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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
おくりび山の紅蓮の炎
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奴隷歌姫、登山する。Ⅳ




「"フォルテ"!」


 中級光魔法で皇帝を囲うように防御壁を張った瞬間、彼の周りにあちこちに張り巡らされた糸のようなものが姿を現した。と同時に、私の周りにあった炎のバリアと皇帝の大剣から出ていた炎も消え……そして、急に周りの気温が上がって、息苦しくなった。



「ちっ……!」



 私の防御魔法は間に合ったようで、無傷ではあるものの……皇帝はその上から縛られていて身動きがとれない。

 そして何より、暑い。さっきまで真夏日ぐらいの暑さだったのに、急に……そう、あの変な糸が発動してから、皮膚がじりじり焼けるように痛い。息苦しい。



「ア……イリスちゃん……!」



 アーロンさんがよろよろとこちらに歩んできた──所々、服が破けている。



「アーロンさん! その怪我っ……!」

「ああ、気にしないで。それより今は……お願いだ、ルイスの代わりに……ハァ、周りの熱気を操れないかい……?」


 回復魔法を使おうと駆け寄った私をなだめると、アーロンさんはそう言った。

 皇帝の代わりに?


「どうやら……はぁ、あのルイスに張られた、糸。あれ、魔力封じもかかっているようなんだ。……ぅぐ……僕に魔力はこれっぽっちもないから……君しか、お願いできな──!」

「アーロンさんっ!」


 言葉が途切れたかと思うと、あの大男が突っ込んできて、アーロンさんを吹っ飛ばした。男は私に目もくれず、飛ばしたアーロンさんの方へまた突っ込んでいく。



「はっ、……ハァ、はあ……」


 どんどん息が苦しくなって、頭がくらくらしていく……早く、なんもかしなくちゃ……!


 魔力封じ。だから私の回りにあったバリアも、皇帝の剣の炎も、操っていた熱も全部、解けてしまったんだ。

 とりあえずこの暑さをどうにかできれば! 気温を下げる──この暑さを、"おさえて"!




「"トラッテヌート"!」


 水と、風──打ち水をイメージして、魔力を放つ。すると、すうっと息苦しさはなくなって、焼けるような暑さがひいた。とりあえず成功だ!



「おおー、すっごいすごい。でもね、これでもまだ僕が優勢なのはかわりないよ?」



 にやにやと鋭い犬歯をのぞさせて笑うバイロン君の手のひらには、無数の糸。皇帝が体を動かそうにも、数ミリ動かしたら張り巡らせた糸が迫ってきている。

 バイロン君は張り巡らされた糸の上に飛び乗ると、糸をくいくいと動かした。


「ふふっ、ほらほらどうするの? このまんまじゃ切れちゃうよ?」


 糸を動かす度に、私の防御魔法はパキパキと音をたてて崩れていった。足、腕、顔……一部壊れた結界から覗く、体の至るところに切り傷ができていく。


「っ……!」


 皇帝はなすがまま、されるがまま……。大量の汗をかきながら、項垂れている。

 もしかして、あの魔力封じって私がかけた魔法も効かなくなってる……!? だとしたら、今皇帝はさっきの暑さのままなんじゃ!

 


 このままじゃ──皇帝が死んじゃう!



 幸い炎のバリアも消えたし、今は私は自由の身だ。とにかく、皇帝を助けなきゃ!


 闇属性と光属性は打ち消し合う。だとしたら光魔法であの糸が消せるかも……! 



 ──光の刃、出ろっ!



「"ブリリアント・イナクティーレ"!」



 バイロン君へと刃を飛ばして、身体能力強化魔法をかけながら白銀の棒を手に持つと、彼に突っ込んでいった。……が、簡単に避けられてしまう。

 スピードでは皇帝と同じぐらいか、それ以上だもん、敵うわけがない。……だとしたら、質より量で攻めるっきゃない!



「"デュレイション"!」



 光魔法の刃を持続魔法で永遠に出し続ける。魔力消費が著しいけど、私が太刀打ち出来るのはこの方法しかない。

 

 バイロン君へ攻撃しても、容易く避けられてしまう。この隙に、皇帝の利き腕だけでも自由に出来たら……!

 私は棒を思いっきりバイロン君に振り上げた。



「おりゃああああぁぁぁあっ!」



 と同時に、皇帝に向けて光の刃を飛ばす! 


 今までで最大級の光の刃が皇帝に向かって飛んでいく。それを見てしまった、という表情を浮かべるバイロン君。彼は私の攻撃を受け止めてるから、魔法を消しにいけない。


「っ……と!」



 次の瞬間、私の魔法がぶち当たった音が聞こえ、皇帝の炎が燃え盛るのが見えた。



 やった! これで皇帝も自由に……!

