた。え、何?
「後ろ!」と聞こえた瞬間、ものすごい力で横に引っ張られた。そして、ごおっと音が聞こえると私が立っていた場所に火柱が上がっている。な、何、これ!?
火柱をよくみると、何かが燃えていた。長細くてウネウネしている……これ、蛇……?
「……シャルロッテ様を、離せっ……!」
うなるような声が聞こえた。すると、建物の柱の影から一人、男の人が姿を現した。白い燕尾服に身を包んだ、細身の男の人だ──何故か、首に蛇がまきついている。
静かに歩み寄ってくる彼は、ぎろりと私を睨んでいる。親の仇をとりにきたかのように、憎しみのつまった目に、驚いて後ずさりする。そして、私に向けて手を伸ばすと、何かが私に飛び付いてきた。わっ、ぶ、ぶつかる……!
「……早くこいつを連れて立ち去れ」
かと思ったら、横から手が伸びて飛んできたものを掴んだ。そして、ぼっと火がつくと跡形もなく崩れ去る。そして、皇帝が私の前に立ちふさがった。
皇帝を見ると、男の人はチッと舌打ちして私が抱き上げていたシャルロッテちゃんをひったくった。愛しそうに彼女を抱き寄せると、呟いた。
「シャルロッテ様に危害を加えやがって……今すぐに、お前なぞ殺してやる」
「いえ、シャルロッテ様にはお怪我はありませんよ。今回は先に勝負を仕掛けてきたのはシャルロッテ様です。お引き取り願えますか」
いつからいたのか、オズがすっと現れると、男の人を真っ直ぐ見た。「先程から私たちを付けていたのは分かっていたのですよ」と呟くと、ますます悔しそうな顔をして、男の人は背を向け歩いていった。
あ、あの……今の人は、一体……。
「シャルロッテ様の執事です。彼女の一番の下僕、とでも言っておきましょうか。
どうやら私たちが部屋から出たときから、ずっとつけていたようですね」
部屋からずっと……? あ、そういえば、不自然にオズが後ろを振り返ってたな。そのころからいたのか。気づかなかった……。
「とりあえず厄介ご……ごほん、お客様もお帰りになられましたし、仕事に戻りましょうか。さあ、ルイス様」
「ん」
オズが皇帝を促すと、皇帝はマントを翻して廊下を歩いていった。……見るだけ見といてなにも言わないんですか。はあ、あんたのせいでとばっちりだというのに! もう!
「お疲れ様でした、アイリス様。助かりました、ここ一週間の平和が保たれました」
今まで見たことがないほどの輝かしい笑顔を浮かべたオズは、一礼すると置き去りになっていたドライシンガーの使者さんの元へと行ってしまった。ここ一週間の平和、ねえ……なんか私、シャルロッテちゃんをうまく追い返すためのダシに使われた? よね。まあいいですけど……。
はあ、と大きくため息をついて振り向くと、目を白黒させた騎士団員の人達とジェーンとメアリー、そしてにこにこ顔のレオくんが目に入った。ご、ごめんなさい、驚かせちゃったね。
「ご、ごめんなさい、お騒がせしま……」
と言いかけると、おおおお! と歓声が上がって取り囲まれた。わ、わ、何?
「な、なんか……すごいもん見させてもらったわ」
「さっすが、アイリスさんッスね!」
「すげぇなあ嬢ちゃん!」
「修行してるときからただモンじゃねぇなあと思ってたが、ここまでとは!」
「相手はあの悪魔の女王だろ? いやぁ、これでうちの国も安泰ってもんだ!」
「すげぇやすげぇや! よし、アイリスちゃんよ、今夜は騎士団の食堂に来な、酒飲ませてやるよ!」
わあわあと一度に話しかけられる。ちょ、まっ……! 今、地面が凍ってるから、そんなにもみくちゃにされたら……!
「うわあっ!」
ずるっと足を滑らせて、景色が回転する。受け身をとって縮こまったけど、背中に痛みはこない。その代わり、「うぐっ」と声が下から聞こえてきた。赤い髪がちらっと見えた。
「ご、ごめんレネン……」
「ったく、気を付けろっていったばっかだろ」
そう言われながら肩を抱かれて立ち上がると、周りからわっと笑い声をあがったのだった。
お久しぶりです!
更新停止中の中、ブックマークは減るどころか増えていて、さらにPVも!ありがとうございます。
今回は今までで一番長い回かも? 戦闘シーンはやっぱり難しいです。