奴隷歌姫、登山する。Ⅲ
歌い終わって、私に話しかけてきたアーロンさんと皇帝の後ろに見えたのは──
二人に突っ込んでくる巨大な黒い影だった。
「っ……! 後ろっ!! 後ろです! 避けてっっ!!」
力一杯に叫ぶと同時に、気配に気づいたであろう皇帝が剣を振りかぶった……が、いきなりのことだったのではね飛ばされてしまった。
バキィ! と数メートル先の木に追突する鈍い音が聞こえた。黒い影は間髪入れずにアーロンさんを吹っ飛ばし、皇帝に襲いかかる。
木にぶつかっても大したダメージにはならなかったのか、皇帝はすぐ立ち上がって剣で応戦する。その大剣を容易く止めた瞬間、敵の顔が私の目に入ってきた。
そして、気づいた後に聞こえてきた声──
「ひょ~お前、旨そうらなぁ~♪」
「あ、……いつ、は……!!」
何度も夢に出た、あの男。
そう、テロ事件で、女の子を……食らった、あいつだった。
間違いない。あのニヤリと笑った口から見える尖った歯、焦点の合ってない目、スキンヘッド、そして異様に成長したかのような巨体。
私が声を上げられずに立ちすくんでいると、アイツがこっちをぐるりと向いた。
「あろ? なんか見らことあんなぁーと思ったら、お前らあんときの奴ら?」
ニタァ、と気味の悪い笑顔を浮かべて舌なめずりした。……あの時の惨状がフラッシュバックする。
「……お前が、あの子を……!!」
「あ? なんれ、そんな怖い顔すんらぁ? 俺何かしたっけなぁー」
……あんなことしておいて、よく言うっ……!!
あの子の仇を……アイツを!!
「ああ゛あぁぁぁあああ!!」
「おい……馬鹿ッ!! 油断するんじゃねえ!」
人食い野郎に向けて、白銀の棒に炎魔法を宿して振りかぶった、その時。皇帝が珍しく声を荒げてこっちを見た。
油断? 油断なんて、してな……っ!!
「"テ……ンペスト"!」
後ろに目を見やり、見えたのは私に向けられた魔法だった。咄嗟に風魔法で自分の体を吹っ飛ばして回避したけど、魔法は私を……追いかけてくる!
「ぐっ……!」
かけてあった絶対領域が発動して、ダメージは緩和されたものの痛みが走った。……少しだけ服に亀裂が入って、血が滲んでいる。
飛ばされそうになったけど、棒を地面に突き刺してバランスをとった。
「あれれー、避けられちゃった」
後ろから声が聞こえる。棒を地面から引き抜きながらそっちを見ると、男の子が空から降りてきた。そう、男の子、どこからどう見ても、子どもだ。なんで、こんなところに……?
黒──いや、深い紺色だろうか──に染まった髪の隙間からのぞく、鋭く冷たい青い瞳。その瞳は、私に釘付けになっている。
子供らしからぬ微笑みを浮かべる彼に、ぞわりと背筋がたった。
「! ……皇帝」
「……下がってろ」
いつの間にこっちに来たのだろうか、皇帝が私の前に立ち塞がると、再び剣を構えた。
あの大男はどうしたのだろうかと思い見渡すと、数メートル先でアーロンさんと肉弾戦を交わしていた。彼にあいつを任せて、私の所に来てくれたんだろう。
そんな皇帝を見て満足したかのように笑いながら、男の子はくるりと一回転した。
「初めまして旋律の巫女さん。僕のことはバイロンとでも呼んでよね」
帽子をとってうやうやしくお辞儀をした彼は、にこにこと微笑みを絶やさずに近づいてくる。彼……バイロン、と名乗った男の子が一歩踏み出す毎に、私たちも後ろへと後ずさった。皇帝はまだ、睨みつけたままだ。
「そんなに警戒しなくてもいいんじゃないの? 暑苦しいなぁ」
「警戒するに決まっている。……今までの一連の事件はお前達のせいだな?」
今までの、事件。
そうか、コロシアムの爆破事故だけじゃなくて、火事だって炎関連の事件だ。神代樹はどうか分からないけど、今までの事は全て、こいつらが……!