 皇帝が私のもとへ駆け寄ってきた。大剣を構えてぼそっと言葉を漏らす。


 

「……別に一人で大丈夫だった」

「あーあ、そういうこと言っちゃいます? まったく、強がるのも止めたほうがいいですよ?」



 さっきまでの暑さと、縛られた時の反動のせいか、少しだけふらついている。でも、にんまりと微笑んだ私を皇帝は一睨みすると、バイロン君へと向き直った。



 形勢逆転。少し皇帝がダメージを受けているものの、二対一ならこっちが完全に有利だ。



「一気に決めさせてもらうぞ」


 炎を纏い、バイロン君へと突っ込んでいく皇帝。微力ながらも私は、強化魔法で後方支援に回る。



 いっけぇぇぇぇぇ!


 

「いやはや、困ったなぁ」

「……えっ?」




 皇帝の剣が振り落とされる、まさにその瞬間。

 

 バイロン君の姿が、黒い光を放つコウモリのようなものに包まれたかと思うと……消えてしまった。





「この手だけはあんまり使いたくなかったんだけどねえ」





 ──かと思うと、耳元で声がした。




「っう、あ゛っ……!」



 と同時に、体になにかが巻きついた。さっきの、皇帝を縛っていた黒い糸──急に体が重くなって、バイロン君に押されるがまま押し倒されてしまった。同時に、収まっていた熱気が復活して身体中から汗が噴き出す。

 視界の隅に、皇帝が物凄い形相で突っ込んでくるのが見えた。



「おっと、動かないでね? 動いたら巫女さんの腕吹っ飛ばしちゃうから」

「……、くそっ……!」

「さてと巫女さん、気分はどお? 魔力封じかけてるから、上手く動けないでしょ?」



 確かに、動けない……。体が、重い。この前魔力が全部なくなったときみたいだ。



「でしょ? 巫女さんって、魔法かけてなくても、普段から魔力を纏って身体能力上げてたっぽかったから。縛れたらいいなーって思ってさっきこっそりかけておいたんだよねえ」



 普段から……? 無意識にやってたの、私?

 というか、さっきってことは最初から──そうか、皇帝だけじゃなくて、見えない糸は私にもかけられてたんだ! 迂闊だった……!



「まあでも殺すつもりはないからさ、安心してよ。ただちょっと魔力をいただく(・・・・)だけだからさ」



 いただく……!? そんなこと、できるの……!?



「おっと」



 突然ごおっ、と音がすると、私たちに向けて炎が飛んできた。バイロン君は私片手に飛び上がると、意図も容易く避けた。



「瞬間移動能力、魔力吸収──吸血鬼族の生き残りかっ……」

「あったりぃ~! さっすが冷徹皇帝様!」



 そう言って嘲笑うバイロン君の口からは、ぎらりと光る歯がのぞいた。



「ていうか、邪魔しないでってば……折角優しく扱ってんのに、邪魔してくるんだったら殺しちゃってもいいんだよ?」

「ぁ……んぐ……!」


 バイロン君は私の首に手をかける。だんだんギリギリと力が強まっていって……息が、できない。


「ほおら、死んじゃうよ?」

「っ!」



 炎が燃え盛る熱気が伝わってくる。こちらに向かって、皇帝の剣が振りかざされる……!




「だからあ~。死んじゃうって、言ったでしょ?」

「かはっ……!」



 びちゃ、と生ぬるいものが頬にこびりついた。

 涙で歪む視界に──赤が見える。


 皇帝の脇腹に、後ろから刃が突き刺さっていた。


 

「こう……て……!」



 皇帝はうずくまったまま動かない。刺されたお腹と、右足から滝のように血が吹き出して、みるみる血だまりができていった。


 バイロン君は嘲笑しながら私の首から手を離した。そして、咳き込む私の後ろから、片手はお腹、もう片方の手は首に回し抱きついた。



「そんなに巫女さんが大切? ふふっ、そりゃ嬉しいな! 人から大切なものを奪うことほど、楽しいことってないよねぇ……!」

「っ……や、ちょ……!」



 徐々に私の首に顔を近づける──



「やめるわけ、ないでしょ?」



 必死の私の抵抗も虚しく、

 舌を一度這わせて──


「やめろ……!」

「いただきます」



「んぐっ……! っ……!」



 突如、首筋に鋭い痛みが走った。



 じゅる、じゅる、と気味の悪い音が耳に響くと同時に、どんどん抜けていく体の力。

 立たされたままだったのが、一気に足の力が抜けて、へたりこんでしまった。座っているのがやっとだ。


 よく、吸血鬼に吸われると快感を得られる……とか聞くけど、そんなことはなかった。痛みと、全身を駆け巡る痺れ、そして恐怖。快楽とは程遠い。


 五、六回ほど彼の喉の音を聞いた時、ようやくバイロン君は口を放した。

 

 そして、立ち上がると禍々しいオーラを放ちながら言った。



「ご馳走、さまっ……!」



 

 黒いオーラを纏いながらにやりと笑った彼を前に、力の入らない私はただ、這いつくばることしかできなかった。





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