どうしようもない怒りが込み上げてきて、唇をぐっとかんだ。──でも、目の前のこんな小さな男の子がやっただなんて信じがたくて、頭が混乱した。
「ふふ、僕らがやったのはそれだけじゃないさ……この山もそうだよ」
彼はおもむろに後ろを振り返った。それに合わせてそっちを見ると……山の頂上が見える。そして、そこには──あれは、何かの社……? そこに、火の玉が沢山、集まっている。
「あれ、何?」
「さあ……なんでしょう?」
「もういい、ならば倒して無理矢理聞き出せばいいだけのこと」
ぼうっ、と辺りが一瞬で熱くなった。気づくと、皇帝の構える大剣から、炎が燃え盛り轟きはじめていた。前に見たときよりも炎の勢いが強い。
「……こうて……」
「邪魔だ、後ろに下がれ」
「っ……熱……!」
皇帝は私を後ろに突き飛ばすと、私を囲むように火柱を放った。熱くてそこから動けない。
身の危険を感じるほどの熱さではないけど、火柱から出れそうにはない。試しに水魔法をぶつけてみたけどなかなか消えない。そこから出るな、ってことなんだろう。
でも、皇帝一人で戦わせる訳には……! アーロンさんだって、一人でアイツをなんとかしてるのに、私だけここで見てろって言われても……!
「ひゅー! 何? 僕と闘うの? ふふっ、面白いなぁ!」
含み笑いを浮かべたバイロン君……が、ひょいとジャンプをして後ろへ下がった。──同時に、皇帝も大剣を振りかざした。
「うわっ、あぶ、ちょ、待ってよ!」
見た目が重量級の大剣だから素早さはないのだろうと思っていたようで、彼はひょいひょいと避けていく。
ちょっとまって、と言う割には軽々しく避けていくので、皇帝の表情はどんどん険しくなっていく。まだ小学生ぐらいの身長なのに、強い……!
このままじゃ拉致があかない! 一気に優勢に持ち込めればいいんだけど……何か、手伝えたら。
ああもう! この炎のバリアさえ無ければ! 加勢したのに!
──ん、待てよ? ここからでも魔法なら、飛ばせるんじゃないかな? さっきは炎に向けて水魔法を放ったから打ち消されちゃったけど、もしかして炎がないところなら……。
「"ヴィヴァーチェ"!」
上の炎がない方へ、魔力を一気に放出させた。放たれた魔力は、向こうで戦う皇帝の元へいった。
「っ! おっと……!」
刹那、皇帝が消えたかと思うとバイロン君の背後へといつの間にか移動していた。速くて見えない……! じゃあ、魔法がかかったってことだよね。よし!
皇帝がギロリとこちらを睨んでいる。い、いいじゃん、形勢逆転出来たんだから!
「ふうん、巫女さんの魔法、ねぇ……厄介なことしてくれちゃって」
「……一気に肩をつける」
手で顎を触りながら、バイロン君がこっちを見た。そして、何かを企んでいるかのように微笑みを浮かべると、皇帝に向き直った。
「へえ、そんなにすぐ決着がつくと思ってるんだ?」
「当たり前だ。この状況がわかっているのか? ここまできて油断しているとは愚かなやつだな」
「うんうん、分かってるつもり……でもさ、油断してるのは君じゃないの?」
ちら、とバイロン君が地面へと目線を下ろした。……何? 地面に何か……!
よく集中して目を凝らした。──だんだんと、ぼやっと地面に見えた。紐、いや、糸みたいな……まさか!
バイロン君がにやりと笑みを浮かべた。ダメだ、叫んでも間に合わないっ……!
魔法なら。魔法なら……間に合えっっっっ!
ほんっっっっっっっっとうに遅くなりました……!!!申し訳ありません……。
およそ3ヶ月更新してなかったのに気づいてびびりました。本当にすみません。
実は今年受験生でして……なるべく更新したいし書きたいことも沢山あるんですけど、その時間がなかなかとれなくなっているのが現状です。
受験生は受験生なので、今年は勉強に集中させていただきます。ちょくちょく更新するとは思いますが、数ヵ月に1話程度になると思います。
ですがその間に構想も練っておきますし、絶対に未完では終わらせません!!!
更新は低下しますが、これからも応援して下さると嬉しいです。
あともうひとつお知らせなのですが、もしかしたらまたタイトルを変えるかもしれないです。
こっそり変わっているかもしれないので温かい目で見てやってください。